011
下水道の探索は困難を極め――るというわけでもない。
臭いは果実で遮断できているし、敵は数が多く、触れてはならないという制約があるがただただ弱い。
足場は悪いが、致命的に悪いというわけでもない。下水道自体、先が見えず、精神にきついという状況ではあるが、もともとが先の見えない探索だ。一生を捧げる覚悟はとうに終えている。
「何が問題かっていうと別に問題はないんだが……」
苦しいといえばあの指輪以外に取得物がないということだろうか。だがそれだって多大な期待を寄せていたわけではない。己には鍛えた身体と練り上げてきた武技がある。最悪素手で攻略をしたって構わないのだから。
「ってもそろそろ何か変化が出てきてくれてもいい筈だが……」
ゴキブリデーモンをメイスで粉砕しながら俺は息をついた。
この『神聖』なるメイスがなかったら途中で力尽きていたかもしれなかった。なにしろオーラは体力を相応に消耗する。こいつらは弱いが数が多い。
「そろそろホントに小部屋か何かねーのか。この辺りは……」
変わらない煉瓦造りの下水道をなでてみる。ねっとりとした謎の粘液が指につく。臭いはわからないが、濃度の高い物理的な瘴気だ。オーラを少し指に込めて消し飛ばす。
「変わらない下水道。変わらない風景。変わらない敵……」
一旦戻ることも検討してみる。成果はないが、これ以上は装備を変えることも視野に入れないといけない。
鼠やゴキブリの攻撃に耐えられる金属製の脚甲と手甲。この辺りが必要だろう。傷を負わないことに現状、神経を削られているからだ。
この神経の使い方は一戦や二戦程度なら気にならなくとも数十戦と続けば負傷の原因となるだろう。
それと、長物だ。ハルバードとまではいかないが、長柄の槍か何かが欲しい。集団で攻めてくる敵には長物を使うのが楽なのだ。敵が固まっている場所に槍を突き込み、なぎ払うことで数を減らすことができる。もちろん槍や斧槍などの長物にオーラを通すには高度な技術が必要だが、武技を修めた辺境の人間にとってその程度は朝飯前だ。
単体を相手にするにも槍は都合が良い。射程の長さはそのまま強さだからだ。特に今回のような傷を負うわけにはいかない戦いの際にはかなりの利点となるだろう。
ううむ、と髪を掻きたくなる衝動を抑え、ざぶざぶと歩き出す。
次に成果が出たら戻ろう、そう誓う。
「って、ここで終わりか」
目の前には扉だ。鉄扉である。鉄格子のついた覗き穴もついている。
とりあえず扉周りにうぞうぞといたゴキブリデーモンを全て排除し、槍や矢を警戒しつつ扉に身を寄せて覗き穴から先を覗く。
「……でかいな」
先にあるのはいくつかの通路と連結しているそこそこの大きさの部屋だ。その中央に鼠型のデーモンが複数。ただし一体は俺の数倍の大きさである。
ひくひくと鼻を蠢かせてそいつは周囲を見ている。周りの鼠がきぃきぃとやかましく鳴いていた。
あの数は強敵といえば強敵だが、鼠のデーモンは弱いことがわかっている。巨大な鼠のデーモン一体が問題だが、こちらには盾がある。上手く使えば労力を掛けずに殺せるだろう。
ただ、銅貨の一枚も入らない戦闘でそこまでの危険を冒すのも問題だ。
「いい加減、楽をするか……」
戦士として楽をすれば成長はないのはわかっているが、ここはデーモンの巣窟だ。多少の楽をしないとこの先体力が持ちそうになかった。
「否、言い訳か。俺はよぉ、そこまで清潔とか綺麗とかが好きじゃねぇがよ。不潔ってのも嫌いなわけで、つまるとこ、ドブネズミとこれ以上戦うのは嫌だわ。それが巨大ってんならなおさらにな」
俺は袋から弓と矢を取り出すと弓に弦を張る。そして矢を番えると、鏃にオーラを込め、ぎりぎりと引き絞る。
扉の覗き穴から巨大な鼠に向かってバツン、と矢を放った。
ピィ、と巨大な鼠デーモンの悲鳴が響く。周囲の鼠デーモンは低能なデーモン特有で、感覚が鈍いのか、親玉が攻撃を受けていることに気づいていない。
矢を番え、もう一度放つ。オーラを相応に込めた矢が巨大鼠の身体を射つ。
ピィと鳴いた巨大鼠がきょろきょろと周囲を見る。ゴキブリデーモンの集団にも負ける鼠デーモンだ。それがちょっと大きくなった程度である。知能も相応で感覚も鋭くない。
