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濃い瘴気の牢獄は続いていく。
死の記憶を時折見つけながら、溺れるような瘴気をかき分けるようにして俺は先へ先へと進んでいく。
「む、長櫃か」
牢屋の中にいた赤黒い瘴気を纏った囚人のデーモンたちをメイスで殴り殺し、俺は中に置かれていた長櫃を開いた。
中には布に包まれた道具が入っている。
「なんだ?」
布を解いて中身を確認すれば、入っていたのは、白く粘ついた何かの塊だ。
強い瘴気によって鼻が麻痺しているので臭いはわからないが、見た感じ、脂の類だろうか?
「ただ、強い神秘の気配がするな……」
ただの動物の脂ではない。神獣か聖獣の脂かもしれない。
おそらく特別な道具なのだろう。脂を包んでいた布を元に戻し、袋にしまう。
「それにしても、そろそろ
あるという確信はあっても見つからないと不安といらつきが心を襲う。
心を落ち着けるために息を吸い、吐く。
「ふぅぅぅぅぅ」
四重の聖衣を身に着けた俺でさえこの環境では息をするのも苦しい。
それでも正しく呼吸をし、正しく歩法をこなし隙間なく全身にオーラを巡らせる。
この命なき世界において、オーラを途切れさせることは絶命するに等しいからだった。
◇◆◇◆◇
絡繰は見つからないが、敵は次々と現れる。
赤黒い
「ちぃ、面倒な」
道を塞ぐようにして現れたそれを避けて進むのは難しい。
人骨の寄り集まった赤黒い
「おせぇ!!」
この相手にメイスではリーチが足りない。バックステップで避ける。
「アルトロ! 俺に力を!!」
触媒を握り、取り出したハルバードに『月神の刃』を纏わせる。
奇跡の行使に慣れてきたせいだろう。以前より少しばかり纏う光が強くなっている。
「おらぁッ!!」
スケルトンタワーが再び振り下ろしを行ってきたので、カウンター気味に『月神の刃』を纏ったハルバードで切り裂けばいくばくかの骨の塊が周囲へと散らばった。
「ッ、刃では難しいかッ!」
ハルバードで削れたのは敵の巨体からすればほんの少しだけだ。
月神の刃を纏ったハルバードの刃は、骨を砕くには鋭すぎるのだ。
(こういう相手には、もっと無骨で、でかくて、雑な武器の方が効果は高いが……)
脳裏を、俺が扱った中で最も巨大な武器である
それに合わせて、ハルバードで斬撃を加え、刃の背で叩き、反動で回転させると柄で突き砕く。
三連撃でも奴がひるんだ様子は見えない。多少身体を削ったところでダメージにならないのは群体型デーモンの特徴だ。
ハルバードを握る拳を見る。
(拳撃で砕くのも難しい)
スケルトンタワーに殴りかかればタワーを構成するスケルトンたちによって俺の身体はたやすく捕らわれる。
無論、鎧を着ていても無意味だ。
いかな全身鎧であろうとも、瘴気によって大幅に膂力を増したスケルトンたちにかかれば、俺の身体は鎧を含めてバラバラに引き裂かれて終わるだろう。
「こういう相手は面倒だな……」
ハルバードを振るいながらの呟きだった。
距離を取りながら切り刻めば倒せることは倒せるが、通路の奥に何体かのスケルトンタワーが控えているのが見える。
何体も何体もこのように戦っていては、時間がいくらあっても足りなくなる。
(……いや、そういう問題じゃないな)
どうにも
塔を構成する下段の人骨どもが巨大な塔を支えながら床をずりずりと歩いてくる様は亀のごとき鈍足だが、あの集団は、今相手をしているスケルトンタワーを倒すよりも早くここにやってきてしまうだろう。
(とりあえず、こういうときは)
音に反応しているようならばと右手をハルバードから一瞬放し、にじり寄ってくるスケルトンタワーたちの後方へ向けて人差し指を向ける。
