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「ここでもこれは見つかるのか……聖女カウス、お前の話だとこの領域の主は俺の探索を邪魔したいようだったが? 本当に邪魔をする気があるのか?」

「ダンジョンの法則を螺旋曲げれば螺旋曲げるほど、領域の主は疲弊しますから、どうしても手を出せない部分はあります。とはいえ、この場所をキース様が普通に探索して見つけられるとは思いませんが」

「それは、まぁ、な」

 夜の闇に包まれた草原。そこに俺と聖女カウスの二人はいた。

 聖女カウスが星神の権能で見つけたのは、そこに隠れるように存在する赤帽子レッドキャップスが出てきた巣穴の奥に埋まっていた長櫃だ。

 土の中に長櫃を引きずりだすための鎖が埋まっていたが、俺一人ではその鎖すら見落としただろう。

 武具の中から出てきた工具を見ながら聖女カウスは言う。前の探索で理解していたが、道具の効能が彼女にはわかるようだった。

「それは『いばら』の悪言ですね。武具に茨の力を与える道具です」

「悪神の権能……悪言か」

「敵に出血を強いる呪いですね。盾に刻めば、肉体で攻撃してくる敵の攻撃を防いだときに出血を強いることができますし、槍や剣に刻めば、傷をつけた敵に多くの血を流させることができます。戦いに有用な悪言ですよ」

 説明を聞きながら、俺は長櫃から手に入れた、悪言を彫り込むための工具を袋にしまった。

 武具に聖言を刻むものと同じく、使い捨ての道具のようだが、なかなか有用なようだ。よくよく刻む武具を選んだ方がいいだろう。

「しかし、悪言は呪わしきものと聞いているが……聖女カウスはいいのか?」

 手に入れるな、とか捨てろ、などとは言わないらしい。

「いいも悪いも、キース様が身につけている原初聖衣も呪いの塊でしょう?」

「それは……そうだが、いや、そういう意味じゃない。呪いにも種類があるだろう?」

 この聖女様は少し特殊・・だ。若い聖女のように好き嫌いが激しいというわけではない。

 悪言に抵抗がないのは頷ける。

 だが、それはそれとして悪言とはつまり、悪神の司る権能のことである。

 聖女としてどうなのか、という話を俺はしたかったのだ。

 彼女が悪神の権能を嫌うならば、青薔薇の茨剣などは使えないからだ。

「聖女カウス、俺は神殿騎士である前に侠者だ。悪神を信仰することはできないが、その権能を利用することは苦じゃない」

 卑怯や卑劣な振る舞いは嫌いだが、それはそれとして、それが有効ならば悪神の権能を使う・・ことにそこまでの抵抗はない。

 もちろん信仰しろというなら糞食らえだがな。

 もっとも昔はもっと潔癖だった。

 だがこのダンジョンでだいぶ慣れた。

 しかし聖女カウスにとっては違うだろう? 聖女は、善神の愛で作られたような存在だ。

 悪言など見るのも嫌という聖女はいるはずだった。

「いえ、キース様。もはや私自身が呪いの塊ですよ……生前ならともかく、という奴です」

 ある種の諦めとともに聖女カウスは裂けた指先を隠す、血の滲んだ包帯を見つめていた。

「ですがキース様は、このような身でも未だに聖女だと思ってくださるのですね」

当たり前だろう・・・・・・・

 断言する。何を馬鹿なことを言うのかわからない。

 地上の若い聖女どもの見る目のなさに呆れてしまう。

 聖女カウスは大断絶の以前に活躍した大陸の聖女様だ。

 この聖女様から学ぶことは多かったはずなのに、あの小娘どもが何も学ばなかったことに腹が立つ。

 オーキッド……あいつにも一言俺が言っておくべきだった。

 どうせ神殿のくだらない連中に何かしら吹き込まれたんだろうが……。


 ――少なくとも、地上の騒動に関しては聖女カウスならば片付けられたはずなのだ。


 万全の彼女ならば、悪神の眷属程度は殺せただろう。

 あれは隠れ潜んだが、厄介な隠密の技能も星神の権能ならば見つけられた。

 俺がそう断言すれば、目を丸くして聖女カウスは俺にそっと微笑んだ。

「だから私は、貴方に力を貸そうと思ったのです。さぁ進みましょうか」

 聖女カウスは少し茫洋とした目で星を再び読み始めた。

「次の聖櫃はこの先です」

 そしてありがたいことに、彼女は俺のために道具を回収しながら進むつもりらしかった。


                ◇◆◇◆◇


 道具は見つかる。呪い避けのローブ、呪い避けの指輪、刃の砥石、魔術爆薬、強い蝋材。

 すべてが有用な道具だろう。聖女カウスはその中で興味深いことを語る。

「一部の例外を除き、デーモンが落とす道具のほとんどは瘴気エーテルを使って作られた模造品レプリカですが、これら聖櫃の中身は、すべてこのダンジョンに取り込まれた善神大神殿にあったものでしょうね」

「そうなのか?」

 俺は問い返しながら、牛のようなデーモン、くだん・・・の頭を切り落とした。

 夜の闇に包まれた平原は時折小神殿の残骸のようなものが見えるものの、着実に進んでいるように見える。


 ――もっとも見える景色が変わったようには見えないが……。


 ランタンに照らされているとはいえ、こうして暗闇の中を歩いていると、永遠の闇の中に広がる平野を進んでいるような気分に襲われる。

 だが、進んでいることは確かだ。瘴気に含まれる質が徐々に濃く変わってきている。

 その中での俺と聖女カウスの会話は、暇つぶしというよりは聖女カウスの正気を保つために行われるものだった。

「大賢者マリーンあたりの仕掛けでしょうか? わざわざ弱点を物語として地上に流すぐらいです。こうしてキース様では……というより辺境人では絶対に突破できない領域が作られているぐらいですからね」

