004


 さて、遺跡の探索に出ようとしたら猫に呼び止められる。ちなみに今日から食事を固形物に変え、肉をつけた。もりもり食べて元気である。今まで6割程度の動きだったが、これで8割は力を出せるだろう。

 猫が箱や包みのついたベルトをぺしぺしと尻尾で叩く。

「ポーチとかポーション入れる袋のついた多機能ベルトにゃ。すぐに道具を取り出せるから戦いの役に立つニャ」

 前日手に入れたソーマなどを入れる多機能ベルトを勧められたのだ。

 ちなみに俺の服装は麻の上下服だ。ベルト穴とかはない。

「俺の服にベルトを通す穴があると思ってるのかお前は」

「じゃあ、冒険者用の服も買うかにゃ? 動きやすいし、いろいろな道具も取り出しやすい構造になってるから遺跡の探索が楽になるにゃよ」

「ええ? 冒険者? あいつら定住してない底辺じゃん。嫌だよ」

 冒険者なんて下級も下級。農民よりも下等な職だ。無職にかっこいい名前つけただけで、主に農地を持っていない農家の次男三男が一攫千金を求めてなる傭兵以下の3Kきつい・きたない・かっこわるい職である。

「でも先に進むならその服だと危ないニャよ」

 自分を見る。確かにと麻の服を引っ張って強度を確かめる。農作業には適しているが、デーモンと戦うにはきついだろう。

「でもお高いんでしょう?」

「ベルトは200ギュリシア。服は1500ギュリシアにゃね」

「買えねーよ! この糞猫!」

 パンと肉で10ギュリシア払ったばっかだ。それだって肉体を維持するための必要経費で、余裕など全くないというのに。

 にゃししと猫は笑う。

「にゃ、お金貯まったら買ってもらえると嬉しいにゃ」

 当分は自前の服と借りた袋で十分そうだった。



 一日経ったせいか、やはり倒したもどきは復活していた。倒しても倒しても湧いてくるもどきども。やはり地下深くにいるという親玉を殺さなければならないのだろう。

 多少の虚しさを覚えながらも回廊のもどきを処理し、昨日の大広間の8体の痩身もどきも駆逐し終わる。

 肉を食べ、肉体も復調しつつあるのか、かなり楽に処理できていた。いや、昨日の死の記憶が関係しているのかもしれない。肉体がまともになった以上に身体の動きが良い。

「さて、一度猫の所に戻って剣を売るか……」

 ナイフは全部とっておく。投擲もそれなりに使えるので蓄えておけばなんらかの役に立つだろう。

 金はだいぶ貯まっている。このまま順調に行けばスクロールを買いつつ地上に戻ることも可能だろう。換金は……どうすべきか。まぁいい。多少金目のものは見つかるだろうと楽観的に考えておこう。最悪水溶エーテルを売ることも視野に入れておく。

「で、新しい場所だな」

 大広間を四角く囲むようにあった回廊、その途中で見つけた通路を進むと中庭らしき場所に出る。中央に噴水がある。水は止まっており、中には瘴気で淀んだ腐れた水が溜まっていた。(ちなみに噴水はゼウレの神殿で見たことがあるから知っていた)

 バゥ! と声が響いた。

「ッ、犬?! 犬のデーモンか!」

 動物型! 振り返れば中庭の隅、四カ所から皮膚の爛れた大型犬デーモンが合計6匹飛び出してくる。無警戒に中央まで出てきたことが仇となった。対処を誤れば噛まれ、瘴気に汚染され、殺されるしかなくなるだろう。


 ナイフを投げるか――否、デーモンにただの投擲は効果が薄い。

 剣を振るうか――高速で迫る複数の四足獣相手に長剣での対処は不向き。せめて槍が必要。


 ならばと剣を捨て、全身にオーラをみなぎらせる。相手が鉄の武器持たぬ獣だからこそできる手段。犬の牙より俺の拳の方が強い・・

 ダン、と地面を脚で打ち鳴らし、よだれをまき散らしながら正面から飛びかかってきた犬の顔面を突き出した右の拳で粉砕する。すかさず右を引きながら左を貫手状に変え、同時に飛びかかってきた犬の口中に突きこむ。まるで魚を捌くように、黒々とした瘴気をぶちまけながら勢いのままに犬が裂けていく。練り上げた俺の生命オーラによる強撃。

