049


 リリーの停戦の言葉により、俺と騎士はお互いに距離を取る。

 俺はリリーを背に庇い。騎士は銃を仕舞うと、槍を大盾の裏から取りだし叫ぶ。

「聖騎士第七位! リリー・ホワイトテラー・テキサス! 貴様、そのザマでなぜ生きている! なぜ死なぬ!!」

 暗殺騎士アザムトの言葉にリリーは苦しそうだが、はっきりとした口調で返答をする。

「アザムト、すまぬな! 我、このダンジョンにて希望を見た! 目的を達成するまで死ねぬ!!」

 レイピアを構えるリリー。戦闘態勢に入ったからだろう。次いでずるずると鎧から茨が這い出てこようとする。

 流石に連続しての戦闘はきついだろう。俺はリリーの前に出ると手を振り、リリーの動きを制する。

 代わりにアザムトに向き合った。

 探索は得意でないためリリーの力にはなれなかったが、こっちなら俺の得意分野だ。

「アザムトと言ったな。リリーには借りがある。俺が代わりに相手になろう」

「ッ。キース様。お引きください。その者は貴方のためになりません」

 ショーテルを構えた俺に対して使命感に満ちた口調でアザムトは答える。

 大陸人から掛けられる思いやりに満ちた声に疑念が湧く。なんだこいつは?

 兜の中より微かに見える瞳に込められているのは執念めいた信仰心と俺に対する申し訳無さ。

 知らず向けられる真摯な瞳が気持ち悪い。こいつは何かがズレている。

 アザムトからは注意を逸らさず背後のリリーに問いかける。

「リリー。殺すが構わんな?」

「……キース、やめるんだ。アザムトは辺境人の味方だ……」

「はッ。そりゃ嬉しい話だ。だがお前の敵なんだろう?」

 やはりまだ彼女には休息が必要だ。俺の問い掛けにリリーは苦しそうに答える。

「……ああ。アザムトは私の中のデーモンが私を食い尽くす前に殺すつもりだ……」

 その言葉で俺は笑う。刃の先は微塵もぶれない。そうだ。俺の腹は決まっている。

「キース様! 話を聞いてください! その者は貴方のためになりません!! 花の騎士は――」

 踏み出し、駆け出す。ショーテルを大きく振りかぶった。

「おう! 問答は地獄で頼む!」

「くッ、ホワイトテラー! 貴様、キース様を誑かしたな!! キース様!! ホワイトテラーは――」

 アザムトの突き出してきた槍を躱すが、盾でがっちりと自身を守っているうえに、俺を狙って細かく槍を突き出してくる。

 流石にがっちりとした守りだ。ショーテルの間合いに入り込めない。

 だが、何故かこいつの槍に殺意は無い。殺意のない攻撃で俺は殺せない。

 しかし敵は相応の修練を積んでいるうえに武具が厄介だった。

「ちッ、その槍、ドワーフ鋼か。辺境人を殺せる槍だなッ!!」

 槍先にオーラは篭っていないためデーモン相手には使えないだろうが、ドワーフ鋼なら辺境人の皮膚を貫くこともできるだろう。

「キース様! お願いします! 引いてください!! 私は貴方を害したくない!」

「ほう、流石大陸の位階持ち騎士だな! 辺境人相手によほどの自信だ!」

 ステップで奴の間合いの外を翻弄するように動くが奴の槍先は俺を捉えて離さない。しっかりと俺から命を守り切る姿勢だ。

(盾が邪魔だな。あれさえなければ首を落として終わりなんだが……)

 槍は邪魔だが傷を覚悟すれば踏み込むことができる。しかし、その先が問題だ。

 奴の身体を守る盾である。

 普通の盾なら跳ね上げるか、剄力を打ち込むことで、持ち手をよろめかせて終わりだが。あれは聖具だ。

 先の拳と掌底でその性質は把握できた。砕けず、持ち手に衝撃を通さない。更に言えばかなり重い。俺の打撃ではこじ開けられないだろう。

(まぁ、やりようはあるがな)

