白扉【大剣の騎士】王都の路地裏
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忠実にして最強の騎士を連れ、弟龍マルガレータに乗って辺境より戻った泣き虫姫……いいえ、彼女はもう泣き虫姫ではありません。
辺境の地にて泣き虫姫は強くて立派なお姫様へと成長したのです。
不吉な女と男に授けられた予言。その全てを勇気と人々の助けを借りて覆したエリザは意地悪な父王を倒し、王位につくべく決意も新たに王都へと戻ってまいりました。
しかし、そんなエリザを出迎えたのは意地悪な王に仕える大陸最強と名高い4人の騎士たちでした。
傍には大賢者に聖者もいます。しかしエリザは怯えません。なぜなら彼女の傍には強い強い龍と、強い強い最強の騎士があるからです。
「お父様! エリザベートは帰ってまいりました!!」
「エリザめ。勝手に帰ってきおって。これはもうワガママ娘のいたずらでは済まされんぞ」
父王の顔に浮かぶのはとても大きな怒りです。
その手にはいかづちが握られ、またたきと共にマルガレータへと投げつけられます。
しかしマルガレータはゼウレのいかづちにも耐える強いいかづちの力を持つ龍です。すかさず大きく啼くと100のいかづちを王たちへと返しました。
そしてエリザの傍に控えていた最強の騎士、無双たる銀剣が聖剣を掲げました。
「主神ゼウレ! 戦と血の神アルフリートよ! 我が剣に、邪悪なる王に裁きを与える為の力を!!」
天高く掲げられた聖剣の刃に力と雷が宿ります。天より降り注ぐ主神の威光に聖人は自然と膝をつきました。
最強の騎士は聖剣を一振りします。巨大な雷が王城に降り注ぎ、四騎士とその配下の騎士たちはまとめて倒れます。
最強の騎士は聖剣を一振りします。力の塊が大賢者へとぶつかって、大賢者は吹き飛ばされました。
しかして、このようにしてエリザは父王へと――
◇◆◇◆◇
――大暴れしたエリザは捕らえられました。
それを成したのはかの意地悪な王でも大賢者でも聖人でも四騎士でもなく。
陰のように湿っている、百足のように地を這う一人の男です。
「ひっひっひ。お姫さんもこうなっちゃあ形無しだぁね」
地を這って姫を捕らえている男の傍らには大賢者が立っております。大賢者は額に手をあてて嘆息しました。
「なんと馬鹿な真似をしたのか。収集人よ。これは王の娘。この国の姫ぞ。お前の如き萎びた手で触れて良い存在ではない」
「へぇへぇ。大賢者様。申し訳なすです。でもねぇ学もねぇ信仰もねぇアッシには何が偉いのか何が尊いのかてんでわからぬままでして」
もういい、と大賢者は杖を振ります。死の霧はエリザに触れることなく男だけを覆いました。悲鳴を上げて男は逃げ惑うものの抵抗することもなく息を引き取ります。
塵のように地面に転がる死体を見て、エリザは悲鳴を上げました。
「さぁ姫。王城へ。帰ってきてしまったのは仕方ありません。私からもとりなしましょう。ですので暴れるのはやめて王ととくとお話なさい」
こうして姫は無事に王都へと帰ってきたのでした。
―――泣き虫姫エリザ 白の部 第一編『エリザベートと素材収集人』
正直なところ、白の部。いわゆる裏が気に入らないのはこの始まりからしてだった。
エリザが父王を悪逆として討伐に向かうところから俺は気に食わなかったし、なぜ四騎士でも大賢者でも聖人でもなく、よくわからないぽっと出てきた素材収集人とやらが騎士の守りを掻い潜り、龍に乗るエリザを捕らえられたのか。その点も大いに気に入らなかった。
では、この素材収集人。相当な武人だったのかとも思うが、大賢者の魔術により一撃で死ぬ有様からは、そのようなものが見えない。
大賢者の作ったゴーレムや使い魔という線も考えられたが、それが龍と騎士に守られたエリザを捕らえるほどの強さがあったとも考えづらかった。
だがそれも、こうして様々な真実に触れてきたことで、別の見方ができる。
まず、前提だ。エリザは帰ってこなかった。故にこの白の部第一編のほぼ全てが事実ではない。王城の戦いはなかっただろうし、王や四騎士を圧倒する最強の騎士も存在しなかった(
そして、この編はぽっと出の人物。素材収集人がタイトルになっている。故に、真実というか、
「つまり『素材収集人がエリザを捕らえた』という一点こそがこの話が伝えたいこと、か?」
で、こいつがマリーンに処分されたのも真実? いや、その辺はどうでもいいな。王都で素材収集人が幼いエリザベート姫を捕らえた。
つまりここからわかること、は……。
「全く何もわからんな」
情報が足りなさすぎて、学のない俺にはわからん。
俺は思考を放り投げて周囲を見た。とにもかくにも俺にできることはただ突き進むことだけだ。
俺は今、色のない路地裏にいた。大剣の騎士の扉をくぐった先がここだった。
恐らくはダンジョンが再現した、過去の王都の路地裏。
ちょっと表に出れば表通りの喧騒に交われるような、そういう薄暗い場所に俺はいる。
「いや、実際……」
色のない裏通りから目を背け、背後を振り返れば、色のついた、陽の光が降り注ぐ王都の大通りが見えた。
祭りだろうか? 多くの出店が大通りに並んでいる。通りの真ん中を巨大な巨人や、色とりどりの衣装を来た騒がしい人々が行進している。
デーモンかと思ったがデーモンの気配はない。その上で生命を感じなかった。瘴気の生み出した幻影だろうか?
