215
「お前……」
都市内にうまく隠れていたと
――『商業神の聖女』ベンガラ・
「聖女ベンガラ、我が妻オーキッドが世話になっているようだな」
この神殿都市の中の悪意を探すべく、だ。
暗殺騎士の記憶を想起し――「こんなことをしている場合ではないのでは? キース様」
立ち止まる。聖女ベンガラは馬鹿にするような視線で俺を見ていた。
「こんなこと? 都市に巣食う害虫を潰すことが悪だとでも?」
睨みつけてやれば「いえいえいえいえいえいえいえいえいえ、そんなことは有りませんとも! すみません!! 誤解させてしまいましたね!!」とせわしなく捲し立ててくる。
ビビるぐらいなら黙ればいいものを。
まぁいい、
「うん? じゃあ、なんだ?」
挑発してきたり、ビビったりと、まるで地下の猫のような雰囲気を醸し出した聖女は両手を広げて、俺に周囲を示してみせた。
――闇火神の眷属が放った神威の籠もった炎は、未だ都市の各所を燃やし続けていた。
辺境人でさえ触れれば火傷する炎は街のいたるところを燃やしている。
これらを消すには同じく神威が籠もった水や土、高位の聖水で消すしかない。
建物を壊し、火を埋めることで消すこともできるが、大地を汚す行為はゼウレの妻にして、愛の神にして大地母神でもあるヘイルラアに喧嘩を売るも同然の行いなので、誰もやっていなかった。
「別に死ぬわけでもないだろう?」
「
断定的な口調の聖女ベンガラは猫のように目を細め、俺に向かって言葉を放つ。
「キース様は、あの哀れな大陸生まれの小娘が、ここまで都市を育てるのにどれだけの手間を掛けたのかわかりますか?」
「わからないな」
断言すれば、聖女ベンガラはうぅ、と怯む。
――わかろうとも思わない。
それは別に突き放しているわけではなく、理解できないことを理解できると大言を吐いたところでオーキッドへの侮辱になるからだ。
「辺境の殿方のそういうところ、私は嫌いです」
まるで睨むような聖女ベンガラに、俺は「それで俺に何をさせたい?」と問いかけた。
「つ、冷たいですね」
「知るか。早く要件を言え」
商人は嫌いだ。爺の最期を安らかにするためにとても骨を折らされたからな。
俺が本当の親から貰った聖印も爺の薬代に商人に渡してしまった。
商業神はともかく、その聖女であるこの女に好意的に接する理由が俺にはない。
(領主として、ってんならあるのかもしれないが……)
空を見る。ここまで都市を大きくしたのはオーキッドがそれを望んだからだ。
周囲を見る。燃える都市。焼け出されたのか住居のない住民たちが座り込んでいる。
辺境人にも戦う才のない者は当然いる。
狼や猪を殺せても悪神の信徒には勝てない者は当然いるのだ。
――俺より賢いオーキッドならできると思ったから任せてきたが。
都市を育てるほどの器ではなかった。そういうことだろう。
失望はない。ここまでできただけでもすごいことだ。我が妻は素晴らしい。惜しむらくは俺が傍にいてやれなかったことで、こうなったことだろう。
「そうだな……俺は別に、村のままでも……」
「いッ、いけません! いけません!!」
慌てたように聖女ベンガラが俺に掴みかかってくる。
「意地悪く言いすぎました! すみません! 辺境の殿方に細かい機微を察して貰おうとした私が悪かったです!」
商機を失ったいらだちを領主である貴方にぶつけたかっただけなんですぅ、と情けない声で俺に言う聖女ベンガラ。
はぁ、と俺は疲れたように息を吐くと、聖女ベンガラの手を襟元から離させた。
あれこれと探り合っている場合ではないだろう。
「それで、貴方は何が目的だ?」
商人らしい迂遠さはあったが、この聖女は辺境人を
聖撃の聖女エリノーラ、月の聖女シズカ、彼女たちと同じだ。
――辺境人に遠回しに言葉を伝えても通じない。
辺境人は考えないからだ。面倒くさい。問題は殴って解決した方が早い。そういう生き物だからだ。
俺があれこれとダンジョンについて思い悩めるのは、それが
「わかりました。これを受け取ってください」
聖女ベンガラは
おや、と思った。
「それには見覚えがある」
「キース様、貴方が
思うことはあったが、それらを口にせず俺は聖女ベンガラに問いかける。
「それで俺に何をさせたい?」
「神威の雨をこの神殿都市セントラルに降らせてほしいのです」
「俺が降らせろと? どういう冗談だ?」
馬鹿げている話だ。天候操作だと? そんなもの、それこそ聖女がやるべきことだろう。
だが聖女ベンガラは「何を言っているんですか? やっていたじゃないですか」と驚いたように俺を見る。
やった? なんの話だ?
