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 動けない。奇跡の矢の連弾を防ぐことはできるが、纏う鎧は超常の重さとなっている。

 鎧に殺される! 俺の身体にまとわりつく、巨石がごとき重さの我が鎧よ!

「ぐ、ぐぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 気合! 気合!! 気合!! 気合だ!!

 全身から血が噴き出しかねないほどの力を込めて俺は膝だけはつくまいと空に向かって吠える。

 だが神を模した顔のない九体の神像が空に浮かび、無情にも俺に向かって、善神の矢の奇跡を叩き込んでくる。

「ぐらァッ!! おらァッ!! 降りてこいッ!! てめぇッ!! おらァッ!!」

 聖衣の盾を振り回して矢の奇跡を打ち消すも、篭手が重く、やがて盾を支えることすらできなくなってくる。

 なんだ、これは! なんだこれはッ!! なんなんだこれはッ!!

 脳に死がよぎる。死ぬのか。俺は、死ぬのか。ここで……。


 ――星と運命の神クエスよ。の者を星のくびきより解き放ちたまえ。


 祈りが聞こえた瞬間、俺の鎧の重さが戻る・・

「キース様! 動けますか?」

 盾を片手に襲いかかってきていた矢の奇跡を打ち払う。飛び跳ね、追撃の矢を回避する。

「聖女カウス! これはなんだ!!」

「星の奇跡。重力の鎖です。神像を模したデーモンたちのうちの一体による奇跡ですね」

 静かな、だがよく通る美しい声が離れた位置からも何が起こったのかを教えてくれる。

「重力というのは落ちる力だろう!? なぜ重くなる!?」

 重力、それぐらいは俺でも知っている。木から果実は落ちる。それには重力という力が作用しているということぐらいは。

 爺に習ったことだ。だから高所をとれば重力の力を利用し、武具を振り下ろしたり、矢の威力を増すことが可能だということも。

 重さと重力は違うのでは? という俺の疑問には、聖女カウスは遠くでにこりと笑って言った。

「理屈はわかりません。私は研究者ではないので、ただ星の神クエスの権能は、敵対者を地に縛り付けるということ」

 そして、と聖女カウスは、空に浮かび、俺に奇跡の矢を降らせてくる神像たちを指差す。

信仰する者・・・・・を大地の鎖より解き放ちます」

「信仰って、あれはデーモンじゃねぇかッ!!」

 盾で奇跡を弾きながら俺は駆け、叫ぶ。

 デーモンなら悪神の奇跡を願えばいいのに、わざわざ善神の奇跡を使ってくるのか。絶対にただの嫌がらせだ。

 かつてのデーモンどもも同じだ。商人のデーモンはわからないでもないが、オーロラを殺せといった月神がオーロラに月神の奇跡を与えていたりと、わけがわからん!

「違法経路ですね。神像を使ったアクセス権限の取得でしょう」

 あく……? わからん! クソ、だが星の軛から逃れられた今ならば矢が当てられる。

 俺は新月弓を構え、空を飛ぶ神像を狙い、放つもすぐさま矢に重力が掛かって地面へと叩きつけられる。

「聖女カウス! 矢を守れ!!」

 遠くにいる聖女カウスが即座に無理です、と返してくる。

「全ての矢に星の加護を与えていれば私の力が尽きてしまいます」

「ならば、どう俺を勝たせるッ!!」

 落とします・・・・・、と聖女カウスが鋭い声で言う。

 直後、聖女カウスが境界線として地面に放った周囲の矢から光が立ちのぼり、顔のない善神像デーモンどもを地面へと叩き落とした。

「星の権能を無力化しました。長くは持ちません! 手早くお願いいたします!!」

 言われずとも俺は既に駆け出していた。弓を袋に叩き込み、ハルバードを片手に落ちたデーモンどもに向かって、踏み込んでいる。

「ルォオオオオオオオオオゥル!!!!!!!」

 獣のごとき叫びが俺の口からほとばしる。

 地に落ちようとも敵意はあるのか、神像から善神の奇跡が放たれる。

 奇跡の矢が次々と突き刺さるも俺の前進は止められない。

 敵の正面にたどり着く。構え、ハルバードを叩きつけるように腰を回転させた。

「らぁッ!!!!」

 善神像の上半身が吹き飛び、臓物と真っ青な血液が地面にぶちまけられる。

「まず一体ッ……!!」


                ◇◆◇◆◇


「これでぇッ! 終わりだッッッ!!」

 最後の神像、ゼウレを模した神像を俺のハルバードが真っ二つに切り裂いた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 散らばった臓物が消えていく。残ったのは九枚の金貨と、九つの蝋材だ。

