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 天に星が瞬く領域。そこで見つけた小聖堂を俺と聖女カウスは探索していた。

「これは重力の大斧ですね」

 小聖堂で手に入れた斧。それを調べた聖女カウスが来歴を教えてくれる。

「我が姉、星の聖女の付き人たる星の騎士たるサターンが使っていたものですね。見覚えがあります」

 重く巨大な大斧だった。今の俺でも扱うのに少し工夫のいる武器である。

「もっと喜んでください。星神の神器ですよ。刻まれた権能は重力。騎士サターンは斬撃に加速を付けて敵を叩き切ることに使用していました」

「喜んでいるが、扱えるか扱えないかで言えばまだ俺には扱えないからな。喜びようがない」

 手に取り、持ち上げてみるが権能はぴくりとも反応しない。俺がもともと星神に対してそこまで信仰熱心ではないせいだろう。

「神器でも格の高いものは、強い信仰が必要になりますし、重力の権能は癖も強いですから、慣れるまではキース様にとっては普通の斧と同じでしょう」

 数を増やせる黄金銅オリハルコンの短刀。富ませる者の鍬チコメッコはそこまで難しくなかったが……神器にも格があるのだろう。

 それに俺の信仰が足りないと言われてしまえばそれはそうだった。

 デーモンと化したオーロラによって力を取り戻したとはいえ、自らが崇める月神の聖具相当である『冷たき月光』ですら俺は扱いきれていないのだ。

 聖女カウスの言葉に俺は大いに納得して袋に大斧をしまう。

 次に、と同じく小聖堂で見つけた装飾鍵の解説をする聖女カウス。

「こちらはユニオン大聖堂の大門の鍵ですね」

「大門か、本物は俺が砕いた奴だな」

 教皇と聖騎士どもが抵抗したから大聖堂も破壊した。そういうことを俺は大陸でした。

 それを聖女カウスに言えば、彼女は目を見開き、諦めたように呟いた。

「……それは……そうですね。もうあそこは信仰の場ではありませんから……」

 そう、大陸に関しては祈りの強さや弱さではない。

 正しき信仰が伝わっていないのならばそれはもはや邪教の祭壇と変わりはない。

 それ以上は、特に気にしたふうもなく、聖女カウスは俺に鍵を戻してくる。鍵を袋に入れ、俺は「さて、行くか」と小聖堂の外に出た。

 夜の空に変化はなく、聖女カウスは星を読み解きながらこちらです、と俺を導いていく。


                ◇◆◇◆◇


「神官もどき、ですね。星の聖女の瘴気と記憶より生まれるデーモンです」

 背後から投げかけられる言葉を聞き流しながら俺は敵の一団に踏み込むと、敵中でハルバードを大きく振り回した。

 祈りを捧げる落書きのような顔の神官のデーモンどもは、俺に向かって次々と星神の奇跡を行使してくる。

 星神の矢。夜空を流れる星のような光を帯びたそれは、当たれば鎧に強い衝撃を与えるだろう強い神秘を帯びた、攻撃的な奇跡だ。

 しかしその奇跡の矢を聖衣の盾で打ち払いながら俺は神官のデーモンの腹にハルバードを叩きつける。

 引き裂かれたデーモンの身体が上下に分割されて吹き飛んでいく。構わず踏み込む。狙いは俺を狙っている別の神官のデーモンだ。

 最初に切り込んだときに七体ほど減らしたが、残る七体の神官のデーモンに苦戦する。

 鋭い音。「今です!」俺を狙っていた神官のデーモンの額に聖女カウスが放った矢が突き刺さっている。

 デーモンどもの間に隙ができる。ハルバードを振り回し、二体を刃に巻き込みながら潰し、ちょうど刃の反対側にいた個体に拳打を叩き込んで殺す。

 残りは二体だったが、聖女カウスの援護の中、俺は神官のデーモンを怪我一つ負うことなく殲滅した。

「いいのか? 戦いに参加できないと言っていたが……?」

