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魔法使いを信用してはいけないよ。
彼らは自らを賢き者と
彼らは墓場から死体を盗む。
彼らは魔の法に通じる。
彼らは善神と悪神を同じとする。
魔法使いを信用してはならないよ。
その走狗たる素材収集人のこともね。
――『魔法使いに関して』とある村の老婆の言葉
鼠のデーモンに追われながら、色のない路地裏を駆けるように突き進んでいった。
ここはまるで永遠のような迷路だ。果てがないのか。それとも空間が連結されているのか、終わりが見えない。
核となるボスも見つからない。気配もない。
俺は現在位置を喪失していた。勿論、迷っていることは理解している。完全な方向感覚を持っている辺境人ですら迷う奇妙な、色のない路地裏。
帰還の道はあえて探さない。敵を、ボスを求めて俺はこの空間を彷徨っている。
途中、達人たる怪蟲のデーモンとは何度も戦った。遭う度に滅ぼした。少女のデーモンも殺した。奴らの使う双剣も手に入れた。
指輪を外したことで敵対するようになった灰鼠のデーモン。奴らは、俺が追わずとも遭遇すれば自ら滅ぼされに来てくれる。構わずぶち殺した。
鬱憤は晴れる。銅貨と銀貨も手に入る。だが、切りがない。
突破には何かが必要なのか? 帰還すべきか? 悩んだところでふと、思い当たった。
――ちょっとしたひらめきだった。
路地裏から連想されること。デーモンがデーモンを攫うなどという奇妙な状況。
これは遅すぎるひらめきか? それとも俺にしては上出来な部類か?
「……だが、そういう、ことか……」
俺はヤマの指輪を外し、鼠の指輪に切り替えた。デーモンどもから見つからないように壊れた樽や積み重なった箱の陰に隠れる。
観察してわかっていることだが、怪蟲のデーモンには優先順位がある。奴らの最優先は俺の排除ではなく少女のデーモンを攫うことだ。
だから俺はひっそりと隠れ、少女のデーモンが路地裏の奥から現れた怪蟲のデーモンに攫われるのを見逃す。
そうして、少女のデーモンを抱えて歩いていく怪蟲のデーモンを追っていく。
(目的地があるのか?)
このエリアの危険は十分承知だ。怪蟲のデーモンは今追っている1体だけではない。始末するのも時間がかかるので放っておいているが、怪蟲のデーモンは今追っているものの他にも途中で何体か見かけることがあった。
当然だが、追うべき対象が増えても困るので今捕らえられているものの他に遭遇した少女のデーモンには
(気付かれないように注意しなけりゃな……)
ナイフはデーモンの感知範囲の外から投げつけている。少女のデーモンは基本、うろうろしてるだけだからだ。辺境人たる俺ならば当てて、殺すぐらいは訳ないことだ。
そして追跡にあたってだが、いくらか努力をしていた。
鎧は脱いでいない。だが、足音を立てないようにブーツには分厚い布を何重にも巻いている。これは足場がふわふわとしていて気持ちが悪いが物音を立てないようにの用心だ。
動きが悪くなっている自覚はあった。それでも必要な措置だった。
(今、襲われたら二撃ぐらいは受ける覚悟は必要だな)
デーモンの使う刃は鋭い。だが鎧の厚い部分で受ければ問題はないだろう。
(しかし、あのデーモン、どこに向かうつもりだ? それに、ありゃ……)
内心だけで舌打ちをした。怪蟲のデーモンが3体、ぽっかりと広場のように広がった空間に何をするでもなくたむろっている。
そのデーモンたちをすり抜け、奥に向かって少女のデーモンを担いだ怪蟲のデーモンが進んでいった。追うことは難しい。
奴らに見つからないように息を潜めつつ、俺はその先を目だけで探る。
(奥に見える、あれは……地下への階段か? これは、あのデーモンを追わなければたどり着けない場所、か?)