 あやうく死にかけた身としては多いとは感じない報酬だが、まぁいい。俺の目的は道具ではない。デーモンを殺すことだ。

 息を吐く。吸う。呼吸を戻す。

 継続再生の奇跡を月神に願い、鎧を見る。矢の奇跡が当たった場所を確認していく。

 大丈夫だ。蝋材で強化したことで頑丈になったのだろう、大きな損傷はない。

「今のものは、星の聖女の側近、九神官の遺骸を元にしたデーモンのようですね」

 離れていた聖女カウスが聖弓を片手に小聖堂へと向かってくる。周囲を警戒しているようだ。

 俺も周囲の気配を探るが、デーモンの気配はないようだ。聖女カウスは地面に落ちている蝋材を拾って俺に手渡してくる。

「もう少し彼らの信仰が強ければもっと強いデーモンとなり、手に入る蝋材も強力になったのでしょうが、これは『強い蝋材』レベルですね」

「信仰に強い弱いもないだろう。祈りは祈りだ」

 そして、このデーモンが人を元にしたものならば俺は彼らの安息を祈るのみだ。

 片手で聖印を握り、先ほどの元人間のデーモンどもの死後が安らかであるようにと祈りを捧げる。

「お前たちの死後が善きものでありますように」

 ハッとしたような聖女カウスが俺に続いて祈りの姿勢を取った。片膝を立て、片手を開けた戦士の祈りだ。

「……そう、ですね……すみません。貴方たちの死後が善きものでありますように」

 二人で死者の安息を祈る。この祈りがヤマに通じればいいと願いながらだ。

 祈りを終え、立ち上がる。聖女カウスは弓を片手に小聖堂を指差した。

「星神の奇跡によれば、そこに聖櫃がありますね。数は、三つでしょうか」

「おい、それより、先ほどのあれが戦士殺し・・・・か?」

 俺が問えば、星明かりとランタンの光に照らされた聖女カウスが夜の聖堂の前で振り返り、答える。

「そうですね。星神の権能、この星の概念を利用した力ですね」

「星か、ふむ」

 いまいちよくわからないが、俺たちが立つ、この大地や海もまた、夜の空に広がる星々と同じものなんだとかなんだとか、それが星神の教義だ。

 まぁ善神の一柱である星神の教義であるなら、それが正しいのだろう。

「私の持つ権能『斥力』もまた、星の力の一つです」

「その、せきりょくってのがなんだかはわからんが……」

「厳密には違うと思うのですが、重力が引き寄せる力なら、斥力は反発させる力、ですかね。たぶん、ですが」

「うむ、まぁ、それはわからんが聖女カウスは今のを無力化できるんだな?」

「無力化……そうですね、似たようなものですが……くッ」

 言いながら聖女カウスは胸を押さえる。少し辛そうに表情が歪んでいた。

「どうした?」

「いえ、力を使いすぎただけです。キース様、少し経てば回復するのであまり心配しなくても大丈夫ですよ」

 重力を操る奇跡というのは、俺が思うよりずっと強力な奇跡なのだろう。

 だから、それを無力化するにはそれ以上の奇跡の行使を必要とし、そのために力を使った聖女カウスは疲労しているようだった。

「それで星の聖女に通じるのか?」

 経験上、中ボスというのは領域の主よりもずっと弱い存在だ。

 だからそれの奇跡を無力化できたからといって、その領域の主の力を無力化できるとは限らない。

 戦士殺しの意味は理解できた。

 聖女カウスが通用しないのなら、俺は出直しても良いと思っている。

 それなりの準備を必要とするが、まぁ権能一つならば、きちんと準備をしてくれば殺せない敵ではないはずだ。

 それこそ、敵が重力を展開する前になんとか殺し切れれば……――聖女カウスが胸から手を離し、俺を見る。

「大丈夫です。そのときは必死に祈りますから……我が母たる星神クエスに」

「ならば構わん……それで、指は痛むか?」

「え、と指、ですか? 大丈夫ですが?」

「そうか……傷まないならいい」

 俺は聖女カウスに近づくと、袋から聖女カウスが呪い避けのローブと鑑定したローブを取り出し、解呪特化聖水をざぶざぶとぶっかけたあとに、聖女カウスの腕にぐるぐると巻いていく。

 気休めだ・・・・聖衣あいを引き裂いたなら、この程度の呪い避けでは防げない。

 ただ、聖女カウスの指に巻かれている包帯から、だくだくと血が流れているのに聖女カウスが気づけないなら、隠す・・しかあるまい。

 血が出すぎている。月神の継続治癒を願っておく。通じるかはわからないが、しないよりはマシだろう。


 ――しかし、下男テイラーが近くにいるのか?


 いや、この領域には来ているはずがない。

 俺でさえ聖女カウスの案内があってようやくここまで進めたのだ。なにより、あの男ではこの領域のデーモンどもにたやすく呪い殺されるだろう。

 いや、赤帽子どもに出会って引き裂かれる方が先かもしれないが……。

「ありがとうございます。なんだか、少しだけ楽になりました。それで、その……私の手を握っておりますが?」

「ん、ああ。すまないな。少し気になっただけだ」

 少しうきうきとした様子の聖女カウスが、聖女カウスの手を握っていた俺の手を握り返してくる。

 そういう意味で握ったわけではないぞ。

「聖女カウス、オーキッドが嫉妬するからやめてくれ」

「奥方様には見えてませんのに」

「裏切りたくないんだよ。さて、探索を再開するぞ」

 俺はハルバードの柄に新しく浄化の聖女アズルカ様の解呪特化の聖水を叩き込むと小聖堂へと向かっていく。

「この小聖堂に長櫃があるんだろう。案内してくれ」

「はい。こちらですね」

 そうして俺は、聖女カウスの案内で鍵を一つと、水溶エーテルを一つ、斧を一つ手に入れるのだった。


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