「辺境人では絶対に、なのか? 俺はそうは思わないが……」

 聖女カウスに助けられ、楽に進めているが、この夜の平野も、諦めずに何度も探索を繰り返せば突破できるはずだ。

 正しい道を通ってわかったが、敵はそう強くないし、道自体は、そう難しい構造ではない。繰り返せばいつかは・・・・たどり着ける。

 俺がそう言えば、聖女カウスは星を見ながら断言した。

「そして地上では百年の時が経ち、戦士の妻は寿命で死に、聖衣は力を失うでしょう。聖衣がなければ辺境人の呪い耐性でもここの呪いは貫通してきます。月の聖女の刻印、聖撃の聖女の骨、原初聖衣、加えてその苦悶した少女の篭手に、奥様の作った聖衣に、龍の瞳……それだけの耐呪装備があった、キース様ですら、多少の影響があったのです。マリーンは呪い避けの道具をいくつか配置したみたいですが、その程度でこの領域を抜けられたかは怪しいところですね」

「なぁ、マリーンと星の聖女では方針が異なるのか? デーモン同士で?」

 大賢者マリーンは俺を深層へと誘い、星の聖女は逆に阻もうとしている。

 デーモン同士で対立があるのだろうか?

「どう、なんでしょうか……本人に聞ければわかると思いますが、おそらくどちらのデーモンもまともな思考が残っているとは思えませんし」

「まぁ、デーモンの語る言葉を信じる方がどうかしてるがな」

 デーモン化したことで、思考は螺旋曲ねじまげられているはずだ。生前の人格が残っていたところで会話が成り立つかは怪しい。

 しかし、方針が違うデーモンか……ヴァンに討伐を任せた道化のデーモンもまた、俺には殺せないデーモンだった。

(俺には殺せない……か)

 限りなく怪しいが、ヴァンが裏切ったかはまだ確定していない。

 俺が道化のデーモンを任せたように、ヴァンもまた、ゼウレに導かれてやってきたのだろうか?


 ――聖女カウスならば、道化のデーモンを見つけられるのか?


 ほんの少しだけ、嫌な予感がして俺はそれを口にはできなかった。

「キース様? どうされましたか?」

「いや、なんでもない。それよりそろそろじゃないか?」

 見れば平野の先に小さな聖堂が見えた。夜闇に包まれた小聖堂だ。

 周囲には顔の削られた善神の石像が並んでいる。

「いえ、まだですね」

 だが俺の言葉に、聖女カウスはそう言ってから首を横に振った。

 彼女は背中に背負った聖弓を構え、石像に向かって放つ。


 ――刺さった・・・・


 見た感じ、に突き刺さったように見える。

 石像の一体が台座から転げ落ち、オォオォオオオオと苦鳴を漏らした。

「くそッ、デーモンか!」

「この領域の中ボス、我が姉が頼る精鋭というところでしょう。キース様、お願いしても?」

「もちろんだ。それで、あそこに入ったら入り口に戻されるということはないんだろうな?」

 ハルバードを構え、俺がそう問えば聖女カウスは弓を構え、矢を小聖堂の周囲の地面に向かって放った。

 小聖堂を囲むように円形に突き刺さった矢を聖女カウスは指差した。

「あの矢の範囲を越えなければ大丈夫です。それではご武運を」

 小聖堂に向かって進む俺の背に、聖女カウスは、ああ、と少し楽しそうに言った。

「キース様、きっとこの戦いで面白いものが味わえますよ」


                ◇◆◇◆◇


「何が! 面白いッ! だッ!!」

 ハルバードを仕舞った俺は弓を構え、空に放つも矢が飛ばない・・・・

 放った先から地面に力なく落ちていく。

 俺は自身が剛弓の使い手だと思ったことはないが、空を飛ぶデーモンを射落とせないほど力の弱い矢を放った覚えはない!!

重力・・です! キース様! 矢を重くされたのです!!」

 遠くから聖女カウスが声を掛けてくる。だが、俺はそれに応える気分じゃない。

 ナイフも矢も失敗した。放った先から重くされて落とされる。

 ヤマの炎を放ってもいいが……届くか?

 俺は星の浮かぶ夜空を見上げ、舌打ちする。


 ――九体の顔のない石像が宙に浮かんでいた。


 そしてそれらがそれぞれ顔の削られた神の奇跡を使ってくる。

 月神の矢の奇跡、戦神の矢の奇跡、火神の矢の奇跡――いつかのオーロラと同じく、善神を騙し、その奇跡を使っているのだ。

 そしてその姿から俺は幽閉塔で戦った商人のデーモンを思い出す。

 俺の手の届かない場所から散々に攻撃されたあの屈辱の記憶。

 あのときはなんとかなったが……今回は、難しい。

「ぐ……ぐぐぐ……」

 そうだ。問題は、俺の身体も重くされているということだ。

 除々に装備が重くなり、今では走れなくなっている。

 飛んでくる神の奇跡は聖衣の盾で弾くものの、だんだんと腕が重くなる。戦えなくなる。

(……うそ……だろ……)


 ――戦士殺し・・・・


 聖女カウスの言ったその言葉の意味を、この夜の領域で、俺はようやく理解した。


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