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 強い敵の首を掲げるのは楽しく、嬉しいことだ。

「うぉおおおおおおおおおおおお! おおおおおおおおおおおおお!!」

 敵の首を次々と剣に刺して、俺は蛮声を上げながら闘技場の中心で叫んだ。

『わあああああああああああ! わあああああああああああああああ!!』

 同時に観客席の観客たちが喜びの声を上げてくれる。戦士たちが剣を盾を楽器のように叩いて俺の勝利を祝ってくれる。

「……騎士よ、キース・・・よ。貴公は実に元気だな……」

長耳の英雄ゼフラグルスよ。お前は楽しくないのか? こうして海洋神ポスルドンに捧げる舞台で多くの辺境の敵の死を捧げられた」

 オーキッドの神殿都市は海洋神に怒られているが、あれは大神だ。我らにとってはまさしく雲上の存在。

 その神に捧げる戦いの舞台でこのような大騒ぎができるとは辺境人冥利につきるというもの。

「私は森に帰って、木々の声を聞いていたいよ」

 英雄の矜持があるのだろう。

 俺の傍らに立っているゼフラグルスは疲労はしているようだが、背筋を立てて健在であることを誇示している。

 とはいえ無傷ではなかった。悪神の狂信者どもとの戦いでの怪我が多く、少しばかり呪われたようだが、俺が継続再生の奇跡リジェネと、祝福の奇跡ブレスを祈ってやって浄化してやれば驚いたように俺を見た。

「騎士よ、私を助けるのか」

「何を当たり前のことを。お前たちとの間には盟約・・があるだろう」

 エルフが弱っていれば、助けてやるのは当たり前・・・・のことだ。

 そういう盟約を我々は結んでいる。今では辺境人の小遣い稼ぎのようなものになっているが、もともとは盟約なのだ。

 その内容を俺は爺から教わっていた。

 あれこれと難しい言葉で説明されたが、要はこういうことだ。


 ――長耳どもは弱っちいので絶滅しないように、強い辺境人が守ってやらねばならぬ。


 爺が言うには、かつてこの神殿都市が建っている土地がデーモンであふれていたときに、滅びに瀕していた森のエルフが龍を仲介に辺境人と結んだ盟約だという。

 それがこの土地にはまだ残っているのだ。

「もはや辺境人の誰もが覚えておらぬと思ったが……キースよ、貴公からは龍の匂いがする。それが理由か。貴公は鉄の龍の盟約を知っているのか」

「俺は爺から聞いただけだがな。それより、どうする・・・・? まだやるか?」

 闘技場に血は満たされた。エルフの英雄でもなく、辺境人の英雄でもなく、狂信者どもの穢れた血だが、あれらはそれなりに強く、狂信者どもの英雄であった。


 ――もはやこれ以上の血は必要がない。


 異貌のゼフラグルス、エルフの英雄は周囲の血を見て小さく首を横に振った。

「……貴公の勝ちで良い。私もそれなりにやったとは思うが、貴公が積み上げた首のほうが数が多い」

 ゼフラグルスが俺の手をとり、頭上に掲げた。

「私は騎士キースに助けられた。エルフの同胞たちよ! 龍の盟約に従い、かの者にエルフの秘酒を譲ろう!!」

 どっと闘技場に歓声が満ちる。

 俺は奴らに剣に刺した敵の首を掲げながらオーキッドの方を見た。

 どうだ。やってやったぞとばかりに笑ってやれば、安心したように手を振ってくれる。

「これがお前の愛の想念か……キースよ、見事なものではないか」

「そうだろう? 我が自慢の妻だ」

 そうして俺の出番は終わり、酒は無事に海洋神へと捧げられる。


                ◇◆◇◆◇


「海洋神ポスルドンよ。偉大なる我が父よ。海洋神の聖女ギザリナが御身を称える歌を歌いまする」

 ポスルドンの怒りによって豚にされ、俺が聖女に戻した聖女ギザリナが歌う中、オーキッドによって海王の槍ポスルドン・レプリカが祭壇の上に捧げられた。

 辺境の戦士たちと我が息子と聖女テスラの手によって討伐された砂鯨が切り分けられ、極上の部位が無垢なる乙女たちによって運ばれていく。

 俺が勝ち取ったエルフの酒がこの時のためにドワーフの爺さんによって作られた黄金銅オリハルコンの大杯に並々と注がれ、戦士たちによって運ばれていく。


 ――俺はあの場にはいない。


 俺もまた役目があった。

 勝利した英雄の役目、祭壇の前で神に捧げる剣舞を舞っているのだ。

 聖女ギザリナの歌にあわせ、聖女たちが歌う中、海洋神に捧げる舞を舞っている。

 龍の呼吸で地を踏みしめながら狂信者どもの血を吸った『帝国騎士団正式採用直剣』を振るっている。

 周囲に置かれた巨大な篝火がばちばちと火の粉を散らす中、頬面ではなく、剣舞用の派手な面で顔を隠しながら俺は舞う。

 人々の喧騒。海洋神を称える声。長耳たちもまた笛や太鼓で音を奏でている。


 ――おお、見よ。海洋神よ! 汝が神威を我々は崇めるぞ!!


