063


「こいつは……」

 狩人のデーモンが残した物。それを確認する。

 あれが落としたのは騎士のチェス駒だった。黒色のそれを検めながら、猫から買ったチェス盤に収める。

 これで手に入れた駒は6つだ。

 ポーンが4。ナイト、ビショップが1。

(まだまだ残っているが、それでも1つずつ集まっていく)

 何に使うかもわからないもの。しかし確実に集まっていくもの。

「あとはこれか」

 弓が残っていた。黒の森の狩人の弓。黒の森で採れた良質の木材と、闇の獣の素材を合わせて作られた伝説の弓だ。

 善神大神殿の消失と共に黒の森と守護者は消え、もはや素材も製法も残っていない、そういう弓である。

 弓を構え、弦に指を這わせ、弾いてみる。

 通常の弓からは考えられない強い反発。弾けば、小気味良い音が返ってきた。

 英雄の扱っていたものだ。軽く、しかし引くには強い力と高い技術を必要とするもの。

「あのデーモンが使った時より威力は落ちるが、俺でもなんとか扱えそうだな……」

 辺境人の常識として武芸に関しては一通り収めているが、それでも弓に完全に慣れているというわけではない。

 止まっている的。動いている獲物。それらに必中は当然のこと。連続して射った矢を必中させる程度には習熟もしているが、それ以上は技量の不足で無理である。

 練習するにも矢は高いしな。

「弓か。弓は良いな。弓はオーラを通せる分、矢に加工が必要ないから調達がし易い。助かる」

 クロスボウは便利だが、デーモンにも使える太矢となると、補給に軍か神殿の伝手が必要だ。猫も売ってくれるだろうが、太矢は単価が矢より高い。

 また、威力は安定しているが、一定量より上を出すのが難しい。機械弓や銃にオーラを流すことは困難だからだ。

 あれらの武具は、機構や絡繰によってオーラの伝達にロスが出るし、刻みこんだ聖言などが干渉して上手く効果を発揮しない。どうしても威力を増やしたい時には行うが、やはり効率的ではない。

 この辺りはあまり上手い説明が付かない。俺も詳しくは知らない。魔術師や呪術師の領分になってしまう。

 ただ戦士の常識として、クロスボウ、銃は困難だが、弓は容易にオーラを載せられる。

 ついでに、弓は射った矢の回収ができる。もちろん射出で矢の神秘は損なわれる。神秘の効率として良くはないが、クロスボウや銃と違い、オーラで威力は補える。矢玉の再利用できるという点はこういった環境では非常に有用だ。

「……弓と駒。それにソーマ……か」

 ソーマは使ってしまったが、狩人からの取得品はそれだけだ。デーモンを倒したことで身体能力の上昇は感じられるが、道具などの損失はどうにも取り戻せないだろう。

「道具目的じゃないからいいんだが」

 金貨も数枚落ちていたので拾っておく。

「さて、戻るか進むか」

 防具の破損が酷いので戻ってもいいのだが、進んで様子を確かめても良い。

 というか進んで確認をしないといけないものがある。

「様子を見ておかないと、この先、必要な装備がわからないからな……」

 何しろダンジョンというのは変幻自在だ。今までは運良くなんとかなる地形だったからよかったものの、運が悪ければ、向かった先が溶岩地帯、極寒の氷河、無限の砂漠などもあり得た。

 ダンジョンは現世とは異なる別の世界。主となるデーモンは土地の生物を元にしたものが多いため、その土地に関係するものになりやすいが、この場所のようなかつての英雄たちがボスであれば、そのような常識もまた通じなくなってくるだろう。