 残心はできない。左腕を伸ばしたまま、オーラを纏った身体を回転させつつ、地面を這うようにして迫ってきた犬の頭部に右足の踵を叩きこむ。骨を陥没させ、瘴気を霧散させた感触。

 右足を降ろすと同時に左足のつま先が同じく俺に襲いかかろうとしていた犬のデーモンを捉えていた。強力なオーラを纏った足先は迎撃するように脚を噛み砕こうとしていた犬の頭部を一息に粉砕。悪いな。俺は脚も鍛えてるんだ。

 一息に4匹のデーモンを始末。遅れて飛び込んできた残りの2匹を手刀と足刀で潰すと俺はふぅと息を吐いた。

 全身強化はやはり消耗が激しい。集団相手にも戦える槍か大剣が欲しいところだった。

「こいつらは、何も落とさないのか」

 デーモンを構成する瘴気がなくなったあとの地面を見てもそこには何も残っていない。疲れただけで何も手にはいらないことに少しだけがっかりする。

 さて、探索開始だ。とはいってもここに見るものは余りない。

 水の止まった噴水。瘴気で腐れた水。泥濘でドロドロとした花壇。傍の小屋には錆びた花壇の手入れ道具があるだけだ。

 それと開けることのできない、鍵のかかった鉄扉の部屋。壁はしっかりとした煉瓦造り。破壊するには少し骨だ。鍵がないと開けることはできないだろう。

 他にも犬が出てきた通路を見てみるが何もないようだった。

「……まぁこういうこともあるだろう」

 先を見れば建物に続く通路がある。中庭から天井を見上げれば時計台だろうか。巨大な時計が見えた。



「出てくるもどき・・・はかわらないな」

 剣や銅貨を拾い集め、進んでいく。小部屋なども見るが使えそうな道具はない。どれも腐れてしまっている。

 一階部分は見習いや徒弟、召使などの住居だったのだろうか。貴重そうな道具もない。

 見かける部屋の数は多いが、中には腐った寝台や壊れたタンス、瘴気で使えなくなった日用品しか転がっていない。

 また経典を複写するための部屋や、大人数の食事を作るための炊事場も見つける。井戸も見つけたが水は枯れているようだった。カラカラと朽ちた縄と崩れた屋根だけが見える。

 収穫は経典複写部屋で見つけた長櫃に入っていた聖書ぐらいだった。物が朽ちるほどの時間が経っているがそれでも無事だった一冊。保護か何かの聖言で守られていたのだろう。ありがたく頂戴する。まだ読める字は少ないが読めるようになればきっと多少は信仰の糧になるだろう。

 それぞれの部屋では一体か二体、多ければ集団のもどきを見つけた。数にして50は狩っているがこいつらはどこにでもいるようだ。少しだけ疲れ、休みたくなるがデーモンの領域で休息などとれるはずもない。

 猫に何か良い道具でもないか聞いてみても良さそうだが、それにも金はかかるはずだ。

 そして、ほぼ全ての部屋を探して周り、恐らく階段があるんだろうと見当をつけた場所に向かう途中、俺はそいつに会ったのだった。

「ま――ず……」


 ――途端、俺のものでない死の記憶が蘇る。神殿を襲うデーモン。その中でも主力を務めていたであろう、艶やかで重厚な黒鉄の鎧に身を包んだ騎士たち。剣を振るい、神官を虐殺していた。この記憶の持ち主もそのデーモンに殺された。


