205


 広間に散らばる銀貨だの道具だのを拾って回れば一財産になった。

 50体か60体か、それだけの数のデーモンがここで歌姫によって殺されたようだった。

「あー……次にこの広間に来るとき、ここの連中は復活しているのか?」

 ならば歌姫も復活するのか?

 幽閉塔の巨大魚しかり王城地下牢獄の鉄球しかり、一度殺せば復活しないタイプのデーモンはこのダンジョンには存在するが……。

 あの強さ、歌姫はそのタイプに見えた。

 ならば次にここに訪れたとき、俺が相手にするのは倒れていたデーモンどもになるのだろうか?

(デーモンを殺すのは楽しいが、それはそれで面倒くさそうだな)

 いや、この探索でボスを倒し、聖域を作れば問題ないのだ。

 戦闘後で緩んでいた気を引き締める。必ず勝たねば面倒なことになる。

「おいおい、大貴族のデーモンまでいたのか」

 敵はドロップ品から判断できる。今こうして拾った奇妙な神秘を感じる蝋材を落とすドロップする敵はこの領域では大貴族のデーモンだけだ。

「長櫃もある」

 広間の隅で長櫃を一つ見つけた。

 この領域だと結構長櫃を見つけるが……この領域は隅々まで探索しているからそのためかもしれない。

 隠された通路を使わなければ先に行くことができないのだ。どうしたってその過程で長櫃を見つけることになる。

(さて、こいつはなんだ?)

 長櫃を開けば入っていたのは巻物スクロールだ。

「またこれか」

 神秘の気配から先に見つけた二つの巻物と違うことがわかるが、肝心の呪文がわからないと使いようがない。

(これも猫に頼るしかないな)

 巻物を袋に仕舞い、さて、と俺は広間の中心にある舞台に向かっていく。歌姫のデーモンと戦った場所だ。

 落ちているのは金貨に……これは楽譜か?

 俺は楽譜は読めないが、この記号には見覚えがある。

 大陸の神殿に泊めてもらったときの手伝いだ。聖歌隊が歌ったあとの神殿の片付けをしたときにピアノの上に置かれていた紙だ。

(ただ、文字が少し違うような? いや、俺にはわからないから推測だが……)

 4000年も経てば音楽の形式にも多少の変化はあるだろう。

 ただそのときの楽譜と並びが奇妙に一致しているような気もするが……?

「なんでもいいか」

 袋に仕舞う。そしてやはりだ。鍵の類を歌姫は落とさなかった。

 歌姫のデーモンはやはり倒す必要のない敵だった。無視して先に進んでもよかったのだ。

それでもなお・・・・・・、という奴だがな」

 兜の内側で口角を釣り上げる。

 そこにデーモンがいて、俺がいる。ならば戦う理由などこれ以外に必要はない。

 強敵を倒し、俺の戦意やるきも満ちている。気配、というより感覚からわかるがこの先はおそらくボスだ。


 ――瘴気が濃くなっている。


 瘴気の塊たる歌姫のデーモンが消えてわかりやすくなったが、この先の瘴気は弱い戦士ならば窒息してしまいそうなほどの殺意に満ちていた。

 もっともこの領域の常として予想を外してくる可能性もあるが、それはないだろう。

 ここは広く見えるし探索もそれなりに行ったが、その実やはりどこか狭さや制限のようなものが見受けられる。

 当然である。呪術や奇跡の法則から考えれば領域を作るにも維持にも力を使うのだ。破壊神であろうとそう無尽蔵に領域は広げられない。

 だからやはり、この先はボスでしか有り得ないのだ。

(さて、となればやるべきは一つだな)

 俺は周囲の安全を確認すると奇跡の触媒を片手にハルバードと鎧と盾に修復の奇跡を掛けた。

 そして集魔の盾を袋から取り出し、聖衣の盾と交換する。

 戦闘中は龍眼も使った。体内の魔力は相応に減っている感覚がある。

(聖衣の盾を身に着けていないのは少し不安だが、宝石頭の使う魔術には慣れてきたからな)

 今の俺ならば直線軌道の魔術の矢が単発で来るのならば避けるのは容易だ。

 ボスに辿り着くまでには魔力も回復していることだろう。

 装備を確認しながらふと、首が少し軽いことに気づく。

護符アミュレットがなくなっている?)