 想定したくはないが、そういった地形も考えておかねばならなかった。

「そうなると装備がな。狩人、薔薇、庭師……これ以上この階層にボスがいるとは思えないが、いや、先に進めば別の階層に当たる、か?」

 とりあえず月狼の装備は一度修繕をしなければ使えない。弾かれたマスクなど大きく穴が開いており、毒花粉を防ぐ役には立たないだろう。

「兵士の防具か、ハードレザーアーマーか、狩人服か」

 並べて見てみたが、どんな呪いがかかってるかわからない狩人服や兵士鎧は除外だろう。選択肢はハードレザーアーマー。これしかない。

 着用し、少し拳撃の型を行って慣らす。月狼に慣れてしまったがこいつは防御力という面では月狼以上に信頼のできる品だ。

 一番硬い部位で防御すれば、劣位の狩人の矢ぐらいなら通すこともないだろう。

 獣の牙にも強い。

「毒花粉もなんとでもなるだろう」

 今回は神殿まで強行突破することが目的だ。到達し、何が必要か確認したらスクロールで帰還する。それでいい。

 武器はショーテルを選択する。酷使する程度に俺もこいつが気に入ってきている。メイスも当然いつでも使えるように袋に入れておく。

「よし、行くぞ」

 目指すは神殿。次の階層を確認し、帰る。それが目的だ。



「そうか。耐性があがったのか」

 驚くべきことに、狩人の毒に苦しめられたあの戦いが俺に、強い毒の耐性を与えていた。

 神殿へと向かう小道。次々と襲ってくる兵士型デーモンを倒しつつ、俺は素顔で息を吐く。

 マスクはつけていない。

 毒花粉が、それほど俺に困難を与えなくなったからだ。

 もちろん長時間毒花粉を吸い続けれれば毒に侵される。しかしその度に薬を飲めば肉体から毒はなくなるのだ。

 マスクがない為に視界は広くなり、呼吸も容易くなった。

 この階層には随分と苦しめられたが、結果として、俺の肉体はその分成長をしていた。

「道が分岐したな」

 聖域を作った広場から少し進むと、道が分岐した。片方は森に向けて、片方は神殿に向けて。

 少し迷ったが目的は神殿の確認だ。毒に対する強い耐性を得はしたが、やはり物資が心許ない。次の階層の確認を先に行うのが良いだろう。

 途中で見つけた長櫃から束になった黒の矢や投擲用の短刀を手に入れつつ、俺は進んでいく。

 助かるといえば助かる、俺としては水溶エーテルのような緊急性の高い道具が欲しいところだったが。

「贅沢も言ってられないか……」

 なんとなくダンジョンが俺に与える物品が少なくなってきていると感じる。

 もうそれほど必須なものはないのかもしれない。最低限は与えている。それ以上が欲しければ探せ、というような意図を感じて仕方がない。

「だが、もしかして俺は、ダンジョンに甘えているのか?」

 ……そうかもしれない。それしか選択肢がなかったとはいえ、ソーマを目当てにデーモンと戦うなど少し軽率すぎた。

 メイスで兵士型デーモンの頭を砕き、ギュリシアを拾いながら反省する。

 生き残れたのは奇跡に他ならない。デーモンからの取得物の有無で生死を決めるなど正気の沙汰ではない。

 ソーマは本来当てにして良いものではないのだ。無傷でとはいかないが、死なないように戦わなければならない。

 自戒しながら己の持ち物を思い出す。

「足りないものが多すぎるんだ……」

 ハルバードがあれば……。ショーテルもメイスも良いものだ。良いものだが、辺境人のデーモン戦とはハルバードにつきる。

 ぶっといドワーフ鋼でできたあの武具。

 あらゆるデーモンとの戦いに向いたあの万能性。

「……ああ、ハルバードが欲しい……どこかに落ちてりゃいいんだが……」

 辺境人があれを持ったら無敵になる。それぐらいハルバードは優れた武具だ。

 そんなもの、ダンジョンが俺に与えるわけがない。

 そうして俺は、配置された槍持ちの兵士型デーモンを叩き殺し。

 辿り着いた先にあったそれを見上げた。

(……おいおい、こいつは……)