 それが、探索をしようと無警戒に入った部屋の中央に立っていた。

 ぎぃぎぃと開けた木製の扉が音を立てている。ガチャガチャと鎧の音をさせながら音に気づいたそいつは俺の方へ向き直る。

 何かの施設の管理をしていたのか。その部屋の壁際には巨大な歯車が停止して並んでいる。パイプやバルブが見え、きっとここで操作ができるのだろうと思った。

「……ニン……ゲン……コロ……」

 現実逃避など何の役にも立たない。背筋は緊張に凍てつくものの、身体は脅威に対抗する為、剣を自然に引き抜いていた。

 だが、と俺は唇を噛みしめる。

 勝てるイメージが湧かない。手持ちは粗末な剣と投げナイフのみ。防具などなく、身体に纏うのは麻の上下だけだ。

 対する相手は、と相手の全身像を見て顔が引きつった。

 黒騎士デーモンは全身を輝くような黒鉄の鎧で身を包み、剣を突き立てる場所など視界を確保するぽっかりとした空洞のみ。――それはいい。そこは問題ではない。

 半身が隠れるような巨大な盾を持っている。防ぐだけでなく殴るなどもできる強力な武装だ。――それもいい。構わない。

 恐れるように俺は相手の得物を見た。巨大でそれ自体が武器ともなる太い柄。石づきは硬く鋭い針状になっており、背後の敵すら打ち倒せるように作られている。

 そして、先端。斧と槍、突起を合成させた恐るべき破壊の象徴がそこにある。数多の血を吸ったであろう鈍い輝き。

「ハル……バード、かよ!」

 斧槍ハルバード。斬ってよし、突いて良し、叩いてよしの最強の長柄武器だ。扱うには鍛え上げた膂力に加え、高度な技術が必要とされる武具の王。

 俺ももちろん使える。むしろ辺境の男としては使えなくては恥に当たる武器だ。辺境軍でも精鋭部隊が配属される軍では全員がハルバードを装備し、デーモンや蛮族どもを圧倒し、蹴散らすとされる。

 それを敵が持っていた。

 扱ったことがあるだけに、その脅威を俺は十分に知っている。

 そして、全てが金属でできたであろうそのハルバードを持つ黒騎士型のデーモンの動きを見て、勝機の全てを捨てざるを得なかった。

(……まずい。全く隙がない。武器に遊ばれていない。恐らく、技量は俺と同等か。それ以上……!!)

 判断は即座だった。だん、と床を蹴り、背後に逃れる。俺の跳躍で爆発したように木床が吹っ飛んだがそんなことは気にしない。正面には全く予備動作を見せずに手に持ったハルバードを突き出した黒騎士の姿。今下がらなければ俺は死んでいた。

(まずいまずいまずいまずいまずい。どうする? こんな粗末な剣で全身鎧を着たデーモンを殺せるわけが……!!)

 相手が人間の騎士ならいける。唯一開いてる顔面の視界穴に剣を叩き込めばいいだけだ。だが相手はデーモンである。あのクラスの相手になるとその辺のもどきと一緒にはできない。一撃ぶち込んでも瘴気の一割削れるか否かだ。

「ッ……! 考え事などできん! 糞ッ!!」

 部屋から出て廊下に逃れた俺を追撃するように斧槍が縦横に振るわれた。突き、からくるり・・・と横向きに刃が回る。そして――。

 部屋内のデーモンからは廊下の俺が見えない。だがそんなことは関係ないとばかりに振るわれた斧槍によってバキバキバキバキと爆音を立てて木壁が薄紙が如く粉砕される。人間の作った構造物など関係ないとばかりの凄まじい膂力。それに加えて、そんな荒事などなんの問題ないとばかりに損耗すらしない黒鉄のハルバード!!

 の気配を感じ、廊下の端にステップを踏んでいなければハルバードの一振りに巻き込まれていた。だが安心するなかれだ。

 部屋内から木床を粉砕する音と共に騎士が飛び出してくる。

「ッ……し、ぃいいいいいい!!」

 木板は粉砕されたが、デーモンが出入りできるほどに破壊されたわけではない。ならば出入口から出てくるのは当然! デーモンの突撃を読んでいた俺は手に持った粗末な剣にありったけのオーラを込めると、横合いから全身鎧の関節部めがけて勢い良く叩き込んだ。

 できれば双剣でやりたかったが、武技に習熟した敵の関節部を狙うなどという荒業を行うには双剣では無理だった。俺の武はまだまだだ。まだ鍛えあげなければ辺境の男として恥ずかしい!