「いえ、もうあまり道を示す必要はないので」

 それはそうだな、と俺は崩れた石畳が続く道を見る。

 遠目に、夜の闇に紛れ、俺が見たことのあるものより巨大な門が見える。

 星明かりに照らされたそれは、ユニオン大聖堂の大門だろう。

 今の神官のデーモンどももそれに関わりのある一団だった。

 道の脇で、大門に向かって祈っていたデーモンどもだが、俺たちがこの道に入った瞬間に襲いかかってきたのだ。

「敵も強くなっています。星の帳……惑わしの道を抜かれたときのために、我が姉は、あの小聖堂を抜けた先からは強力なデーモンを用意したのでしょうね」

 弱いデーモンから強いデーモンに、くだん・・・のような人面牛のデーモンよりも神官のデーモンの方が人への殺傷力は高い。

 群れる敵は一体一体は弱くとも、強く、恐ろしい。強いデーモン一体の方が戦いやすいときもある。

「……あれも神官か?」

 石畳の道の先、ところどころ立つ石柱の傍に巨大な鎌を構えた、白い服を……いや、あれには見覚えがある。

 月狼の革で作られた鳥頭の武装司祭服だ。

 よくよく見れば、夜闇の影に、嘴を伸ばした鳥の仮面が見えていた。

「巡回処刑人、ユニオン大聖堂の武装司祭ですね」

「ほう、強いのか?」

 辺境の武装司祭の中には一人で吸血鬼の城を攻め落とす武人もいるが……ユニオン大聖堂の武装司祭はどうなのだろうか?

「強い奇跡と熟練した武技を修めた本物の戦士ですよ。あの神秘の量は司祭の遺骸から生成した特別なデーモンでしょう」

 援護します、と弓を構える聖女カウスに対し、俺はハルバードを片手に、手を出すな、と告げる。

「どうにもゲテモノばかりと戦ってると戦いの勘が鈍るからな。少し本気で戦わせろ」

 俺の言葉に、聖女カウスは頷くと、弓を背に、下がっていく。


                ◇◆◇◆◇


 俺が石柱に挟まれた道に踏み込むと、月狼の司祭服に身を包んだ巨体のデーモンがのっそりと姿を現してくる。

(腕と足が異様に長いな……)

 異様に細長い足に、異様に細長い腕。巨体だが、バランスの悪さが目立つ。

 だが、あらゆる敵に共通する項目だが、巨体というのはそれだけで脅威だ。

 耐久力の高さや間合いリーチの長さ。巨体というだけで高さと重さもあるので、攻撃に重力と速度が乗る・・

(それに鎌か……この領域、イロモノばっか揃えやがって)

 しかし、敵から覚える気配は本物だ。

 大鎌を構えた亡霊どもを相手にしたことはあるが、あれらとは違い、明確なの気配がその佇まいからは覚える。

 ハルバードを構えながら俺は奴を警戒しながら近づいていく。

 地面は石畳が敷かれているが、ところどころに土が露出している。踏み込みの位置は気にしなければならないだろう。


 ――邂逅、刹那。


 金属音が響く。ランタンの光にのみ照らされた夜闇に鋭く鍛えられた金属同士が立てる火花が散る。

 俺の奮ったハルバードの刃と、異形の武装司祭が奮った大鎌の刃が接触して弾かれたのだ。

「ッ――おぉッ!!」

 同時に無理やりに力を込めて、弾かれた刃を制御する。遠心力ではなく、力を込めて、敵の刃を跳ね上げる・・・・・

 事前に記憶しておいた石畳を選んで地面に力強く踏み込む。

 ハルバードを回転させながらハルバードの石突を奴の腹に叩き込む。

(月狼の装備は斬撃に強い。特にこの深層ほどのデーモンともなればその特性を強化しているはずだ)

 刃は通らないと考えていいだろう。ゆえに石突による打突を叩き込む。

 敵の身体が揺らぐものの全く効いている様子は見えないが、俺はハルバードを回転させて、奴が伸ばしてくる細長くも凶暴な、月狼の司祭服に包まれた腕をハルバードの刃で打ち払った。