「ホワイトテラァァア貴様ァ早く自害しろ! お前の中のデーモンは危険だ! 試練に臨むキース様に負担を掛けるな!!」

 袋からナイフを取り出せばアザムトがリリーに向けて怒鳴っていた。俺に話しかけても無駄だと理解したのだろう。

「……ッ……わか、わかっている……キースに負担をかけていることは……だが、それでも私は……」

「リリー、話を聞くなよ。今こいつを殺して終わらせるからな」

 袋からナイフを取り出し、奴の兜で唯一露出している目に向けて投げる。

「ッ……」

 盾を跳ね上げナイフを弾くアザムト。最小限の動きで弾かれるが、視線が大盾で一瞬だけ隠れる。

 全力で踏み込み、ショーテルを振り上げる。奴が気付き俺に向けて槍を突き出すが、既に俺は間合いに入っている。

 風切り音を立てるショーテルを叩きつけた。

 湾曲した刃が盾をすり抜け、アザムトの腕を傷つける。ドワーフ鋼の鎧だが、この刃の前では紙も同然だ。

「ッ……キース様!!」

「鬱陶しいな。黙ってろ」

「私たちゼウレ神殿回帰派は……! 辺境の方々のために!!」

「おう! なら、俺のためにいますぐ死んでくれ!!」

 アザムトの持つ盾は硬く大きく重いが、その巨大さが今は奴の足かせになっていた。

 可哀想だが、既にアザムトは詰んでいた。

 俺は既に槍の間合いの内側に入っている。盾に張り付きながらショーテルを振るう俺をアザムトは排除することができない。盾を押し出して俺を弾こうとするもその度にショーテルが奴の腕を切り刻み、盾に力を入れさせない。

「……ああ、そ、そんな……」

 到頭とうとう音を立てて盾が地面に落ちる。腕を血に塗れさせたアザムトはショーテルを振り上げる俺を呆然と見た。


 ――死ね・・


 首の位置を確認し、ショーテルを振り抜こうとした瞬間、腕が止まる。

「……キース、待ってくれ……」

 振り返ればリリーの手から伸びた茨が俺の腕に絡みついている。

 俺は警戒を止めずに問いかける。

「リリー、何をしている?」

 こいつが何をしているのか理解できない。

 なぜ、敵を助けようとしているのか。

「……キース、アザムトはお前のためになる……殺すな……」

 この期に及んで俺のことを考えているのか、こいつは……。

 アザムトから注意を逸らさず、呆れた気持ちで問う。

「いいのか? お前の敵だろう、こいつは」

「……いいんだ……アザムトは回帰派だ……お前の害にはけしてならん……」

 そういうことを言っているわけではないのだが、リリーが強情に殺すなと言うなら刃を引く。

 俺がここで強情を張ってリリーの負担になるのは本末転倒だからだ。腕から力を抜けば、するするとリリーの鎧の内部に茨が戻っていく。

 俺自身にはアザムトに対する害意はない、リリーが殺すなというなら刃は振るえない。

 アザムトは信じられないという顔でリリーを見ている。

「ホワイトテラー、貴様、なんのつもりだ、私を生かしたとてお前を見逃す理由にはならない。キース様のためにもお前はここで死ぬべきだ」

「おい、やっぱり殺しとくか?」

 鞘に納めたショーテルの柄に手をかければふるふるとリリーは首を振る。

「……回帰派は生かしておけば必ずお前の役に立つ……キース、たった一人でここに挑むのは無謀だ……お前には助けが必要だ……」

「俺に大陸人の助けはいらんし、お前を殺されるわけにはいかんだろう?」

 アザムトの目を見ればリリーを諦めた様子はない。俺はどうすればリリーに無駄を悟らせられるのかを考えるも妙案はない。肩を竦めてショーテルの柄に手をかけた。

 殺してしまうのが一番手っ取り早いだろう。

 リリーはそんな俺に苦笑したようだ。実際に笑ったわけではない、そんな気配を感じる。

「……アザムト、お前が私を狙うならキースは私に張り付いていなければならないぞ……そして、お前が私を殺したならキースはお前を殺すために手間を掛けるだろう……これ以上お前が私に執着するなら、キースは多大な労力を使うぞ……」

 それはお前の本意ではないだろう? とリリーがアザムトに問いかけた。

「ホワイトテラァァ貴様ァァァ、ッ、ぐッ……」

 唸るアザムトだったが興奮したために腕が痛んだのだろう。血まみれの腕を押さえながら、それでも殺意だけは瞳に滾らせている。

 俺はどうすべきかと悩めばリリーが背をつついてきた。見ればアザムトを指差して……ああ、俺も何か言えということか?