放つのは『妖精の声』。
放ったそれは、石畳へとゆっくりと着弾する。
すぐさまキャッキャという魔力の籠もった声が響いた。
「よし」
俺へと向かってきていたスケルトンタワーたちは、進行する向きを変えると声に向かってゆっくりと歩いていく。
(今のうちに)
俺は龍眼を発動させ、今相手をしているスケルトンタワーの核を見抜くと、魔力も体力も度外視で集中的に攻撃を加え、急いで破壊する。
デーモン一体を倒すには割に合わないが、俺の猛攻によってその巨体を崩壊させていくスケルトンタワー。
「たくッ、いちいち相手にしていられるか!!」
デーモンを根絶やしにしたい気持ちはある。だがキリのない戦いに身を投じられるほど時間が有り余っているわけでもない。
俺はスケルトンタワーがドロップした銀貨を拾うと、『妖精の声』が効いているうちに、この通路を通り抜けるのだった。
◇◆◇◆◇
仲間が倒れていく。街が滅んでいく。人々が死んでいく。
墓所の方向から現れたネクロマンサーたちによって率いられた人骨の軍勢は、街を襲うデーモンたちと激戦を繰り広げていた帝国近衛騎士の一隊を一息に飲み込んだ。
私はその中の一人だ。
盾を叩きつけ、剣を叩きつけ、ゼウレの奇跡を放ち、それでも骨の軍勢の全てを滅することなどできず。
私は微塵に引き裂かれて死んでいく。
――
神よ。戦士よ。心ある者よ。我が無念を聞いてくれ。
この惨劇を知ったならば、デーモンを討ち滅ぼしてくれ。
◇◆◇◆◇
俺は死者の記憶を見せてきた朽ちた頭蓋骨に祈りを捧げた。
「仇はとってやるよ」
立ち上がる。ここは通路の行き止まりだった。
死体の隣に置かれていた長櫃より手に入れた首飾りを袋に入れると、俺は来た道を振り返る。
「道を間違えたか……」
正しい道ではなかったが一人の探索では珍しいことではない。聖女との探索がうまく行き過ぎていたのだ。
正しき道を探るなら、いくつか道を戻る必要があるだろう。
「む」
袋から
一瞬だが、通路の脇に置かれていた樽に少しの輝きが見えた。
気配を隠しながら樽へと近づき、ハルバードを振りかぶる。
「らッ!!」
樽をまとめて砕けば、破片が周囲に飛び散っていく。だが視線は動かさない。樽があった場所で、びくついたように一瞬だけ動きを止めた銀色のスライムが見える。
「ッ!!」
俺はその一瞬を見逃さずにチコメッコを投げつけた。
――突き刺さった。
死んではいない。まだ動こうとしている。
隙を逃す俺ではない。俺は奴が再び動こうとした瞬間を狙い、刃を振り下ろしていた。
「仕留めた」
刃の先を見る。銀色のスライムはハルバードの刃によって、真っ二つに分かたれていた。
そう、俺が今殺したのは以前森の中で遭遇した銀色のスライムだ。
猫がいうところの、ボーナスデーモン。
「ふん、だが、一回殺した経験がなけりゃ殺すのは難しかっただろうな」
習性を知らなければ殺すことは難しい。以前はたまたま反射で殺せたが、今回のような場合での遭遇なら、見つけても仕留めることは難しかっただろう。
ハルバードを持ち上げ、刃の汚れを拭う俺の前で、スライムのデーモンは溶けるように消えると金貨と蝋材を2つ残して消えていく。
「お、この蝋材は見たことがあるな」
神秘の感触が聖印を作るのに使ったものにそっくりだった。名の失われた聖女の蝋材だ。
効果は、特別な効果をつけずに聖具や神器に+の強化を行うことのできる蝋材。
「……なんとも不気味だが」
デーモンがこれを持っているという事実がよくわからない。だが拾わないという選択もない。俺は祈りを捧げ、死者の冥福を祈るとありがたく聖蝋を拾うのだった。
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