018


 先のデーモンを倒した直後、流石に自力でベルセルクを再現するのは未だ力量が足りなかったのだろう。かなりの疲労感に多少の休息を余儀なくされた俺はデーモンを排除した牢屋で少し休み、酒呑の牢屋へと戻ってきたのだった。

 そして奴の捕まった鉄格子に鍵束の中からようやく見つけた鍵を差し込むと、キィキィと錆びついた音を立てて格子が開く。

「おほっ。あんがとよぉ。おめぇ……おめぇ、名前は?」

「キースだ。ダベンポートのキース。酒呑だったよな」

「おお、地獄の獄卒の酒呑たぁオイラのことよ」

 キース、キースだな。覚えたぜ、という酒呑はよっこいしょと身体を曲げると窮屈そうに牢屋から出てくる。

「でかいな……」

 俺もそこそこの身長があると思っていたが、酒呑は流石に鬼らしく見上げるような体躯だ。牢屋に長年いたとは思えない鍛えあげられた筋骨を持つ酒呑は、ゴキゴキと首を鳴らし、にっかと笑う。

「おぉお、ホントに助かったぜぇ。このままじゃあ、ヤマ様にオイラぁ顔向けできねぇところだったからよぉ」

 ぶんぶんと腕を振るい、ガンガンと地面を蹴り身体の確認を行う酒呑は、お、と対面の階下を見て声を上げる。

「ちょいと待ってろぉ。久しぶりに身体動かしてくらぁ!」

 通路の縦穴側に嵌められている柵は上部までは網羅していない。酒呑はひょいと柵を乗り越えるとダン、と蹴り飛ばし、ロの字構造の通路の反対側へと跳躍していた。

「……剛毅な奴だな」

 なんとも恐ろしい身体能力である。酒呑はこの牢獄の中心である巨大な穴を跳躍で越え、反対側の通路の柵に捕まると、よじよじと登り、そこにいた料理人のデーモンへ襲いかかった。

 流石に柵を大きく揺らしたために気付いていたのだろう。料理人が肉切り包丁を振り下ろすが、酒呑は素手でひょいと受け止めると、そのままデーモンの腕ごとちぎり取る。そうしてにかりと嗤い、奪った包丁の柄を握るとデーモンへと叩き下ろした。

 頭から真っ二つにされるデーモン。グァラグァラとここまで聞こえる声で酒呑は哄笑すると口を窄めて、料理人のデーモンが漏らしている瘴気を一息に吸い込んだ。

(ヤマの眷属が持つ瘴気吸収の権能か)

 これは瘴気を自らの力とする獄卒の力だ。同時にデーモンを滅ぼすためのものでもある。

 瘴気を吸われ、消滅していくデーモン。酒呑は手に持った肉切り包丁を一つ見るとガジガジと刀身から柄まで噛み砕いていく。そうして奴が口の中に手を突っ込むと倍以上の刀身を持つ、巨大で肉厚な刀身を持つ包丁がずるりと引き出された。

 武具改竄、そんな能力があるとは知らなかったが、おそらく獄卒の持つ力の1つなのだろう。

 そして、鬱憤を晴らしたのか、酒呑はあちらへ渡った時と同じように柵を乗り越え、こちらへ戻ってくるのだった。



「そういや、オメェに礼をしてねぇな」

 ヤマの眷属を助けるのは辺境の民としては当然のことだ。構わないと言ったが、いいから貰っておけと言われるので待つ。

 酒呑は自らの歯を一本引き抜き、肉切り包丁のようにバリバリとかみ砕き吐き出した。

 そして俺にひょいと投げ渡してくる。

「そいつの名前は炎獄の指輪、地獄の獄卒の権能の1つが使える指輪よ。身に付ければ炎の権能を扱えるようになる装飾具ってとこだな」

 ふっと、酒呑が息を吹くとその息に火が交じるのが見える。

「炎を吐けるようになるのか?」

「炎が扱えるようになるだけだから、口の中を火傷する心配はねぇぜ。まぁ使ってみろぉ」

 言われたのでベルセルクを外して炎獄を身につける。

「炎をイメージすればいい。キースは魔力がすくねぇからな。そこまででかい炎は扱えねぇが、なかなか便利なはずだぜ」

 言われ、手のひらに松明の炎を思い描くと手のひらに炎の塊が浮かんでいる。ひょいと投石のイメージで投げつけると壁の方向に向かって飛んでいき、壁にぶつかり飛沫を散らした。