 ――無言。


 驚愕に心中は支配されている。

 どくどくと心臓が高鳴る。腹の奥からふつふつと感動が吹き出てくる。血管を流れる血液が熱い。

「美しい」

 自然と言葉が溢れた。まさに本心から出たものだ。

 遠目に見えたものからそれが立派なものだとは考えていた。

 だが、森を抜け、それを目にし、俺の心臓は高鳴り続けている。

「これが善神大神殿、か……」

 そこに、それがあった。

 相も変わらず満ちる霧に支配されているが、全く見えないというほどではない。

 森を抜け、辿り着いた大理石製の、ドワーフの名工たちによって神々の意匠が彫られた大門。

 そこから巨大な階段が、都市へと伸びる。高い位置に造られたのか、大門からは見下ろすように市街が見渡せた。

 人のいない。しかしその繁栄ぶりが明確な、広大な白の市街。

 遠目に見える神殿を囲うようにして、市街は造られている。

 馬車や軍列が通れるように作られた広い大通り。複雑に張り巡らされた細い道。石造りの建物が並ぶ市街からは、多くの人々が暮らしていたのだろう生活の痕跡が伺える。

 そして、大通りを進んだ先にある、巨大な……神を讃える神殿。


 ――俺はこれを目にしたことがある。


(上の階層で埋まっていたアレか……。あれが、無事ならこうなるのか……)

 未だ息を呑んだままだ。

 ただただ美しさと、威容に言葉を無くす。

 そこにあるのは巨大な白の建物だ。

 かつて辺境に存在した、善神大神殿。それそのものがここに存在している。

「上の階層にあったものが、実物だとしたら。これは、誰かの記憶の再現の筈だが……」

 主のデーモンは、一体誰なのだろうか……。

 それに、と霧の中に佇む街を注視する。

 破壊の痕跡はない。朽ちていない、かつての威容そのままに神殿も街も存在している。

(……市街を進むべきか否か)

 少しだけ、勇気を出して息を吸う。

 決めなければならない。

 進めば、戻るのに決心を使うことになる。しかし一度中を確認したいのも確かなのだ。

 ほんの少しだけ進み、俺は立ち止まる。

「こいつは? なんだ?」

 巨大な石壁に囲まれた神殿とその市街。その出入り口は都市を囲う石壁に設けられた大門より行える。

 しかし、俺は大門の入り口で立ち往生するしかなかった。

「結界か。こいつは……」

 手のひらを開いたままの大門に向ける。中の景色は見えるのだが、大門より先に充満する、都市を覆う白い霧が反発するように俺の侵入を拒む。

「結界破り。流石にこのレベルは無理だぞ」

 俺は戦士であって、魔術師や呪術師ではない。このような都市を覆う結界を破るには、相応の資質と道具と準備が必要になる。

 こればかりは武ではどうにもならない。

「なら、ここで終わりなのか?」

 俺は、先に進めないのか? 残念がるように小さく門を撫で、おや、と首を傾げた。

「こいつは、石版か」

 大門を構成する柱。そこに黄金で出来た金属板が設置してある。

 見ろとばかりに目立つ位置に置かれたそれだが、先の都市の方に目が行くのは仕方がないことだろう。

 それだけ見事なのだ。

 とはいえ、何の手がかりもない以上、板の方に視線を向ける。

 がっちりと門に設置されたそれは外すことはできない。故に、じっくりと見る。

 そこには長々と文字が刻まれていた。

「だが、参ったな。俺にこいつは読めない」

 結界に封じられた大門に設置されている以上、恐らくここを通る条件のようなものが書かれているのだろうが、あいにくと俺にはここまで複雑な文字は読めない。

 火、刃などの簡単な単語なら読めるようになったのだが。文章となるとお手上げだ。

「何かに書き記そうにも、紙とか持ってないしな……」

 布に血文字で記すか? だが間違ったらまずいよな、と思った所でああ、とリリーの言葉を思い出す。

「なるほど。役に立つとはこういうことか」

 リリーがあれだけ熱心に俺にあの道具を渡そうとした理由。それに直面し、俺はあいつには頭が上がらないな、と感心する。

 風景を記録するデーモンの眼球。

 リリーはこういった事態を予想していたのだろうか?

「なんにせよ、猫に読んでもらうか……」

 映写眼球を用い、黄金の板の文字を記録した俺は、袋よりスクロールを取り出した。

 こうして、多くの経験を得た俺は、地上へ帰還するのだった。


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