037


 握りしめた柄に強く力を込めはしない。筋肉のりきみは腕から軽やかさを失わせる。だから込めるのは手から剣が抜けず、しかしデーモンに斬りつけても力負けしない適度な力。無論、これが大剣や長剣などなら力いっぱいに叩きつけるのだが。

 だが曲刀というものは斬るための武器である。叩きつけ、屈服させる剣ではない。

 相手の命を斬り裂く刃である。

 故に振るうなら力ではなく、技で振るう。

 肉斬り包丁を振り上げた料理人のデーモンに向かって踏み込む。ただし懐ではなく、その側面だ。剣を振り上げているデーモンに向かってステップを踏む。

 メイスや長剣といった重い武器であれば今までのように正面から踏み潰すこともできたが、ショーテルとはそういう剣ではない。速度で翻弄し、すかさず致命の一撃を与える、そんな剣だ。

 いや、もともとは盾を構えている敵に対して有利に戦うように作られた剣なのだが、盾を持ったデーモンというのは存外少ないものである。故に、辺境人にとっては軽いこの剣の鋭利さを最大限に生かすとなると、自然とそのような戦闘方法になってしまうのだ。

 達人であれば両手に持ったショーテルを用いてデーモンを瞬時に細切れにするというが、未だ未熟な俺にはそんな使い方はできない。

(まずは小手調べだ)

 軽く息を吐いて、側面からデーモンに襲いかかる。巨大な肉斬り包丁を持ったデーモンは素早い俺の動きに対応できていない。たたらを踏むように足踏みをし、肉斬り包丁を見当違いの方向に振り下ろす。その手の動きに沿って、人体ならば腱のある部分をショーテルでなぞるようにして切り裂く。

 すっと刃が走り、傷口から血液に似た瘴気が噴出する。

(良い刃だ。デーモンを魚を捌くように切り裂いた)

 デーモンの肉質というものは非常に硬い。物質化した瘴気は、それ自体がみっちりと詰まった筋肉のようなもので、それは辺境人であっても素人が名剣を持った程度では斬ることのできない硬さを持つ。だから俺たちは武を鍛える。極め、デーモンと戦えるようになる・・

 ドワーフの鍛えるドワーフ鋼はそのためにも必要なものだ。達人であってもなまくらを使ってはまともに戦うことなどできはしない。

 ドワーフの鍛えた優れた武具はデーモンと戦うものに必要な利を与えてくれる。

 辺境人には拳だけで戦うようなものもいるが、そこまでの武を持つものは少数だ(だが、それは彼らが武具を扱えないことを意味しない。拳で強い辺境人は武具を持っても一流である。まさに一騎当千なのだ)。故にこそ優れた武具は称賛されるべきものである。

 だがやはり黒鉄の剣に比べると載せられるオーラの量が足りない。

 この強い瘴気を持つデーモンを滅ぼすのにはもう何発か刃を叩き込む必要があるが……。

(むぅ、なんだ? この奇妙な感覚は……)

 翻弄するように右に左に剣を叩きつけ、肉を次々と切り飛ばしていく。

 それ自体は今までと変わらないが、なんとはなしに、切りやすい箇所がわかるようになったような感覚を覚える。デーモンを構成する瘴気と瘴気のつなぎ目。通常よりもほんの少しだけ薄い箇所。そんな場所がなんとなくわかるようになっているのだ。

「これも実戦のおかげか! しッ!!」

 首を切り落とし、ふらふらと俺を見失ったデーモンの胴体にオーラを込めた蹴りを叩き込み、その体を完全に消滅させる。デーモンが消滅したことで宙空に出現した銀貨を下水に濡れた地面に落ちる前につかみとると俺は息を吐いた。

