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 人体実験できそこない人体実験できそこない人体実験できそこない

 色のない世界だ。石造りの牢獄と実験室が並ぶ区画を早足で歩いていく。吐き気のする場所だ。いらだちしか起こさない場所だ。クソみてぇなゴミ溜めだ。

 この場の光景は理解とは程遠いものだ。人と人の融合実験が魔術師によって行われていた。その理由が、理解できない。やった事実も理解できない。理解できない。納得できない。何があろうとこのような暴挙を行って良い理由はない。許す理由もない。

 そもそもなんだこれは。何の為だこれは。

 人と人の融合実験? 人間とは、神が手による完成された未完成だ。それを、継ぎ接ぎのゴミに変える所業に何の意味がある?

(何一つ、理解できねぇ。なんだ、こりゃ……)

 だから、俺が理解できたのはたった一つだけだ。


 ――生前、この場にいたすべての魔術師は、善なる神を冒涜していた。


「それだけだ」

 茨剣で串刺しにした魔術師のデーモンの消滅を確認し、先へ進む。

「それだけ」

 人と人の融合体できそこないを見つけたので、無数に拳打を打ち込み絶命させる。

「それだけだってのに、てめぇらは……」

 この感情。吹き上がる憤怒。誰に向けているのか。

 決まっている。決まっていた。わかっていた。

 もはやこの場のデーモンどもではなく、俺の憤怒は過去の神聖帝国の人間に向かっていた。

(エリザの歌は、これを示していた? この事実の警告の為か? ダンジョンを進む為の知恵を与えるものだけではなく?)

 エリザの歌が示していたのは、エリザの帰還時に、謎の人物による捕獲はあったが大賢者がそれを開放した。それだけの……。


 ――大賢者?


「そう、か。大賢者の、工房か、これは……」

 言っていて吐き気のする言葉だった。大賢者マリーンの工房。叡智ある者だ。俺が憧れた、伝説の賢者だ。

「その正体が、これか。これが伝説の現実か……」

 奴は。大魔法使いだの、大賢者だの謳われたところで、このようなものか。所詮、魔術師の延長か。

「やはり、戦士と魔術師は相容れねぇのか」

 怒りがくらりと俺の視界を赤く染め上げ、俺は視界の先にいたデーモンへと踏み込み、打撃を打ち込んだ。それだけでは殺すには足りない。手首をくるりと回すように茨剣を弱所にえぐり込み、オーラを流して殺害する。

 落ちた銀貨を足先で跳ね上げ掴み取り、袋に叩き込んだ。この間、一呼吸。

「で、だ。あれは何だ?」

 視界の先に、気色の違う化物デーモンがいた。溶け落ちた皮膚を持った、人の形をしたデーモン。剣を片手に、小盾を片手にしている。

 全裸だった。だが、その皮膚のすべてはどろどろに溶け落ちている。

 顔はない。このダンジョンのデーモンの常だ。子供の落書きのような顔を貼り付けている。

 そして、デーモンには珍しく行動範囲外からでも俺を認識していた。ルールに縛られているのかあちらからは攻めてこないが、生者に対する殺意の混じった憎悪をひしひしと感じる。

(高位デーモンか? にしては……少し何かが違うような……)

 俺はそのデーモンから神威を感じていた。神威。神威? 珍しいというよりは、ただただ不可解だ。

 だが、この神威には奇妙な鈍さがあった。

 素直に、ああ、これはまがい物、だなと思えるような……。

(そうか、この神威には本物の鋭さがない。本質が欠けている。畏れ多く感じない)

 初見だったらわからなかっただろう。この違いは、堕ちた水神ほんものとの戦いがあったからこそわかったことだ。

「記憶から、再構成されたデーモンってことか」

 できそこない達と同じだ。

 あれは人と人の融合実験で作られた、ただのできそこない・・・・・・がいたという過去から作られたデーモンだ。この辺りの魔術師のデーモンも、そういうものだ。

 もともとデーモンではないのだ。記憶の元となった人々かれらは。

 瘴気を原料として再構成された時に、破壊神の眷属たる属性が付与されデーモンとなった、それだけのことなのだ。

 ここのダンジョンにはそういうデーモンが多い。例として出すなら、雑魚の方の料理人のデーモンなどだ。ボスたる料理人のデーモンの属性がデーモンが生まれる過程に付与されたから料理人の形としてデーモンとなった。そういうデーモンなのだ。あれらは。

(だが本物もいる。ボスデーモン。だから、あの堕ちた水神は本物だった)

 怪魚のボスデーモン。あれは本物の王の血族たる王弟がダンジョンに取り込まれ、破壊神の瘴気によって変質したことで生まれたデーモンだ。

 だから、本物の神威を発していた。

 そう、ボスデーモンたちはそういうものだ。本物の人間が元になったデーモンたちなのだ。

 このダンジョンには、本物と偽物がある。

 偽物――記憶から再構成されたもの、瘴気に属性が付与されただけのもの。

 本物――生者がデーモンとなったもの、破壊神が直接生み出したもの、ただ外部から取り込まれただけのもの。

(だから、なんだって話だが)

