206
光が巨大なほどに、陰もまた巨大となる。
大陸統一事業を進める帝王が
まず帝王の父が除かれた。帝王によって隠居へと追いやられた元王の末路は病死に見せかけた毒殺であった。
母も、邪魔な外戚も、巨大な権力を持つ有能な諸侯も、帝王はまず内部から粛清していった。
次は同盟国だった。
和平を結んだエルフの一族を弱体化させるために様々な工作が行われた。
弱体化させればそのエルフに別のエルフが攻め込む。
我々は長く生きることだけが取り柄な愚かな長耳どもを戦の名分を得るのに利用した。
他にも様々に彼らを使った。
有能なドワーフ鍛冶師を工房ごと一族郎党爆死させた。
巨人の一族の知恵者を殺し、愚かな王たちによる内紛を誘発させることもした。
龍どもすら我々は手玉にとった。あのトカゲどもは一つの卵を大事に育てる。
だから祝いだと乙女に酒を振る舞わせれば龍どもはころりと騙された。
特別な酒で悪酔いさせた龍が暴れたことで卵は粉々に砕けちり、龍どもの争いの引き金となった。
人を下等だと見下すトカゲどもが気づいたときには我々でも抗える程度に奴らは数を減らしていた。
ああ、我が学び舎たる象牙の塔でいくらか政敵を葬るのにも使わせてもらったか。
全く便利な……そう、便利な騎士であった。
名も姓も捨て、帝国に仕えるものどもよ。
高貴なる者を葬るための
白霧の騎士、名失いの暗殺騎士よ。
―大賢者マリーン著、プリエス記に隠されていた文章―
「来いッッッ!!」
気合を込めるべく叫んではみたものの、即座に武器の選択を誤っていることに気づく。
――敵が
(ここが狭ければ茨剣でも面の制圧ができたが――くそ、この部屋、そこそこ広いぞッッ!!)
ハルバードならば広くともとにかく面で制圧できた。いや、この気配、懐に入られたらハルバードでは対応できなかった。茨剣でいいのかッ!!
――なんだこれは、敵がどこにいるかわからない。
そして当然ながら逃げることはできない。扉は瘴気によって封印されている。
逃げるための結界を張る暇はない。転移することはできない。
俺がまごつく間にも大貴族のデーモンが魔術の矢を放った。
俺へ向けては放たれなかった。
当然それらは着弾することはない。俺でも避けられる単発の魔術の矢が四騎士に通用するはずがない。
気配が迫ってくる。
俺はどうすべきなのか。闇雲に剣を振るうべきなのか。
(そんなわけがねぇだろうがッ!!)
ここまで俺は生き延びてきた。戦ってきた。勝ってきた。いくらでも、というわけではないが見えない敵への手札ぐらいは持っている。
幽閉塔と同じだ。全身の感覚を気配へ集中させろ。敵の姿は見えずとも、敵が動く気配を見ることはできる。
集中すれば絨毯の上に微小な移動の跡が生まれていることに気づける。
奇しくもそれは魔術の光が放たれた方向二つと一致していた。
――敵が
それこそやはりハルバードが――いやもう遅い。武器を変える暇などない。
このまま茨剣で
それに、この青薔薇の茨剣はこれはこれでなかなか面白い武器なのだ。
「ふッ……!!」
踏み込み、刃をしならせ、叩きつけるようにして俺は茨剣を鞭のように振るった。
特殊な仕組みの刃が
棘のついた刃が何もない空間にぶち当たって
と、同時に正面と左側から敵が迫ってくる。
敵の気配が
――そこで龍眼だ。
龍の瞳は隠れた敵の姿を暴き出す。
魔力消費が激しいから長時間使えるようなものではないし、龍眼で見えた暗殺騎士の姿は曖昧だったが、こうした戦闘の一瞬ならばこれで十分。
引き戻した茨剣を刺突剣のように正面に突き出し、左腕に持つ盾を気配に向けて殴りつけるように振り抜いた。
――黒い血が噴出する。
(
所詮暗殺騎士は戦士ではないということか? こうして姿が見えれば敵ではない?
驚く俺の前で気配が消えていく。茨剣を叩きつけた奴も、貫いた奴も、盾を叩きつけた奴もだ。
まるでそれは幻影のように。
だが扉を塞ぐ瘴気は残っており、大貴族のデーモンたちは俺を無視してそれぞれ魔術を思い思いに放っている。
敵は残っている。
(この四騎士は、複数の暗殺者を一人の騎士としていた? だから名失いの暗殺騎士?)