「体の調子は悪くないな。司祭様の浄化のおかげか……」

 それとあの聖女の祝福も。腕は並だが、祝福は祝福だ。デーモンに対する加護としてはないよりマシ程度とはいえ、それなりの力になっている。

「……さぁて、次だ。次」

 今の戦いの音を聞きつけ、通路の奥から現れる料理人のデーモン。血振りするようにショーテルを宙で振ると俺はデーモンに向かって歩き出した。



 以前リリーと逃げ出した時より異常な瘴気のデーモンは減ったように思える。瘴気が各階層に散り、段々と正常化(この言い方は少し変だが)しているのかもしれない。

 黒い瘴気を纏いながらもやはり両手両足を拘束されているために脅威ですらない給仕女のデーモン。その首を切り飛ばし銀貨を拾いながら俺は剣と身体の調子を確かめる。

 調子は変わらない。魂を削ったことによりどこか欠落のようなものは感じるが、それ以上に2体のボス格のデーモンを倒したことによる身体能力の強化が効いているのだろう。多少の不調を押し流すぐらいの生命力が俺の身体には宿っている。

 スタミナとはまた違う、生命力オーラの総量。確かにそれは以前より跳ね上がっている。

 龍の魂に任せていたとはいえ、俺の身体を使ったために俺が倒したことと同じになったのだろう。

「……さて、これからどうするべきだ俺は? 先に行くのは少しばかり不安だぞ。おい」

 これからどうする? ここを攻略することは変わらないが、少しだけ手詰まりの感覚を得ていた。

 手元を見る。ショーテル。悪い剣ではない。悪い剣ではないが、黒鉄の剣に比べればリーチも短く、多少の物足りなさを感じる。

 手足を見る。鍛え上げた辺境人の肉体。それだけで凶器となる武の具現。俺が未だ鍛錬の途中とはいえ、上手く使えばデーモンに対する最上の武器となる。

 だが俺は未だ未熟で、途中で、半端だ。過信はできない。

 ポリポリと頭を掻く。せめてあのメイスがあればよかったんだがな。オーラの消費を考えなくとも良い武具。あれがあるだけで奥に向かう不安はいくらか減る。

 更に武器が一本ともなるとどうにも不安が拭えない。如何にドワーフ鋼製とはいえ、武具とは壊れるものだ。使えば必ず摩耗し、削れ、折れる。使い方と手入れでその寿命を延ばすことはできるが、避けられるものではない。

「仕方ない。とりあえずこの階層の行けるところを回ってみるか……」

 剣の一本でも落ちているかもしれない。もしくは何か発見があるかもしれない。

 俺が武具を探す。それこそがダンジョンの思惑だったとしても、だ。



 黒鉄の剣を落とした大広間に入る。大広間というか、巨大な調理部屋か。等間隔に金属製の調理台の並ぶ部屋。俺とデーモンの争いのあった場所に再び入れば争った跡などすっかり消えてしまっていた。

 倒れ、壊された調理台は元の通りに綺麗に並んでいる。吊るされた死体はそのままだが、戦闘の空気は残っていない。

 これはダンジョンの自浄作用だろうと思う。壁や通路を破壊されても、それがダンジョンの意思でないかぎりは元の通りに戻る性質。聖域で休む際に(どうでもいい話題として)雑談混じりに教わったリリーからの知識。

 果たして、黒鉄の剣を落とした場所に向かえばそこには何も残ってはいない。また当然ながらボス格のデーモンもそこにはいなかった。

 あの鼠の龍もどきもいないため、霧もなく、以前はわからなかった部屋の様子もわかるようになっている。

「この場所なら聖域が作れるな……」

 室内を見渡して呟く。

 ある程度のスペースがあり、デーモンの瘴気も残っていない。扉があり、封鎖もできる。安全に休息はとれるだろうが、聖域のスクロールの数に不安があった。聖印もそれほど持ってきてはいない。

