225
辺境将軍キース二世、国母オーキッドの最初の子供である彼とその仲間たちの伝説は辺境各地に残る。
最初は弓神の聖女、神殿騎士ヴェインだけだった彼の供は、旅の理由となったポスルドンの試練を越えると共に増えていった。
群狼の部族の戦士。霊峰の一の槍トートン。先駆けバフェスタ。疾風トルードルドなど。
こなした試練も数多く。悪狼ドッゾ討伐、伝説の霊峰の果実の収穫、辺境西方の未開地域の集落を襲うデーモンとの戦いへの参加などなど。
そんな彼が生まれた地である神聖都市セントラルに戻ってくるのは彼が旅立ってより十年後……それは帰郷と同時に、彼がかつて参加した砂鯨の狩猟を再度行うためのものであり――
――『辺境将軍キース二世伝』序文より
「なんだって? キース、悪いがもう一度言ってくれ」
「明日、ダンジョンに向かう」
早朝、聖女やヴェインを連れ、ポスルドンの試練に旅立ったジュニアを遠目に見送った俺は食事の席でオーキッドにそう言った。
仕方がないとはいえ地上に居すぎた感がある。
地上での出来事は力を馴染ませる役にはたったが、地下の探索を後回しにしすぎている。
息子が出て俺も行くとなれば寂しいのだろうか? それとも不安なのだろうか?
「出立をずらしてもいいが……ジュニアが戻ってくるまではいられないぞ」
「あ、ああ、いや、ち、違うんだ。キースが大事な役目を果たそうとしていることはわかっている。大丈夫だ。しっかりと、この都市は守るから……」
慌てて涙を拭うオーキッド。
こうして暖かなものに囲まれていると耐え難い気持ちになる。だが、だからと言ってここに居続けるわけにもいかないのが俺という生き物だ。
殺さねばならぬ邪悪が地下にいるのだ。
それに斥力の聖女カウスのことも気にかかった。
あれには時間がない。地上に関わり続けては、
「オーキッド、聖女カウスの下男テイラーについてはどうなった?」
「テイラー……ああ、彼か。いや、調べたがわからなかったな」
「人探しの奇跡でも見つかっていない。悪神の加護を得ているか、既に地下に潜り込んでいる可能性がある」
「地下に? いや、あそこは常に警備の人間を張り付けているし、穴の底に潜るのはただの人間では無理だろう?」
「……もう、そうじゃないかもしれない……」
人ではなくなっているかもしれない。それは予感ではなく、確信に近い。
聖衣があったとはいえ、あれだけの濃い瘴気に浸かったのだ。なにより、その聖衣は引き裂かれている。
浄化の奇跡は受けているだろうが、それにしたって存在が消え、見つからないということは、
――それともゼウレの干渉か?
あの主神による策略か? 俺のときのように。
我が両親を殺したときのように。
――山で見たデーモンの姿が鮮明に脳裏に思い出される。
暗黒神の動きが気になる。神による壮大な一手が打たれているのかもしれない。
「……聖女カウスを守る必要があるな……」
「聖女カウスを?」
オーキッドの複雑そうな顔に俺は
「誤解するな。せめて死に場所ぐらいはまともにしてやりたいという気持ちからだ」
「……だが、それはお前である必要はあるのか?」
「俺でなければ誰がやってやれる? あの聖女に関しては、同族の聖女たちも見放している」
呪術で作られた模造品だからだろう、聖女カウスに関して真性の聖女たちの反応は
「心配するな。愛だのなんだのじゃない。戦友として、だ」
「心配は、してないが……だがお前が、その、それで手をとられたら、時間が……」
言いたいことはわかるが、それに関しては問題がない。
「むしろ時間の短縮になる。奴の奇跡は有用だ」
星神の聖女たる聖女カウスの奇跡で探索は容易になる。
もしかすればあの大鎧の騎士の領域の探索も楽になるかもしれないが……むしろ大鎧は後回しにすべきか。
「とにかくお前が心配するようなことは何もない」
「……わかった……」
しかし、今回も地上に長く居すぎた。俺はオーキッドの
次に帰ってくるときには産まれているだろう。
「とにかく、早く帰れるように努力しよう」