 護符は首からさげていた用途不明の道具だ。数が手に入ったので気軽に首に掛けていた未鑑定の道具。

 戦闘前には首に掛かっていたそれが、戦闘後になくなっている?

「あ? なんで、だ?」

 なにか消失するような条件を満たした? 身につけ続けることで発動する呪い?

 ゾッと背筋が寒くなる。迂闊だっ――。

(い、いや、いやいや、待てそうじゃない)

 俺自身も瘴気への耐性が上がったが、そも俺の肉体には聖女の血と骨が入っている。

 自惚れるわけではないが、この肉体は聖なるもの・・・・・と等しいのだ。

 ゆえに今の俺を呪うならあんなチャチな護符ではなく儀式級の仕組みが必要だ。

(護符は呪いを届けるためのただの目印マーキングにしてもな)

 それなら護符が消失するのはおかしい。仮にどこかで儀式が行われているとしてもその儀式の効果を俺へ伝える護符が消え去れば呪い続けることなどできない。

 考える。

(そういえば……)

 戦闘の途中から歌姫より受ける魔術の威力が増したことを思い出した。

 今まで俺は宝石頭の魔術攻撃は聖衣の盾で完全に防いできていた。だが歌姫の魔術は避けきれるものではなかった。被害覚悟で受けていたのだ。

(敵の魔術の威力が途中から上がった?)

 つまり護符が魔術効果を防いでいたが、受けすぎて防ぎきれずに消失した、ということか?

 辻褄は合っている。デーモンが手加減する理由はないし、俺にも護符以外の変化はない。

「なるほど。つまり魔術攻撃の威力を減じる護符か」

 ここで手に入るのも納得の道具だ。おそらくは聖衣の盾を持たない者がまともに攻略するための道具だったんだろう。


 ――だが、ひやっと・・・・させられた。


 首筋を撫でる。

 魚人の鰓サフアグンを使って幽閉塔を探索したときもそうだが未鑑定の道具を使うのは何かが起きたときがやはり怖い。

(今回は、やはりどこかで油断していたか……猫に鑑定をさせずに未鑑定の道具を使うのはもうやめよう)

 俺も今の俺の反応で理解できた。俺はダンジョンを信頼しているが、やはり心の奥底で信用できていない。

 何かがあったとき、疑うのは利ではなく害だ。


 ――強さとは、迷いを持たないこと。


 猫は信頼できる。

 ダンジョンは信頼できるが・・・・・・信頼できない・・・・・・

(この感情……矛盾しているが、そうなのだ)

 ゆえに手に入った道具は使う。

 ただし、迷わぬために猫に鑑定させる。

「……なるほどな。歌姫との闘いは学ぶことが多かった」

 無駄な闘いなどない。戦闘は俺の血肉となる。

(そして護符の効果はわかったが……)

 じゃあ使おう、とはならない。効果が判明したがゆえにこそだ。


 ――この道具はマリーンとの闘いに使える。


 歌姫と戦って理解できた。

 聖衣の盾があろうとも防ぎきれない魔術がある。

 俺が標的とするかの大賢者が歌姫よりも魔術に長けていないなどありえないのだ。

 なればこそこの護符は大事にとっておくべきだった。


                ◇◆◇◆◇


 眼の前で近衛騎士の指揮官デーモンが二体床に沈んでいる。

 核を破壊された敵はぐずぐずと溶けるように消失していった。

 敵の死体が消え、残されるのは金貨だ。

 袋に金貨を収め、メイスを片手に俺は静かに息を吸った。

 眼の前には扉があった。巨大な扉だ。歌姫の血が流れた小路、その奥の幻影の壁・・・・の先で見つけた扉だ。

 貴族の屋敷という背景ストーリーを持つ領域で、扉の前に指揮官デーモンが二体もいたことからここがボスの部屋に違いない。

「おらッ!!」

 まずは大扉を蹴り飛ばす。堅い感触。まるでを蹴ったようなそれ。やはりこれも欺瞞だ。

 わかっているとばかりに俺が左右に視線を向ければ、大扉の絵の隣に壁と同じ色をした人間が通れる程度の扉が存在している。

「無駄なことを」

 ここまで進んできた人間がこんなものに引っかかるわけがないだろう。

 この領域はそういう性質なんだろうが、それにしたってお粗末がすぎる。

(さて、聖衣の盾はどうするか)

