235
『オォオォオオオオ――!!』
振りかぶられた肉切り包丁を+5まで強化してある帝国騎士団正式採用盾で
料理人のデーモンの体勢が崩れたところに+2に強化された青薔薇の茨剣を鋭く叩き込んだ。
茨剣に取り込まれた落雷の魔女の蝋材による効果で刃から紫電が迸り、デーモンの身体を焼く。
「シッ――!!」
連撃。弱所に鋭く茨剣の刃を突き込み、俺は料理人のデーモンを殺害した。
「だが、クソッ……!!」
地下下水道を抜けた先の、牢獄が途中途中にある脈動する肉塊の張り付いた通路には、以前ここに来たときよりも多くのデーモンがいた。避けようにも俺が行く道をわかっているが如くに配置されたこいつらを殺していかねば、どうしようもない。
――これは十中八九道化のデーモンの仕業だろう。
時間稼ぎをされている。俺の到着を阻むクソったれなデーモンどもだ。
『オオオオァアアアアアア!!』
「邪魔だァッ!!」
料理人のデーモンを殺した瞬間に襲いかかってくる新たな料理人のデーモン。
こいつは肥満体の成人男性のような、肥大した身体を持ったデーモンだ。
腐汁に塗れた前掛けをし、巨大な肉斬り包丁を思い切り振り回してくる料理人のデーモンは、
急いでいるときに相手にしたくない存在だが、この先に進むためにも、確実に、一体一体処理するしかない状況である。
「ふッ――!! らッ――!!」
前掛けごと鋭く刃を突き込んだ後に、
紫電と神威に焼かれた料理人のデーモンの身体から瘴気の大半が吹き飛んだ。そこにもう一撃、茨剣の刺突を叩き込めば終わりだ。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「お前らは寝ていろ!!」
料理人のデーモンを仕留めた直後に、盆を持った、手足を拘束された給仕女のデーモンが横合いから襲いかかってくるが蹴り飛ばして距離を取る。
「くそッ、後でいくらでも相手をしてやるから――!!」
次から次へとデーモンが現れてくる。あまりの量に、俺とて押し流されそうな――
――瞬間、炎が周囲を焼き払った。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
暴力的な炎の嵐だった。粘性を伴った溶岩のようなものがデーモンたちに張り付き、殺すまではいかないが、奴らを拘束している。
「おい!
炎の先にエルフの魔術師、エリエリーズがいた。人の形をした炎を連れ歩いた男は、デーモンたちを焼き払いながら声をかけてくる。
竜には敵わずとも、この男もまた神殿が俺に紹介してきた魔術師だ。ここで戦えるだけの強さを持っていたようだ。
「エリエリーズ……!?」
遭遇に驚くが……そうか。ヴァンをお前は追っていたか。ここで遭うのか……!!
天運か? 悪運か? いや、どちらでもいい。
「助かる――!!」
「道化のデーモンはこの先だ。ヴァンと組んで何かをしているぞ。私も何度か追い詰めたが――くくく――ははは――肉の焼ける臭い――ははッ――ははははははははッッ――キース、おい、行けッ! 殺せ! ヴァンも、道化も全て殺せッッ!! わ、私は――炎が、肉がッ――ひひひひひははははははははッッ――!!」
エリエリーズ、なんだ、その顔は。
横を駆け去る瞬間のエリエリーズの顔は、まるで刃で分割されたかのように、半分がまともで、半分が炎の狂喜に歪んでいた。
「くそッ、エリエリーズ……――感謝する!!」
この助けは、この男が正気を保とうとする努力なのか。
何か声を掛けるべきかとも思ったが、奴の助けに報いるためにも俺は急がねばならなかった。
炎に焼かれるデーモンたちを余所に俺はその場を駆け抜けた。
◇◆◇◆◇
気絶より目覚めた聖女カウスは、自らの愛弓を手に、震えるようにして周囲を見回していた。
その場所は、かつて自分が従者であったはずの盾騎士に突き落とされた大穴のある場所だった。
――そしてここはボスである修道女のデーモンがキースに討たれた場所でもある。
巨大なテーブルの上には人間を調理したであろう料理が並んでいた。
腐臭と血と、デーモンの瘴気の濃い場所だ。おぞましき場所だ。
そして傍には、
「ああ、僕の愛する人よ……ああ、うう……」
「け、穢らわしい……なんですか貴方は……」
聖女カウスは慌てて立ち上がり、男から距離をとると、周囲を見回した。
半吸血鬼の男はいない。どうしてだろうか。いないことが恐ろしい。
この場に自分を気絶させたあの吸血鬼狩りの男がいれば、まだ自分は終わっていない、ということがわかっただろうに。
――いないということは、もう下準備を終えているということだった。
あとは、この男――下男のテイラーが何かをするのか。それとももう終わっているのか。
何が起こるのかはわからない。だがしなければいけないことはわかっている。