 これこそが祭りよ。人の喜びよ。

 舞台の上から俺は神殿都市へ目を向けた。

 我が妻が作った都市では街中に水の砂漠でついでに狩られてきた砂魚すなのさかなが振る舞われている。

 俺がこの日のためにわざわざ大量の壺に入れておいた尽きぬ酒である月光雪酒が振る舞われていく。

 心身を活性化させるチコメッコの油脂を溶かしたスープが配られ、様々な獣の肉が焼かれて無料で配られていく。

 熱気が立ち上っていく。人々が、この祭りを開催させた海洋神へ感謝の心を向けていく。

 怒れる大神の心が鎮まっていく。

 オーキッド、理解したか? これが辺境の流儀だと。


 ――斯くしてポスルドンの怒りは治まり、都市の人々の心も安らぐのだった。


                ◇◆◇◆◇


 そして祭りの日より七日が経った朝の食卓のことだ。

 俺が娘のアネモネを膝の上に乗せながらパンを口に運んでやればきゃっきゃと娘は喜んで鈴のついたおもちゃを鳴らしている。

 どうやら祭りのときの音楽がお気に召したらしく四六時中手に持っているのだ。

 我が娘には音楽の才能があるのかもしれないな。今度、技芸神の聖女に手習いを頼もうか。

 そんな俺と娘の様子を呆れた様子で見ていたオーキッドが思い出したかのように告げてくる。

「さきほどポスルドンから神託があったそうだ」

 娘の口についた食べかすをとってやりながら俺はオーキッドへ問う。

「なんと言っていた?」

「大河の治水を許す代わりに難題を課された」

「……なるほどな……」

 内容は聞かずともわかる。やれどこぞの魔獣を殺せだのやれどこぞの宝をとってこい、だのだろう。

 大河の治水ともなれば、一つではなく次々と難題は課されるはずだ。

 さて、俺がやってやってもいいが……娘にパンを咥えさせながら悩む。

「ふむ……ふむ……ふーむ」

「何を悩んでいる?」

「ジュニアの試練にちょうどいいんじゃないか?」

「……お前、何を……」

 立ち上がったオーキッドが睨んでくるが俺は娘を抱き上げてゆらゆらと揺らしてやる。

 もうだいぶ大きい娘だがきゃっきゃと喜んで鈴を鳴らし、ついでに俺の髪の毛を掴んで笑っている。

「ジュニアに功績を立てさせる必要があるだろう。ついでにこんな小さな都市じゃなく、広い世界を見せるべきだな」


 ――それに、少しばかりここは危険だ。


 祭事で俺を殺せないと知った狂信者どもはジュニアを狙うだろう。

 俺がずっと都市にいるならともかく、そろそろ地下に潜る必要がある以上、ジュニアは外にいたほうが安全だ。

 聖女テスラや剣の師であるヴェインがいる以上、そう悪いことにはならない。

 それに、ポスルドンの難題だ。きっと楽しいぞ。

「お前は……息子が可哀想じゃないのか!!」

「愛すがゆえだ。それに結構楽しいぞ。旅は」

 それと、と俺はオーキッドに言ってやる。

「お前は少し頭を冷やせ。海洋神を怒らせてどうするつもりだった?」

 娘に髪の毛と頬を引っ張られながら俺はアネモネにパンを与えていく。

「ちちうえ~~」

 きゃっきゃと笑う娘の食べかすを顔に叩きつけられる。食べ物で遊ぶな。俺はその食べかすをひょいと自分で食べていく。

「オーキッド。お前はよくやった。よくやったが、少し急ぎすぎだ」

 オーキッドが神殿都市をここまで大きくした手腕は認めるが、早急にすぎる。

 我が妻はもう少し神をるべきであった。

「正しき形でお願いすればポスルドンはきちんと難題を寄越してくれただろう? 治水を行いたかったならば、お前はきちんと神を奉じるべきだった」

「それは、わかっていた。小規模ながら祭事は行った」

「相手は大神だぞ。無理でもなんでも最高の供物を揃えられるまでは行うべきではなかったな」

 呆れた気分で言ってやれば、オーキッドはわかっていたつもりだったと小さな声で言う。

 だから俺は言ってやるのだ。

「もう少しゆっくりやれ。泣き虫姫エリザの物語のように、人々の声に耳を傾けるといい」

 呪歌だなんだと言われたが、あれはあれで学びなのだ。

 辺境人はあれで道徳を学んだ。やってはいけないことを学んだ。喜びを学んだ。

 俺がこうして騎士の真似事をできているのは、あの物語のおかげなのだ。


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