 本物だろうが偽物だろうが敵は敵。デーモンはデーモンだ。

 しかし脅威の判別には役に立つ。俺のような猪でも、頭に入れておいて損のない知識だ。

(そして、だ。ダンジョンで見る死体も本物だ)

 死体。死の記憶を俺に譲渡する彼らだ。

 森で拷問を受け続けていた死体。塔で水死していた死体。神殿で死んでいた死体。路地裏に転がっていた死体。死体。死体。死体。その全てもダンジョンに取り込まれた哀れな犠牲者たちのものだ。

 だから、目の前の、できそこないの神威を発するデーモンは、記憶から再構成された、もともとデーモンではない何かだったのだろう。

 だが……。

 だが……。

 これは。

「ああ、畜生。マリーンめ。何が、何が大賢者だ……」


 ――それは、過去に、尊き血族すらこの工房に叩き込まれていた事実を俺に明らかにした。


 エリザだけではなかったのだ。

 

「うぅッ……うぐぐッ……!! ああ、クソが。腹が立つ。腹が立つぞ。畜生め。ぶっ殺してやるぞ大賢者。俺が。絶対に」

 大賢者はボスデーモンだ。本物だ。本物の大賢者がボスデーモンとなった姿だ。ぶち殺してやる。


 ――まずは、目の前のデーモンが先だが。


 俺は茨剣と聖衣の盾を袋に戻し、片手にメイスと神殿騎士の大盾を持った。立ち姿から理解する。相手には剣技の心得がある。魔術師のデーモンとは違い、狩りのように殺すのは難しいだろう。

 用意を終えたので奴の行動範囲内に侵入する。俺の侵入に対して奴が反応して動き出す。と、同時に。

ッ……!!」

 踏み込みと共に、大盾を奴の持つ小盾にぶつける。おらッ、体勢崩せや!!

 オーラを大量に込めていたのが効いたのだろう。よろめいたところにメイスを叩きつける。神聖たる属性の付与されたメイスは悪神の眷属にはよく効く。

(弱い……か?)

 いや、弱くはない。俺が、こういう下手に武を使ってくる相手に強いだけか?

 人の形をしているから相手の動きが読みやすい。剣技を使ってくるから行動の基準セオリーがわかる。

(だから、弱いというよりは、ただ戦いやすいだけだ。相性がよかっただけだ)

 そう。辺境人おれにとっては、半魚蟲人や怪蟲のようなただの怪物の方が厄介極まりない。

(とはいえ、こいつ。自由に戦わせたら厄介だな)

 感触からして、明らかに地上の護りたる神殿騎士より強い。

 この神威を発するデーモン。まともに戦ったらおそらく魔術師のデーモンなんかよりもずっとずっと強いデーモンだ。銅兵のデーモンよりもずっとずっと上手のデーモンだ。

 相手の一挙手一投足を注視し続ける。小刻みに大盾をぶつけ、まともな態勢を取れないようにし続ける。メイスを確実に一発一発当て、必殺を狙わずに相手の瘴気を地道に削り続ける。

 勢いで殺せない相手だ。間違いなく強者だ。

「だが、これで終わりだ」

 体勢大きく崩したところに、メイスを脳天に叩き落とし、蹴り倒してメイスを連続で叩き込み続ける。

 少しだけ、冷静になる。強者との戦いが俺の脳に冷水を浴びせたってところか。

「いや、怒りは収まっていないがな」

 マリーンは殺す。絶対にだ。

「それで、何を落とした、こいつは」

 神威を発していたデーモンが残したものを見る。金貨。それに剣と鍵だ。剣は、業物のように見える。強力な神秘を発していた。おそらくは聖具だろうか? デーモンごときが贅沢なものだ。

 剣と金貨は袋に入れる。今のところ武器には困っていない。この剣は強力な武具なのだろうが大階段のような難所でもない限り、使う機会はないかもしれない。

 猫に鑑定させれば詳しい付与もわかるだろう。使うとすればそれからだろうな。

 視線を鍵に移した。鍵には何が記号のようなものが彫られている。

「これは俺が知ってる文字じゃねぇよなぁ」

 もともと文字は読めないが、それでも薄っすらと意味はわかってきていた。だがこの鍵は意味すらわからない。恐らくは神代文字だとか、共通文字だとかじゃなく、魔術師の使う暗号だろう。

 魔術に関わるものを見る度に反吐の出る気分だが鍵は鍵だ。袋に入れておく。

 で、と俺は先を見ながら嗤う。

「このデーモン、まだいるのか」

 遠目だが、薄暗い通路の先。

 神威を発するデーモンが長槍を手に、立ち塞がるように佇んでいるのが見えた。



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