(あいつら、このダンジョン特有の、子供の書いた落書きみたいな顔を貼り付けてやがる。どちらにせよ、尋常のものではない。それに……)
入り口の狭い通路を境界線として、あちらとこちらで色が違っている。
「……わかってる。ああ、わかっているさ」
言い聞かせるようにつぶやいた。
わかっている。
この再現された領域の主体はこの裏通りだ。あの色のついた大通りは、よくよく見れば壁に描かれた絵のように立体感がない。幻なのだ。誰かが憧れた蜃気楼。あれはそんな幻影にすぎないのだ。
(憧れた……か。景色にそんな印象を持っちまうってことは、やはり記憶が混じってるのか、ここの瘴気は。それにしたって風景から印象も感じられるってのは少し毒が強すぎるが……)
強い記憶は人を飲み込む。俺が龍に飲まれたように。俺の自我が弱ければそうなることも有り得るのだ。
舌打ちをした。あまり考えたくない想像だ。この瘴気の質は厄介すぎる。瘴気はともかく、この浸透してくる記憶の波は聖衣やオーラでも防ぎきれるか怪しいものだからだ。
(ちッ、考えても仕方ないな。進むぞ)
大陸を制覇した王都の栄光の裏、という奴だろうか。地面には色のない汚水が広がっている。
チチチ、と以前見た鼠のデーモンに似た灰色の巨大な鼠が俺の脇を通って――
「っと、油断してた」
あまりに自然に通り過ぎるものだからこの色のない裏路地の背景と誤認しかけ、だが辺境人の本能か。手に持った銅剣を俺は反射的に振るっていた。
ずんばらりん、と真っ二つになる鼠のデーモン。しかし俺は少しだけ激しくなった心臓の鼓動で頭に冷水を掛けられたような気分になる。
(まずい。まずいな。呆けていた。
認識を改めろ。既に俺はこの世界に侵入している。
この世界の主を殺す為にここにいる。その俺が、まるで部外者のように、物見遊山の客のように、世界をただ眺めていた。
物珍しい景色を見るような気分で、ただ漫然と歩こうとしていた。今のが鼠のデーモンではなく、蟲人や銅兵だったら死んでいたのはどっちだった?
まさか、瘴気に混じる感情に引きずられたか?
(クソ、俺は馬鹿か。油断するなよ。未だ目立った危険はないとはいえ、ここは極限の死地だぞ)
息を吐く。呼吸を落ち着ける。オーラの練りを確認する。冷静に周囲を観察する。
「デーモンには、色がある」
呟く。そうだ。先の鼠のデーモンには
この世界には色がない。この記憶の瘴気の影響だ。染み出してくる記憶の影響で、元の色彩が認識できる気分にはなるが、真実そこに色はない。
そう、この世界。ところどころ灰色に似ているが、灰色ではないのだ。
色の抜かれた色なだけで、灰色ではない。
故に、灰色の鼠のデーモンってんなら、そりゃ灰色の鼠のデーモンであって、いや、自分でも何を言っているかわからなくなってきたな。
「めんどくせぇ」
とにかくデーモンは殺すに限る。理屈なんかどうでもいいんだよ。とにかくデーモンを殺せば解決するんだ。
剣を強く握り込む。銅剣で真っ二つにした鼠のデーモンは数枚の銅貨を残して消え去っていた。
「最近は銀貨ばかりだったから珍しいな……」
深層とはいえ、所詮鼠は鼠ということだろう。俺は銅貨を拾い、路地裏を見回す。
「ふん、俺も相当、呆けていたか。ここも所詮はデーモンの巣だな。少し探りゃあ、あちこちに鼠どもめが潜んでいやがる」
集中して周囲の気配を探れば、暗がりや頭上にチチ、チチチ、と不気味な鼠の鳴き声が響いている。
俺は重いだけの銅剣を仕舞い、袋より鞭のようにしなる茨剣を取り出し、歯を剥き出しにしてクク、と嗤った。
「とにかくデーモンどもをぶっ殺せば俺の気分も、この汚濁も多少はマシになるだろう。蹴散らしてやる」
鬱憤晴らしに付き合えよ。
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