 だが次に来た時にここに聖域を張れるかはわからないのだ。

 ぽりぽりと髪を掻く。ふぅむと唸る。

「だが、無用か……」

 ここは昇降機が近い。少し歩けばリリーの作った聖域もある。わざわざここに作っておく理由がない。

「さて、他には……。……あれは?」

 剣が残っているか確認に来ただけだったが、奇妙なものを見つける。

 それは砕けた龍の目だ。以前と同じ場所にそれはあったが、内側から弾けたかのようにその瞳は粉々にくだけていた。

 当然ながら以前見た時と違い、感じる力は減じている。もはやそこからは微かな神秘の残り香しか残っていなかった。

「……ものは試しか」

 少し緊張しながら砕けた破片の中にある大きな欠片に触れる。今度は龍と同調しないように、呼吸を整えながらだ。

『……あの人間か。よくもまた戻ってきたものだな』

 頭の中に響く声ならぬ声。龍に語りかけられている。はて、なんと返そうかと思えば。

『そう気を張るな。私にはもはや貴様に干渉する力は残っていない……王妃に手酷くやられたからな』

「そうか……。それは……残念だ」

 あの金剛龍の瞳がこの有様なのだ。この地獄にあって清浄なものが破壊される。そのことに悲しみを覚える。

 言葉に詰まる。それに語る言葉もない。そもそも俺は龍に聞きたいことも求めたいこともなかったからだ。このダンジョン。この地獄の仕組みは進めばわかるだろうし、武器は欲しいがこの有様では知っていることもないだろうと思えたからだ。

 世間話をする間柄でもない。

『……提案がある』

 少し考えたらしい龍が俺に語りかけてくる。

「なんだ?」

 言葉が通じているのかわからないが、問い返せばマルガレータは俺にそれを言うのだ。

『私を連れていけ。如何にゼウレの神造兵器だろうと人の身で王妃あれは倒せぬ。故にこそ、デーモンを滅ぼす我が力は貴様の旅の役に立つはずだ』

「ああ、それは構わないが……」

 頷く俺だが、少し疑問があった。この砕けた瞳にそれほどの力が残っているのだろうか? 瞳から感じる力は薄く、とてもそうは思えなかった。

『そう心配するな』

 触れた指に熱さを感じる。

『我が意思。我が力。もはやここにあるだけ不要。残らず全て持っていけ』

 瞳を通じ、薄れてはいるが強大な何かが俺の魂に入り込んでくる。


 ――全てのデーモンに滅びを。この地獄を作り出したものに報いを。


「……応。わかっている」

 龍の言葉を理解する。連れていくとはそういうことなのだ。

 力を連れていく。意思を連れていく。滅びを連れていく。

 いにしえに伝わる秘術。高位の存在のみが使えるとされる秘法。魂の同化術。

 どくりと心臓が高鳴る。身体に力が漲っていく。

 龍の意識は消え、俺の中に消えていく。

 砕けた瞳たちは残らず砂となって消えていった。

「探索は終わりだな」

 首をこきりこきりと鳴らす。身体を動かし、魂の強化による身体能力えいきょうを確認する。

 以前の探索で減じた俺の魂は、龍の魂と同化し、消費する前よりも少しだけ大きくなった。

 それは俺の力が拡張されるということ。

 だが、それは圧倒的ではない。龍の魂とはいえ、片目に宿る分だ。さらにこの瘴気渦巻く空間に長い年月あったことによる摩耗。それに加えて王妃の一撃でかなり削られたのだろう。俺に干渉することもできないほどに弱っていたことからもわかるように、同化した魂はさほどではない。

 だが少なかった分、俺の身体に負担はない。俺の意思も削られていない。

 それでも願うことは同じだった。

 性向一致。それが龍との同化をスムーズに進めていく。


 ――デーモンに滅びを。この地獄に終わりを。


「もはや不安はない。先に進むぞ」


 龍との影響だろうか。

 ほんの少しだけ右目・・が熱かった。


_____________________________________


『魂の同化』

 高位の存在にのみ伝わる呪法。認めた相手と同化することによる魂の強化。

 それは同化した対象の持つ力を引き継ぐことができる秘法である。

 それは相手の魂が大きければ大きいほどに力を増加させるが、大きければ大きいほどに相手からの影響を受けてしまう諸刃の剣である。

 故に意思の違える相手と行うことはできない。方向性の違う意識との魂の同化はお互いの消滅や、力の弱い魂の消滅を意味するからだ。


 ――かつて邪神と戦った神々たちは滅ぶ際に自らの力を同胞に託し消えていった。故に邪悪を滅ぼす意思は消えず。いつか復讐の刃は届くであろう。


 キースに与えられた力は金剛龍の持つ雷と瘴気に対する耐性である。

 *それは雷に対して、非常に強い耐性を与える。

 *それは瘴気に対して、非常に強い耐性を与える。


 この地獄を攻略するために龍に託された魂の鎧である。

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