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「ここは、なんだ……?」

 色のない路地裏で見つけた地下への階段。そこを進んでいく。灰鼠のデーモンは変わらず現れるものの、鼠の指輪をつけているおかげで襲っては来ない。

 先へ進みたかった。追うのも面倒なので灰鼠どもは放置して進んでいく。

 階段を降りた先で闇に隠れていた怪蟲のデーモンを見つける。少女を攫った個体だろうか? もはや無用とばかりにぶち殺しつつ、先へと進む。

 地下には色のない石作りの通路だ。奥は闇でよくは見えない。それに、通路の脇に小部屋が……4つ。

 調べればすべての扉に鍵が掛かっていた。どれもこれもボロい木の扉だ。壊してはならない場所を壊せば禁忌に触れる悪寒があるが、この扉にそういうものは感じない。

 ここは壊しても良い場所だろう。適当に目についた木の扉にハルバードの刃を何度か叩きつけて中へと押し入った。

 石造りの部屋だった。木の机。木の椅子が並び、硝子の容器が転がっている。どれもこれも色はない。

「む」

『―――』

 ローブを被った魔術師のようなデーモンが突っ立っている。部屋に入ったことで敵である俺に気づいたのか片手に持った杖を振り上げ、詠唱を開始する。即座に投げナイフを投げ、怯ませた。踏み込む。ハルバードを一閃。木製の机ごと巻き込んでぶち殺す。

(こいつ、やわい)

 背後。廊下側から扉の開く音が聞こえる。舌打ち。ハルバードを握る柄に力を込め、警戒しながら廊下に顔を出せば残りの小部屋の扉が全て開いていた。デーモンの気配が全ての部屋から生じている。

「ちぃッ! デーモンどもが詰まってたのか。厄介な!!」

 魔術師のデーモンは柔い。ハルバードほどの威力は必要ない。危急故、ハルバードは床に落とし、袋から茨剣を取り出す。

 急げ急げと小部屋から飛び出せば、残りの3つの小部屋から魔術師のデーモンが出てくるところだった。

「死ねぃ!!」

 魔術師のデーモンたちに向けて、茨剣を鞭のように大きく振るう。この通路は少し狭い。ハルバードではぶつけ、刃が止まるだろう。こういった場所でのなぎ払いは茨剣にしかできない戦い方だ。

 デーモンどもの悲鳴。振るわれた茨剣が魔術師のデーモンたちを切り刻む。開始していた詠唱が止まる。

「だが、浅いッ! まだまだだなッ!!」

 一体も殺せてはいない。だが落ち込む必要はない。茨剣の刃を手元に引き戻し、手近にいた魔術師のデーモンに向け、レイピアがごとく茨剣で貫き殺した。デーモンが消失し、銀貨が落ちる。

 残りは2体。だが、こちらの手数が足りない! 間に合わない!!

 熱気。デーモンの方に顔を向ければ詠唱を終えたのか、杖先より巨大な火炎弾が俺に向けて放たれていた。「ちぃッ!!」近くの小部屋に飛び込む。爆音。続けての詠唱音。流石のデーモンだ。容赦など欠片もない。

 袋より短剣をいくつか取り出し、部屋の外に向けて無造作に投げつける。手応えあり。殺せはしないが、始まっていた詠唱を止めることに成功する。すかさず隠れていた小部屋から飛び出し、一番近くにいた魔術師のデーモンに茨剣を突きこんだ。

 それでも残りの一体が詠唱を終えていた。「クソが、てめぇら詠唱が速ぇんだよ!!」火球が俺に放たれる。先の爆音の規模から、まともに受ければ大怪我ぐらいは負うのは確実だ。受けられない。

「誰が素直に食らうか! デーモンめがッ!!」

 茨剣を引き戻す。デーモンは茨剣に突き刺さったままだ。故に殺しきらずにいた魔術師のデーモンが盾代わりに火球の直撃を食らい、銀貨を残して消滅する。

 呼吸。踏み込み、再び詠唱を開始した魔術師のデーモンの腹に拳を叩き込む。ついで蹴り、大きくうめいたところにオーラを流した茨剣を突きこんだ。

「魔術は厄介だが、打たれ弱いな……」

 銀貨を残してデーモンは消失していた。怪蟲のデーモンと違ってこいつらは脆い。魔術師といえば魔術師らしい脆さだった。


                ◇◆◇◆◇


 小部屋には長櫃はなかったものの、殺した魔術師のデーモンの一体が銀貨の代わりに鍵を落としていた。

 杖に絡みつく蛇の紋章の鍵だ。それを用いて、この小部屋が並ぶ通路の先にあった鉄扉の鍵を開く。

「ここは……?」

 そこは、まるで牢獄のような……。

「いや、牢獄では……ないのか?」

 相変わらず色のない世界だ。鉄格子の牢獄が並んでいる。しかし少しおかしい。地下牢獄というより、これは……。誰かの記憶だろうか。何かの概念が流れ込んでくる。実験?

