021


「それで、もう1つってのはなんなんだ?」

「あ、っと?」

「ダンジョンが宝箱を設置する理由だよ。人間をおびき寄せる餌ってのが1つ目。じゃあ、2つ目は?」

 それは、だな。と咳払いをして姿勢を正すリリー。先ほどの話が衝撃的だったのだろうか。頭を切り替えるのに少し時間を掛ける。

 食事を済ませ、葡萄酒で喉を潤しながら俺は今日の戦闘で使ったナイフを取り出して一本一本研いでいく。使い捨てのようなものだが、油もしっかり塗り、いざというときに頼れるように手入れは欠かさない。

「そう、だな。もう1つの理由だが」

「ああ」

「攻略させるためだ。ダンジョンが人を襲うだけならば、獲物を取り込んだ後に出口を消してしまえばいい。そうすれば探索者はモンスターに殺されなくとも、飢えて死ぬ。だがそれをダンジョンはしない。何故かわかるか?」

 それは、猫も言っていたことだった。

「ダンジョンは、攻略されたがっている」

 そうだとリリーは言う。

「人を核としたダンジョンは、見込みのある攻略者に積極的に手を貸してくる。それがなぜだかはわからないがな」

 覚えがないとは言えなかった。剣や盾、薬。そして今リリーに譲られた鎧。どれも俺がちょうど欲しがっていたタイミングで手に入っている。

「……滅ぼされたがっているのか?」

「そんなことはないと思うがな。でなければ道中にあのような醜悪なデーモンを配置せずともただ最後の階への直通の道を作ればいいだけだ」

 だからきっと、とリリーは寂しげな顔で付け足す。

「知られたがっている。どんな境遇でダンジョンと成ったのか。核となった人間は知られたがっているのだ。ダンジョンと一体化し、永遠とも言える生を手に入れた彼ら彼女らは自らの不遇を誰かに知って欲しい。それだけが望みなのかもしれないな」

「俺には、わからん」

「私には、少しだけわかる。だが私はきっとこのダンジョンには望まれていない。私はダンジョンを最奥まで攻略することを望んでいないからな。それにキース、辺境人たる君にこそ資格はあるのかもしれないぞ」

 ……攻略を望んでいない。そんなリリーの言葉に疑問を抱く。この女は一体、ここに何をしに来たのだろうか。時の流れに取り残される危険性。いや、デーモンに殺されるリスクを負ってまで、こんな場所にいる理由。

 だが聞いても答えてはくれないだろう。リリーの理由はきっと彼女が隠している力に直結しているはずだった。

 だから、当り障りのない答えだけを返しておく。

「俺に資格、ね。あるとは思えないが……」

「いや、ある・・。あるはずだ。そのための泣き虫姫の童話のはずなのだから……」

 ちりちりと壁の松明が火の粉を散らす。壁に設置されたそれは消えることのない迷宮の設置物である。

 どういうことだ、とリリーに詳しく聞こうとも思うが、ふむ、とリリーは手足を見て、苦笑を見せる。

「話しすぎたか。そろそろ寝ないと明日に堪えるぞ」

 確かにその通りだった。明日は大物に挑む予定なのだ。体調は万全にしておかなければならない。

 先ほどまでデーモンと戦っていた影響だろう。身体も休息を訴えていた。ふっ、とお互いに笑みを浮かべると俺たちはそれぞれ毛布を被り、目を瞑る。

 聖印がある。見張りは必要なかった。



 夢も見ずに、目が覚める。辺りを見渡せば特に変わりもなく昨日寝た聖域である。

 リリーはいない。外に出てデーモンを狩っているのか。それとも地上へ戻ったのか。鎧櫃もなく、ここに戻ってくる様子はなさそうだった。

 全力の戦闘を俺に見られたくないのだろう。リリーは修道女のデーモンとの戦いには不参加のようだ。

「それならそれでいい。守る手間が省ける」

 俺は朝食を済ませると昨日確認できなかった鎧の確認を行う。

 兜はないが、全身分揃っている。胴、肩、腕、腰、腿、脛、足。足はつま先と踵をドワーフ鋼で補強したブーツだ。軽いが、きちんと聖言は刻まれている。それに皮自体も特殊な加工を施してあるのか非常に丈夫だ。もちろん動きを邪魔しないように柔らかい部分は柔らかい。