「この都市を燃やしている火を避けるために水の神の権能を使っていたでしょう? どの神様の権能かはわかりませんが。それをこの槍を通じて使っていただくだけでいいんですよ?」
「……いや、それは……」
できるできないの話でいえば、俺にはできない。
身を守る程度の力を使うならともかく、天候を変えるほどの力を引き出すほどの適性が俺にはない。
「俺には、いや、海神の聖女がここにはいただろう? あれはどうなんだ?」
「あー、あの小娘ですか?」
ベンガラは「豚にされましたよ。
「治水のための贄を用意できなかったのです。役に立たない小娘でした。結局、娘の無礼に親の海神が怒ってオーケアーラス大河も荒れ狂い、聖女シズカが港予定地を守るために都市を離れる羽目になりました」
「豚になった聖女……様はどうなった?」
「無理に様をつけなくとも大丈夫ですよ? キース様」
彼女は神殿で飼ってます、そのうち引き裂いて海神に捧げますよ、と口角を釣り上げて聖女ベンガラはくつくつと嗤ってみせる。
そうか、海神の聖女は無理か。それになぜこうなっているのかもわかった。
「シズカが離れた隙を、闇火神の眷属に狙われたのか」
「そうです。そうなんですよぅ。多くの悪神の信徒どもも暴れまわり、戦士も傭兵も侠者も手が回らず、強い戦士はちょうど前線の敵軍が増したとかで増援として出ていったあとでしたしね」
「オーキッドめ。不運が重なったな」
「キース様、
「どうかな。そういう気持ちがないわけではないが」
俺としては、そこまでして狙う価値がこの都市にあるのか、という気分だった。
善神大神殿の跡地にはあるが、所詮は大陸人の小娘が作った神殿都市だ。
聖域を張ったり聖女様方を呼び込んでいるものの、いまだ善神大神殿と同じような、辺境の要というほどの力を持っているとは思えない。
なにより、そこまで重要な地点なら強い戦士を神殿は置くべきだろう。
「キース様、今、辺境はとても重要な分岐に立っています」
「大きな話はわからない」
「ですね。私もです。私にとってはそれはついでです。私にとっては4000年前から待っていた好機がこの瞬間だったというだけです」
そのためにこの都市が必要なのですよ、と俺に槍を押し付けてくる聖女ベンガラ。
「だが俺にはできない」
受け取った槍を手にとって眺めてみる。
豪華な装飾で飾り立てられた扱いにくい槍だ。
海神の信仰を力とするこの槍は、月神への信仰を主とする俺にはもう扱えなくなった武具でもある。
だが、それは武器として使うならば、だ。
祭器として使うなら、また別の結果になるのだろうか?
「やってください。貴方の妻の不手際ですし、もともとは貴方の都市の問題です。これだけの民が巻き込まれたんですよ。責任をとってください」
そこまで言って聖女ベンガラは俺の顔色を窺ってくる。
びくついているところを見ると、俺がへそを曲げて投げ出さないか不安になったらしい。
怒りは湧かなかった。挑発をして俺を試してくる聖女ベンガラの姿はまるで猫のようで、俺は苦笑いをするしかない。
「わかったよ」
神に使徒は似るのか、それとも使徒に神が感化されるのか。
ため息を吐く。そういう姿を見せられれば、どうにも俺も強くはでられない。
「やるだけやってみよう」
――命を賭して守ると誓ったわけだしな。
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