066


「しかし銃なんぞ使えるのか?」

 ヴァンが背負っている銃。それを指して問えば、ダンピールの冒険者は「使えるぞ。使おうと思えば」などと言う。

 彼は銃を手にとると、ガシャンと、銃身についているレバーを引いた。

「こいつはゼウレ神殿最新の技術で作らせた奴でな。いろいろと工夫がある」

 レバーの動きに対応して、側面の穴より吐き出された弾丸らしき金属の塊をヴァンは摘んで言う。

「無論、従来の問題点も解決させた。弾丸には聖銀じゃなく祝福された銀を使ってる。聖銀はもったいないからな」

 聖銀じゃ金貨ばらまくようなもんだからな。ヴァンは言いながらつまんだ銃弾を床に並べ、銃の各所部品を俺に説明してくれる。

 それは俺の知っているものより、幾分か新しく、また知らない技術がふんだんに各所に使われていた。

 辺境は取り残されたように見えるが、こういった部分は貪欲に物事を取り込み、進化させる。武に関しては追随を許さない。わかっていたが、目の前で実感する。そういう土地なのだと。

「弾丸の金属に関しては質は下げたが、新しい火薬を使って威力を高めた。んで、火薬には強い祝福。銃身にもびっしりと聖言を刻んであるから、聖銀とそんなに変わらん。もちろん聖銀使えば従来より威力も出る」

 だが、そんなことよりも、とヴァンは銃を撫でながら言う。

「銃の利点は携帯性と使い回しの良さだ。こいつはクロスボウより威力は下がるが、連射ができる。吸血鬼の城は敵も強いが、雑魚も多くてな。こういうものを持っているとなかなか便利だぞ」

 にやにや笑いながら、コートの内側より次々とヴァンは道具を取り出す。あの薄いコートのどこにそんなに物を入れているのかとも思ったがアザムトの盾や俺の袋と同じ術式が掛かっているのだろう。

 こういった装備を何気なく所持している辺り、ヴァンは流石は凄腕の冒険者と言える。

「もちろん銃は一丁だけじゃない。予備にもあるが、状況に分けて使い分けられるように俺も複数使う。こいつもクロスボウと違う銃の利点だな」

 これは敵が集まったところにぶっ放す散弾、こっちの銃の弾丸は触媒になっていて炎の魔術を吐き出せる、こいつは変わり種で、圧縮の魔術がかかってて、よく磨いた鋸状の刃を打ち出す銃、などと銃を五丁、六丁と並べてわざわざヴァンは説明をしてくれる。

 いや、自慢したいだけなのかもしれない。きらきらと輝いている目を見るとそう思う。

「ヴァン、お前、金持ちなんだな」

 俺は呆然と呟くしか無い。ヴァンが並べた銃のそれぞれは別に銃にしなくても良い物まで中に入っていた。特に火炎の魔術などは俺がそうしているように指輪状の専用器具を使った方が楽だろう。

 だが、このように趣味的な武装の多くを持てるというのはそれだけ裕福だということだった。

 俺を見ればわかるが、金がなければ武装も貧弱になる。

 それに銃はいろいろと金がかかる。辺境では需要がない為、弾丸などにも特別な伝手が必要になるしな。

 ヴァンはなんでもないように手をひらひらと振る。

「吸血鬼でも貴族階級は財貨を貯めこんでるからな。そいつらをぶっ殺してれば嫌でも金は貯まるぜ?」

 ヴァンは倒すのはひたすらめんどくさいがななどど言いながら、きひひと笑う。

 吸血鬼にも階級があり、ヴァンが言っているのは所謂領地持ちと呼ばれる高位の吸血鬼のことだ。支配する土地を持ち、同族の吸血鬼の多くを配下に付け、独自の経済圏すら持つ貴種ノーブルと呼ばれる強力な化物。

 なんでもないように言うヴァンだが、俺は自然に感嘆の声が漏れる。貴種吸血鬼を殺せるなど、並の戦士ではない証拠だ。

 まず並の戦士では貴種吸血鬼の前に立てない。配下の吸血鬼に殺されるからだ。その貴種吸血鬼を何体も殺しているこの男は、流石に同族殺しと呼ばれるだけあるといえよう。

 しかしそうなると解せない。このダンジョンには別に吸血鬼などいないというのに、なぜこのような男がここにいるのか。

 そんな俺の視線に気づいたのか。ヴァンはにやりと笑う。

「人手不足だから俺に声がかかった。んで、俺は金はいらねぇが、吸血鬼の居場所には興味津々。ってわけだから、お前の仕事をサポートすれば神殿が俺の狙う吸血鬼を探してくれる。俺はお前を手伝うのはそのためさ」

 銀の剣を持つ同族殺し。灰色の髪のダンピールは銃を撫でながら言う。

「単独で戦うなら銃はいいぞ。金はかかるが、何しろ戦闘中の行動を短縮できる。クロスボウなど隙を見なければ装填ができんだろう? 弓に関しても両腕が拘束される。矢筒も含めれば腰か背中が大きく埋まる。そいつはソロで戦うなら結構なデメリットだ」

 実際に戦ってきた男の言葉には重い説得力があった。

「だが、威力がでないだろう。デーモン相手なら弓の方が使えると思うが」

 しかし、ヴァンの銃を賞賛する言葉に俺は常識から思わず反論していた。俺を含め、多くの辺境人はそういう認識だ。

 だからクロスボウを使うし、弓だって現役になる。

 しかしヴァンはへへ、と笑うだけだ。

「いろいろとやりようはあるさ。俺なら金はあるからな。奥の手もある」

 それに俺は銃だけじゃねぇぞ、と銀の剣を撫でながらヴァンは剣を示す。

「こいつは吸血鬼を殺しまくった銀剣よ。殺して殺して100体は超えたか、だから悪魔殺しの概念が染み付いてる。吸血鬼もデーモンも異端だからな。悪魔殺しの概念は効くぞぉ。上位のデーモンでもこいつ相手なら消し炭ってなもんよ。ケケケ」

 ダンピールの青年は、んで、と黙っているエルフの魔術師をつまらなそうに見る。

「おめーはいつまでそいつを見てるんだ?」

「いや、ついつい。なにしろヤマの術式の道具は珍しく。なぁ、キース。こいつを譲ってくれないか? もちろん対価は払う。似たような効果を発する術式を刻んだ指輪と相応の金貨を払おう」

 エリエリーズが見ていたのは俺が装備していたヤマの指輪だった。興味をもった彼が見せてくれというので渡したのだった。

「いや……そいつは賜りたまわり物だからな。金では無理だ」

 ヤマの眷属に創って頂いた品を売り飛ばした、なんて言ったら罰があたる。

 俺の言葉に残念そうにエルフの青年。エリエリーズは肩を落とし、俺に指輪を返してくる。

「ならいずれ機会があったらお願いする」

 エルフには珍しく腰の低い青年だった。森の賢人を自称する彼らは、なんだかんだと頭が高い。めんどくささを覚悟していた俺は拍子抜けしながら機会があったらなと指輪を袋にしまう。

「しかし珍しいな。火の道具をエルフが欲しがるとは」

 俺の言葉にヴァンがケケ、と鼻を鳴らす。

「キース。こいつはエルフでも変わり種でな。力に貪欲というか、知識に貪欲というか、火に魅せられたというか」

 以前からの知り合いだろうか? 彼らの関係はなんとなく気安く見える。

「我らとて辺境郡の善なる種族だからな。デーモンや異端たちと戦う術は得ておかなければ」

 ふふ、と微笑む女受けしそうな顔のエルフの青年は、手の中に炎の魔術を作り出した。

「炎は破壊に特化している。だがそれだけだ。他の自然魔術と炎は何も変わらないと私は思っている。禁忌するエルフこそがおかしい。いや、むしろ」

 炎こそが真理。炎こそが力。炎こそがなどとぶつぶつと言い出したエリエリーズ。

「……変わり者、のようだな」

「でなきゃ高慢なエルフがわざわざこんなとこ来ねぇだろ」

 言われてみれば、と頷く俺。

 ただ、ダンピールのヴァンも一般的なエルフには少し思う所があるようだ。

 一般的なエルフは基本的に森から出ない。森を世話し、森に仕え、木々と共に生きる。エルフとはそういう価値観の生き物らしい。

(ただ、俺もエルフと接するのは初めてなんだよな……)

 エルフと辺境人の関係はあまり良いものではない。悪くもないが。

 辺境人とエルフの関係。それは世界樹の管理をする彼らから世界樹由来の回復力の高いポーションやエルフが得意とするミスリル細工などの装備品を、細々と交易する程度のもの。

 無論、デーモンとの戦いともなれば協力しあうが、寿命と価値観が合わないために積極的に交流しようとは思えないのだった。

「それで、どうしてエリエリーズはここに来たんだ?」

 そんな俺の質問に彼はすました顔で事も無げに言う。

「金と市民権だ。なにしろ火など故郷で研究してれば追い出される。エルフは森の中で火を使うことを禁忌としてる頭の固い連中で、私を異端だなんだと罵りおった」

 故郷の森から追い出され、相当苦労したらしい。エリエリーズは心底嫌そうに思い出しながら言う。

「人間の街でもエルフでは市民権を買うには相当の金がかかる。魔術の研究にも金がかかる。何をするにも金金金だ。今までは冒険者の真似事をして日銭を稼いでいたが、やはり定住してゆっくりと研究を行いたい。だから今回の神殿からの依頼にこれ幸いと飛びついたわけだ」

 いくら提示したのかわからないが、相当に報酬は良いらしい。

 神殿の援助をありがたく思いつつ、エリエリーズの事情を聞き、俺はなるほどと頷いた。

「しかし、エルフの戦いはよく知らないが。デーモン相手に、その、大丈夫なのか? あまり疑いたくはないのだが」

 エルフは弓と魔術に秀で、森の中でなら辺境人を越える優秀な狩人。

 しかしこういったダンジョンでの戦いを知っているのか、という俺の問いにエリエリーズは自信満々な顔をした。

「無論だ。私が追い出されたのは破壊の魔術を極めようとしていたからだぞ? ならば、破壊については得意とするところだ」

 貴殿に私の研究成果を見せてやろうか? などと言われ、俺は静かに首を振り、謝罪をした。

 エリエリーズ。

 火に傾倒するエルフの魔術師。

 この男の目に宿る光を見れば、この男が、アザムト程度には狂っていることは確かだと思われた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る