214
「わ、私の身体に傷を――く、くそ、なぜ、貴様ほどの戦士がこんな作りかけの都市に」
「黙れ。うるせぇ。さっさと死ね」
目の前の
都市の治療院で怪我人のふりをしていたものを俺が見つけて路地裏まで引きずってきたのだ。
闇火神の眷属。神殿都市セントラルの行政府によって、懸賞金が掛けられた辺境人の敵。
名前は……なんだ? わからん。知らん。どうでもいい。
敵は敵だ。善き神とその信徒である善き辺境人の敵でしかない。
デーモンと同じだ。会話をする必要などない。速やかに殺さなければならない。
だから、路地裏まで引きずってきて、剣を突き刺した。
剣を防ぐなんらかの手段があったのか、ただ困惑する一般市民のふりをしたそいつは、素直に剣を受け入れ、そして地面に無様に転がっていた。
剣は突き刺したままにする。
痛めつけるためではない。奴の身体を覆う瘴気のヴェールを切り裂くのに使っただけだ。
この愚物がやったことは許せないが、拷問は好みではない。
――もう殺す。殺すのだ。
こいつはとんでもないことをした。オーキッドを悲しませた。こいつの存在もそうだが、オーキッドを悲しませたという事実はとても俺の癇に障った。
人間の男の姿をした、神威を纏った化け物が身体に突き刺さった剣を引き抜こうとして失敗していた。
「ああ、ぐぅぅッ……」
剣を引き抜こうとした腕を、俺が斬り落としたのだ。
腕が地面に転がっている。悪神の眷属の腕だ。踏みにじるようにしてブーツの靴底にオーラを流し、腕を構成するオーラごと踏み砕いてやった。
「な、なんだ、その剣は……なぜそんなものがこんな前線より離れたこんな都市に」
時間稼ぎが目的か? 怨敵との会話はひたすらに面倒だった。
「ああ? 剣がなんだよ」
俺がこの悪神の眷属に振るったのは、ハルバードですらない長剣だ。
袋に入れてある分を含めて三本しかないが、こんなもの、深層に赴けばいくらでも手に入る。
帝国騎士団正式採用直剣。
『頑丈』と『不朽』の聖言が刻まれた神聖帝国の騎士たちに与えられた剣。
「ど、ドワーフ鋼の剣ですら、わ、私の身体を斬って無事なわけがないのだ! 我が身体には鉄をも焦がす炎が流れている! 我が身体は……!!」
踏み込み。剣を振るう。龍眼で見極めた弱所を狙った斬撃。
「逃げるな!!」
相手があまりにも弱腰なせいで狙いが外れる。くそッ、デーモンのほうがまだ潔いのに、なんでこいつは逃げる。
「聖人でもない、た、ただの人間が、か、神の眷属の殺し方をなぜ知っている……!?」
「喋るな! 鬱陶しい!!」
剣を構え、龍眼を駆動させながら踏み込みと共に剣を突き出した。
「ひぃッ!?」
薄布のように剥ぎ取られた瘴気のヴェールの先に、奴そのものと言っていい
「だからッ! 逃げるなッ!!」
奴が発する炎を蹴り飛ばしながら俺は敵を追い続ける。
路地での立ち回りだった。
地面には焼け焦げた人間が転がっている。
神殿都市の戦士だった。この眷属を追っていた都市の戦士だ。オーキッドの部下で、顔を合わせたことはなかったが領主である俺の騎士でもあった。
武運足りず敗北したらしい。勇敢な戦士よ。仇は俺がとってやる。
ああ、畜生。
現在、この都市にはこんな死体があちこちに転がっている。
――埋葬するための手が足りていないのだ。
俺から逃げ回っている奴が原因だ。
辺境の戦士を返り討ちにできるほどの難敵、悪神の眷属。
悪神が自らの権能を分け与え、作り出した存在。
神より弱いとはいえ、その構造は神に準ずる。薄皮を束ねた瘴気のヴェールの存在を知らなければ殺すことは難しいだろう。