 ……すごい疲労感だ。

 炎を放った直後、全身から力が抜ける。壁に手を付け、ふぅと息を吐いた。

「その指輪が齎す力は神の奇跡の再現よ。それで疲れるってこたぁ、おめぇに信仰が足りねぇか。体内の魔力が少ねぇかのどっちかだが。おめぇはどっちも、か? 今まで魔術や奇跡とは無縁だったんだろうなぁ」

 ううむ、貸してみろと俺の腕から酒呑は盾を取ると、そこに爪でガリガリと聖言を刻み、ふぅと炎の吐息で焼き付ける。

「『集魔』の聖言を刻んだ。ゆっくりとだが周囲の魔力を収集しておめぇに与える聖言だ。連発とはいかねぇが、これで一発使って疲れ果てるってことはなくなるはずだぜ」

 なんともいたれりつくせりであるが、酒呑にしてみればなんでもないことのようだった。

 ありがとうと頭を下げれば、礼だからな、いいってことよと手を振って柵の上に乗ってしまう。

「何処に行くんだ?」

 肉斬り包丁を背負った酒呑は、下を指さし。

「おいらぁ、負けっぱなしは性に合わねぇのよぉ。だから、あのデーモンをもう一度倒さねぇとなぁ! んじゃ、また縁があったら会おうぜ! キース!!」

 飛び跳ね、真下の暗黒へと消えていく酒呑。

 それを見送りながら俺は、流石地獄の獄卒だなぁと妙な感心をするのだった。



 ベルセルクの指輪を袋にしまう。しまうが、いずれまた使う可能性は高かった。ベルセルクを自力で再現できるようになったとはいえ、自力での発動は万全であることが条件だ。それと違い、ただ重症を負うだけで死力を発揮できるベルセルクはまだまだ頼るところは大きい。

 あのような化け物しゅてんが敗北するようなデーモンがいるのだ、警戒はしてもしたりない。

 とはいえ、今のところデーモンのボスは見当たらない。通路は料理人と給仕女、それと子供のデーモンだけだ。炎獄の指輪を身につけ、獄卒の権能に習熟してみるのもよさそうだった。

「炎を操る業だが、魔術ではなく、神の奇跡なのか」

 使う度にヤマへの感謝を心で捧げれば少しは信仰が身につくのだろうか。ゼウレの信仰以外は所詮人並みだ。聖人のような奇跡を神から授かるような運命に俺はない。

 それでもこれからはこういった手段も必要になるのだろう。

 俺は酒呑と出会えた幸運をヤマに感謝すると、盾が与える集魔の力で体内の魔力を取り戻しつつ、探索を再開するのだった。



 炎を手に生み出し、通路を歩く料理人へとぶつける。ヤマの炎は瘴気を浄化する。料理人がよろけたところに走りこむとメイスを頭部と腹部に叩きこむ。炎とメイスに込められた神聖に身を焼かれたデーモンは身体をゆらゆらと揺らし、消滅していく。

 料理人の落としたギュリシアを拾った俺は、さらなる探索を続ける。

 現状、ギュリシア以外に拾えていない。このような瘴気に侵された環境では現世の物品が残ること自体が稀だ。

 また別の角から現れた料理人へ盾を構えながら前身するとその身体にメイスをぶち込み続け、消滅させ息を吐く。

 環境としては下水道よりマシであるし、最低でもギュリシアが落ちるから徒労感はない。

 とはいえ、ここらで休息地点を作りたい。スクロールはないが、場所の策定だけでもしておきたかった。

 この広い牢獄で俺は半日以上を探索に費やしている。そろそろ休息をとり、装備の整備をしておきたかった。

 何が起こるかわからないのだ。万全でいたかった。

「っても、使える場所が酒呑がいた牢屋ぐらいなんだよな」

 上を見上げ息をつく。酒呑が瘴気を吸っていたためか、この牢獄ではあの場所だけが清浄であったのだ。ただ、既に酒呑のいた階はかなり上である。

 ギュリシアも溜まってきているし、一度戻るべきかもしれない。

 そんな想いを抱きながら通路から穴を見下ろす。

 だいぶ底に近づいてきていた。上からでは暗黒にしか見えなかったそこには、巨大な篝火に照らされ、床を肉に覆われた空間が見える。

「あれは……なんだ?」

 底にあるものを見て俺は眉を顰めた。

 巨大なテーブルと椅子が見える。そして、そこに座るたくさんのデーモンたち。

「『修道女』のデーモンだよぉ。旦那ァ、ひひひ」

 ……つぶやきに答えが返ってきたことに驚き、振り返る。

 松明の火も焚かれていない薄暗い牢屋の奥に何かがいる。

 べちゃり、べちゃりと床を這うそいつは道化の仮面を嵌めた肉塊であった。

 しゅるしゅると肉塊から伸びる触手が牢屋の鉄格子を掴み、ひひひ、ひひひ、と笑っている。

「あいつらは、たくさん食べるのが好きなのさぁ。ひっひひ」

 底にうごめく修道女の群れ、そこには皿に盛られた屍肉をべちゃべちゃと食べている修道服姿のデーモンたちがいる。

 異彩を放つのは中でもひときわ巨大な修道女。腐れた肉を修道服の隙間からはみ出させたそれは、がっしと皿の上に置かれた巨大な肉の塊を手にし、もちゃりもちゃりと食べ続けている。

「『修道女』……か」

 『修道女』エリザのお伽話にもちゃんと話がある。ボスのデーモンだと思われた。

 牢の中の肉塊はいひひ、と笑い、俺に説明し始める。

「そうだよぉ。いひひ。あいつらは『修道女』のデーモン。性質は『暴食』。常に飢えに飢えて食べ続けることでしか魂の飢えを満たせない哀れな奴らさぁ」

「で、それを俺に教えて何がしたいんだ? お前は」

「アンタさっきギュリシア拾っただろぅ? あっしはそれが欲しいんですよぅ。デーモンについて教えてやったんだからくれてもいいだろう? なぁ、なぁ?」

 ケタケタと道化のデーモンは膨れた肉塊のような身体をゆすってケタケタと嗤う。

 そうだな。せっかく情報をくれたんだ。対価をくれてやろうと思う。

 俺は袋から弓を取り出すと、弦を張り、矢を番え、牢屋の隙間から照準を定めた。

「ギュリシアァ! キラキラ! キラキラが欲しいよぅ! ギュリシアァ!!」

 ケタケタと嗤うデーモンは構える俺に気付いているのかいないのか。オーラを全力で込めた矢が放たれ、デーモンの中心に突き刺さる。

「イッヒッヒヒヒィ!! 痛いぃいい! 痛いよぉおおお! イッヒヒヒヒィ!!」

 矢が突き刺さり、どす黒い瘴気が噴き出る。反撃が返ってくるかとさらなる矢を番えながら警戒するも、びたんびたんとデーモンは牢屋の奥に空いた穴へと逃げ込もうとしていた。

 追撃の為の矢を放とうとした俺は気づく・・・。あの肉塊が漏らす瘴気が濃すぎることに。

「道化の仮面。……まさか、『道化師』かッ」

 矢を放たずに弓ごと袋に戻す。あれは、こんな安物の弓と矢では殺しきれない。

 あの肉塊、『黒騎士』や『給仕女』に匹敵するボス格の瘴気を持っていた。追いかけようと牢屋の鍵からこの牢屋に合う鍵を探すも見つからない。

 笑い声を上げる『道化師』のデーモンは壁に空いた穴へ潜り込むと瘴気を垂れ流しながら消えていく。

「糞ッ、別に鍵が必要か」

 『給仕女』から手に入れた鍵では合わず、俺は悔しさに牢屋の格子を殴りつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る