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 砂鯨の狩りが終わったので地下の聖域に俺は来ていた。

 猫に手に入れた道具の鑑定をしてもらうのと、ドワーフの爺さんに会って、道具の修理の確認ついでにあれこれと『強化』をしてもらうためだった。

 ちなみにつつがなくとは言えないが、砂鯨の狩りは成功し、水の砂漠から神殿都市へと運ばれた。

 思い出したくもないほどに苦労したがなんとかなったのだ。

 そのため、決闘の準備のために猫の元にすぐ来るつもりだったのに、やってこれたのがこんなタイミングになってしまったが。

「にゃー。大変にゃったにゃ。それで、その狩りって奴はどうなったのにゃ?」

「だから、なんとかしたよ。神々に祈って、あれこれと捧げて――」

 都市の蔵は水の砂漠での狩りのために空になっており、残った麦は市民の食べ物で、じゃあ神器で増やせる子牛を捧げるかと子牛を片っ端から神々に捧げ、だが贄が足りなかったために、あれこれとちょっかいを掛けてくる他の神々に対し、俺が狩りにいって贄を捧げたり、無茶な要求をオーキッドが聞いたりとあれこれとできる限りのことをしたが、それでもちょっかいを掛けてくる性格の悪い神々にとうとう窮した俺とオーキッドは、最終的にジュニアを、弓神の聖女と結婚させることにした。

 オーキッドは嫌がったがどうにもならなく、最終的には渋々受け入れた。ちなみに俺は大賛成だった(聖女だぞ? ガキのくせに羨ましいことだ。オーキッドの方がいい女だから嫉妬はしないが)。

 さて、本来は立場の弱い弓神にどうして神々の騒動をなんとかできたかといえば、現地には弓神の聖女がいた。

 なので、直接手を出せる端末・・が神から強力な後押しを受ければ事態の打開もたやすく、その結果として死傷者も少なく砂鯨の狩りは終わったという。


 ――だが、子供のジュニアに嫁ができた。できてしまった。


(俺は大陸までいっても嫁取りに失敗したのにな……)

 とはいえ奴も多少の不満はあるだろう。辺境人の結婚は生涯ただ一人の女とだけだ。例外はない。

 子供とはいえ、やったことの責任は自分でとるしかないのだ。

 でなければ、さすがに俺がジュニアを殺すしかなくなる。

 我が息子が聖女に殺され、地獄で魂が浄化されるまで責め苦を受けるのは忍びないからな。


 ――大陸人の血が混じったとはいえ、さすがにそこまで愚かとは思いたくないが……。


「キースはそれでいいのかにゃ?」

「いい、とは?」

 地下の聖域でしっぽをぱたぱたとさせる銀色の猫は俺の膝の上でにゃんにゃんと鳴いている。

「神にいいようにされているとは思わなかったのにゃ?」

「いいようって……いや、それは当たり前だろう?」

 神がちょっかいをかけてくるのはこの土地の当たり前だ。

 それに今回はジュニアにも非がある。軽率に嘘をつき、狩りに忍び込んだ罰としては軽いぐらいだ。

 奴が正直に行きたいといえば、オーキッドは許さなかっただろうが、俺は許しただろう。


 ――砂鯨には連れて行かなかっただろうが……。


 それでも適当な狩りやすい獣を選んで親子での狩りでもやっていたはずだ。

 そう考えれば、ジュニアのはじめての狩りは成功の部類だろう。神々に名を覚えられ、砂鯨狩りに同行する幸運に恵まれ、聖女という凡人からすれば羨むしかない素晴らしい妻を得た。

 猫はそんな俺を呆れたように見ている。

「ゼウレにいいようにされてるだけにゃ……キースは息子が可哀想だと思わないのかにゃ?」

「可哀想って……なぜだ?」

 俺が猫の頭に手を当てるとぐりぐりと力を込めて撫でてやれば、猫がやめるにゃ、と尻尾をぺしぺしと俺の手に当ててくる。

「なぁ猫、そんなことよりも、商業神の使徒が俺にちょっかいをかけてきた件についてだが」

「にゃ! にゃにゃにゃ!! か、鑑定にゃね! 決闘があるなら話し込んでいる場合じゃにゃいにゃ!!」

 バタバタと俺の膝から降りて、並べた道具の前に行儀よく前足と後ろ足を揃えて、ぴん、と尻尾を立てた猫が「にゃにゃ、この道具はにゃ」と喋りはじめるところで俺は猫の口上を遮った。