矢を番え、放つ。矢を番え、放つ。オーラを素早く2連射した。巨大鼠の身体に突き刺さった矢は、爆撃でも行ったかのようにその巨大な身体の肉を抉り取る。
「おっと、さすがに気付いたか」
ピィィイと、巨大鼠デーモンが俺に気づき、声を上げた。そしてそのまま鉄扉へと突っ込んでくる。
俺は悠々と剣を構える。鼠デーモンは巨大だが、力はそこまで強くない。猪程度の速度で巨大な鼠デーモンが扉へと正面から突っ込み、分厚い煉瓦の壁と鉄扉が相応にぎしぎしと揺れる。
「だが壊れない」
剣を構え、全力でオーラを通す。そして俺は鉄扉の穴から鼠デーモンに向かって剣を突き込んだ。
「安全位置から悪いな」
ぴぃいいいいい、と鼠デーモンが絶叫を上げ、突き刺さった剣を跳ね上げようと頭を振ろうとする。だが俺は剣にオーラを通し、筋力で鼠の振り払いに抗う。
剣にみしみしと荷重がかかる。鼠が暴れるも突き込んだ剣は深く突き刺さっておりなかなかに抜けない。むしろ鼠があばれるせいで鼠自身が剣で傷を広げている気配すらあった。
確かに巨大であるが故に相応の瘴気を持っていた鼠のデーモンだが、鼠は鼠である。
だんだんと力なく動きが鈍くなり、きゅぅと扉の前で動きを止めた。こいつもデーモンの特徴だ。デーモンは一気に肉体と瘴気を削られると身体の動きが鈍るのだ。
俺はすかさず剣を引き抜くと鉄扉をガンっと開けた。そしてメイスを取り出すと振りかぶり、鼠デーモンの頭部に振り下ろす。
そして流石に人間の気配に気付いたのか小型のドブネズミどもがこちらへと顔を向けた。
さて、ここからはスピード勝負だ。俺は振り下ろしたメイスを振り上げると更に叩き込みつつ、巨大鼠デーモンの身体を利用し、小型鼠の進路を限定させた。
扉の前に陣取っている息も絶え絶えな巨大鼠。こいつのせいで小型鼠達は一体ずつしか俺へと近寄れない。そこを上手く利用し、俺はよってくる鼠どもを剣で一太刀に殺してくのだった。
「これで終わり、っと」
10体以上の子分鼠を処理した俺はメイスを大きく振り上げ巨大ネズミにとどめを刺した。
瘴気の全てを失い消えていく巨大ネズミ。その身体が消えていく中、うっすらとデーモンが落とす道具が見え、俺はすかさず手を伸ばした。
デーモンの落とす道具を下水に落ちる前にぱしっと空中で確保したのだ。
「もう下水の中を探る作業はこりごりだからな。で、こいつは瓶か?」
厳重に密封された瓶だ。中には毒々しい黒々とした液体が入っている。毒の類だろうか。解毒剤のない毒は基本的に使いたくはないのだが……。
「そうも言ってられないか。幸いにもこいつにはラベルが貼ってあるし、後で猫に見てもらおう」
これから先はこういう道具も増えるだろう。おいおい慣れていくしかないのだろうと思いつつ、鼠の消えた部屋へと俺は踏み込んでいく。
この部屋は4つの通路と連結している空間だ。
水の中を歩くのでバシャバシャとどうしても立ってしまう音に眉をひそめながら俺は各通路を見ていく。
多くが先のない小部屋だ。ここで管理でもしていたのか、それともダンジョンという奴が元々の構造を歪めたのかはわからない。
ただ、嬉しい事はあった。
もどきである。
「会いたかったぜ!!」
小部屋の中は水気がなく、そして瘴気溜まりでもあったのかもどきがいたのだ。小さな部屋だから一体程度だが、部屋の数は多い。中には複数いることも多く、俺はメイスを振り上げ軽快にそいつらの頭を潰していった。
「落とすのは剣と銅貨6枚か。変わらないな……」
猫が言うにはもどきはどれだけ強くなっても銅貨6枚しか落とさないらしい。瘴気がもどきを生成する過程で地獄の最低通貨である六文銭を渡しているからだとかなんだとか。
六文銭……。一体どんな文化なのか俺にはわからないが、必ず6枚のギュリシアを持っているということが俺にはとてつもなく嬉しかった。
「っと、休憩部屋確保っと。……休んだら、一旦戻るか。今倒したもどきの分でスクロール代ぐらいにはなるだろう」
そして
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