043


 庭園とは何かと問われれば、俺なら防衛施設と答える。それは恐らくリリーのような騎士階級でも同じはずだ。

 庭園とは貴人が満足するような華やかさと武人を苦悩させる攻め難さが同居する摩訶不思議な施設。

 重要な拠点の周囲に置かれるそれは、客人を歓迎する草花の楽園ではなく、その奥にある本命の拠点を守るための防衛施設なのだ。

 そして今俺がいるこの場所は、かつて辺境における信仰の全てを担った、善神大神殿という対デーモンにおける重要拠点だ。

 当時、ここが攻め落とされるということは、あってはならなかったことだった。

 故に、善神大神殿における庭園というものは、ただの庭園ではない。

 兵が攻め入れば必ず惑う。超々高度な魔術結界なのだ。

(ちッ。……俺が迷わされたのも、必然って奴か)

 不覚である。ここがダンジョンであることを前提に考えすぎていた。

 庭園をただの外観と見誤った。侵入者を苦戦させる毒花粉。惑わせる動く通路。各地点に置かれた防衛用の石像。否定する要素はどこにもない。ここは魔術結界たる庭園そのものだった。

 この庭園。かつての場所をそのまま取り込んだのか、かつての庭園をデーモン風に再現したのかはわからない。しかし、庭園という施設の特性は変わらず発揮されている。

 故にこそ、庭園の管理者たる庭師もまた同じだった。

 善神大神殿の鼻先たる重要施設の管理人たる兄弟。

 彼らがただ草木の手入れをするだけの職人であるはずがなかった。

 つまりは、先の通りである。

 超々高度な魔術を身につけた凄腕の術士。

 更に言えば、もともとの素体は辺境の男だ。信仰の最前線たる善神大神殿の所属であるならば、武術の心得も俺以上だろう。

「はッ。今更俺は何を……」

 油断なく構える。ただし、じりじりと動きながらだ。足に絡みつこうとしてくる蔓や蔦の存在がある。

 奴らは俺を見ながら粘着くような歓喜の空気を漂わせている。鋏を両手に佇んで――否。

『ひぃいいいいいいいいいいッッッ!! ひぃッ!! ひぃッ!! はッははははははッッッ!!』

 いきなり叫ぶデーモン――「ッ」――慌ててショーテルを構える。

『ひぃいいいいいい―――ッッッ! は―――ぁあああああああああッッッ!!!!』

 まさにこれ以上は我慢できんとばかりに、巨大鋏を振り上げたデーモン兄弟が襲いかかってくる。

 そうだ。辺境人がデーモンを敵視するのと同じく、デーモンにとって人間は甘美なる絶望を生む邪悪な神々への生け贄にすぎない。

 奴らは邪悪な魔術により俺を追いつめられる環境を作り上げた。ならば、奴らが様子見する意味もない。

 突進してくるデーモン二体。見上げるような巨躯とまではいかないが、人間を上回る巨体が両手で一つの凶器――巨大鋏――を持ち突っ込んでくる。

 神話における英雄殺し。森の主たる魔猪がごとくの暴威。

 いや、こいつらはもはや神話の住人だ。4000年の歳月により辺境ですら失われた技術は存在する。その中には善神大神殿が持っていた数々の秘術も存在する。

 当然、庭園管理者たるこのデーモンの使う秘術もその一つだろう。

 庭そのものを動かす魔術。庭園に毒花粉を充満させる恐ろしい結界。それらは現代では再現することのできない超々高度な魔術の一種だ。デーモン化しながらも、いや、デーモン化したからこそ、それを扱える庭園管理者たち。背筋の寒くなる存在。

 そいつらが殺意も顕に迫ってくる。

(奴らの攻撃。当然、ショーテルで受けることはできない)

 長剣なら別だが、あの巨大鋏をショーテルで受ければ確実に武器は損壊する。

 手のひらをオーラで覆う。流石に月狼装備はオーラの通りが良い、この装備に事欠く状態での唯一の吉報に笑みを浮かべながらバックステップ。

 絡みつく蔦や蔓を引きちぎりながら距離を取りつつ、腰のクロスボウを構え、貯めていたオーラを矢に通す。クロスボウにセットしてある太矢は聖言の刻まれた特殊な矢だが、ボス格を倒すには圧倒的に格が足りない。少しでも威力を増すためにオーラを注入する。

 距離の近い庭師のデーモン。そいつの顔面に太矢を向け、発射。

『アアアアアアアアアアアアアッッッ!!』

 憎悪に満ちた悲鳴。流石にゼウレ神殿特製の矢だ。デーモンの足が鈍る。だが気を抜くことはできない。矢をぶち込んだデーモンの背後からはもう一体の庭師デーモンが迫っている。

 俺を超える圧倒的な暴力。そいつが振り下ろされる。

 クロスボウを腰に戻し、両足を地面に構える。一呼吸。オーラを腕に蓄え、踏み込む。鈍器として使われた巨大鋏の根本に腕を添える。この一瞬の停止の間にも足に絡みついた蔓と蔦のせいで力を上手く流しきれない。鋏に添えた腕がミシミシと音を立てる。筋力だけでなく理合を以って巨大鋏を受け流す。なるべく力の伝導の薄い手元を狙ってこの有様だ。これが先端であれば到底受け流すことはできなかっただろう。

 目の前にはがら空きの胴体。口角が歪に釣り上がる。

 気持ち的にはベルセルクを打ち込みたいところだが、敵は二体だ。あれを使えばこの後に支障が出るし、そもそも仕留めきれるとも限らない。

 ショーテルにオーラを通すと右に左に素早く振るう。デーモンの悲鳴。低能なデーモンと違い、知能があるためにこいつらは叫びを上げる。気分が盛り上がる。いいから早く死ねという最大の気持ちを込めてショーテルで斬り裂く。

(ちッ、そう上手くはいかんか)

 呼吸。脚にオーラを込める。絡みついていた蔓を引きちぎりながらの回避。先ほど太矢をぶちこんだデーモンが復帰してきたのだ。

 雄叫びと共に俺のいた場所に叩きつけられた巨大鋏。地面が耕され、毒々しい色をした草花が舞う。

 デーモンたちと距離をとった俺はクロスボウに次の太矢を装填し、小さく息を吐く。


 ――未だ、勝機は見えない。


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