「そういうことだよ猫。誰も彼もが思惑を持っている。そいつをいちいち気に食わねぇだのなんだのと言ってたらきりがねぇだろう?」

 程度が過ぎれば殴ったり殺したりもするが、今回は別にそういうことではなかった。

 神の戯れ・・・・だ。介入してきた神の数が多かったのであれこれと苦労をしたが、影響自体は戯れの範囲だった。贄や代償で引いてくれた。

 相手が戯れであるなら、こちらも相応の態度を示さなければならない。

 大げさに受け取って酷いことになる方が問題だ。神は神だ。俺が如何なる力を持とうと、距離感を間違えてはならない。

「にゃあ……」

 そして耳をぺたりとして反省のポーズをしている猫に関しては最初から許す・・と決めている。

 あの胡散臭い使徒に何をされても、それが俺だけで止まるならなんであろうと許してやるさ。

 そしてジュニアに関してはジュニアが悪い。神が介入できるを作ったジュニアが悪い。

 この辺境で嘘をつくということはそういうことだ・・・・・・・

 辺境人は嘘をつかない。

 それは良い悪いではなく、嘘をつくのは弱いもの・・・・がすることだからだ。嘘をつけば隙を作ると知っているからだ。

 だから俺たちは嘘をつかない。嘘をつく必要がないから。どうしてもそれが必要になるなら誇り高き死か、沈黙を選ぶだろう。

 嘘をついたジュニアは今回のことで多くの信頼を失った。

 俺としては何をしてやることもできない。せいぜいが俺だけは奴の側に立ってやることしかできない。

 そう、奴の信頼に関しては、あの小僧が生涯をかけてどうにかすべきことだった。

「わかったな? さて、それよりも鑑定を頼むぞ」

 猫の頭を再びゆっくりと優しく撫で、俺は聖域に敷いてある絨毯に広げた様々な未鑑定の道具を示し、仕事を頼むのだった。


                ◇◆◇◆◇


 聖域に斥力の聖女カウスはいない。

 猫によれば腕がなまるといけないのですぐに戻れる距離でデーモンを狩って回っているらしかった。

 ドワーフの爺さんが鍛冶仕事をしているのだろう。

 変わらぬカツンカツンという鉄を叩く音が聖域にまで響いてくる。

 ほのかに温かく感じる聖域で、俺と猫は道具を前にしていた。なごなごと猫が道具を前に唸っている。

 夜会の領域が広かったせいか、手に入れた道具の数は多かった。どれから説明しようか迷っているのだろうか。

「にゃん、じゃあまずはこれにゃね。魔術の奥義書にゃよ」

 手に入れた魔術の巻物スクロールは三本。それぞれ違う魔術が収められているそれを前に猫はにゃんにゃんと鳴いてみせる。

「奥義書か? どういうものだ?」

「ちょっと待つにゃね……にゃー。大丈夫にゃよ。まずこれを持って念じるにゃ」

 前足で巻物の一つを叩いた猫に従い、それを掴んで転移のスクロールと同じように使ってみれば、ずるりと、何かが脳に入り込んでくる・・・・・・・

「う―――お……な、なんだ今の」

「魔術を脳に刻みつけたにゃ」

「え、あ? だが、わからんぞ・・・・・?」

 手の中のスクロールは消えている。だが、何を覚えたのかもはっきりとしない。

「当たり前にゃ。奥義書で覚えられるのは魔術・・にゃ。魔術の知識じゃにゃいにゃ」

「あ……?」

 魔術については爺も本当に基本的なこと以外はあまり教えてくれなかった。首を傾げていれば猫は呆れながら解説してくる。

「今のは『脳の領域』の魔術にゃ。魔術を脳に保管するための魔術にゃ。4000年前に、魔術を使えない者にも魔術を使えるようにってマリーンが広めたにゃ」

「大賢者が……?」

「奥義書の作り方も本当は魔術師の奥義だったのにゃけれどマリーンが広めて、重要じゃにゃいけど、それなりに使える魔術が売られるようになったにゃ。みゃーも取り扱ってるからキースが欲しければ買えばいいにゃ」

