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ケンタウロス。
半人半馬の種族である。
種族的特徴なのか彼らは一人ひとりが高名な学者でありながら、剣や槍、弓を扱う勇敢な戦士でもあった。
果てある平原はそんな彼らのテリトリーである。
辺境に危地難所は多くあるが、果てある平原の危険度はさほど高くはない。
この平原を縄張りとするケンタウロスには賢者が多く、温厚な性格であるからだ。
もっとも他種族排斥主義の乱暴者がいないわけでもないので、関所までの一本道(草のない土の道だが道は道だ)から大きく外れ、迂闊に平原の奥地に踏み込めば、練達の戦士であろうとも容易く殺されることになるだろう。
だからオーキッド嬢の乗る馬を追い抜き、数日。果てある平原のなんでもない場所で見かけたそのケンタウロスを見て、俺は、まずいと思わされた。
巨大な半人半馬の戦士が道の脇にてただただ空を眺めていた。
(女のケンタウロス、この真昼に星を見ているのか? 強い光を持つ星ならば目を凝らせば見れないこともないが。なんでこんなところに……? いや、待て、
高名なケンタウロスの戦士は多いが、そんな特徴を持つものは2人といまい。
気づけば立ち止まり、空を見つめているケンタウロスに声を掛けていた。
「貴公、まさか
声を掛ければ道の脇にいる彼女は空を見るのを止め、草が禿げただけの土の上にいる俺をじっと見つめてくる。
「そうだが。そういう君は何者かね?」
「失礼した。俺はキース・セントラル。こんな格好だが、神殿騎士だ」
こんな格好。自分で言ってから少し笑う。鉄の面頬に皮の鎧である姿を見れば一目で騎士と見抜くのは難しいことだろう。
対するケンタウロス、サテュラーナ殿。彼女の頭の位置は、三メートルはあるだろうか。巨人に見下されるかのごとくだ。
「ほう、人族の神殿騎士か。こんなところを通るとは、珍しいな。昨今のデーモン事情からしてここよりも北方の軍港砦に向かった方が良いのではないかね?」
「任務ゆえ大陸に渡っていたんだ。しかし弓聖サテュラーナともあろう方がこんなところでなにゆえ空を眺めておられる?」
ふむ、と人食い獅子の毛皮(驚くべきことに人食い獅子の皮は皮でありながら加工の仕方次第でドワーフ鋼よりも硬くなるのだ!)で作られた狩人服を、人の部分に着ている彼女は、空を指差し、俺に告げた。
「星を見ていたのだ。若き人の騎士キースよ。星は語る。この地にてこの時、生まれる輝き有りと。それは――」
じぃっと人外の美貌を持つ弓聖は、俺を頭上より覗き込み首を振る。
「――君ではないようだな」
「……その輝きを見つけて、どうする、というのか。サテュラーナ殿」
俺の身体を伝うのは緊張だ。
堕落の長剣の柄に手を掛けた俺を見下ろしながら、ケンタウロスの英雄の一人は嗤う。俺の無謀な行動を見て、勝てるのか、と威風だけで問うていた。
相手は
緊張に乾く唇を舐め、湿らせる。
覚悟を決めながら問う俺にサテュラーナは至極真面目な顔で答えてくれた。
「無論。善き方向に教え導くのだ。それが我が種族の楽しみ故な」
「そう、か。失礼した。弓聖殿」
頭を下げれば気にするなというように鷹揚に手を振られる。
「その光かはわからない。だが、これよりあと、人間の女がひとりここを通る。守ってくれとは言わないが、害さぬようよろしく頼む」
「承った。騎士キースよ」
サテュラーナが突き出してくる巨大な拳に、俺の拳を軽く当てあう。
ケンタウロスの寿命は人とは違う。長き時を生き、伝承に語られる英雄の一人とこのまま談笑してみたい欲はあったが俺は勝負の最中だ。
「では、サテュラーナ殿。俺は急ぎゆえ失礼する」
「ああ、ではな。騎士キース」
そう言い、再び星を見るケンタウロスの英雄。
なぜこんな、なんでもない道に彼女がいるのか。
この時、この場所に。なぜこのタイミングで。
薄々とわかっている答えを知りながら俺は地を蹴る足に力を入れる。
「……
本気の本気。手加減抜きの本気だ。無論、肉体の本気ではない。既に俺は俺の出せる全力の速度で走っている。
だが、どうにもこの勝負。不思議なことに俺の敗色がちらついて仕方がなかった。
「わ、かって、はいたが……!!」
「はははははは! ははははは!! 騎士キース。さっきぶりだなぁ!!」
「すまんな! キース殿! だがこれも勝負だ。申し訳ないがすんなりと負けてくれ!!」
背後から襲いかかってくるのは絶対的な強者が持つ圧倒的な
サテュラーナと別れてから数日。かなりの距離を稼いでいたはずなのに、馬の距離にして一日分は引き離した筈なのに。