「先のデーモンは魔術師だった……つまり、ここは魔術師の地下工房か?」

 見れば、牢獄の傍に色のない道具が転がっている。

 銀盆。硝子瓶。鋭い小型の刃物。針のついた硝子容器などなど。武具以外の道具には疎い俺にでもわかるような、実験器具とも呼べるようなものが車輪のついた背の高い盆のようなものの上に載っていた。

 興味を覚えて手にとろうとすれば、それは俺の手の中で砂のようにほどけていく。先の色のない机のように、荒々しく壊すことはできても、持ち帰る為に手にとることはできないらしい。

 目を落とせば、俺が触れる前の状態の実験器具が盆の上に並んでいた。

「ふん、別にいらないけどな……」

 悪態を突きつつ進めば、実験器具を持った魔術師のデーモンを見かけたので魔術師が反応できない速度で踏み込み、茨剣で突き殺した。

 片手には盾を持つ。思い出したがリリーの皮を張った原初聖衣の盾は魔術を完全に遮断する力があるのだ。怪蟲相手には引っ込めるしかないが、こういった魔術を使う手合には強力に働く頼もしい盾だ。

(頼んだぜ)

 少女篭手に覆われた手で盾を撫でれば誰かが背後から頷いた気配。口角が吊り上がる。俺は進み、途中の小部屋などで長櫃から水薬を3つほど回収し、魔術師のデーモンが落とす杖やローブを拾い。


 ――それと出会った。



                ◇◆◇◆◇


 色のない実験室の並ぶ工房を奥へ、奥へと進み、俺はそいつを見つけた。

 それは奇妙なデーモンだった。禿頭で、何も服を着ていない、つるりとした肌の、人の形をしたデーモンたちだった。

(んん、デーモン同士の喧嘩か?)

 仲間同士で……。いや、奴らに仲間なんて高尚な概念はないが。

 2体のデーモンが絡み合うように床に転がり、暴れていた。

「とにかく、死――」

 茨剣を構え、突き殺すつもりで踏み込み。俺の動きが止まる。嫌なものを見た気分だった。止めずに殺せばよかったと即座に後悔した。

「う……あ……ここは魔術師の工房だった、か?」

 デーモンの前で何を無防備な、という俺の呟きだった。だが、それだけの衝撃が俺の腹の中で荒れ狂っていた。

 2体のデーモンは……。皮膚と皮膚が癒着した、1体のデーモンだった。

 それが無様に転がっている。デーモンもどきよりも劣った、出来損ないのデーモンが俺の眼の前にいた。

「デーモンどもの失敗作か?」

 嫌なものを見た気分だ。人の形をした2体のデーモンがジタバタと色のない石の通路の上で暴れるように転がっていた。

 それは立ち上がる知恵すらないようだった。人を襲う知恵すらないようだった。

 哀れに思い、茨剣でめった刺しにして殺す。

「抵抗する力はないが、耐久力だけはあるようだな……」

 銅貨が転がったので拾う。嫌な気分だ。何か嫌な予感を覚える敵だ。

「うぇ……」

 俺は通路の奥を見て、呻いた。

「まだいるのか」

 出来損ないのデーモンが転がっている。人の頭だけのデーモンや、胴体だけのデーモン。

 それらは全く驚異ではない。あの出来損ないが100体いようと、たった1体の怪蟲のデーモンの方がまだ厄介だろう。

 それでも、俺は何か嫌な気分になった。何かとてつもない、恐ろしいものを目にしている気分になっていた。

「なんだ……これは……」

 3つの頭のあるデーモン。胴体に口のついたデーモン。大量の足がある割に歩くことさえできないデーモン……。

 ただただ巨大なだけの鈍重なデーモンまでいる。

「なんだ。なんだなんだなんだ……」

 おかしい。何かおかしい。魔術師のデーモンにも遭う。そいつらは真面目に戦って殺す。だが、なんだ。この、このデーモンのできそこないどもは……。もどき・・・だってまだまとも・・・だぞ。

「いや、デーモン……デーモンなのか。これは……」

 ただの瘴気の塊だ。定義としてのデーモンではある。だが、そうではない。

「そう。そうだ。由来だ」

 このダンジョンのデーモンのすべては由来がある。あの地上近くの神殿で見かけるデーモンもどきは瘴気から発生したただの雑兵だろうが、それ以外はすべてのデーモンには、きちんと由来があって、その形として生まれているのだ。

 下水道の料理人デーモンども。黒の森の狩人デーモンたち。幽閉塔の主たる落ちた水神の眷属たる怪魚ども。

 由来。由来があるのだ。

「まさか。いや、つまり、こいつらも……」

 多すぎるほどの魔術師のデーモンども。

 少女、否、無力な路地裏の住民を攫う怪蟲のデーモン。

 地下に作られた、隠された魔術師の工房。


 ――人の形を中途半端に残した、無力なできそこない。


 これらは、これらの由来は……。

 強烈な吐き気が俺を襲っていた。これは、これは……!!

「ここは、この場所は! 悪神の行いだ!! 悪魔かッ!! 悪鬼か!! 狂人どもがッッ!!」

 つまりは実際に、行われていたのだ。

 このような形のデーモンが発生するようなことが、過去の王都で、行われていたのだ!!

 腹の中の焦燥が、ぐつぐつとした怒りへと変わっていた。

「何が! 何が神聖帝国だ! 下衆どもめがッ!! 滅んで当然だッッ!!」

 怒りに染まった俺の叫びが、色のない工房に響き渡った。


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