 同時に奴の懐に踏み込んで、神威を混ぜ込んだオーラを込めた肘を打ち込む。

『オォオォオォオオオオオオッ――』

 バックステップ。鳥の嘴のような部分から悲鳴が聞こえるが無視し、俺はハルバードを片手で振り回すとギリギリまで間合いを伸ばし、遠心力そのままに敵に叩きつけた。


 ――敵の巨体が揺らぐ。


 衝撃でデーモンの本能が表に出てきたのか、離れた俺を近づけないようにがむしゃらに腕を振り回すものの――否、武だ。足運びに武の気配が見える。

 腕もがむしゃらに振り回しているように見えるものの、そこには確実に技術が見て取れた。

 油断して踏み込み、掴まれればそのまま首を掴まれて終わるという気配がある。

 しかし技術の割に、正確性に欠けるようにも見えるが……。

(そういえば鳥頭は視界が悪かったな……)

 俺もうまく扱うのに苦労した装備だ。デーモンもその特性を引き継いでいるのか、視界が悪そうに見える。

(とはいえ、頑丈タフだな……)

 未だ習熟していないとはいえ、神威を混ぜたオーラを叩き込んでなお消滅していない。

 龍眼を一瞬だけ用い、奴の弱所を見れば、なるほど……弱っているもののまだまだ健在だ。

 攻撃をさせて、そこに切り込むか……? 悩む俺の前でデーモンが片手で祈りを捧げた。

 司祭という背景を持つデーモンならではの攻撃。月神の矢の奇跡だ。

 飛んでくる聖衣の盾で弾く。だが敵の片手は空いている。大鎌は両手でなければ振るうのは難しい。

 俺は好機だと踏み込――まない・・・

(ほら見ろ)

 攻める気を見せた俺に反応して、奴の長い片腕が振られたからだ。


 ――俺の目の前には音もなく振られた大鎌の刃がある。


 敵が狙っていた必殺の一撃、というやつだろう。

 俺が軽々に踏み込んでいればそこに身体があっただろう位置を狙って振られた刃が目の前にある。

 なるほど、こいつは強い・・デーモンだ。

 楽しくなってきて俺はハルバードに『月神の刃』の奇跡を纏わせた。

「なかなかやるな」

『オォオオオォオゥルルルルル……』

 鳥の嘴からは唸るような声が漏れてくる。わかっている。こちらもお前と会話するつもりなんざないさ。

 呼吸を整えただけだ。奴が大鎌を戻すタイミングに合わせて、俺は踏み込んでいく。

「シィイイイッッッッ!!」

 視界の端から大鎌を持っていない敵の腕が伸びてくる。それ自体が凶器とも言える強力なデーモンの腕だ。合わせる・・・・のは危険。ハルバードの石突を突きこんで奴の腕をそらす。

 俺が奴の攻撃を弾いたことで、俺に隙ができる。そこを逃す奴ではない。刃を戻した大鎌が俺の生命を奪うべく迫ってくる。

 だが奴が、俺がそうすると読んだように、俺もまた奴がそう来ると読んでいた。


 ――武人を元にしても、攻め気のあるデーモンの動きはわかりやすい。


(月狼の革に、刃は効かずとも――)

 腕を弾いた石突を戻すように、俺は奴の心臓の位置に向けて、オーラを込めたハルバードの先端から伸びるニードルを突きこんでいた。

 深くオーラを込めた刺突が奴の胸に突き刺さっている。

 だがそれぐらいでデーモンが倒れるわけではない。ハルバードをそのままに俺は自ら地面に倒れ込む。

 頭の上を大鎌の刃が通っていく。起き上がらない。このまま攻撃を続行する。

 袋から取り出すのは『無鎧むがい』。四騎士である『名失いのデーモン』との戦いで手に入れた夜闇の悪神の神器だ。

 猛毒の刃を持つ短剣だが、その権能でもっとも恐るべきものは、あらゆる鎧を存在しないかのように切り裂く夜闇神の権能である。

 ただし刃が短いためにこのように近づかなければならないが、こういう接近戦になったときは非常に頼もしい武具だった。

 信仰せずとも権能を利用できるのが悪神の神器だ。

(俺は毒は趣味じゃないが……)

 いや、月狼の革を纏った敵だ。毒に対する耐性は高いな。

 それはそれで正々堂々としていて好みだ。俺は兜の中で口角を釣り上げると武装司祭のデーモンの足に向けて無鎧を突き立てた。

 斬撃に強い月狼の革に抵抗なく刃が入る。


 ――足を失った敵は、あとはそう苦戦するものではなかった。


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