そんな悪神の眷属がこうして無様な姿を晒し、逃げ回っているのはこいつが俺より弱かったからだ。
逆の立場なら何もできずに燃やされていたのは俺だ。
(ああ、神の造形物相手に油断してはならない)
だから俺は憎悪を捨て、こいつを速やかに殺そうとしている。
多くの戦士が返り討ちにあったのだ。
それだけでこいつがとても恐ろしい存在だということはわかる。
そうだ。都市の戦士が弱いわけではない。
――星神が造った星牛を殺しきれたのはひとえにあの場に多くの英雄がいたからだ。
黒蝮の親分、エルフの親娘、人馬族の弓聖――対龍兵器も揃っていた。
これはあれよりも小さい、人の姿をしていて、人と同じ大きさの敵。
だが、けして油断してはならない。
対峙して理解できた。
神殿都市の戦士の多くが殺されたのは、この悪神の眷属が都市に巧妙に潜伏していたのもあって、多対一の状況に持ち込めなかったこともあるが、もっとも大きな理由は、この悪神の眷属にドワーフ鋼の武具が通じなかったからだろう。
神器や聖具すらも燃やし尽くす炎の血液。
今も俺の目の前で全身から炎を噴いているこの男は、命を取ろうとする俺に対してなんとか逃げようと努力している。
無様に残った片腕を振るい、炎を目眩ましのように放ち、周囲の建物に炎を注ぎながら、必死に駆けている。
「馬鹿がッ! 早く死ね!!」
――俺がお前を逃がすわけがないだろう。
蘇るのは探索から帰還した直後のことだ。
探索から帰り、エリエリーズと会話をし、そのあとの斥力の聖女カウスの懇願を受け入れた俺はとりあえず武具を修理に出した。
聖女カウスの願いを受け入れるにも、武具の修理が先だったからだ。
そして疲れを癒やすために地上に戻り、唖然とするしかなかった。
都市が燃えていた。あの砦のように、
闇火神の眷属、邪悪の大敵の都市への長期間の潜伏を許し、準備を終えられ、
あれだけの戦士がいながら、あれだけの聖女を抱えながら、大神殿まで建てておいて無様極まりない有様だった。
帰還し、呆然とするしかない俺に向かって、疲れた顔のオーキッドが謝ってきたのを覚えている。
(任せてもらったのに、失敗してしまった……だと……)
この
許されなかった。絶対に。絶対にだ。
剣を振るう。敵の腕を切り落とす。炎が傷口から吹き出て周囲を燃やす。
「な、なぜ燃えぬ! 我が血もまた炎! 我が炎を浴びれば、お前が如何に優れた戦士であろうとも!!」
知るかそんなこと。
だが、そんなことを説明してやる義理はない。
ようやく追い詰めたぜ。
「な、なぜ、我が権能がことごとく効かぬ……お、お前は、なんだ……? か、顔を見せろ。その鉄の面頬をとって――」
尻もちをついた神の眷属が、俺に向かって問いを放つもそんなことを聞いている暇はない。
長く生きた化け物ほど多くの手札を持っている。特に、流した血はまずい。神の眷属ほどの血であれば如何な聖衣の守りを持っていようとも、時間を与えれば俺の呪いへの耐性を貫くほどの呪術を構築されかねない。
「うるせぇ!!」
「ぐ、あ――」
脳天に刃をぶち込む。頭頂部から顎にかけて長剣の刃が敵に叩き込まれている。即死――ではない。
龍眼ではまだ生きているのがわかる。核を破壊していない以上、死んでいない。死んだふりだ。俺の隙を窺っているのだろう。
三本目の帝国騎士団正式採用直剣を取り出す。『頑丈』と『不朽』、炎の悪神の眷属の火を浴びようとも溶けずに何度も振るうことのできる剣。
思わず嗤いがこみ上げてくる。
そうか。なぜ世界を制覇した大国の皇帝が、こんな凡庸な聖言を自らの配下の剣に刻み込んだのか、今理解した。