聖女カウスはローブの内側より短刀を取り出すと、その刃を自らに向けた。
(キース様……申し訳ございません)
そうだ。もっと早くこうするべきであったのだ。
姉のデーモンを殺し、聖域を作ったあのときに、それならばこんなことにはならなかっただろう。
(楽しくて……嬉しくて……)
頼りになる仲間と共に、悪滅の旅をするそのときが楽しくて――ついつい、最後を引き伸ばしてしまった。
それが迷惑になると思っていながら、何もなせずに、何も残せずに死ぬのが嫌だった。
――だから、報いを受けてしまった。
「やめなよ」
いつのまに接近されたのか、聖女カウスの手を、下男のテイラーが握りしめていた。
ギリギリと骨が軋む。聖女であるカウスの腕力を上回る。恐ろしい腕だった。
「け、がらわしい! 離しなさい!!」
「い、嫌だ……ああ、嫌だ……僕の、僕の……」
男の目はもはや正気ではない。狂気に侵されている。いや、そもそも自分が連れ歩いていたときから瘴気によって汚染は進行していた。
所詮は大陸の人間だ。聖衣の愛があろうとも、牢の中にいれられ、恐るべき四騎士のデーモンの傍にいたのだ。どうして自分はこの男が正気を保っているなどと思えたのか。
「ぐ――うぁあぁああああ!!」
聖女カウスが腕を振り払う。下男テイラーの手が離れる。
「お前は、死になさい!!」
聖女カウスは聖弓デアトスフイーズンに矢を番え、テイラーの心臓を狙い撃った。
「ど、どうして……!」
矢を見下ろしながら、信じられないような目で見てくるテイラーに、聖女カウスは侮蔑の目を向け、
「どうしても何も――待ちなさい……なんですかそれは……」
テイラーの中心に、穴が空いている。聖女カウスは恐ろしいものを見る目でそれを見た。
――射った矢が吸い込まれていた。
奈落が、目の前にあった。
「……ひどい、ひどいよ……僕の愛しい人……僕の愛しい人……ああ、君と愛の言葉を重ね合わせたあの日々は嘘だったというのかい?」
テイラーが近づいてくる。
「あ……あ……お、お前は……」
聖女カウスはようやく気づく。
――
このテイラーという男は、もはや人間ではなかった、自らの愛だけで動く人形だった。
目の奥は伽藍堂。身体の中身は
「さぁ、思い出して。君が神殿の人々に連れられて大陸中央に行くときに僕を従者に選んでくれたね……君は聖女になるときに、僕に名前を忘れないでと言ってくれたよね……あの丘を、大神殿を見下ろすあの丘で僕たちは誓いあったよね……夜ごと、君が自分がなくなってしまうと泣いていたあのときを思い出して……」
「ひ……」
聖女カウスは慌てて手に持ったナイフを自らの喉に押し当てる。まずい。
下男テイラーはもはや奈落だった。聖女カウスが矢で開けた心臓の穴に向かって瘴気が濁流のごとく
そしてその対象には、聖女カウスも含まれている。吸い込まれてしまう。
捕まってはならない。逃げなくてはならない。
「覚えていないのかい? 君と僕が結ばれたあの愛の日々を。君が織ってくれた聖衣を僕が着たあの日を。辺境へと向かう旅の日々で君が僕に囁いてくれた愛の言葉を……ああ……そうだ。君の名前を言えば、君は大丈夫になるのかな? 僕は、僕はもう、僕の愛ではちきれそうだ。あの忌々しい吸血鬼狩りとの取引も終わりだ。君の名前を呼ぶよ。僕は――君の名前を呼びたい……ああ、愛で、愛ではちきれそうだ――!!」
「――ッ!!」
ナイフを喉に押し当て、そのまま突きこもうとした瞬間、
「あああああああああああああああ」
見上げれば、この広間を見下ろせる位置に悍ましき肉塊と共に自分を見下ろしている吸血鬼狩りの男がいる。
「き、貴様……貴様あああああああああああああああああ!!!」
聖女カウスが怨嗟の叫びを上げるも、ヴァン・ドールは嘲笑を返すだけだった。
片腕ではもはや弓も射てない。よろけるようにして聖女カウスがテイラーから逃れようとするも、テイラーの剛力に捕まってしまう。
「あああああああ、やだ……いやだああああああああああ!!」
――取り込まれていく。いやだ。いやだ。いやだ。助けて。
言葉すらもはやテイラーの胸の奥の穴に吸い込まれていく。身体が消えていく。心が消えていく。魂が飲み込まれていく。
だから、彼を目にしたときに聖女カウスは言ってしまった。言ってはならないことを。
「聖女カウスッ!!」
この悍ましき食堂たる大広間に踏み込んできた月神の騎士キース。彼に向かって。
「キース様、
「あああ! ああ! やった! 僕の、僕の、やっ――!!」
「死ぃッ――!!」
テイラーの首が、踏み込んできたキースの刃によって斬り放された瞬間。
――柘榴の実のように、テイラーが裏返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます