098
「ふッ!!」
進路を塞ぐが如く通路のど真ん中に仁王立ちしていたデーモンへとメイスを叩き降ろす。
鉄と鉄のぶつかり合うガツンとした轟音。衝撃に俺の腕が震える。デーモンもまた呻きを漏らすものの、その呻きは微かなものだ。
眼前に佇むのは鋼鉄の鎧に身を包んだ六本巨腕の巨大な半魚蟲人。
巨人と見まごうばかりの巨体が大剣を握り、通路を進もうとする俺を阻んでいる。
「いや、どちらかというと人間に会ったからとりあえず殺しておこう、みたいな気配か?」
へッと口角を釣り上げながら俺は再びメイスを構える。
ボスの間に神酒ネクタルがあることが判明しても、それを手に入れるには、前提としてボスの間に到達する必要があった。
もっとも位置を探ることは困難ではない。方角はわかっているのだ。周囲に漂う禍々しい瘴気。それを濃い方濃い方へと辿っていけば、その源泉には必ずたどり着ける。
しかし、とメイスと木盾を構えながら俺は小さく呼吸を行う。
ボスと対面するためには、まずそこにたどり着く必要があるのだ。
そして、そこにたどり着くためには多くの困難があった。
まずこの階層の空間はおかしい。下層に比べて妙に広いのだ。その上、デーモンと度々遭遇する長く見通しの悪い通路。階層半ばを踏破した辺りで出現し始めた罠(矢が飛んでくるものや、床から突き出してくる槍などだ)。仕掛けを解除しなければ通れない扉のつけられた橋。
現れるデーモンたちもまた厄介極まりない。練達の戦士にも匹敵する強さの
力以上に知恵を振り絞らなければならない状況が多い。
だが、今は力を存分に振り絞る時であった。
(死力を尽くさないと死ぬぞ!!)
今戦っているデーモンもまた、そのようなものの一体だ。
巨大な剣と巨大な盾を構え、鋼鉄の鎧に身を包んだ半魚蟲人。もっとも剣を振るう技量は通常の大きさの半魚蟲人ほどには高くない。しかし振り回される巨剣を回避して内側に踏み込むことは困難であり、また巨剣は一撃でも喰らえば俺の半身を断ち切る程の力を有している。そのような難敵。
(気分としては騎士盾を使いてぇが、あれじゃ受けても次が続かねぇ)
今持っているのは木盾だが、これで相手の攻撃を受けるのは困難以上に自殺行為だ。だが騎士盾を用いてもあの巨大な剣を防ぐことは困難に思える。なにしろ俺の身体の大きさほどもある剣なのだ。あの巨体が振るうそのような重さの剣を盾で受け止めて、果たして俺の身体が無事でいられるか。
即死の危険に、ぶるりと身体が震える。思わず腰の炎剣に手を当てかけ、首を振る。
今回は炎剣には頼れない。研ぎに出した後ならまだしも今のくたびれた状態であの鋼鉄の鎧を斬ることは不可能だろう。故にメイスを叩きつけ、相手の瘴気の綻びを龍眼(弱所は見えないが、瘴気の薄い箇所を見る為には龍眼が必要だった)で見極めながらで戦う。
木盾を持ち出したのは集魔の聖言で龍眼を何度も使えるようにするためだ。
この敵を速攻で倒す手段がない以上、今回は持久戦でいくしかない。
(それしか方法がねぇな。だが、こいつでさえ階層ボスの手下ってところなんだろうがッ……!!)
固く。強く。素早い。そしてでかい。これだけの強敵。地上のデーモンの軍勢にだって、そうそういるものではない。
巨剣は凶悪だがわかりやすい。見ずとも気配で頭上に刃があることを察知し、一歩踏み込んで回避しつつメイスを振るう。背後で轟音。打撃を与えたことで聞こえるデーモンの微かな苦鳴。小さくとも苦しみを与えている。効いていないわけではない。
ここがダンジョンであることは救いの一つだった。デーモンどもには巡回範囲があり、地上のデーモンどものように臨機応変には動かない。
この場に来るまでに出会ったデーモンの全てを殲滅している以上、俺は正面だけに集中すればいい。
敵の背後に関してはわからないが、ここまで派手にやっているのだ。敵意と悪意で構成された待つことを知らぬ蟲人どもの思考回路であるなら、すでに襲い掛かってきてなくてはおかしい。
(結論! 敵は正面だけだ! やるぞ!!)
深く呼吸。踏み込み、オーラを練りながらメイスを力強く握り、敵が巨剣を振り上げた瞬間を狙って飛び込み一撃。即座に転がるようにして巨剣を回避。立ち上がりながら再び飛びかかる。何度も、何度でも、同じことを繰り返す。
それでも足りない。敵の
メイスで一撃。敵の攻撃を転がってでも避ける。立ち上がり、飛び込むようにしてメイスを叩きつける。呼吸は深く。オーラは鋭く。何度でも何度でも立ち上がって立ち向かえ。
埒が明かぬと悟ったのだろう。敵が巨剣と巨盾を取り落とす。そして俺が近づけないように、俺を害する為に、六本の腕を無茶苦茶に振り回す。近づけなくなる。
だがここまでくれば相手の鎧にも綻びができている。何度も何度もメイスを叩きつけた弱所。鎧の鋼鉄は破壊され巨大な穴が開いている。近づけなくなった俺は、新月弓を取り出すと敵の腕の射程から後退し、矢を番える。
「死、ねぃ!!」
速射。速射。速射。速射。次々と矢を番え、オーラを載せて放っていく。その中にはデーモンどもを討伐することで得たギザギザ鏃の鉄矢も混ざっていた。貴様らの同族の矢で死ね!
『ギギィイイイイイイイイイ!!』
我慢できずに突っ込んでくる巨大な半魚蟲人。しかしそのような単調な突撃が俺に通じるわけもない。すかさず新月弓を袋にしまった俺は龍眼を発動しながらメイスを構えて敵へと待ち構える。
「おぉおおおおおおおおお!!」
死の危険に晒されながら散々痛めつけたのだ。鋼鉄を纏っていても敵の瘴気は薄れに薄れている。
故に、敵の攻撃をさっと躱しつつすれ違いざまに一撃。
弱所に渾身のオーラを込めて叩き込んでも死なない敵のタフさに舌を巻きながらも、敵の背中よりもう一撃。
「オラァッ!! これで! 終わりだ!!」
背後から攻撃する俺を引き剥がそうと奴が振り向いた瞬間に、メイスを更に続けざまに叩き込む。
『オォ……オォォオ……』
無念そうな響き。ギチギチと蟲人の身体が音を立てて崩れていく。
中身が消滅したことで奴の纏っていた鎧がバラバラと床に落ちていく。
血振りするようにメイスを袋にしまっていく。
「と、言っても俺には使えないか」
ひと目見て諦める。
大きすぎるのだ。篭手一つにしても俺の胴体ぐらいはある。
「鋳潰して魔鋼を取るのには最適なんだろうが……」
上にいるドワーフの爺さんの仕事の合間に聞いた話だが、デーモンどもの使う金属はドワーフ鋼にも似た硬度と粘りがある。魔鋼というらしい。
以前使った肉斬り包丁がそれなりに使えたように、神秘を含む魔鋼で作る武具はなかなかに使える、らしい。
「もっとも持って帰るのは一仕事になりそうだが……」
悩む。袋にも容量があり、回収してきた道具や武具でそれなりに埋まっている。これ以上はどうしたって入らない、というわけではないが、どこで俺の命を救うかわからない道具たちだ。回収するにしても選別はすべきだった。
疲労を回復するために干し肉の塊を袋より取り出した俺は、もしゃもしゃと肉を噛みしめながら鎧に紛れて床に落ちていた金貨一枚を袋に収める。
「剣に、盾か。それにしたってこいつは……。む?」
干し肉を素早く腹に収め、床に落ちていた巨剣の柄を両手で握った俺は、む、ともう一度呟いた。
この巨剣。大きさは以前失った肉斬り包丁よりも一回り大きいぐらいの品で、あれよりも幾分は重いのだが。
「……持てて、るか?」
素早く振り回すことはできないし、どうしたって剣の重さに振り回される形になる。それでも俺は巨剣を両手で握り、渾身の力で肩に載せた。
おお、不格好だが、使えなくもないぞ。これ。
「しかし、俺ァ、こんな力あったのか」
持てていることに驚くのは、最近は炎剣しか使っていなかったからだろう。それだけ俺は成長していたのだ。激闘。死闘。命をかける戦闘ばかりだった。そう、それだけの成長の機会が俺にはあった。
「……だが、足りねぇ」
成長の機会はある。だがそれだけじゃ足りない。この先に進むには己だけの力じゃ届かない。
(聖衣がない以上は、死ぬかもしれないが……)
道の先。気配は近い。その不吉さに俺は吐き気を堪えることしかできない。
死だ。死そのものがこの先からは漂っている。
今から俺は、このレベルの瘴気を発する相手に、壊れかけの鎧で挑むのだ。
「へッ」
口角が釣り上がる。だがそれがどうしたってんだ。ここまで来たらやれるだけ足掻いてやる。
巨剣を床に落とす。轟音。こいつは持っていけない。ここのデーモンは力で駆逐できるような存在じゃない。速度を活かして技で攻め立てなければ俺に勝ち目はない。
だが、と別のものに目を落とす。
「こいつは使えるかもしれないな」
俺の身体がすっぽりと全身収まるような巨大な盾。それを前にして俺はにやりと嗤った。
そうして俺はボスの元へとたどり着く。
道中、長櫃から槍を見つけたり、中ボスだと思っていた巨半魚蟲人と幾度も遭遇したりと予想外のこともあったが、それでもそれら一体一体を確実に、しっかりと駆逐しながら進み。
そうして尋常ではない圧力を発する、その扉の前に立ったのだ。
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