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この場を突破するに必要なのは蛮勇だ。
大通りに、マンモスに、亡霊に、龍。練達の勇士であろうとも挫けかねない大いなる困難。
それに対する解を俺は一つしか持っていない。
「で、
「
エリエリーズは小道の奥でこくりと頷いた。
俺は肩を竦め、くつくつと笑うと奴の問いに素直な気分で答える。
「どうにもならんよ。突っ込むしかねぇだろう」
頭を抑えるエリエリーズ。おい、小声で、だから蛮族はとか言うな。聞こえてるぞ。
「なんとかなる。初見だったら殺されてただろうが。そうだな。――なんとかなる」
考えるまでもない。この程度のトラップ。何が起こるか知っているならなんとでもなるだろう。
「なんとかなる、のか? あれを?」
「おいおいエリエリーズ。この場で龍を殺せって言ってんじゃねぇんだろ。だったらなんとでもなるだろうが」
「なんとでも……なるのか?」
「なる」
頷いて見せればエリエリーズは、そうか、と残念そうに頷いた。おそらくは俺が先に進み、自分が取り残されることを残念がっているのだろう。
舌打ちをする。
(やっぱ
そんな俺の様子にエリエリーズは肩を竦めてみせる。
「いや、うん。どうぞ。悪かったな。貴殿は進めるなら進んでくれ。私は私でなんとかできないか考えてみるさ」
プライドの高いエルフらしい反応だ。
背を置いていた家の壁から亡霊が顔を突き出してくる。
手をオーラで覆い、壁から亡霊の全身すべてを引きずり出し、静かに、だが迅速に、ハルバードの柄尻を消滅するまで叩き込む。
「ああくそ。仕方ねぇな。面倒くせぇ」
火龍の件については素直に、素直にだ。エリエリーズに感謝だけがある。
知らなければただ燃やされていた。
それで俺は死んで、終わりだった。二度と地上には戻れず、オーキッドにも会えず、ジュニアを抱くこともできなくなる。
ただの死体に成り下がる。エリエリーズがいなければ、炭になった。灰になった。
「では、がんばってくれ」
もはや俺と語る必要はないと考えたのか。小道の奥へと下がり、壁に背を預けるエリエリーズ。
それを見ながら俺は聖衣のような働きをする毒鉄の少女篭手だけを残して、鎧を脱ぎ、袋に仕舞う。マントもだ。
ハルバードもこれから行うことのためにはいらない。
茨剣も……そうだな。今回は必要がない。盾と一緒に仕舞ってしまう。
ぐ、と手足の凝りをほぐすようにして軽く体を動かす。
俺の胸元で聖女様の肋骨のネックレスが揺れる。
なぁに、これから行うのはついこの間、やったことだ。
――
エリエリーズが一度見せてくれて助かった。無理か無理じゃないかがよくわかった。
対応ができる。
この場の突破は無理ではない。無謀ではない。俺ならばブレスが大通りを焼くよりも早くその場を駆け抜ける。駆け抜けられる。
無論、龍の飛行速度よりも俺が早いわけではない。だが馬より早いのだ。俺の全力は。
通路の先に群れているマンモスも問題はない。人形を踏む動きで奴らの動きは理解した。すり抜けるだけならばなんとでもなるだろう。
(何一つ問題はねぇな。何一つだ)
エリエリーズの造った炎の人形がマンモスどもに触れてから龍の気配はやってきた。ならば、だ。全然余裕がある。やってやれないことはない。
だからこそ、この場で必要なのは蛮勇なのだ。臆することなき鋼の心だけがこの場を突破できる。
「よし、鎧なしの肉体の調子は把握できた。お前も来い」
「は? って、おい! キース! 私を掴むな!!」
俺は通路の奥に向かうと背を壁にあずけていたエルフの首根っこを掴み、ひょいとそのまま腰を脇に抱える。
「探索者っても、やっぱ長耳だよなお前。枯れ木みてぇに軽いぜ」
「ば、バカなことをするな。わ、私は自分でなんとか」
「うるせぇな。借りを返させろ」
死ぬところを助けてもらったのだ。
俺は侠者だ。
借りは返さねぇと気持ちが悪い。
この長耳を助ける理由なんぞ、ただその一つで十分だろう。
◇◆◇◆◇
諦めたように
当初は散々に喚き散らそうとしたエリエリーズだったが、それが亡霊を呼び寄せる行為だと気づいたのかすぐに口を閉じると諦めたように腰を抱えるのではなく背負うように言ってきた。
それに従い、俺はエリエリーズを背負うと、小道から出て大通りへと歩いていく。
「いいか。私は貴殿と一緒に死ぬつもりはない」
再びの生意気な抵抗や抗議かと思い、鼻を鳴らして無視しようと思えば、そうではないようだ。
背中でごそごそという動き。眼の前で振られる杖。現れる人形や浮遊する炎。
「貴殿は一心に走れ。原初の火に炙られた悪神ドウグルが如くに、愚かなデーモンどもは私が灼いてやる」
ドウグルは善き神々によって地上に火が齎されたそのとき、その火に惹かれて近づきすぎ溶け落ちた悪神の名だ。
エリエリーズ。炎の魔術師。自らの火が神の火にも匹敵すると嘯くその不遜。
だがそれがけして誇張ではないと俺は知っている。エリエリーズはここまで来ている。
ここにいること。それ自体がもはや実力の証明。
ただびとでは亡者どもにまとわりつかれて奴らの仲間になるしかないのだから。
「――行くぞ」
俺は足に力を込め、踏み込みと共に走り出す。
「う、おぉ、ぐぅ……!」
エリエリーズの呻き。
肩にかかる力が増す。エリエリーズは必死でしがみついている。だが、まずいな。振り落とさないようにエリエリーズを支える手に力を込める。
並走していた炎の人形どもも俺が速度を出し始めると置いていかれていく。
見晴らしの良い、障害物のないただただ広い大通りだ。
踏破は容易。速度を出すのになんら問題はない。だから。だから、だ。
秒の時間で、たどり着く。壁がごとくに密集する
「すり抜けるぞ!!」
エリエリーズに叫ぶ。デーモンどもを殺さずに捨て置くなど噴飯せずにはいられんほどの業腹だが、立ち止まるわけにはいかない。
「馬鹿か! 待てキース! 貴殿
寄ってこようとする亡霊を魔術で牽制しながらエリエリーズが叫ぶ。
「あ゛あ゛? 知るかそんなこと!!」
疾いなら疾いだけ
俺が脇を駆け抜けた
――絶叫。
連鎖するようにしてマンモスどもが轟く叫びを悲鳴のように奏で合う。俺へ向かって殺到しようと死肉の塊が突っ込んでくるのは瞬時だ。
舌打ち。でかいだけじゃない。蠢く死肉どもの反応は予想以上に早すぎる。
エリエリーズが周囲に漂わせていた浮遊する炎が俺たちを守るように前に出るも、死肉をいくつか燃やして掻き消えていく。
人形はまだ後方だ。追いつくのには秒の時間が必要になる。
炎を振りまくエリエリーズの息が覚悟するように止まる。それでも。それでもだ。俺にも手段はまだ残っている。
指先を俺から離れた位置に向け、俺が自力で使える魔術『妖精の声』を放った。
響くのは魔力の籠もった楽しげな音。マンモスの動きが戸惑うように鈍くなる。それだけだ。だがそれだけで十分だった。
動きの鈍ったマンモスどもの間を俺は素早く駆け抜けていく。安心したようにエリエリーズが止めていた息を吐き出した。
「よ、よし、いいぞ。キース。人形が追いついた」
その声に合わせて、どすんばたんと大通りを揺らすような轟音が響き渡る。見なくてもわかった。俺たちの代わりにマンモスへと突っ込んだ炎の人形が踏み潰されているのだ。
耳を揺さぶる飛翔音が聞こえてくる。
空を見上げれば遠目に見える神殿より闇の空を高速で飛翔してくる火龍の姿が見えた。
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