020



 鎧。鎧だ。ただし兜はない。

「ここの神官戦士のものか? 外套やマントがないようだが……」

「いや、取り込まれた街の衛兵か。一階の兵の物かも知れないな。宝物庫や武器庫の中は空だった」

「上の神殿にいくつかあった、何もない部屋のことか。あそこには宝物庫もあったんだな」

 ああ、と頷くリリー。

「建物を取り込んで生成されたダンジョンの特徴だ。ダンジョンは意思を持っている。故に取り込んだ宝をダンジョンのあちこちにばらまくんだよ・・・・・・・。この長櫃もダンジョンの意思でこの部屋に置かれたんだろうな」

「それは、何のために?」

 コツコツと長櫃を叩き、そうだな、とリリー。

「ダンジョンにいわゆる、宝箱などの宝が置かれる理由は2つだ。っと失礼。話しながらで済まないが、食事しながらでいいかい?」

「ああ、俺もそうさせて貰う。リリー、お前の言うとおり時間は有限だ」

 2人で長櫃から敷いた毛布へと足を戻しつつ会話を続けていく。

「何しろ今この時も地上ではものすごい速度で時間が進んでいるからね。やることがあるからここに居なくてはならないが、好んで長居はしたくない場所だ」

 全くだ、と頷きながら俺もリリーに倣って食料と葡萄酒を取り出していく。鎧の検分を済ませたかったが、先に話を聞いてからでいいだろう。

「それで、宝のことだ。まず一つ目」

 金色の髪を掻き揚げ、指を立て俺に説明を始めるリリー。

「黄金や宝石。つまり外から欲深き人間を招くための餌だね。大陸にはもうダンジョンはほとんど残っていないが、かつてはダンジョン周辺に街ができるほどに賑わったものもあったそうだ。ダンジョンが攻略されきった今はもう滅びるか、村みたいなものが残るだけだがね」

 何しろ交通の要所という場所でもないから、ダンジョンが攻略され尽くし、宝が出なくなれば廃れるのだとリリーは言う。

「そういえば聞いたことがあるな、大陸の冒険者は昔はダンジョンを探索していたとか……」

「だから慣例で冒険者とは呼んでいるけれど、今の冒険者はほぼ傭兵が盗賊やら山賊みたいなものだね。まっとうに冒険者しているのはかなり一部、といったところかな」

「まっとうに?」

「未探索の土地を探索して地図を作ったり、新しい航路を探しに船を出したり、まぁそんなところだよ。昔はモンスターを倒したりダンジョンに潜ったりといった輩もいたけれど、今の大陸にはモンスター自体がごく少数にしか存在しないからね」

 今の冒険者が主に戦うのは野盗や山賊だ。だから未だ神秘の残る辺境が開放された時は大陸全土の冒険者が湧き立ったものだが、なんて言いながら苦笑するリリー。

「行った端から死んだり、再起不能の怪我を負う者が続出したからね。冒険者の地獄、なんて言われてるよ。ここは」

 それは俺が生まれる前の話だろうと思われた。

「爺に聞いたことがあるな。ひ弱な大陸人がなまくらの剣片手に大挙して、狼の餌になっただの、デーモンに襲われただの、村に襲いかかって子供に殺されかけただの」

「まさか、辺境の生き物に大陸の武器が通じないとは誰も思わないだろう? 私もここに来て驚いたよ。まさか、鉄の剣を弾く生き物がいるなんてね」

「それは……大陸そちらが悪いんだよ」

 手に持った食べかけのパンを一息に口に入れるとむっしゃむっしゃと俺は食べる。

 そして、鎧の篭手をリリーに向ける。

「こいつの金属が何かわかるか?」

「……鉄、かな?」

「違う。ドワーフ鋼だ。この鎧に使われてる金属は全てドワーフが鍛えたものだ」

 黒鉄の剣とメイスも指差す。リリーが持っているものも、だ。

「それもこれもそいつも全部。ドワーフ鋼だ」

「……私のも、そうなのか? 国王から賜われたものだが、そんな大したものだったのか」

 ただの魔法の剣だと思っていたよ、と誇らしげに笑うリリー。

「リリーが今、ベーコンを切ったナイフがあるだろう」

「あるね。食べるかい?」

 もらおう、とリリーが差し出してくるスライスされたベーコンを受け取る俺。

 食べながらリリーのナイフを指さす。

「そいつはただの鉄だ。それで俺の手を刺してみろ」

 リリーに向けて手のひらを向ける。いいのか、なんて目で問うてくるのに対してやってみろと頷けば流石は騎士のリリーだ。

 流れるように手のひらに突きつけてくる。それに対して、俺は避けない。避ける理由がないからだ。

 当然のごとくナイフは当たらなかった。まるで俺の手に触れることを嫌がるように、金属自身が俺に触れる直前にねじ曲がる・・・・・

「これは……どういう、ことだ?」

 俺が何をしたわけでもない。俺に魔術や奇跡の心得はない。俺にできるのは武術だけだ。

 だからこれは俺以外が要因である。

 リリーがナイフを引けば、何事もなかったかのように直立したナイフがそこにある。

「聞いたことないか? 辺境人と戦った兵士が、辺境人に武器が通じなかったと言っていた話を」

 こんなこと、そもそも辺境人にとっては常識なのだが、辺境の常識を大陸人はあまり知らない。だからリリーがわかるように説明してやる。

「聞いたことがあるな。王国と辺境が公式に戦った唯一の戦い、だな。余りに一方的すぎて王国が戦意喪失した有名な話だ。あれは、魔術か奇跡、じゃないのか?」

「そうじゃない。大陸の鉄じゃあ俺たちには傷がつかないってだけの話だ」

 もっともオーラを使えない奴がいないわけではないので、大陸で無敵というわけではない。武器や拳にオーラを通されれば攻撃は通る。最も辺境人を殺せるほどの使い手は大陸では少ない。大陸全土を合わせてもせいぜい10人かそこらだろう。

「大陸からは神秘が消え果てている。大陸人の扱う神秘の篭っていない武器では辺境の生物を殺すことは出来ない」

 大陸人がそれを知らず、辺境人がそれを知っているのは、神秘が篭っていても神秘が弱ければ強力なデーモンに打ち勝つことができないからである。戦士にとっては常識以前の問題だ。

「ドワーフ鋼ってのは、辺境で使われてる一般的な鉄だ。ドワーフの技は神のわざ。ドワーフの打つ鉄には大いなる神秘が宿る。だから俺たちはドワーフの鍛えた鉄以外を鉄とは認めない。それはドワーフの鍛えたものでないとデーモンには敵わないからだ」

 そしてドワーフ鋼以外の鉄では子供ならともかく成人した辺境人を殺すことはできない。

「キース、君の言う神秘ってのは、一体なんなんだ?」

 不気味なものでも見るような目で見てくるリリーに俺は一言で言ってやる。

「神が関わっているかいないか。それだけだ」

「それは、その……つまり、大陸は」

「既に神に見捨てられている。暗黒神の尖兵と戦わせるために善神たちの作った人間が、人間同士で殺し合いをしていられるのも、神から求められなくなったからだろうな」

 辺境人と大陸人では立っている位置ステージが違うのだ。

 辺境人は神に近い場所にいる。神に求められているから神が関わっていないもので死ぬことはない。

 だが大陸人は違う。こいつらは簡単に死ぬ。それは神が関わる必要を認めていないからだ。必要がないからあらゆることで簡単に死ぬ。

 それでも稀にリリーのような突然変異が現れるのは、神にも何かしら考えがあるのかもしれなかったが……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る