200
――小路の脇に宝石頭の貴族デーモンが吊るされていた。
「……なん……だ……?」
まだ生きている。
じたばたと軽い抵抗を行っている貴族のデーモン。その腹には木製槍が穂先を見せている。
地面に固定された槍に貫かれて、吊るされているのだ。
俺がやったわけではない。俺なら殺している。
だからこれはデーモンどもによる行動だ。
根拠はあった。宝石頭の頭の宝石が光っている。灯火の魔術だ。本来淡い光で光るだけのそれが頭の宝石によって光量を増幅させられていた。
周囲を淡く、広く、照らしている。
その宝石頭がこの小路を等間隔に吊るされていた。
それはまるで道を照らす篝火か何かのようで、俺は……気分が悪くなる。
「悪趣味すぎるぞ」
宝石頭は人の形をしたデーモンだ。
頭が異様なので人と認識することはないが、人の形をしたものがこのように露悪的に吊るされていれば誰だって気分が悪くなる。
それに――広間のことが思い出される。ここでは人間が饗されている。人の形をしたものが吊るされているだけで嫌な連想をさせる。
「ちッ」
不快さから舌打ちが隠せない。
宝石頭たちは俺を見ても腹の傷で動けないのか、それとも灯火の魔術を優先するようにダンジョンによって役割を与えられているのか、あの不快な振動音を出すことはなかった。
無言で俺は宝石頭を貫く槍が並べられた小路を歩いていく。
「む……」
俺の進路の先、小路をデーモンの一団が歩いていた。
それは近衛の指揮官デーモンと通常よりも巨大な宝石頭を持つ大貴族デーモンに率いられたデーモンの一団だ。
(戦うのは、難しいな……)
この領域が未だ暗闇に包まれているせいか俺に気づいている様子はない。今なら奇襲を掛けられるだろう。
だが、連れているデーモンの数が多すぎる。
俺は敵意減少の『狡猾な鼠の指輪』を身に着けていることを確認し、奴らから目を離さないようにしつつも距離をとる。
(なんだ? あいつら、何をしてやがる……?)
小路を歩く奴らは近衛騎士のデーモンに槍をもたせていた。きんきらきんの
さきほど宝石頭がそれに貫かれているのを俺は見た。
デーモンどもの周囲は暗闇に染まっている。
その背後は宝石頭が槍に貫かれている。
一定間隔に立てられた、光る宝石を固定する木の棒――それはまるで大陸王城で見た街灯のような。
そう、大陸王城の城下町には街灯と呼ばれる道を照らす照明が存在していた。
それの燃料は大陸で採取できる可燃性ガスだった(毒龍などのブレスは一般的に毒ガスと呼ばれることもあるのでガスの利用と言われると辺境人には少し紛らわしい)が……。
――まさか、
背後の街灯から一定の距離まで歩いた指揮官のデーモンが立ち止まった。
その背後に続くデーモンの一団も足を止める。
指揮官のデーモンが剣を振り上げれば、近衛騎士のデーモンが槍を掲げた。
怯えたように身をすくめる宝石頭を大貴族のデーモンが小突いて近衛騎士デーモンの前に出した。
大貴族のデーモンが杖を振った。魔術の発動だ。
宝石頭に灯火の光が灯った。
それはこの闇夜の中では光源として頼りないが、それでも数が揃えば十分に周囲を照らせるほどの――……。
(俺は、何を見せられている?)
声を出せないデーモンゆえか。慌てたようにそのデーモンはずっと手や足を小刻みに動かしている。命乞いのようにも見えた。
そして指揮官のデーモンが剣を振り下ろす。
近衛騎士のデーモンの槍が灯火を宿した貴族デーモンの身体を貫いた。
――声なき悲鳴が聞こえた気がした。
デーモン同士で数を減らしているのはたった一人で戦う俺には好都合だった。
それでも見ていて胸糞が悪くなってくる。
貴族デーモンを突き刺した木製槍が複数の近衛のデーモンたちによって小路の脇に固定されていく。
――デーモンによって夜を淡く照らす
指揮官と大貴族のデーモンが満足したように頷き、小路を歩いていく。
それに黙って続いていく配下のデーモンども。
――怒りのような衝動が、腹の内を巡っている。
闇夜の中で龍眼を使い続けるのは消耗が激しい。だからこの光は俺にとっても好都合だ。
憎きデーモンどもが同士討ちをしている。この状況は俺にも好都合だ。
だが、だが……。
「気に食わねぇよな……」
デーモンを救いたいわけじゃない。
ただ胸糞が悪くなる光景を見せられた。
それだけだ。
それだけだった。
◇◆◇◆◇
小路に
奴らは以前に見た定位置に戻っていく。
その周囲を固める宝石頭の数は二体程度で、以前見た恐ろしい数と比較すればいないも同然だった。
奴らが自分で減らしたのだ。
小路だけじゃない。この正門の大広場にもあちこちに宝石頭のデーモンが木製槍によって貫かれ、吊るされている。
「気に食わねぇな……」
ええ? なんだこれは? なんでこんな……なんでこんなことをする?
別にデーモンに同情的なんじゃない。こいつらは、こうならなければ俺が殺していた。
疑問に思うのは慈悲などではない。ただ俺は理不尽を見せられた。胸糞が悪くなった。好都合だからそのまま見過ごした。
――ああ、気に食わねぇ。
この領域の何もかもが気に食わねぇ。
無言で全身を確認した。鎧よし。聖衣の盾よし。ハルバードよし。指輪は信仰強化の『湖の指輪』と敵意減少の『狡猾な鼠の指輪』。
マントはオーキッドのもの。これは俺に勇気を与えてくれる。
月神に祈る。チコメッコの油脂を齧り、ハルバードにも塗る。
奇跡の触媒を片手に祈る。幻惑の『月の外套』と継続再生の『月光纏い』。
そして淡き月の光を武器に宿す『月神の刃』。
もはや腹の内の憤怒を抑えることはできない。
隠れるのはやめだ。
ここに、
殺意が、正門前広場に集まるデーモンから俺へ向けて照射された。
――そうだ。『月神の刃』から溢れる攻撃的な神秘は鼠の指輪では防げない。
ただの戦士ならそれだけで即死しかねない殺意の奔流。
だが、俺には効かない。むしろもっとだ。もっと俺を見ろ。お前らが生涯最後に見る戦士の姿を。
「おぉおおおおおおおおおおお!!」
駆け出した。目標は奥まった位置にいる、近衛のデーモンに囲まれた大貴族のデーモンだ。
俺に気づいた近衛のデーモンどもが俺へ向かって駆け出してくる。街灯はあちこちに立っているものの、なお暗い闇にこの領域は包まれている。
ここにいるデーモンどもの数は少ない。未だデーモンどもの統制は戻っていない。
以前は波濤のように押し寄せたデーモンどもの数は数えられる程度にしか存在しない。
俺へ向けて迫ってくる近衛デーモンは三体。
一体をハルバードの一閃で胴ごと叩き切った。ベルセルクは使っていない。それでも怒りによって腕力は増強している。無駄に体力を使っている。
長期戦をしても勝てないことはわかっている。やるなら短期戦しかない。
一体を倒すも安堵はできない。デーモンは残っている。
左右から同時に近衛のデーモンが迫ってくる。
「邪魔を――するなッ!!」
ハルバードにオーラを込めて勢いよく振るう。
一体の足を掬うように、足を斬り飛ばした。
と同時にもう一体の頭部を返す刃で叩き落とす。
長物を無理な挙動で操っている。ミシミシと両腕の筋肉が悲鳴を上げる。駆け出す。
背後は振り返らない。頭を飛ばした方はともかく足を切った方が生きている。だがそのままに、盾とするデーモンを減らした大貴族のデーモンと指揮官へと俺は走っていく。
――振動音。
恐怖でもしたのか、今更のように頭を震わせ救援を呼ぶ大貴族のデーモン。周りに貴族のデーモンは二体しかいない。他は全部こいつらによって吊るされた。近衛のデーモンどもも今倒した三体以外は広場に散っている。走ってきているのが視界の端に見えるが、ここにたどり着くまでには時間がかかる。
愚か者め。
俺が、辺境人がこの領域にいることを忘れたのかデーモンどもめ。
「おぉ、おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
大貴族を守るために立ちふさがる指揮官デーモンにハルバードの刃を叩きつけた。
如何な深層デーモンの武具であろうと所詮は
月の神の神秘を宿し、英霊の魂によって鍛えられたこのハルバードの敵ではない。
奴が構えた豪奢な大剣が一撃で歪み、半ばから捻じれ折れる。
「邪魔だぁッ!!」
踏み込み、オーラの浸透掌打を指揮官型の腹に叩きつける。
――退いた。
ねじ込むようにして俺は指揮官型を肩で押しのけると、奴が守っていた先へと足を踏み出す。
頭を震わせる貴族のデーモンどもが二体、俺の前に立ちふさがろうとするも、俺がオーラを大量に込めたハルバードを振り回せば逃げてしまう。
大貴族のデーモンが狼狽えたように杖を掲げ、巨大な魔術の矢を放ってくる。
直撃すれば並の戦士ならば即死するような神秘の量。だが俺は聖衣の盾を掲げ、それを一撃で打ち消した。
「死ねぃ!!!!」
次の矢は撃たせない。音を立てて、俺の足が地面を踏み込み距離を詰める。
でかい。大貴族のデーモンは俺よりも巨体のデーモンだ。見上げるような巨躯だ。
だが俺にはそんなものどうでもいい。
ハルバードを振り上げれば、見ろ、奴の振動する
「おらぁッッ!!」
気合と勢いのままに、刃を振り下ろした。
音を立てて破砕される巨大な宝石。
振動が止まる。だが殺しきれていない。震えるように大貴族のデーモンが逃げ出そうとする。背後には指揮官のデーモンが俺に腕を伸ばす気配がある。
「逃げるなッ!!」
そのままハルバードから手を離す。
――振り返る。
そこには武具を失おうとも俺を叩き潰そうと、両の拳を振り下ろさんとする指揮官のデーモンがいる。
こいつも巨体のデーモンだ。巨体特有の強力な膂力を持つ
だがすでに、俺はあの小屋でこいつと同じ指揮官型のデーモンに勝っている。
兜の中で俺は口角を釣り上げた。振り下ろされた拳を背後に跳躍して回避する。
「これでお前らに救援はなくなったな。ちょうどいい。鬱憤晴らしをさせてもらうぞ」
俺は袋からメイスを取り出すと、この場の全てが動きを止めるまで、腹の内に溜まった憤怒を叩き込み続けるのだった。
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