 床を蹴り、宙空に逃れる。俺の攻撃に怯まなかったデーモンがハルバードを振るったのだ。眼下を鋭い黒鉄の刃が流れていく。両足にオーラを集中し、跳躍したままデーモンの身体を蹴ろうとすればすかさず差し込まれた盾に防がれる。強烈な金属音。このままでいいとばかりに全力で盾を蹴り飛ばし、デーモンから距離を取る。

(もどきを駆逐していてよかった)

 流石にこの戦闘だ。あの鈍いもどきですらやってくる激しい音が鳴り響いている。そして参戦されたらこのような劣勢。あっというまにデーモン側に押し切られかねない。

 警戒しながら袋から新しい剣を取り出し、構える。片手にはついでに取り出したナイフを三本ほど。それぞれ武器にはオーラを通し、デーモンにも通じるように強化する。

(勝てるか? いや、勝たなければ……)

 デーモンに殺される。常に闘争の場にいる辺境の男にはよくある死に様だ。しかしただ死を受け入れるわけにはいかない。才乏しく、武足りなくとも俺には生きる意思がある。

 黒騎士が牽制するようにハルバードを振るう。その身体には俺が突き刺した剣が刺さっているものの、なんら気にした様子は見えない。当然だ。デーモンに痛覚はない。それに剣が付与したオーラは瘴気と打ち合い消滅している。強大なデーモンが気にするようなものではない。

 それに脅威たる俺を前にして、そんな瑣末なものを抜く暇はさすがのデーモンにもないようである。

 一瞬の静寂。お互い攻めあぐねるような膠着。先に動いたのは人類を心底から憎んでいる黒騎士デーモンだ。

 どんッ、と床が爆発するような爆音を立ててデーモンが突っ込んでくる。俺が跳躍で稼いだ距離など塵芥と言わんばかりの急加速。すかさずナイフを投げるものの微かに動かした盾に全て弾かれる。走りながら黒騎士のハルバードに力が蓄えられ、ごう、と音を立てて振るわれる。

 しかし加速に合わせて俺も突っ込んでいた。身体を曲げ、低空から黒騎士へとぶつかる。頭上をハルバードが薙いでいく。髪が纏めて斬られた感触。剣を振りかぶり、関節に突き立てる。瘴気が微かに減るものの、効いているようには見えない。震脚を踏み、練ったオーラを直接拳で打ち込もうとするもすかさず盾が身体にぶつけられる。鮮血が飛ぶ、が既にオーラは練り終わっている。体勢は崩れかけたものの拳が鎧に炸裂する。

 破れ鐘のような音が響く。瘴気が揺れる。俺を見下ろす黒騎士の兜の奥、色のない瞳が俺を見つめて――盾がガツンと身体を殴る。

(ッ……! 逃げ……距離を取ら――いや、このまま行く!!)

 内側はハルバードの間合いではない。距離をとればまたハルバードの脅威に怯えながらの戦闘になる。このクラスのデーモンと接近したまま殴りあうなどぞっとしないが、他に手段はない。

 拳を握る。盾で殴られる。血が飛ぶ。がつんとハルバードが地面に落ちる。黒騎士の手が腰に移る。その先には長剣がある。

 拳で殴る。オーラを練って全身でぶち込み続ける。盾でガンガン殴られる。盾によって左腕が折られた音がする。肩が砕ける。瘴気に侵食されている。痛みすら感じなくなってくる。構わない。構えを取りながら拳を叩き続ける。

 肉が弾ける音がする。拳を叩きつける。剣が振り上げられる。拳を叩きつける。盾で殴られる。指輪が微かに光り、腕力が上がったような奇妙な感覚。拳を叩きつける。死の気配に肉体が危機を覚えたのかオーラが増える。拳を叩きつける。鎧が凹む。瘴気が薄れる。しかし足りない。騎士を殺すには足りない。

 剣が振り下ろされた。肩口からデーモンの膂力でばっさりと肉に刃が通っていく。麻の服などなんら障壁にはならない。筋肉を締める。抵抗はわずか。剣は骨に引っかかる。抵抗。少しだけ止まる。死が迫る。あとほんの少し切り込めば心臓が破壊される。腕に爆発的な筋力が宿る。身につけていた指輪が今度はまばゆく光っていた。