迷路は空間に施される呪術の一つだ。正しき順路で進まなければたどり着けない呪。俺が呪を解析できるぐらいに熟達した術士であればデーモンを追わなくとも正しき道を見つけられただろうが、俺はただの辺境人の戦士だ。
(このままあとを追いたいところだが、先に進むにはあいつらが邪魔だな……)
広場にいる3体の怪蟲ども。奴らの視線は死角をなくすように機能している。見つからずには進めない。
(3体……槍では駄目だな)
ギザギザ槍を袋に戻し、竜刃のハルバードを取り出した。軽くオーラを通して調子を確認する。足に巻いた布を取り払う。病耐性の指輪を外し、蟷螂の指輪に付け替える。
深く呼吸した。オーラを練り、静かに、素早く駆け出す。デーモンどもと接敵する瞬間、心底からの叫びを上げた。
「デーモンども!! 戦いの時間だぞおらぁああああああああ!!!」
ハルバードの刃が煌めいた。
亡霊どもが蔓延る街にて補充していた聖水に加え、鬱憤晴らしに大量にオーラをぶちこんだ渾身だ。
一撃だった。俺に背を向けていた怪蟲のデーモンがハルバードの刃によってバラバラに粉砕され、身体の各部を色のない世界にぶちまける。
勢いのままに、怒りのままに、強く、強く踏み込む。
驚愕の気配。デーモンは感情と無縁ではない。仲間を一撃で殺されたのが効いたのだろう。
それでも敵は油断ならない難敵だ。近い位置にいるデーモンに向けて龍眼を発動。今ぶち殺した奴は気づいていなかったが、俺の接近に気づいていた他の2体は、俺に対応すべく既に動き始めている。
だが、俺はけして見逃さない。滑るように移動する怪蟲のデーモンの動きを龍眼によって予測する。
状況は秒以下の単位で推移する。
俺の体は未だハルバードを振り抜いたままだった。難敵を全力で断ち切ったのだ。当然の硬直だった。
そこを狙われるのも、また。
危機が迫っていた。死が迫っていた。何もできない――否。肉体は鼓動している。デーモンを殺せと吠え、
(そんなことあるわけがない。何もできないなど有り得ない)
全身の力を利用して、ハルバードの刃を強く、強く切り返す。食いしばった歯が軋り、腕は自らの力ではちきれんばかりに膨れ上がる。
「おおッッ、らぁッッ!!」
ハルバードの刃が唸りを上げた。襲いかかるデーモンの一体が切り返したハルバードの刃によって切断される。
(ちぃ、足りなかったかッ!!)
一撃で瀕死に追い込めるのはさすがのハルバードだが、殺し切るにはあと少し足りない。
瞬間、ぞぶり、と鎧の隙間に刃が突き立った。傍らにデーモンが立っている。その両手に握られた双刃が俺の肉体に突き刺さっていた。
3体の強者を相手にしては受けるしかない攻撃だった。
だが、受けるだけではない。ハルバードを地面に落とし、空になった手でデーモンを鷲掴みにする。だがデーモンの反撃は止まらない。ぞぶりぞぶりと、俺の肉に刃が深く埋まっていく。
病耐性の指輪は外している。あれの本質は病に対するもので、毒に対する耐性を上げるものではない。
(それでも、あった方がマシだったか?)
だが蟷螂の指輪は奇襲の際、一体を一撃で殺すには必要だった。
臓腑が強烈な猛毒に冒されていく感触を受けながらも俺は空いている手にチコメッコを握るとデーモンの顔面に叩き込んだ。
「毒の返礼だ。存分に喰らってけ」
奴の顔面に何本もナイフを叩き込む。反撃として深く突き立った双刃をぐしゃぐしゃにかき混ぜられたが気にするほどのものではない。
口の端から血が溢れる。感触が気持ち悪い。
俺は地面に落ちて激痛からかのたうち回る怪蟲のデーモンを足で抑えるとハルバードを拾い上げて死ぬまで柄尻を叩き込んだ。
「て、てめぇも死んどけ」
一度瀕死に追い込むもじりじりと俺に向かって這いずってきていた死にぞこないの怪蟲デーモンにも刃を叩き込み、トドメをさす。
息を吐いた。血も吐いた。
「……死ぬところだったな……」
この、毒のむずがゆさと苦しさは久しぶりすぎる。懐かしいを越えてただ吐き気しか催さない久しぶりだが。
解毒の丸薬を飲み干し、双刃を引き抜く。血が溢れるも筋肉で締め付け、その上から止血の薬を塗り、肉を食う。血も減ったからワインも飲む。瘴毒にも効くだろうと、ついでに司祭様製の聖水を飲んでおく。
「無理か……」
アムリタもソーマも有限だ。
この程度の傷で使うべきではない。かなりの傷を負わされたが自己治癒の範囲を越えてはいない。
――わけがない。
死が傍に立っている。内臓の多くが刃によって轢き潰されている。自己治癒の範囲を大きく越えた重症だった。
袋からアムリタを取り出し、飲み干す。治癒の秘薬の効能によって肉体が治癒されていく。
「よし。行くぞ」
少しふらつくが、路地裏を迷いすぎた。かなり時間を浪費していた。
(いや、怪蟲との戦闘経験は俺の力を高めた。先の3体もそのおかげで勝てたようなものだ。加えて銀貨もそれなりに手に入ったが……)
少しの焦りがある。今、地上でどれだけの時間が今経っているのか。
だからこそ、先が見えた今、自らの負傷を理由に足を止めることはできなかった。
ハルバードを片手に、色のない路地裏から、色のない地下へと俺は足を進めていく。
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