戦闘中ゆえに敵の正体を暴くことに思考を割き続けられない。
考えも中途に耳を澄ます。足音が聞こえる。複数の足音だ。大貴族のデーモンに向かう気配。俺に向かってくる気配。どうなっている?
(だが、歌姫のデーモンを始末しといてよかった)
あの大広間とここはそう距離が離れているわけではない。
歌姫のデーモンが残っていれば耳を頼りに暗殺騎士と戦うことはできなかっただろう。
風を切る音が聞こえる。これは……投げナイフだ。音の方向に視線を向ければ炭を塗ったような黒い刃が複数飛んできている。
「ふッ!!」
撃ち落とすべく茨剣を振ろうとして――脇腹に激痛――足音も気配もなか――「おらぁッ!!」困惑を押しつぶして茨剣を脇腹に刃を突き立てる気配に叩き込む。
(なん、だ……)
倒したが俺の脇に接近していた気配。まるで子供のような身長の――帝王は一体なにを暗殺者に仕立て――ああ、考えるな――敵は敵だ。デーモンはデーモンだ。
――迷いは死を呼ぶ。
迫ってくる投げナイフを盾と鎧で弾き――
「ちぃッ――!?」
盾を持つ左腕に、ナイフの尻から伸びる糸のようなものが絡まっている。
「ま、ず――ッ!?」
侮っていたわけではない。それでも――「嘘だろ」――戦っていた二体の大貴族のデーモンの脇に俺と同じように刃が叩き込まれていた。それだけではない。一気にナイフの傷跡から黒い何かが侵食し、大貴族のデーモンたちが朽ちていく。
あのクラスのデーモンが一撃で死亡するほどの猛毒。
俺にも刃は突き立っている。今もだ。突き刺さったままだ。だが効果はない。そうだ、俺は無毒の指輪をつけて――盾を持つ腕に絡みつく糸が引かれる。
状況が叩き込まれる。俺の思考を超える速度で状況が推移していく。だが――!!
「俺を引き倒そうってか! 無駄だ!!」
お前らが如き柔弱なデーモンが何匹かかろうとも辺境の戦士は負け――するりと、糸の絡みついた左腕が糸によって切断された。
「
馬鹿な、と叫ぶ前に落ちる茨剣を鞘に叩き込み、落ちていく左腕を掴み取り、呼吸、踏み込み。
落ちていく俺の腕の傍にいつのまにかいたデーモンの気配に向けて鉄靴を勢いよく叩き込む。
殺した。生命を奪った感触がつま先に伝わってくる。
(危な――敵に腕を奪われるところだっ――)
だがなぜ、鎧が――
「同じ手を喰ら――」
気配があちこちに湧いてくる。
耳を澄ませ――いや、心音が煩い。これでは正確に敵は捉えられない。龍眼を使う。敵の気配は5、6、7……10以上!?
やばい、なんだ、これは、ナイフを避け、糸に注意を、幻惑の奇跡はなんで敵に効いていな、再生、まだ腕の再生は、ああ、畜生、なんだ、どういう状況――「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッッッ!!!!」
叫ぶ。頭を切り替える。混乱したらまず基礎からッ基本からッ!!
辺境の戦士の基本!! オーラを練るッ。手近のデーモンから殺すッ。以上ッッ!!
(俺よ。混乱するな。如何な敵が多くとも、尽きればそれで終わりなんだよ)
龍眼はそのままに走り出す。
俺が棒立ちだったのは状況に混乱したのもあるが二体の大貴族のデーモンが厄介だったからだ。あれが魔術を放てば俺とて無傷ではいられなかった。ああ、暗殺者よ、始末してくれてありがとうよ。
走りながら腰に突き刺さっていたナイフを引き抜く。腕もまだぐらつく。アムリタを飲んで傷の再生を行う。
茨剣を振るい、俺に向かってくる気配に向かって突き出せば肉を貫く感触が返ってくる。
「ふッ!!」
貫いたまま鞭のようにしならせた茨剣でテーブルに叩きつければ敵が消失した。
どうにも敵が
だが問題ない。敵が多いなら一匹一匹殺せばいい。敵の選択肢を奪うのだ。
息を吸いながら走る速度を上げる。
「短期決戦だ」
さぁ、丹念に、丁寧に、素早くデーモンを始末してやる。
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