「いや、いい……残りの魔術はなんだ?」

「熱のない火を発する『虚飾の火』と落下速度を軽減する『空中浮遊』にゃね。覚えておけば探索も楽になるにゃ」

「ああ、うん……わかった」

 魔術をこれで俺が使えるようになるのか? 巻物を手にとって使ってみれば頭に何かがするりと入ってくる感覚がある。

 『脳の領域』に収められた魔術・・たち。念じれば魔術を引き出せる感覚が頭の中にあった。

 まるで頭の中にある『月神の刃』の奇跡の隣に、魔術専用の本棚ができたようなものだ。

 俺はくらくらとする脳を抑えるように手を額にあてた。

(ただ、魔術を使うなら触媒となる杖が必要だな)

 魔術を使うには力を効果的に発揮する魔術杖が必要だ。

 袋に入っているから調達の必要はなさそうだが……慣れない技術を覚えてしまった。

「ああ、頭がパンパンだぞ。おい」

「にゃー。それがキースの限界にゃね。もう少し知能の成長ができるよう願いながらデーモンを殺せば、脳の領域も拡張されるにゃよ」

「いや、俺は、こんなもんでいい」

 頭を使うのは苦手だ。そんなふうに言えば猫はにゃんにゃんと鳴きながらじゃあ次にゃ、と道具を尻尾でぺしぺしと叩く。

「このキラキラした道具でいいかにゃ?」

「ああ、夜会のデーモンどもが使っていた武具か」

「にゃ……といってもどれもほとんど特殊な力のないただの武具みたいにゃもので、買い取っても値がつかにゃいにゃね。宝石に見える偽物イミテーション代ぐらいで、にゃー。こんにゃものかにゃ」

 猫が示した価格に俺は驚く。猫に武具を売っても基本二束三文に近いのだが、一応、これは深層のデーモンが使っていた武具で、それなりの値がつくとも思っていたのだが……全て合わせて銀貨数枚でしかなかった。

