072


 俺を目掛けて次々と突っ込んでくる死魚の群れ。

 が、その全ては盾で防がれた。

 恐るべき速度で突っ込んでくる死魚だが知能は所詮腐った魚だ。俺を避けて背後に抜けようなどとは考えない。ただただ俺目掛け、恐るべき精度で突っ込んでくるだけだ。

(尤も、盾がなかったら俺は死んでたがな!!)

 リリーから譲って貰ったハードレザーアーマーは革鎧にしては優れすぎたものだが、これは所詮革鎧だ。獣の牙を防ぐ程度の機能はあっても、速度と鋭さの合わさったデーモンの肉体を防ぐようにはできていない。

 更に言えば集魔の盾でもこの攻勢を防ぐことはできなかった。聖言が付与されていても所詮あれは木盾だ。一体一体が黒狩人の矢に匹敵する死魚の群れの突撃を受ければ一溜りもなかっただろう。

 それにあの木盾では、せいぜい隠せて上半身が良い所。

「その点こいつはいいな!!」

 結界のナイトシールド。それなりの大きさを持つが故に、こいつなら半身がすっぽりと隠れる。

 つまり盾に隠れるように立ってしまえば、完全に体が隠れるのだ。

 そして魚どもは馬鹿なので、盾を避けて俺の背後に抜けようなどとは考えない。

(防御が完璧なら、あとは反撃するだけだ)

 盾に体を隠したまま、すらりと炎のロングソードを構えた。死魚どもは馬鹿だが、その分、動物的で賢くもあった。

 その攻撃に無駄は少ない。奴らは波のように一斉に掛かると、一斉に引き、再び一斉に掛かって来る。

(おかげで少し下がっちまってるぞ……背後が崖かなんかじゃなくて助かったな……)

 足が着かないせいで敵の攻撃を受け止めると少しばかり体が下がる。死魚一体なら腕力で押し返せるが、こうして群れが一斉に来てしまうとずるずると体が押し出されてしまう。今は地勢的な不利もなく、敵も正面だから良いが、これは後で問題になりそうだった。

「何はともあれ!」

 突っ込んでくる死魚に合わせて盾に隠れる。金属を打ち鳴らす連弾。十を越える死魚の矢が盾ごと俺の体を揺らす。腕にじんわりと痺れ。しかし動きに支障がでるほどではない。

 引いていく死魚。

「ここだッ! はッ!!」

 背を向けた死魚の群れデーモンに俺はロングソードを刺突剣のように突き込む。

 剣が纏う炎により一撃で倒されていく死魚。宙を泳ぐ群れに連撃を浴びせ、一瞬で数匹を削る。まだ追撃はできた。しかし俺はそこで攻撃を止め、盾を構える。

 再度死魚達が突撃の構えを取ったからだ。

 ガツンガツンと盾にぶつかってくる死魚達。しかし奴らの攻撃が終わり、引く段になればまた俺は攻撃をする。

 繰り返し、床には大量のギュリシアが残される。

「なんとかなったな」

 あっけなかったが全ては装備のおかげだ。ショーテルや槍ではこうも上手く倒せなかっただろう。

 そもそも盾がなければ初撃で俺は死んでいた。装備、力量、筋力、全てがほんの少しのタイミングの違いで俺の命を失わせる。

「恐ろしいな……」

 本当に恐ろしい。ここは本来俺がいてはならないほどの領域だ。雑魚ですらこのレベル。奴らにもし、盾を迂回して俺の背後を取るという知恵があったなら負けていたのは俺だ。

 ある程度の知能を持っていたキノコ型のデーモンと違い、死魚はデーモンというより肉食の魚のような存在に見える。

 もしかして、相手が死魚で助かったのは、俺の方なのか?

「……勝ったが、侮れば死ぬな」

 呼吸一つ。ギュリシアを拾い集め、先を見据える。

 そこには一階と変わらぬ木製の空間が広がっている。ただし全ては青白く光り。出現するデーモンはもどきよりも強い死魚たちだ。

 これより先は今以上に慎重にならなければならないだろう。

 無論、危地とはいえ恐れず探索するだけの胆力も必要になる。

「まずは他の階に繋がる鍵か。あとは時計盤を動かす仕掛けがあればいいんだが……」

 恐れてばかりもいられない。俺は剣と盾を強く握ると、泳ぐようにして通路を進んでいく。



 この空間に出現するデーモンは多様性に富んでいる。

 群れで存在し、矢のように真っ直ぐに襲い掛かってくる嘴魚。

 壁に張り付き、傍を通れば水の魔術を噴出する巨大貝。

 長櫃に偽装し、開けば開けたものを殺そうとする巨大蟹。

 そのどれもに共通することは、単純に強いということ。

 下の階層のキノコや狩人のように毒や隠形の能力は持たないが、デーモン一体一体の身体能力が桁外れている。死魚一体にしても、その殺傷能力はもどきなど比較にならないものだろう。

 そして。

「糞! こいつ、強いッ!!」

 通路を進んでいた俺に突っ込んできたのは巨大なサメだった。大陸行脚の際に港町で一度だけ見たことがある生物にそっくりの其れ。

 猟師に人を食う危険な生物だと教えられ、大陸の人間の脆弱さをかつての自分は笑ったことがあった。

 しかし、今はそれに俺が殺されかけている。

 鮫と死鮫が違う部分はそう多くない。それは鮫に似ているし、しかし鮫ではない。

 死鮫の体の各所は腐っている。強い腐臭を発し、とても傍に居れたものではない。そして強い殺意を持っている。傍にいれば嫌でも感じる生者に対する強い憎悪。ただ人間が生きていることが許せないというデーモンの中でも特に異質な悪意。

 一度は盾で逸らしたものの、宙をぐるりと回った鮫のデーモンは俺へと躍りかかるようにして襲いかかってくる。


 ――再度、盾!


 ガツン、と攻撃は防げたものの、一気に背後に押し流される。

 死鮫は一体であるのに、死魚などとは比較にならない力強さ。

 せめてもの抵抗だ。盾の隙間から剣を突き込む。炎を纏った剣が巨体に差し込まれ、内側から肉を焼くも痛覚など存在しないのか、変わらず動き続けている。

 恐るべきはその巨体スケール。恐るべきはそのパワー。恐るべきはその頑丈タフネス

 技もなにもない。ただただ強い!!

「せめて、地に足が着けばッ!!」

 ――押し、流されるッ。死鮫の突撃により地に足着かぬ体が通路を高速で流れていく。

(押しとどめ……なければッ!!)

 背後に視線を向ける。それは未だ探索していない通路。広がる青い世界に、背筋が寒くなる。

 このままでは壁に叩きつけられ、押しつぶされる? 否、否だ。恐ろしいのはそんなことではない。壁に死貝がこびりついていた場合を考えろ。盾で死鮫に潰され、そのまま背中に押し付けられた死貝により、水の魔術で突き殺される。

 そもそもが、死貝でも死蟹でも違いはない。そこに新たな敵がいれば、それだけで俺は詰む。

 恐ろしい未知がそこにある。炎の剣を握る手に嫌な汗が生じる。

(逃れなければッ!!)

 高速で流れる通路。とにかくこの状況から逃れなければならな「ッ!?」真横を見る。

 T字路。他の通路と交差した一瞬。

 しかし、その一瞬で戦況がデーモン側へと傾けられる。

「ばッ!!」

 盾で死鮫を抑えながら剣を真横に闇雲に振るうも、全ては遅い。

「がぁッ!!」

 全身に激痛。その勢いのまま壁に叩きつけられる。抑えていた死鮫が勢いのままに滑るように通路の奥へと突っ込んでいく。不幸中の幸い。しかしそれだけに構っていられない。

「こ、のぉッ!!」

 全身に突き刺さる死魚・・を炎剣で切り裂いていく。それでも全ては散らせない。倒した死魚からギュリシアが散らばるが拾っている暇もない。

 粘性のある瘴気に俺から噴き出る血が交じる。

「糞ッ。糞ッ。糞ッ。畜生!! ッ――まずッ」

 全身に突き刺さった死魚を排除しつつ、再びの殺意に顔を青くしながら振り返った。

 そこにいるのは、去ったはずの死鮫だ。獲物おれが生きていることで、戻ってきたのだ。

「ぐッ……!」

 突き刺さった死魚が肉体に潜り込もうとしてくる。このままここにいては鮫か魚か。俺は殺される。

「撤退だッ!! 糞ぉッッ!!」

 叫び、退路に目を向けながら、しかし鮫から注意を逸らせない。

 兎にも角にも、全てが足りない。

 なにより、このまま俺は逃げられるのか。

 逃げることすら困難な中、俺は鮫へ盾を構えるのだった。

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