俺がそう言えば、オーキッドは小さく首を横に振った。
「無事に帰ってきてくれれば、それでいい」
そうか、と俺は頷いた。それなら出来得る限りそうしよう。
◇◆◇◆◇
「強い戦士の武具には相応の格ってもんが必要だァ」
どん、と机の上に鎧を置くドワーフの爺さん。
この爺さんの鍛冶場は変わらない。鉄を打つ金槌の音は心地が良い。
「とりあえず新しい四騎士討伐の目録からいくらか蝋材が届いたからな。おめぇから預かってた分と合わせて使わせてもらったぞォ」
その目録とやらは暗殺騎士の分だろう。俺が知らない間に聖撃の聖女様から送られていたようだった。
どうにもあの方は忙しいらしく、目録と品だけが爺さんの所に送り届けられたようだった。
「ああ、助かる」
戻ってきた神殿騎士の鎧を検めれば見事に修復された上に、強化もなされている。
「+8まで強化した。特別な能力はないが、並のデーモンでは傷をつけることすらできんはずだ」
並の相手じゃねェみてェだが、と爺さんは笑いながら大盾をテーブルに置く。
「大盾も+8までだ。+10までやってやりたかったが、蝋材も無限じゃねぇからな」
神殿騎士の大盾だ。今後の激戦を考えれば盾の強化も必須だろう。
袋に鎧と盾をしまえば、次はァ、と爺さんは楽しげに机の上に武具を置いた。
「てめェから受け取った魔女の蝋材で強化したこいつだァ」
「ほう……これは、なかなかすごいな」
「そうだろう、儂とて魔女の蝋材はなかなか扱わん」
爺さんに頼んだのは、リリーが残した青薔薇の茨剣だ。それを俺は魔女の蝋材で強化してもらった。
リリーの遺品にあまり混ぜものをしたくはなかったが、この茨剣を今後も使うためには、宿る神秘の量を多くし、デーモンどもを狩る力を高めたほうが良いと思ったのだ。
その刃には、毒々しい呪いの神秘と共に、新たな攻撃的な神秘が宿っているように見える。
「こいつには落雷の力が宿っとる。それと降霊術で
「降霊術……落雷の魔女がか?」
「ああ、みだりに死者の記憶は語れねェから言えねェが、お前に力を貸すとのことだァ」
茨剣を見下ろす。蝋材はその性質から、死者の協力がなければ力を減ずる。協力が得られたのは喜ばしいが、
悪神が作り出した魔女たちの由来を考えれば、破壊神に敵対する俺に味方するなど考えられないが……。
ふむ、蝋材に宿る神秘を奪えるだけでもよかったのだが。
「わかった。そういうことならありがたくその権能に頼らせてもらおう」
おう、頼れ頼れと爺さんが頷き、最後だ、とそれをテーブルの上に置いた。
「預かった大貴族の蝋材で+13まで鍛えたハルバードだァ。こいつは下手な神器を越えるぞォ」
爺さんが満足そうに出来上がりを見るそれは『竜刃のハルバード+13』。素材、殺したデーモンの数、宿る神秘量。
俺の口から感嘆の吐息が零れる。
まさしくこのハルバードを越える武具は辺境にもそうないはずだ。
デーモンを殺してきたからだろう。悪滅の概念すら宿るこのハルバードを振るえる俺が誇らしく思う。
初めてハルバードを握った瞬間が思い起こされる。俺も正直、ここまでこれるとは思っていなかった。
ああ、このハルバードは、俺の戦いの歴史とも言える存在だ。
「助かる、爺さん。ありがとう」
「がっはっは。礼なら十分に貰っている。儂の鍛えた武具でかの帝国の四騎士を殺しておるのだ。儂にとってはそれが
それでも助かる、と俺は頭を下げた。
この爺さんがいなければ俺はここまでこれなかった。
ドワーフは誰もが見事な鍛冶師だが、その腕の優劣はある。神器並の武具を打てるドワーフはそうそういない。
だからこそ、この男もまた俺の命の恩人なのだ。
(さて、準備は整った)
地上で物資は補給し、また猫からエリエリーズが強化したというヤマの指輪も受け取った。
聖女カウスに明日ここに戻ってくるように伝言も預けた。
――なんとも長かったが、これでようやくダンジョンに挑めるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます