017


 先制はナイフの投擲だった。

 デーモンからの取得物であるナイフを袋より取り出し、指の間に5本ほど握るとオーラを込め、襲い掛かってくる鼠のデーモンたちに投げつける。

 悲鳴を上げて鼠のデーモンが纏めて消失。よし、と内心で喝采を上げた。

 給仕女のデーモンにまとわりついている鼠の数は無数だ。しかしこの狭い通路、一度に襲いかかってこれる数は限定され――嗤いが漏れる。

「そんな上手い話はないか!!」

 流石にボスクラスのデーモンの取り巻きは違うらしい。給仕女から溢れ出るように出現する鼠のデーモン。奴らは通常の鼠のデーモンより異様なほど長い爪を壁や天井に引っ掛け、あらゆる方向から襲ってくる。

 肉に触れぬように震脚。勁力を練る。両手いっぱいにナイフを握り締めるとオーラを雑に込め、狙いを定めずに投げまくる。

「近寄るな!」

 鉄の鎧でも着ていれば違っていたのかもしれないが、皮の装備ではこのレベルのデーモンとですら戦うにおいて防御が不足している。聖衣があればと唇を噛み締めるも悩む意味はない。今できることを確実にやっていくしかない。

 足元の鼠を勁力とオーラを込めて蹴り飛ばす。バックステップ。手にメイスと剣を持ち、迫る鼠を処理していく。

 今はなんとか処理できているが押されている。溢れる鼠によって給仕女には近づけない。

「アアア……」「ヒメサマ……」「ユルシテ……」「ヒドイワ……」

 鼠はそれぞれが殺意を持って俺へと迫ってくる。その動きは一糸乱れぬ統率を持っており、だがリーダーなどがいる気配はない。

 デーモン特有の共感覚でも持っているのかと疑うが、いや、やってみた方が早い!

 袋からナイフを取り出し構えると通路を後退しながらオーラを込めて放つ。

 ナイフの狙いに気付いた鼠が慌てて飛び出してくるも、まるで指示でも受けてるかのようにワンテンポ・・・・・遅い。4本は防がれるが、1本が見事命中する。

 肉から生えた女の顔に……!

「ヒ、ヒギァアアアアアアアアアアア!!」「アア、カワイソウ」「ヒドイワヒドイワ」「ユルセナイ」

 肉塊に生えた女の顔が俺を眼球のない目で睨みつけてくる。

 だが、俺が注目するのはそちらではない。

動きを・・・乱したな・・・・……!」

 今、女に攻撃が当たった瞬間、鼠のデーモンの中の一体が動きを乱していた。

 物語に曰く、『給仕女』は鼠や小鳥に『お願い』して言うことを聞かせていたという。

 袋の中に手を突っ込み、ナイフを両手に握る。残弾は少ないが、使い切っても構わないとオーラを込め、投擲した。

『キィイイイイイイイイ!!』

 俺の狙いに気付いたのか、鼠が射線に割り込んでくる。

 バラバラに、だが、指向性を持って給仕女のデーモンへと飛んでいくナイフを身体を張って受け止める鼠のデーモンたち。

 ナイフの投擲は防がれたに見える。が、俺の目的はそうではない。

 一時的に、デーモンと俺の間には鼠がいなくなっている。

 が、俺は後退しすぎており、踏破し、斬りつけるには遠い。


 そんなことは関係がない。

 辺境人はデーモンを殺す者である。

 ならば、いくらでも、どうとでも、方法はある。


「おぉおおおおおおおおおお―――おぉおおおおぉおおおおお―――!!」

 吠える。吠え、弓のように身体を反る。俺の手には剣が握られている。身体を振り絞り、生命力オーラ黒鉄の剣・・・・に込められる。

 踏み込む。ダンジョンが揺れたと思うかのような爆発するような震脚。

「らぁあああああああああああああああッッッッ!!」

 黒鉄の剣が、デーモンへと向かって一直線に、雷のような速度で俺の手から投擲される。

 いまさらに俺の動きに気付いたデーモンが鼠を再生産し、割り込ませるも、全ては遅い。

 剣は触れた鼠全てを消滅させ、デーモンに着弾。

 まるで、空から落ちる星の欠片が如くに肉塊を吹き飛ばしていた。

『――――――』沈黙、そして絶叫。『――嗚呼嗚呼嗚呼ああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああ!!!!』

「悪いな。まだ終わっていない」

 全ての鼠が給仕女の方向を向いている。そこを風のように駆け抜け、俺はメイスを振りかぶっている。

 踏み込む。身体を捻り、肉塊に向けてメイスを全力で跳ね上げる。

「おう、意外でもなんでもないが、脆い・・な!!」

 脅威としては、神官を取り込んでいたゲルデーモンの方が怖かった。

 ゲルデーモンのもどきの使い方は戦術的であり、何より、無尽蔵とも言える瘴気の量が俺に博打をさせた。

 だがこいつは違う。いや、俺が成長しているのか。わからない。だが、瘴気の量は多くとも、手に負えないとまでは感じない。

 メイスの一撃で浮いた肉塊。悲鳴を上げる女たち。背後より襲い掛かってくる鼠。

 床に足を叩きつけ、勁力を体内で練る。オーラを足に纏い、背後より襲いかかってきていた鼠に向けて回し蹴り。邪魔者をまとめて消し飛ばしながら、全重量を込めて、再度メイスを叩きつける。

 神聖なる力が叩きつけた肉塊を蒸発させていく。神聖を纏う武器があれば、オーラを出し惜しみせず戦えるのがいい。

「アアアア」「イヤダ」「イジメナイデ」「ユルシテ」

 肉塊から生えた無数の手が俺へと伸びてくる。その手の爪は剥がれ、皮は腐り、蛆の湧いた肉が見えている。

 哀れに見える。見えても俺にはどうにもできない。


 デーモン化したものを助ける方法はない。


 肉塊に刺さっていた剣を引き抜く。女の面から絶叫が上がる。

 背後より変わらず襲い掛かってくる鼠を剣を振りぬいて断ち切り、迫ってくる腕をまとめてメイスで叩き折る。

 俺は『給仕女』の物語が好きじゃなかった。

 いつだってそいつはめそめそしている。

 いつだってそいつは怯えている。

 だけれど『嫌い』ではなかったのだ。


 オーラを剣に込める。背後より迫り来る鼠を蹴りとメイスで叩き殺す。オーラを剣に込める。


 彼女は臆病だったが卑怯者ではなかった。

 鼠たちは彼女に彼女をいじめる者の弱みを教えたが、彼女はそれを用いて他者を陥れようとはしなかった。

「オオオオオオオオ、オオオオオオオオオオ!!」

 俺は腹の底から叫ぶ。

(意思は力だ。俺はこのデーモンを一撃で殺す。これ以上悲しませない。泣かせない。いじめない。いじめたくない)

 彼女は常にめそめそして、怯えていたけれど、前に進む勇気を持っていなかったわけではなかった。

 だから、彼女はエリザの窮地を知った時、躊躇せずに自らの力を使った。

 その行いは、称賛されるべきものだった。

 断じて、こんな場所でデーモンに身を堕としていい人間ではない。

 メイスを床に落とす。剣を両手で握る。両足を地につけ、しっかりと腰を据える。

 迎撃を止めたため、鼠が俺の身体に噛み付いてくるが、構わず俺はそれへと対峙する。

「イジメナイデ」「ヤメテ」「コロサナイデ」「ゴメンナサイ」「ユルシテ」

 女たちは口々に許しを俺に乞う。

 その中で、誰かが「私を殺して」。そんなことを言ったような気がした。


 死力を尽くしてでもやらなければならないことができたとき、俺は、俺の武の限界を一歩超える。


「オオオオオオオオオォオオオオオオオォオオオオ!!」

 彼女たちの声をかき消すように叫ぶ。叫び、剣に込めたオーラを収束させ圧縮させ、限界を越えてぶち込み、更にオーラをぶち込み、そして俺は振り下ろした。

 自ら再現する、黒騎士との戦いの一撃。

 限界を越えた一撃を放った結果を、確認する。

 正面には、8割以上の肉を消し飛ばされたデーモンが存在している。

 その肉が自らの終わりを告げるように微かに動き――


 ――記憶が流入する――誰かの、いや、これは『給仕女』の記憶を俯瞰したもの――粗末な衣服を着た少女を見下ろす天真爛漫な少女がいる。――「マリー。私が貴女と友達になってあげる。だから泣かないで、ね」――その気品ある貴種の笑みに、『給仕女』は困惑しながらも手を差し出した――記憶は終わる。


 消滅していく肉塊の『給仕女』。

 残るのは親玉であるデーモンを失い、散り散りに散っていく鼠のデーモンたち。

 そして、床に転がるポーンの駒と鍵束。

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