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 次々と矢を袋から取り出し新月弓で放っていく。矢は当たる。距離はあるが、相手のマンモスとやらはでかい。目を瞑っていても当たる。当たるのだが。

「ちぃ、いくら矢があっても足りんな……」

 舌打ち。当たりはするものの、俺の攻撃が全くの痛打になっていないのだ。

 俺の射った矢は敵を構成する死肉に突き刺さる。矢に込めたオーラが奴を構成する死肉を吹き飛ばす。

 頭や身体を吹き飛ばされた人の死肉が、戦象マンモスの巨体から一体また一体と地面に落ちていく。

 俺の矢によって、相手の巨体が欠けていく。だが、それだけだ。それだけで俺の攻撃が効いている様には全く見えない。

「これじゃ無理だな……」

 幽閉塔で手に入れた堕落の矢や死毒に塗れた黒の矢を使えば別かもしれないが、あれらの残りはそう多くはない。地上で大量に購入した普通の矢なら100本近く持ってきてはいるが、この調子で使ったならマンモスのデーモンを1頭か2頭倒しただけで尽きるだろう。

(いや、特別な矢を使ったところで矢は矢か。潰せる死体が2つから3つに増えたところで意味はない……)

 しかしあのマンモス。ただの獣を模した死肉の塊かと思いきや、存外に賢い敵に思えてならない。

 結果的にそうなったのかもしれないが、潰された箇所を切り離すことで全体の被害を抑えている。先程は毒矢がなどと思ったが、

あれでは使ったところで意味はないだろう。死体1つを毒に侵したところで、あの巨体を構成する全ての死体を冒すことはできない。

 それに、だ。切り離した死肉は破壊されていなければ単体でも動けるのだろうか?

 無論、死体は所詮死体だ。強敵ではなかろうが、それにしたって数の多さは問題だ。死体だけなら潰し続ければいいが、ここには厄介な亡霊どももいる。死体を潰して回っている間にあれらに囲まれるのは避けたい事態だ。

「ふぅむ。感知能力は、低いか?」

 死肉を潰されても切り離しているせいか攻撃している俺に気づく様子は見えない。奴らはどうやって敵を認識する? 視覚か? 嗅覚か? 触覚か? それとも霊的な知覚か?

 死肉全体の意思統率などはどうなっている。

 興味は尽きない。

 だが、矢で殺せないことがわかった以上は俺にできることはひとつだけだ。


 ――ハルバードで殴り殺す。


 あの巨体の敵が先の通路にみっちりと群れている。押し通るにもあの巨象どもを何体か潰してやらねば通ることもできない。

 首筋をちりちりとした焦燥が焦がした。

 ただ遊んでいればすぐさま亡霊どもやってくるだろう。

 やるならば迅速に、だ。

「行くか」

 そうして進もうとし、何かに呼ばれたかのように俺は立ち止まった。


 ――炎。


 炎だ。

 線上の炎が俺の隣をちろちろと走っていき、止まる。

 かすかなものだ。脅威などなにもない。ただ走ってきた細い炎の線が俺の真横で燃えているだけ。

 悪意がない。これは、つまり。

「エリエリーズ……か?」

 振り返る。目を凝らす。いる。確かに、そこにいる。

 家屋の隙間からこちらに向かって招くように手を振るエルフの男が見える。

 それは予想した通りの男だ。炎を操るエルフの異端。エリエリーズ・マル・ウェンストゥス・デカヴィアだ。

「なんだ? 奴め。何が目的だ?」

 視線を通路の先に戻す。マンモスどもはこちらに気づいた様子は見えない。

 ハルバードに視線を落とした。舌打ち。あの死肉の塊どもを刻むのは後にする。

 あの男エリエリーズめ、俺に何か伝えたいことがあるようだ。


                ◇◆◇◆◇


 並ぶ家々の隙間にその男は立っていた。どういう理由か。そうと知って見なければわからないほどにその気配は薄い。呼ばれて初めて気づけたのはこの気配の薄さ故か。

「エリエリーズ。こんなところでお前と会うとはな」

「ああ、私も驚いた。時間の流れの狂ったこの場でこうして貴殿と出会えようとは」

 言われて、確かにと頷いた。そして俺は他の探索者の顔を思い出す。

 このダンジョンに潜っているのは俺を除けば半吸血鬼のヴァンと、盾騎士アザムト。あの剣聖の老人は強者たるの素質はあるがまだここにはたどり着けないだろう。

 俺に指輪を授けてくれたヤマの眷属たる獄卒の酒呑。あいつは、あの穴から降りた先で王妃のデーモンと戦っているのか?

 ……無事だといいが。

 それに……あの聖女もどきと連れの2人。十中八九死んでいるだろう。死体ぐらいは見つけてやりたいもんだが、この瘴気の濃度なら死体もすぐにぐずぐずになる。

 あの3人が深層で生きていられるとは思わない。どうしたって、再び顔を合わせるのは不可能だ。

「それで、何のようだ? 世間話がしたかったわけじゃあるまい?」

 周囲を警戒する。亡霊はまだ近づいてこないがこうして生者が2人して固まっていれば一人でいるよりも亡霊どもに察知される危険は増える。

 聖水のある今、俺はあれらを恐ろしいとは思わないがそうなれば厄介だ。

(しかし、この男はどうやってこの場に? 広場で見たのとは別のローブを着ているがそのせいか? それとも何か隠蔽の魔術でも使ってるのか?)

