067
「さて、自己紹介も済んだことだ。仕事の話を始めるぞ」
並べていた銃を仕舞い、居住まいを正したヴァンは懐から数枚の羊皮紙を取り出した。そのヴァンを見ながらエリエリーズも同じ羊皮紙を懐より取り出した。
「こいつが俺とエリエリーズの依頼書だ。キース、確認してくれ」
並べられた羊皮紙を見て、俺はふむと腕を組んだ。
「うむ。わからん。が、構わん。何をすればいい?」
俺の態度に何を言っているんだこいつは、という顔のエルフとダンピール。
しかし俺はむしろ堂々とした顔で依頼書を示す。
できないときはできないとはっきり言ったほうがいい。
「俺は字が読めない」
ああ、とそれだけで二人は納得した。俺の出自が農民だということは知っているのだろう。辺境の多くの人間は文字を読まない。触れる機会が少ないからだ。
武具研究の為の巡回もあるが、文字で説明されることはない。全ては触れて、話して、やって覚える。武具はそういうものだ。そもそもあれらは触れて覚えるもので、文字で教わっても何も身につかないだろう。
「その依頼書の文字は読めないが、ゼウレ神殿の印が押してある。それでその紙の信頼性は十分だ。その紙の中身を俺が知る必要はない」
「……典型的なダベンポートの人間だな」
「一応、説明はするぞ」
肩を竦めたヴァン。渋々という顔で依頼書の文字を指でなぞり、読み始めるエリエリーズ。
読むと言うなら真面目に聞くが、どうせ神殿からの依頼なのだ。神殿が俺を騙すなんてことはないし、ならば、聖女様が説明した言葉で俺には十分だった。
こいつらは俺を手伝う。報酬は神殿が払う。俺はこのダンジョンを攻略する。
それだけだし、それ以上も以下もない。
仕事のやり方なんかは現地の俺達が決めればいいことで、依頼書を読んで得るものなど何もない。
そんな俺の態度にエリエリーズはどうでもよくなってきたのか説明を途中で切り上げると依頼書の下部にある線の引かれたあたりを指で示した。
「ここに名前を書いてくれ。それで依頼を受領したことになる」
「本当は終わってからがいいんだが、なんだ、生きて帰れる保証はねーだろ? 互いによ」
文字は読めないが、名前程度なら俺にも書ける。
キース。辺境でもそう珍しくない名前だ。本当の両親が教えてくれた数少ないことの一つ。
「破壊神か……やべぇんだろうな」
「どうだかね。本当にいるんだか」
肩を竦めるエリエリーズは俺が名前を記した依頼書をくるくると丸めるとポンポンと手のひらで叩き、神殿を見る。
「これが善神大神殿か。かつての威容も地の底に落ちたものだな」
ヴァンも俺が依頼書に名前を記すのを確認してから羊皮紙を仕舞う。
「やべぇ匂いはぷんぷんするけどな。俺達も軽く調べたが、キース、情報を頼む」
こいつは作りかけだがダンジョンの一階層の地図だ、なんて見せられた地図を俺は驚いた顔で見る。
「地図か……。地図か!」
「お前の様子じゃ作ってるとは思わなかったが、そういう発想もあったのか、なんて顔されるとよぉ!」
「ヴァン。キース。いいからさっさと始めるぞ」
そうして俺達は情報を交換する。
交換、と言っても来たばかりの彼らが持っている情報はそう多くない。俺が見つけられなかった隠し部屋やそこにあった長櫃の中身を渡されたが、好きにして良いと言っておく。
「いいのか? 確かに、善神大神殿の秘薬は俺達にとっても貴重なものだが、今回は十分に報酬をもらっている。お前が使ってもいいんだぞ」
補給がなくても依頼は果たせるように用意してきたからな、なんて、長櫃に入っていた薬瓶を俺へ差し出すヴァン。
「取得品は好きに使ってくれ。俺も同じだ。金や道具が目的でやっているわけじゃない」
「ならありがたく貰っておくぞ。私は何かと入用でね。ダンジョンの取得品が全て自分のものになるならそれに越したことはない」
エリエリーズは嬉しそうに言い。無欲なことだな、とヴァンは懐に薬瓶を仕舞う。
この辺りの感性は辺境人特有のもので、他の種族たる二人には理解し難いのかもしれない。
そもそも俺では見つけられなかったものなので、惜しいという感情もないのだがな。
勿論、それが必要な道具ならいずれ手に入るだろう。そういう考えもある。
「じゃあ、キースの情報を確認しながら攻略法を考えていくか。俺達が何をすべきかってのもな」
「順当に行けば戦闘のサポートをすべきだろうが……」
ううむ、と全員で黙り込む。ここは……俺から言うべきだろうな。
「サポートはいらない。お前らは俺が探索しきれなかった場所を探してくれ」
「そうなるか。そうだな。俺達が手伝ってしまってはな」
ヴァンの言葉をエリエリーズが引き継ぐ。
「私たちが手伝えば、キースが破壊神を殺せなくなる」
その言葉は全員の考えの根底だった。
「魂の試練は貴重だ。その意味でデーモンとの戦闘の機会を奪うのはまずい。悪いが俺達は攻略を直接サポートするわけにはいかない。お前が強くなる機会を奪えば、ただでさえ少ないだろう破壊神への勝機が減っていくだろう」
「だがそれなら私たちは何をすればいい? 直接的な支援ができないなら、できることはぐっと減るぞ?」
「こいつに足りない知識を補助するでもなんでもあるだろう。例えば、こいつが取りこぼした道具を渡すとかも支援の一つだ」
俺が先ほど受け取りを拒否した、一階層の探索で取りこぼした薬瓶。遠慮したそれをヴァンは差し出してくる。
それは水溶エーテルのようだった。確かに、持っていれば助かるけれど……。いいから受け取れと押し付けられ、俺は結局受け取ってしまう。
道具を差し出せと言われて嫌な顔をしたエリエリーズにヴァンは肩を竦める。
「お前は知識でも差し出せばいい。キースでも使える魔術ぐらいお前なら知ってるだろ?」
「ああ、まぁな。それでいいならそれでいいか。触媒も持っているようだしな」
ヤマの指輪を指差され、それがあれば簡単な炎の魔術ぐらいは使えるようになるだろうと言われる。
「いろいろと、悪いな。俺がこうでなければもっと簡単に事は運んだだろうに」
「構わん。冒険者として私もヴァンも受けた依頼を果たすだけだ」
仏頂面のエリエリーズは硬い口調だが遠慮するなといい。そういうことだな、とヴァンはにかりと笑う。
「しかしここがエリザの昔話に出てきた大神殿とはな……」
いくらか方針を話し合った後、ふと呟いたヴァンの言葉に思うことがあるのだろう全員が黙りこむがヴァンが思い出したかのように歌い出す。
「姫の元にいざ行かん。姫の元にいざ行かん。我こそは姫の騎士なりて……だったか?」
「『門番の騎士』か。俺はマルガレータの話も好きだな。雷よ。雷光よ。ゼウレが如き輝きで~~、ってとこだ」
「鼠の王を殺す奴か。俺もあれは好きだな。というか嫌いな話はないぞ。裏以外は」
「俺もだ。裏以外は」
「エリザは人間のお袋が話してくれた話でな。懐かしいぜ。お袋の語り口は今でも覚えてる」
本当に懐かしそうに話すヴァン。ダンピールの寿命は吸血鬼と同じく殺されない限りは、限りがない。
一体いつの話なのか。きっと俺の年齢よりも昔の話なのかもしれない。
この前、
「どうした? エリエリーズ」
「そういや、お前は嫌いなのか。エリザが? いつも避けるよなエリザ関連は。エルフには人間の文化はとっつきにくいと思うがな。なかなかいいぞ。うん」
すごくいいの間違いだろう、と俺が突っ込むとがはは、わはは、と笑い合う。辺境人にとってエリザとはそういうものだ。ヴァンはダンピールだが、辺境人に育てられたのか感性が俺と似通っている。
「……やはり、貴殿ら辺境人はおかしい」
エリエリーズは、化物でも見るような目で俺達を見ながら、いや、そうか、と呟く。
「強力なデーモンの呪いすら無力化するゼウレの加護があるからこそか。『泣き姫の呪歌』など。おぞましくてエルフには、楽しめるものではない」
エルフに限らず、巨人ですらそれを歌うのは拒むだろう、などと言うエリエリーズに俺達はぽかんとした表情だ。
「呪い、だぁ?」
「泣き姫の呪歌、だと……?」
「本当は言うつもりはなかった。貴殿ら辺境人はエリザを馬鹿にされると、話が通じなくなるからな。だが、ここがエリザの舞台なら言わなければならないだろう」
エリザの昔話は呪い歌だとエリエリーズは重ねて言う。
「貴殿らとて教わったことがあるだろう。エリザの歌をデーモンの言葉で語ってはならぬと。あれは強い言葉で語ればそれだけ呪いが強くなるからだ」
確かに、爺には言われたことがある。けしてエリザの物語を悪魔の言葉で語ってはならぬ、としかし、俺は
「呪い歌は歌った者に強い呪いを与える。複雑すぎる構成でどういう理由かはわからず泣き姫の呪いかとも思っていたが、そうか。破壊神を讃える歌だったかッ……」
エリエリーズの姫を侮辱する言葉に、拳が飛び出そうとして――素早く反応したヴァンに止められた。
うぉ、とエリエリーズが俺たちの顔を見て思わずと、
「き、貴殿ら! お、恐ろしい顔をするな! 私を殺すつもりか!? だ、だから辺境人に話すのは嫌だったのだッ!!」
だが、それでもとエリエリーズは言う。
「だから我々は軽々しくエリザの物語を語らぬ。語れぬ。しかしどういうわけかその呪い歌は辺境人によって引き継がれてきた。貴殿ら辺境人は呪いには無自覚だが、確かに強い呪いなのだぞッ。……しかし……そうか……。ここを探索すれば、呪い歌の真相もわかるのか」
知的好奇心に目を輝かせるエリエリーズ。
俺とヴァンは、どういうことだと顔を合わせながら、複雑な胸中を静めるのに心を砕く。
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