「こんなものなのか? これを使っていたデーモンは強かったが……」

「そうにゃん? にゃらよかったにゃね。まともな装備をそいつらがしてたらキースはもっと苦戦してたにゃ」

 言われて内心で頷いてしまう。あの領域のデーモンどもの強さは尋常ではなかった。強力な武具を奴らが装備していれば負けたのは俺だっただろう。

 偽の宝石で飾られた鍍金メッキの武具を猫に売り払い、俺はさて、と次の道具へ視線を移す。

「こいつには世話になったな……」

 護符だ。魔術の威力を下げるものだった覚えがある。六つ手に入れ、歌姫で一つ使い、残りは五つか。

「対魔の護符にゃね。攻撃的な魔術の威力を一つにつき五回まで軽減できるにゃよ。便利にゃ。一応、みゃーも取り扱ってるにゃけど、結構なお値段がするにゃよ」

「なくなったら買うかもな……」

 大賢者の領域がどうなってるか次第だろうが、必要なら買うだろう。

 俺は護符を袋に入れ、次を、と猫を促せば猫は水薬を調べてくれる。

「水薬は二つにゃね。どちらもキースが以前使ったことのあるものの強化版にゃよ。皮膚硬化と肉体強化にゃ。便利にゃ」

 なるほど、と頷き袋に入れる。こういった薬はなかなか手に入らないから助かるのだ。

「次は……にゃ! これは珍しいにゃね」

 なんだ、と猫が視線を向けた先にあったものはエーテル炉で手に入れた服と巨大な工具だ。

「防塵マスク付きのエーテル汚染用の作業服にゃね。こっちはエーテル炉専用のレンチにゃよ」

「うん? それは良いものなのか?」

「上位デーモンの素材で作られた対エーテル汚染服は毒や呪いにも強いにゃ。並の革鎧より丈夫にゃくせに鉄の鎧よりずっと軽いにゃよ」

「ほう、ならこちらの巨大工具はどうなんだ?」

「工具は工具にゃね。でも、エーテル汚染に対応するために黄金銅オリハルコンで作られてるにゃ。並のデーモンなら殴り倒せるにゃよ」

「お、おう……そりゃすごい」

 どちらも辺境で一財産になるぐらいの価値がありそうだ。とはいえ、今は必要がない。俺は猫に服と工具を預けることにする。

 猫はにゃんにゃんと鳴くと道具を預かってくれる。

「あとはこっちも鎧かにゃ? にゃ! すごいにゃ! これはかの四騎士の一体、クレシーヌを模した武具にゃね!」

 巨大で重い盾と鎧を前に猫はにゃんにゃんと鳴く。そうだと思ったがやはり『異界護り』のクレシーヌを模した鎧のようだ。

「黒犀の盾に巨犀の鎧にゃね。どちらも聖具にゃ。キースが着るにはまだちょっと力が足りにゃいにゃね」

 わかっている、と頷きながら袋に聖具を収納する。とても重いが、かの英雄の武具と判明すれば少し嬉しくなる。

 それがあの帝王と四騎士のことであるのはわかっているが、憧れはやはり憧れだ。捨て去ることなどできない。

「次は、にゃ、こっちも神器にゃね。二つともにゃ!」

「うん? ああ、この短剣と割れた角杯だな」

「にゃ! この短剣は四騎士の一人、『名失いの騎士』の短剣にゃね。『無鎧むがい』という名前の暗殺者の短剣にゃ。夜闇の悪神の神器で、あらゆる鎧を貫通して、肉体に毒を与える権能があるにゃ」

「ほう、趣味ではないが……」

 役には立ちそうだ。人間相手には使えないがデーモンにはよく効くだろう。

「こっちの角杯も神器にゃね。にゃー。呪われてるにゃけど、キースには効かないタイプの呪いにゃ。金貨がよくドロップするようになるから持っておくといいにゃ」

 頷き、短剣と角杯のどちらも袋に入れる。

「聖具に神器とたくさん手に入ったにゃね。みゃーも鼻が高いにゃよ」

 すぴすぴと鼻を鳴らす猫を俺はじぃっと見ながらその喉を撫でてやれば猫は機嫌良さそうにごろごろと喉を鳴らす。

「で、残りはなんだ?」

「強い蝋材が一つに、貴族の蝋材が五つにゃね。ええと、こっちは落雷の魔女の蝋材が二つにゃ。魔女の蝋材は呪われた特別な武具の強化ができるようになるにゃ」

 魔術に圧迫されている頭にいくつかの武具が思い浮かぶ。ふぅん、呪われた……か。

「で、この指輪は白犀の指輪にゃね。身につければ刃を通さぬ鉄のごとき皮膚を一時的に得ることができるにゃ。こっちの死蟹に似た奴は特別なランタンにゃ。隠れ火のランタンは便利にゃよ。この火は持ち主の視界のみを照らしてくれるにゃ。デーモンには見えない火にゃのにゃ」

 にゃんにゃんと説明してくれる猫に頷きながら俺は道具を次々と袋に入れていく。蝋材、指輪、ランタン。どれも探索の役に立つだろう。

 にゃ! と驚いたように本を見る猫。どうした? と聞いてみればなんとこの本は神話の書かれた本らしい。

「文字を読めないキースが、本にゃんか持ってきてどうしたにゃ?」

「長櫃に入ってたんだよ。誰かに読んでもらうさ」

「そうかにゃ」

「そうだよ」

 これで終わりか、と思えば、絨毯の上にはまだ道具が一つ残っていた。

 夜会の領域で戦った歌姫のデーモンが残した楽譜だ。

「にゃ、この楽譜も神器にゃね」

「神器……楽譜がか?」

 確かにこうして落ち着いた状況で触れれば特別な力は感じるが……わからないな。本当にこれが神器なのか?

「永遠に朽ちないだけの楽譜にゃ。概念的に音楽を記録して永遠に残すものにゃ。偉大な音楽家か、とても悪いことをした奴の曲に与えられる技芸神の神器にゃ」

「ほう、悪人の楽譜を残すのか。で、これはどちらなんだ?」

 悪名が永遠に残るというのは確かに侠者である俺からすれば刑罰になる理由もわかる。

 死後に己の名が侮蔑の対象として残るのはどのような人間であれ耐え難いことだろう。

「わからにゃいにゃ。みゃーがわかるのは物の価値だけにゃ。これはなかなかたいしたもの・・・・・・にゃけど、それの善悪を判断するのは人間たちにゃ」

「確かに、神の視点から見れば人の歴史は一瞬だろうな」

 大陸でヤマが悪神と罵られてる現状、短命な人の価値観で測るものではない、か。

 ふむ、と俺は楽譜を袋に入れた。いずれこれが役に立つときが来るかもしれない。

 これが俺にとって善きものかどうかはそのときに判断するとしよう。



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