「糞、追いつかれたかッ……!!」
水の砂漠を目の前にして、俺は弓聖サテュラーナに跨ったオーキッド嬢に追いつかれていた。
「オーキッド嬢! かの高名なケンタウロスの女戦士を味方につけるとは、どんな手品を使った!!」
走りながら袋より取り出すのは
旅の間も地道に数を増やしていたそいつを、地響きと共に後方より迫ってくるサテュラーナに向けて投げつけながら、俺は先を見据える。
水の砂漠は未だ遠い。2日か3日の距離がある。透明な砂海さえ視界に入ればまだ安心できるが……。
「手品も何も! 私はただ誠実にこいねがっただけだ! 助力を頼むとな!!」
「そんなことでその誇り高い種族がただの人を背に乗せるものか! 何か仕掛けがあるはずだ!!」
「そんなことは知らん! だが、彼女は力を貸してくれた! それだけだ!!」
バカ正直に言われれば笑いたくもなってくる。
が、その通りだろう。ケンタウロスなどそういうものだ。賢者を気取る奴らは天文学にも秀で、星を見て未来を読み、そのとおりに動くとされる。
どうせ、その星の輝きがオーキッド嬢を示したのだ、だからサテュラーナは力を貸してもらっている。それだけなのだ。
星が示したから力を貸す! 馬鹿馬鹿しいが、それ以上に納得できる理屈もないのだ。俺からすればただの理不尽だが、大きな流れから見れば、そんなこともある程度の問題。
それならむしろ俺が問題だ。天運こそは人が生きる上で大事なものの一つとされるほどに重要なものだが、天運一つで大陸娘に負けたとあればそれこそ辺境の戦士の名折れと言えよう。
戦士として、力が足りなかった、なんて言い訳はできねぇ。
背後に向け、隙を見ながら狙いを定めてチコメッコを投げつけるも、小気味良い音と共に弾かれる音が響く。
サテュラーナの弓の両端には刃がついている。それで飛んでくる短剣を弾いているのだ。激しく加速しながら地を疾駆するケンタウロス。その加速に加えてこちらからも力一杯投げつけているというのに。まさしくその様は降りしきる雨粒を狙って切り抉る絶技と言ってよかった。
流石は、勇士100人殺しの人食い獅子を単独で殺したとされる弓聖。
その戦士の重厚なる戦歴に裏付けされた視線が俺へと向けられる。
「どぅれ――」
背後より響くのは、ぎりりという弓を引く音。
地を叩く蹄音はもはや俺を追い抜く間近。いや、今、この瞬間に追い抜かれる。
一瞬の交差。俺が腰から剣を引き抜くのと同時に、オーキッド嬢を乗せた
「――おかえしだ!!」
殺意の篭った弓。絶人の域にまで至った武人の一矢。
「ベルセルクッ!!」
狂戦士の力の発露と同時に龍眼を使用する。俺はこいつをデーモンの急所を見破る為に使っていたが、龍眼とは本来、本質を見抜く力を持つ魔眼だ。
迫ってくる攻城矢がごとき巨大さの鏃。そこにかかる力の比重を龍眼で見抜き、剣でその一点を狙って叩き切る!
轟音。
「ふぅぅぅぅ……!!」
剣を振り下ろし、跳ね飛んだ鉄矢を横目に息を吐く。流石に俺も立ち止まっていた。立ち止まらざるを得なかった。それだけの力がその矢にはあった。避けるなどという思考には至らなかった。
避けていれば当たっていただろう。そういう矢だった。
「糞ッ……。オーキッド嬢め。なんの加護を得てやがる!!」
あの一瞬の交差。オーキッド嬢を見て気づけた。あの女、弓聖サテュラーナや関所の兵士以外に助力を受けていやがった。
サテュラーナに跨るのに使っていた鞍。あれは神器だ。大陸人の小娘がケンタウロスの女戦士に生きて乗る為に使う為のもの(鍛えていようがケンタウロスに
馬の鞍の神器を渡せる神。数はそう多くない筈だ。旅神か風神か馬神か狩猟神か戦神か弓神かそれともそれ以外の神か。
「求婚の勝負だからな。愛の女神の可能性もあるが……」
それとも大穴で治癒神か。
糞、神々が関わってきやがったか! そりゃ、関わるか! 大陸を閉じるってときに大陸娘が恋愛ごとで辺境人に勝負を挑むなんていう外野から見ればおもしろおかしいお祭り騒ぎ、楽しいことが好きな神々ならば関わってもおかしくねぇ!!
先を走るケンタウロスの女戦士をギリリと睨みつけながら俺は吐き捨てるように宣言する。
「そっちがそのつもりなら、こっちもそのつもりでやってやる……」
幸い次は水の砂漠。
俺は口角を凶悪に釣り上げながら、じゃらじゃらとチコメッコを袋の中で増殖させる。
清貧を気取り、賢者と呼ばれるケンタウロスにはできねぇ手段を使ってやる。
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