 道具の選択は重要だ。

 落ちていたアイテムが脳裏を過ぎる。効果の不明な巻物。魔術防御に寄与する護符。蝋材や楽譜にごちゃごちゃとした鈍らの武具。

 ボスは魔術を使ってくるのか? だがエリザの物語から考えればここのボスは『名失いの暗殺騎士』だ。


 ――四騎士だ。


 四騎士。戦った四騎士オーロラを思い出す。あの剣技、聖女シズカの援護がなければ殺されていたのは俺だっただろう。仕掛けを発動させ、オーロラの奇跡を封じなければ殺されていたのは俺だっただろう。

 オーロラを殺したことで俺も強くなった。こうして探索を進めることで俺は強くなった。

 だが、弱体化の仕掛けもなしに勝てるほど強くなったかと言えば……――。

「そうじゃねぇよ。聖衣の盾を持っていくかどうかだろうが」

 萎縮すんビビんなよ俺よ。どうせどこかで戦う相手。そもそも誰を相手にしたところで勝てるかわからないのだ。


 ――周りを見る。ランタンの光が薄っすらと周囲を照らしている。


 息を吐いた。とにかく準備が必要だ。

 暗闇のなかで俺は聖衣の盾を袋に仕舞い、+5まで強化した帝国騎士団正式採用盾を取り出した。

 大盾もあるが、暗殺者相手に大盾は取り回しが悪すぎる。それならば、ということだ。

 メイスも仕舞う。取り出すのはハルバードではなく青薔薇の茨剣だ。ハルバードは強いが、暗殺者相手では攻撃が当たらない・・・・・恐れがある。

 鎧はこのままでいい。指輪は、無毒の指輪と湖の指輪だな。

「さぁ、月神よ。俺に善き闘いが訪れんことを」

 神に祈り、チコメッコの油脂を齧る。

 幻惑、継続回復、月神の刃の奇跡を願い、戦闘準備は万端。では行くぞと扉を開き――


 ――そこにいたのは宝石頭のデーモンだ。


 それは巨大な、それこそ歌姫のデーモンにも匹敵する巨大な宝石頭を通常の大きさの人間の肉体に乗せたひどく歪なデーモンだった。

 豪奢な宝石に塗れた衣服を着ている。動かないのか動けないのか、人骨でできた椅子に背を預け、頭はなにかの台座に乗っかっている。

 部屋は明るい。


 ――灯火の魔術が付与された無数の宝石頭のデーモンが部屋中に磔にされている。


 貴族の私室なのか。それなりの大きさの部屋にはテーブルがある。あった。


 ――畜生めが。


 そこには調理した人間が生きたまま並べられている。怒りが湧いてくる。

 血のワイン。怒りが湧いてくる。

 テーブル自体も人骨でできていた。怒りが湧いてくる。

 だが、怒りはすぐに押しつぶされた。背筋を震わせる特大の危機感によって。

 動きもしない巨大な宝石頭の傍には大貴族の宝石頭が二体いた。そいつらは部屋に侵入した俺に向けて即座に杖を構える。


 ――今の俺は護符をつけていない。聖衣の盾もない。


 油断した・・・・騙された・・・・

 舌打ちとともに慌てて部屋から脱出しようとする俺の眼の前で――。

 すっと、椅子に座する巨大な宝石頭デーモンの胸に短剣が突き立てられた。

 それはエリザの物語の再現・・だ。

 俺の足が止まる。

 ざぁああああああああああああああ、と空気が変わる。ぞくぞくと背筋が震える。

 背後の扉に瘴気の壁が生まれる気配。

 閉じ込められた・・・・・・・ボス部屋・・・・だ。

 大貴族のデーモンたちがけたたましく振動音を鳴らす。その杖が向く先は俺ではなくどこかよくわからない・・・・・・・場所。


 ――いまだ俺には敵が見えていない。


 まるで影から影へと移動するかのように暗闇の中を気配が移動している。

「はッ、はははははははははッ!! さすが! さすが四騎士!!」

 気配・・が迫ってくる。

 盾を構え、茨剣を構え、俺は叫んだ。

「来いッッッ!!」

 巨大な宝石頭が消滅していくなか、こうして四騎士との戦闘が始まった。


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