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 主神ゼウレの威光を世界に広くしらしめ

 大地母神ヘイルラアに深く感謝し

 生命神シズラスガトムの雫を望み

 海の神ポスルドンの恵みを授かる


 数多の善き神々よ栄えあれ

 数多の善き神々よ栄えあれ


 戦神アルフリートが戦の力を振るえば

 邪悪なりし地獄ヤマの庭は狭くなる

 病神ゾグゾブの宴が世を覆えば

 邪悪なりし地獄ヤマの庭は狭くなる


 尽きぬ悪しき神よ滅びよ

 尽きぬ悪しき神よ滅びよ


    ――ユニオン大聖堂発行楽譜『悪徳は尽く滅び、全ての善き行いは世を覆わん』より一部抜粋



 歌姫のデーモンが歌っていた大広間は数瞬の戦闘でほぼ半壊していた。

 テーブルは破片となり、料理と酒が(これを料理とは呼びたくないが)床に散らばっている。

 倒れたままのデーモンが歌姫の魔術に巻き込まれ、半身を失い消滅していく。

 あちこちに倒れているデーモンが残した灯火の魔術が宝石頭によって反射され、淡く輝くように巨大な歌姫デーモンの歌う舞台を照らしていた。

「ふッ――!!」

 息を吐くのと踏み込みは同時だ。ハルバードを振り上げ、奴の巨木のような足に向けて斬撃を叩き込む。

 蹴り足はいまだ・・・上がったまま。


 ――歌姫のデーモンは鈍重だ。


 怪魚のデーモンと違うのがそこだ。動作と判断が遅い。

 俺の側に追撃の余裕がある。怪魚のデーモンでは在り得なかった戦況。

「なら、ばッ!!」

 奴の足が床に戻ってくる。同時に眼の前の足が動く動作の起こり・・・が見えた。

 単純な奴だ。片方の足での攻撃が外れたから別の足で俺を蹴るつもりなのだろう。

 ならば、と俺は『龍眼』に魔力を込める。

「舞台の上で転ばせてやるよ。無様にな!!」

 振り切っていたハルバードを回転するようにして『龍眼』で見抜いた比較的弱い部分に叩き込む。

 弱所や核ではない。そこまで敵は弱っていない。


 それでも――効いた・・・


『ぎぃいいいいぃいいいいいいいいいい!!!!!!』

 絶叫が広間に響く。ぐらり・・・と歌姫の足がゆらぐ。

「まだまだぁッ! おらぁッ!!」

 追撃のハルバードを足に叩き込む。大木を伐採するかのように全力を込めて。デーモンの破れ鐘のような悲鳴が聞こえる。効いている。

『あ! あ! あああああああああああああああ!!』

 強烈な害意。空を見上げ、マジかと呟く。棒立ちにはならない。ハルバードを片手にバックステップで下がりながら歌姫から距離を取る。

 滝のごとき魔術の連弾が俺がいた場所に降り注ぐ・・・・ッ!!

 瓦礫すら発生させない過剰魔術オーバーマジック。聖衣の盾で眼の前のそれを防ぐのは難しい。

(それに、こいつに幻惑の奇跡は意味がないのか)

 敵が巨体すぎるせいだ。奴の攻撃は範囲が広すぎた。オーロラや指揮官のデーモンのように強力だが正確すぎる一撃を回避するには有効な幻惑も、大雑把に範囲を攻撃されれば意味がない。

(神の奇跡も万能ではない! なるほど、学んだぞッ……!!)

 だからといってこちらも攻撃の手は緩めない。この巨大なデーモンを相手にするなら攻めの姿勢が重要だ。

 でなければ奴の膨大な体力を削りきれない。

「――ッ――」

 先の攻撃で床に空いた巨大な穴を避け、俺は回り込むように歌姫へと距離を詰める。

 敵の追撃も反撃もない。


 ――やはり鈍い・・


 でかいが鈍い。攻撃も多彩じゃない。弱い・・。こいつは弱い。

 小さくとも強敵はいた。

 硬い甲殻に加え、多彩な武具を扱う半魚蟲人。

 速く、そして強くて硬い怪蟲のデーモンしゅうしゅうにん

 対してこいつを見ろ。ただでかいだけ、魔術を使うだけ。

 もちろんオーロラや怪魚を殺す前の俺であればこの歌姫のデーモンを相手にすれば必殺された恐れは高かった。

 だがやはり弱い。

 奴は魔術を回避した俺に対してどうすればいいのか迷った。

 俺を蹴るべきかと足を微妙に動かし、しかし迷ってまた魔術を放とうとエーテルを練る一瞬の

(上位デーモン特有の思考能力が逆に邪魔をしたな)

 迷うということは付け込まれる、ということだ。

 そこに攻撃した。度重なる斬撃で血が噴き出ている歌姫の巨大な足に、再びハルバードを叩きつける。

 月神の刃によって増幅された魔滅の神秘が奴の足に多大な傷を与える。傷が深いのか、奴が練る魔術が乱れ、中断される。

『ぎいぃいいいいいいいいいいぃいいあああああああああああああ!!!!』

 破れ鐘のような悲鳴が響く。響く。響く。うるせぇ! うるせぇ! うるせぇぞ!! この至近距離で絶叫されれば、防音を施した俺の兜を貫通して音は俺の頭を揺らしてくる。吐きそうになる。頭が揺れる。五感がおかしくなる。今魔術が降ってきたらきっと避けられない。

 だから俺は何度もハルバードを叩きつける。奴に魔術を使わせてはならない。足をあげさせてはならない。

 爆音に俺の視界が揺れる。奴も揺れる。ハルバードを強く握り、歯を噛み締め。踏み込みを強く、強く、強く!!

 絶叫が響いたあとに音の全てがなくなる。歌姫の声だけじゃない。俺の内側から響く以外の全ての音が消えた。

(なにが、おこ……――)

 だが俺に深く考える暇はなかった。


 ――ぐらりと奴が大きく揺れ、ずずん、と倒れる。


 舞台が揺れる。俺の身体も揺れる。いや、もう舞台は揺れていない? 俺の視界が揺れているだけ?

 頭蓋がずきずきと痛む。耳がきぃんと響いている。どくんどくんと痛いぐらいに心臓が鳴っている。

 ハルバードを舞台に突き立て、体重を預けた。倒れてはならない。まだ敵は生きている。追撃が必要だ。ここで絶命させなければ……ッ!!


 ――音の全てが消え去っていた。


 鼓膜が破れたのかとも思ったが、じゅくじゅくという気持ち悪い水の感触を兜の内側から感じる。

 防音に使っている布に血が染み込んでいるのか?

 俺の頭になにが起きているのかわからないが恐ろしすぎて兜を脱ぐ気にはなれない。

 念のために四本あるアムリタのうちの一本を飲んでおく。それでぐらついていた視界がはっきりしていく。

「ちぃッ、手間取った! 早くッやらなければ・・・・・・ッ!!」

 聖印片手に継続再生の奇跡を願いながら、ハルバードを舞台に突き刺したまま俺は歌姫の身体にすばやく登る。


 ――早く、早く殺さなければ。


 宝石頭の歌姫の表情はわからない。だがその腕に力が入り、立ち上がろうとしているのがわかる。

 弱点なんぞわからない。龍眼でもいまだ弱所はわからない。それでも俺は、目的の場所にすばやく駆けると、袋からそれ・・を取り出した。


 ――それは先の小屋で絡繰の蓋を開けるのに使った巨大な工具。


 工具を選んだのは、ちょうど形がよかったからだ。

「おぉおおおおおッッッ!!」

 工具を振り上げる。目標は、歌姫の胸部に突き刺さり、血を流させ続けている巨大な短剣。

「らぁあああああああッッッッ!!!!」

 柄に工具がぶち当たる。突き抜けた感触が腕に伝わってくる。


 ――ぎぃ、ぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッッッ!!!!


 あまりの悲鳴に俺の身体が歌姫の身体から転げ落ちた。背中を床に叩きつけられながらそれでも俺は必殺を確信した。

 届いた・・・。今の一撃は奴の核に届いたッ!!

「はぁッはぁッはぁッはぁッ!!」

 隣を見れば歌姫のデーモンの身体が消えていくところだった。

 それで安心した。気色の悪い感触の兜を脱いで床に叩きつける。

「くそッ。もっとうまくやれたか? いや、だが、くそッ、なんだ」

 今の敵は弱かったが、厄介だった。

 侮ってはいなかったが、苦労させられた。

「こんなデーモンもいるのか……」

 深く息を吐き、兜の内側から布を引きずり出してその辺に捨てる。おぇえ。

 道理で変な感触がすると思ったが、布に染み込んだ俺の血液が深層の瘴気に汚染され、腐臭を放ち、変色していた。

 袋から聖水を取り出し、頭から被った。

 それは地上の都市が村だったころ、聖堂で司祭様から貰った聖水の最後の一本だ。

 耳や髪から血を洗い流しても聖水が少し残っていたので、嫌な味のする口の中を聖水でゆすいで吐き出す。

 歌声で内臓をやられていたのか、どす黒い血が床に吐き出された。

 これは、と……さすがに不安になりオーラを練る。

(肉体に異常があれば練れるオーラが弱くなるが、どうだ?)

 息を吸い、吐く。落ち着いて肉体の経絡を把握する。

 大丈夫だった。スムーズにオーラが肉体を流れる。

 アムリタと継続再生の奇跡で肉体の損傷は治癒されていた。

 俺は歌姫が消滅した位置を見た。どういうわけか歌姫から流れ落ちた血だけは消えずにどす黒く絨毯を染め、広間の外へ道標を残していたが考えるのは歌姫の強さだ。

「……訂正だな。歌姫のデーモンよ。お前は弱くない。恐ろしい強敵だった」

 継続再生を上回るレベルで歌声による微弱なダメージが肉体に与えられ続けていた。

 少しでも弱気になって守勢に入っていたら殺されていたのは俺だっただろう。

 そこで周囲が暗いことに気づく。

 戦闘前に倒れていたデーモンが残していた灯火の魔術が全てなくなっていた。

 まさかと思って周囲を見れば、倒れていた観客のデーモンどもは全て奴の歌声でとうに塵になり、銀貨だの道具だのを残して消えていた。


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