022
昨日から下水道よりこの牢獄に降り、倒したデーモンの数は100体以上だろうか。料理人のデーモンが落としたギュリシアを拾い、おやと首を傾げる。
「そういえば少し巨大な個体だったか……」
新しく見つけた通路の先、それなりに大きな個室で出会った料理人のデーモン。そいつは他の料理人のデーモンより少し巨大な個体だった。
巨人が如く見上げるほどの、とは言わないが、俺より頭2つ分程度大きなそいつを、流石に素手では無理だとメイスと盾を用い、叩き殺したのだ。
そいつは通常の料理人のデーモンと違い、30ギュリシアと、巨大で分厚い肉斬り包丁と血にまみれた前掛けを落としたのである。
「……前掛けはいらんが包丁は使えるか?」
ドワーフ鋼にも似た神秘なる金属でできたそいつを持ち上げてみるが流石に重い。
「この金属はなんだ? ミスリルでもドワーフ鋼でもない。ナイフやもどきの剣も同じだな……」
瘴気によってつくられたデーモン由来の金属かもしれなかった。刃先にオーラを通してみる。問題なく通るが、流石にこれだけ巨大だと刃の部分だけになる。いや、振るう時に接触部分だけにオーラを通せば問題ないか?
ひと通り大剣の型を試す。重いが、大剣の持ち味は重量で敵を叩き潰すことだ。この巨剣、なんとも頼りになりそうである。
「しかし、普段使いするには俺の力が足りないな」
鎧の鍛錬で疲労しているというのもあるが、流石にここまで巨大な剣を使い続けるには俺の肉体が未だ足りない。
「使うにはもっと肉を食うか。鍛錬も重ねないとな……」
もしくはデーモンを倒し続けていけばいずれ力も上がっていくだろう。
なにはともあれ、こいつを使うには俺は未だ未熟だ。
「で、ここは何がある?」
普通の牢獄に見えるが、通常と違うデーモンがいたならばやはり何かがあるのだろう。地上の黒騎士しかり、司祭しかり。
「こいつは、なんだ? 穴に、鎖?」
牢獄の隅、人が1人か2人ほど進めるような穴が壁に開いている。しかしその先に通路はない。目の前には上下に貫通している穴と壁だ。下を見れば暗黒。上を見ても暗黒。四角く囲まれた小さな空洞がある。そしてそこには鎖が数本垂れ下がっている。
「これを使って昇り降り、しろってことか?」
疑問を抱きながら踏み込めば、がくんと足元の石畳が沈み込んでいた。
「おわッ、なんだ?!」
一歩下がる。ザァアアアアアアアと鎖が音を立てて上下する。何かが上から下がってくる音が響く。
何が起こるのかと戦々恐々としていれば、ガゴン、と目の前に空洞に人間が入れるような金属の箱が下から現れる。
「……なんだ、これは」
目の前でその箱の
「……ッ!! ……ッッ!?」
何やら大慌てで、動揺した空気を感じるもののデーモンの感情などどうでもいい。先ほど踏み込んだ石畳を避けつつ、踏み込み、オーラの乗った拳を叩きつける。
ガコン、と金属の箱が揺れる。踏み込んだ際に何かを踏んだ感触。ガラガラガラと箱が閉じていく。不用心だったと舌打ちが漏れるがとりあえずもう一発拳を給仕女に叩きつけ消滅させる。
「おい! なんだこれは!」
身体が上へと昇っていく感覚。鎖が上下しているのだ。何を踏んだのかと鉄箱の床を見れば先ほどの石畳と同じように足元が少しだけ沈んでいる。
「絡繰床か?」
デーモンが利用していたのなら死ぬような罠ではないはずだが……。奴らは人間には理解不能な部分がある。あまり信用はできない。
せめて即死しない罠であることを祈りながら箱の中で警戒を続けていると上昇が止まり、ギリギリギリと鉄箱が開く。
「罠ではないがッ……!!」
開いた先には4体の料理人のデーモン!! それぞれが巨大な鉄板の上に人間の死体を並べ肉斬り包丁で切り刻んでいる。俺は踏み込むが、がくんとまた踏み込んだ先の石畳が床に沈み込み、背後で鉄箱が下へと下がっていく。
仕組みは理解した。デーモンの移動用というわけだ。だが、そんなことは今は関係がない。袋から黒鉄の剣を引き抜くとオーラを載せ、未だ調理途中であった料理人のデーモンを一刀に両断する。全力を込めてもその身体は完全には消滅しない。が、ここで距離をとる選択肢はない。踏み込んで拳を叩きつける。相手が体勢を整える前に連打を打ち込み、その身体を消滅させる。
周囲を見ればそれぞれデーモンが肉斬り包丁を構え、どすどすと俺へと向かってくる。袋から盾を取り出し腕につける。一体一体はそこまで強くはないが、3体ともなれば油断すれば死ぬ可能性がある。
「だが、冷静に戦えばそう怖くはない」
攻撃の重さだけ見れば脅威だが、動きは鈍重そのもの。内包する瘴気の濃さは多いだけで鎧を着ているわけでもない。
振りかぶってくる肉斬り包丁を見切ると長剣の先にオーラを載せ、正面の2体を細かく切り刻む。3体いるとはいえ、調理場は金属の調理台があちこちにある。デーモンを上手く誘導すれば一度に相手をする人数を絞ることは可能だ。
「それに、だ!」
ガツンと俺が避けたことでデーモンの肉斬り包丁が調理台に深く埋まる。それを引き抜く為の数秒。だがその数秒が命取りだ。もう一体のデーモンに注意しつつ長剣を振るい肉斬り包丁を持つ腕を切り落とす。
うめき声を上げるもこいつはもういい。戦闘力を喪失したデーモンを放置し、もう一体のデーモンが振り上げていた肉斬り包丁を盾で往なす。そこを連続で長剣を突き刺していく。
十分なオーラを込めた連撃だ。ぐらりと身体が揺らめく。もう一撃か、二撃。欲張り踏み込もうとしたところで直感が危険を囁く。
「なかなかやるッ!!」
黒鉄の剣を床に落とすと袋から肉斬り包丁を取り出し、背中に担ぎ、全力でオーラを込める。
「おう! もってけ!!」
そのままでは筋がちぎれるので腕をオーラで保護し、片手で振りぬく。腕を落とされ片手で俺に殴りかかろうとしていたデーモン。同族に腹を裂かれ、それでもなお俺へと斬りかかろうとしていたデーモン両方が一撃で消し飛ばされる。
弱らせていたとはいえ驚異的な威力である。肉斬り包丁は何か特別な金属でできているのかもしれない。デーモン由来の装備特有の何かがあるのだろう。
とはいえ片手で振るうのは甚大な消耗だ。手放した肉斬り包丁が大音を立て床に落ちる。同時に空いていた手が袋の中よりメイスを取り出している。
あとは消化試合だった。
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