「相当な上物だな。辺境でもちょっと見ないものだ」

 こんな上物を譲ってくれたリリー。あいつが鎧を鑑定できないわけがない。相当に自分の鎧に自信があるのだろう。確かにリリーの鎧はドワーフ鋼で作られたように見えた。

「確かに、あいつの鎧の方が上か」

 こちらはドワーフ鋼で各所を補強してあるとはいえ、皮鎧だ。対してあちらは全身ドワーフ鋼で作られた聖鎧である。

「とはいえ、鎧も武器も使い方次第だ。皮鎧だって、なるべく補強部分で攻撃を受けるようにすれば鉄剣も防げる」

 この鎧で言えば、肩、肘、膝だ。リベットも打ち込まれてはいるけれど、あまり頼れそうにはない。

 ともあれ、今着ている皮の服を俺は脱ぎ、鎧下に使えそうな分厚い布の服を着ると、その上から鎧を身につけていく。

 可動を確かめつつ、少し時間を使い型を実践する。グローブ越しにオーラを流せるか。肘や膝のプロテクター越しにも可能かなど。

「通しが少し鈍いな。この後、大物との戦いが控えている以上、万全を期したい」

 流石に武器と違い、防具にオーラを通すのは難易度が高い。いや、俺が防具を使ってこなかったからだろう。聖衣などであればすんなりと通るらしいが、俺には入手の宛がない。今後は金属製の防具に移行していくと思えばここで妥協するわけにはいかなかった。

 少し以上に型の練習に時間を使う。鎧を着ての動きともなると皮の服の時よりかなり可動域が狭くなる。が、それも慣れだ。武に精通すれば鎧を着てなお、繊細な動きも可能であるらしい。爺からの聞きかじりであるが、あの爺のことだ。適当は言わない。ならば俺にも可能ということである。

 服の時より少し劣るがスムーズにオーラを通せるようになり、俺は小さく息を吐く。

「少しデーモンと戦って調子を確かめるか」

 剣やメイスは使わない。鎧を着たまま素手で戦おう。消耗は激しいだろうが、必要なことだった。

 鎧を着て弱くなっては意味が無い。実戦でいくらか動きを確かめる必要がある。

「成果次第では修道女は明日になるかもしれんな」

 それはそれでいい。死んでは何にもならない。武は一朝一夕で身につくものではない。

 停滞にも見えるが、高みに立つためには歩みを遅くし周囲に目を向ける余裕も必要だ。

 俺は装備を身につけ、扉を開けると料理人のデーモンを探しに牢獄を彷徨うのだった。



「やはり、鈍い!」

 ブーツ越しに地面を叩き、力を体内で循環させる。この時点で皮の服との差が出ている。ドワーフの技巧で作られたブーツはかなりの硬度を持つが、そのせいで地面を蹴り飛ばした際の力が十分に身体に伝わらないのだ。

「俺の未熟か!」

 力を練り、肘へと伝達させる。オーラを肘から肘を覆う鉄片へと伝え、内側へと潜り込んだ料理人の腹に打ち込む。

 突き出た腹に波紋のように伝わるオーラ。だが弱い。武器と違い、防具はあくまで防具である。この身を覆う鉄は敵を打ち倒すものではなく、あくまで敵から身を守るためのものでしかない。

 故に、拳や剣と違い、オーラが上手く乗り切らない。肘だけでなく腕にまでオーラが拡散し、上手く威力を発揮しないのだ。

「これも、俺の未熟!」

 とはいえ、拳は違う。グローブ越しとはいえ、拳は拳。料理人のデーモンが振り下ろしてきた肉切り包丁を手の甲で弾くと拳にオーラを込め、殴る殴る殴る。その上で踏み込み、背中からぶちかましを当てる。

 破裂するような音を立て、料理人のデーモンは肉塊をぶち撒けて消滅した。

 聖域を出て、10連戦。流石に武器を扱うより激しい消耗。

「疲労が激しいが、やってよかった。だが鎧越しだとここまで苦労するか……」

 袋の中から取り出した布で汗を拭う。

 鎧を着ての体術は今の俺には難易度が高い。速度は1割ほど。威力は2割減と言ったところだろう。

 聖衣さえあればいいのだが、ないものねだりはできん。そもそも精進すれば鎧を着ていようと問題はないのだ。

「さて、もうひと頑張りだ」

 通路の奥から現れる料理人のデーモン。新たな獲物を見つけた俺は歓喜も露わに襲いかかるのであった。


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