これはただ頑丈なだけの剣だ。
だがそれを振るう者が無双の強さを持っていれば、それはまさしくあらゆる大敵を斬り殺す最強の騎士になり得る。
こうして大悪を前にすれば、帝王が何を欲したのか理解する。
神をも殺せる武具。
「ふッ――!!」
「ぐぉ……き、貴様! こんなことが、この私を殺せば、我が神が――」
「知るかッ! さっさと死ね!!」
深く深く悪神の眷属に剣を突き刺す。オーラを流し込み、核を破壊する。
都市に隠れ潜むことに力を割いていたのか、見つけ出してしまえば権能は厄介だが、そう強いものではない。
それだけだ。それだけの存在だ。
「こんな奴に都市をここまで燃やされるとはな。何をしてたんだ他の奴らは……」
火に弱い長耳どもが出てこないのはわかる。
だが聖女シズカに法外な金品を積み上げていたのはこんなときのためだろう。
他の聖女どももそうだ。あれらは若く、弱い神の聖女が多いが、聖女が徒党を組めば戦いなれているとはいえ、悪神の眷属の一匹や二匹……――。
「ああ、無理だな」
無理だ。神々と一緒だ。今殺した神の眷属と同じだ。
強い生き物は群れない。
足並みを揃えられないからだ。力を持てば持つほどに、強烈な特性は己以外の全てを邪魔と断じてしまう。
俺がこうやって誰も連れずに一人でこれを殺しにきたのもそのせいだ。
速やかに殺すためには俺以外の全てが邪魔だった。
空を見上げれば、悪神の眷属が放った炎が、都市を燃やし、黒い煙を空へと立ち上らせていた。
人々の集まってくる気配が聞こえる。消火作業が始まるのだろう。
――心を落ち着ける。
今の俺は鎧姿ではない。鎧は修理に出している。
だからただの布の服一枚で、それも闇火神の眷属の血でボロボロになっている。
都市の警備兵に見つかれば、詰所に連れて行かれるかもしれない。
――あれこれと聞かれるのは面倒だな。
新しい服を袋の中から取り出して着替える。人々の流れに逆らって、俺もまた都市へ潜む。
少し以上に疲れた。
燃える砦の探索を思い出したのもあるが、連戦のうえに、少し無理をしていた。
都市に潜伏する神の眷属を探すために魂の記憶を引き出していたのだ。
あまりにも性格が違うせいで混ざり合うことはないが、強烈な不快感が俺の魂を波濤に揺れる小舟のように揺らしている。
俺が引き出したのは、殺してきたばかりの四騎士、暗殺騎士の記憶。
それに加えて、火に耐性を与えるために堕ちた水神の権能を少々。
(無理をしすぎている……)
吐き気を抑えて魂を鎮めていく。
都市に潜む悪神の眷属を速やかに殺すために必要だったとはいえ、地上に戻ってきてまでこんな無理をする羽目になるとは。
(むしろ地上だからか)
地下に赴く前、地上では悪神との大戦が近づいている、という話を聞いていた。
砦で感じた戦乱の気配をこの都市でも感じる。
燃える都市。傷ついた人々のうめき声。そして濃い瘴気。
(闇火神の眷属は
都市を燃やして結界を破壊したか。
「オーキッドめ。辺境を舐めてかかったな……」
――
あちこちから感じるデーモンや狂信者どもの気配に俺は口角を釣り上げる。
「はははッ! はははははははッ!! 戻る前にもう何匹か殺していくかッ!!」
そうだな。あの砦では散々にやられ、この俺がデーモンを避けて進まなければならなかったのだ。
こうして自由に暴れられるなら、それはきっと楽しいに違いない。
憂さ晴らしだ。
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