「アザムトだったか? 俺はリリーに命を助けられた。故に俺はリリーに借りがある。だから、お前がリリーを狙うならお前が諦めるまで俺はリリーを守るし、お前がリリーを害したならお前を必ず追い詰めて殺す」

 言い切って、ため息をついた。

 リリーがこいつを生かすと判断したなら、こいつが諦めるまでダンジョン探索は一時置いておくべきだろうな。

 自然と悪態が口をついて出た。

「大陸人め。この糞忙しい中、手間かけさせやがって……」

「……すまないな……キース……」

 リリーの声も掠れている。疲労が抜けきっていないのだろう。

「いや、お前は命の恩人だ。この程度で借りが返せるとは思わないが、俺ができることならなるべく力になろう」

 リリーに借りを返すことは絶対だが、アザムトを面倒くさいと思う気持ちはきちんと別にある。

 じとっとアザムトを睨みつければ、狼狽えたような視線でアザムトは俺を見て、おずおずと槍を盾の中に収納した。

 血まみれの両手を上げて、抵抗しないことを示してくる。

「……わかりました。私もキース様の探索の邪魔になることはしたくありません」

 ですが、とアザムトは無手のまま必死に訴える。

「ホワイトテラーを生かすことは貴方のためになりません!」

「お前が決めることじゃねぇだろう」

 俺が言うもアザムトは叫ぶように反論を重ねる。

「そうではありません! キース様! その女は恐れ多くもゼウレの血を引く王族の傍系、その身体と魂には薄れたといえどもゼウレの力の残滓ともいうべきものがあります。故に! ホワイトテラーが花の君デーモンに飲み込まれれば、花の君はホワイトテラーの肉体と魂を食い尽くし、封じられる以前よりも強力なデーモンとなって復活します!」

「一理ある」

 言われて頷く。俺とて、その可能性は考えなかったわけではない。

「しかも、ここは瘴気の薄い大陸ではありません。ここで花の君が解放されればまさに水を得た魚が如く、周囲の瘴気によって極限にまで活性化します」

「もっともだな。リリーが身の内のデーモンに食われて死ねば必ずそうなるだろう」

 アザムトのいうことは全く間違っていない。それはリリーが自力で呪いを解くよりも可能性の高い未来だ。

「キース様、貴方がホワイトテラーに命を救われ、その義理からホワイトテラーを守護していることは理解致しました。しかし、命の借りであるなら、辺境人である貴方が半ばデーモンと化しているホワイトテラーを見逃していることで既に果たされているはずです」

 それには俺は何も答えない。

 しかし、それにはリリーが答える。

「……それも、もっともだ……私はキースの好意に縋っている……」

 リリーの言葉に勢いを得たのだろう。アザムトが畳み掛けるように言葉を発する。

「キース様、手を貸せとはいいません。ですが、どうか、私がホワイトテラーを討ち果たすことの邪魔をしないでいただきたいのです!!」

 その言葉に俺は肩を竦める。

「そうもいかんだろ」

 ぐ、とアザムトが残念そうに肩を落とした。

「俺は侠者だ。侠者の義理は天秤で量るもんじゃねぇよ」

 背後でリリーが苦笑したような気配がする。それは俺が裏切らないことをわかっていた人間の笑いだ。

「……すまないな……キース……苦労をかける……」

 俺も笑って返した。

「いいさ。お前が為遂げることを俺も望んでる」

「なぜ! 自分から厳しい道を選ぶのですか!!」

 アザムトが絶望するように天を仰ぐ。

 確かに、こいつの提案を飲めば花の君とやらに関しては確実に始末を付けられるのだろう。

 それでも俺はリリーを信じることに決めたのだ。

 なぜなら、人であることをリリーが望むうちは、こいつは人間なのだから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る