 エリエリーズの気配が薄い理由を考えても俺にはわからない。

 ただ、直接聞こうとも思わなかった。この場でそんな無駄話をする暇はない。

 エリエリーズもこの場に生者がたむろする危険をわかっているのか。すぐさま本題に入っていく。

「ああ、貴殿が安易に死地に踏み入ろうとしていたからな。止めるべきだと私は考え、止めた」

 その言葉に俺は眉を寄せた。あのマンモスとやらは難物だろうが、俺はそこまで弱く見えるのだろうか? そんな俺の表情を見てエリエリーズが慌てたように否定の言葉を放つ。

「そうではない。いや、そうだが、そうではない・・・・・・のだ。私がここにいるのも同じ理由だ。どうやっても私ではこの先に進めなかった」

「あれはそんなに厄介か?」

 未だ遠くに見えるマンモスどもを指して言えば、エリエリーズは静かに首を振る。

「あれは厄介だが、そんなものはどうでもいいのだ。もっと危険なものがこの都市にはいる」

「亡霊よりも?」

「亡霊よりもだ」

 なんだ? 疑念に思う俺の前で「言えば理解もできようが、この場では見た方が早い」とエリエリーズが呪文と共に懐から杖を取り出し、振るう。

 現れたのは炎の人形ひとがただ。1体ではない。エリエリーズが杖を振るごとにそれらは増え、5体ほどが作られる。それらは何も言わずともエリエリーズの前に整列した。

「行け」

 エリエリーズが再び杖を振ることで、人形たちは俺たちの傍から弾かれるように大通りを駆け出していく。

 同時にざわざわと都市中から亡霊が集まり、炎の人形どもへと殺到していった。

「む、死霊を惹きつけるか。あの人形には、生命の概念が宿ってるのか?」

「そうだ。生死活殺自由自在となるまで私は炎に熟知している。だがそんなことはどうでもいい。それよりも、見ろ・・

 エリエリーズが杖を向ける先。人形を感知したマンモスがドスドスと炎の人形を踏み潰していく。人形を構成する炎は踏まれただけでは消えない。踏み潰されてもボウボウと火の粉を激しくして元に戻り、マンモスどもの囲いを突破するようにして人形どもは先へ先へと進んでいく。


 ――飛翔音。


 その音の不吉さ。なんだ、と顔を暗黒の空に向ける。

 黒い太陽に照らされた奇妙に明るい闇の空。その彼方から音が聞こえる。聞こえてくる。

「来るぞ。来るぞ来るぞ来るぞ」

 エリエリーズが狂したように囁き告げる。その目は、焦がれるようにして空を見ている。

が来る」

 その言葉に、隣に目をやる余裕はなかった。

 暗黒の空に小さな光がパチパチと。火打ち石を叩きつけたような光が瞬きほど光る。

「少し下がれ。巻き込まれる」

 いつのまに下がっていたのか。先まで俺の隣にいた筈のエリエリーズが通路の奥から俺の手を引く。柔弱なエルフの力とも思えないほどの強引さ。

 家々の隙間、その奥へと俺は引きずり込まれる。

 だが、その御蔭で俺の命は永らえる。

 空の彼方から、怒涛の赤が土砂降りの雨のように降り注ぐ。


 ――赤。一面の熱だ。


 熱と風の余波が俺の身体に吹き付ける。眼の前の光景が信じられなかった。何が起きたのか。何を起こしたのか。

 飛翔音が彼方へと消えていく。だが俺は見えた。エリエリーズも見ただろう。今、空の彼方から来て、空の彼方へと去っていったそれを。

 赤き鱗を持つ、偉大なそれを。

 エリエリーズが俺の手を引かなければ、俺はそれ・・に巻き込まれていた。

 地面が赤々と熱せられている。何もだ。何も残っていない。

 この大通り。なぜこんなにも見晴らしがよかったか謎が解ける。

 罠ではなかったのだ。何かがあっても燃え尽きて消えてしまったのだ。

(そりゃ、多少焼かれようが、注意して見なけりゃこの闇でわかんねぇだろうが。そういう、そういうことだったか)

「理解したか?」

 エリエリーズの言葉に俺は通りへひょいと顔を出してうなずく。

 改めてみても、通りには何も残っていない。集まってきていた亡霊も、通路に群れていたマンモスどもも。

 舐めるように大通りを蹂躙した炎によって、全てが燃やし尽くされていた。

 だが、通路の奥、ここからでは視界の通らない場所に死体溜まりでもあるのか。通路の奥から次々と人の死体が走ってくる。それらは絡み合うようにして、死体によってマンモスが再度、生成されていく。

 未だ1体2体程度だが、時間が経てば再び群れが生成されるだろう。

「クソ。足止めにしちゃ豪華だな。あれはあれで、厄介なデーモンだぞ」

「そうだ。それにだ。あれは見た通りの獣の模倣ではない。遠距離からじゃわかりにくいだろうが、あの巨体を構成する死体全ての目が感知機能を有している。どんなに気配を薄くしても近づけば目で気づかれる」

 エリエリーズの言葉に唸る。

「そして、龍か」

「そう、龍だ」

 つぶやく俺たちの前で、熱せられた通路がぷすぷすと煙を拭き上げていた。


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