 狂戦士ベルセルク。傷を負えば負うほどに生命力を振り絞る戦神の眷属。

「おおぉおおおおおおおおおおおお!!」

 建物が揺れたと錯覚するような、生涯でもあり得ないほどに強い踏み込み。拳がオーラで眩しいほどに光る。俺の全生命力が圧縮されている。

 黒騎士に拳が接触した。瞬間――俺の前から黒騎士が消失した。

 そんな錯覚を受けるような破壊を俺の拳は生んでいた。肩から先が抜けたような奇妙な爽快感。

 俺の身体に剣を残して黒騎士が廊下をぶっ飛び、壁に叩きつけられていた。

「がッ…………ぐ、ぐぐ……ごはッ……」

 だが、俺も無事とは行かなかった。左半身の感覚がない。

 それに加えて身体に埋め込まれた剣が体内に瘴気をぶちこんでくる。出血がやばいが、瘴気はもっとやばい。剣を引き抜く。同時にどす黒い血液が噴出する。筋肉を締め、一時的に止血。

 俺は警戒を解いていない。

 視線の先には敵がいる。

 ハルバードを取り落とし、盾を取り落とし、鎧にでかい風穴を開けられようとも黒騎士はまだ倒れていない。ぎちぎちと倒れた身体を起き上がらせ、俺へと駆け出してくる。まだ武器が残っていたのか、その手には黒鉄の短剣が握られていた。

 袋からナイフを取り出す。あの爆発力でベルセルクの効果は切れていた。生命力が減ったことで発動した莫大な筋力やオーラは消え去っている。

 それでも死にかけの身体からカスみたいな生命力を絞り出し、ナイフに付与。奴の腹に開いた風穴めがけ投擲する。口中の血が苦い。これだけの負傷を受けたのは初めてだ。

(こりゃ死ぬな。だが、俺は一人じゃ死なねぇぞ)

 オーラを練り、先ほど身体から引きぬいた黒騎士の剣に纏わせる。

 黒騎士も余裕がないのか、瘴気の大半を吹き飛ばされた身体では武技は発揮できないらしい。俺の投げたナイフが全て命中。騎士の瘴気が弱まる。しかし決定打にはならない。

 俺も余裕はない。筋肉を締めると言ってもいつまでも保つわけではない。血が噴き出るまで、あと3秒か、4秒か。だがそれだけあれば十分だった。

 俺からも駆け出す。黒騎士は短剣を振り下ろしてくる。長剣を振り上げ、合わせる。パリイング。長剣を滑らせるように黒騎士の短剣を弾く。剣が弧を描く「おぉおおおおおおおおおおお!!」叫んだ。叫び、なけなしのオーラを追加で込める。そして、奴の顔面。視界を確保する穴に剣を叩き込んだ。

「ワガ……チュウギ……フメツ……ナリ……」

 何かが流れこんでくる。


 ――雑音――雑音――高貴そうな少女が見える。――膝を折り、傅く誰かの肩に少女は黒鉄の剣を載せた――「貴女に忠義を」傅く男の声。記憶は途切れる――


 カランカランと剣が地面に落ちた。黒騎士が消滅する。盾も、斧槍も、武器は剣だけが残る。それに加えて金貨3枚、鍵、何かの駒が残る。

「ぐ、がはッ……」

 しかし俺も限界だった。締めていた筋肉から力が抜け、瘴気に侵された血液が噴出する。

 死ぬ。これは確実に死ぬ。どうやっても助からない。

 だがデーモンに勝利した。その事実が俺の心に平穏を与える。勝利し、死ぬ。敗北して死ぬより万倍はマシだ。

 ぜぇ、ぜぇと息をする。よろよろと這い、壁に身体を寄りかからせる。死ぬならかっこよく死にたい。倒れて死にたくなかった。

「最後に、ワインの一杯でも……」

 袋に手を伸ばす。ワインを取り出そうとして、手が小瓶に当たった。

「ソーマ、か?」

 伝説の霊薬だが、こんな重傷。それに加えて俺の肉体は瘴気に侵されているのだ。さすがに治るはずはないだろうと、しかし諦めきれずに俺はそれを口にした。

 伝説の霊薬は、甘い味がした。


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