大陸 王城チルディ9
105
デーモンの全てが消え去り、再び張り直された聖域。
花の君に投げつけたギザギザ刃の槍が地面に転がっていたので回収し、炎剣の破片を丁寧に拾った俺は聖女様の肋骨を手に帰還の為の祈りを捧げた。
景色が変わる。デーモンの領域から神殿前広場へと。
「ここに変化はないか……」
心に広がるのは安心感か。変化がないことに、ほっとした気持ちで周囲を見る。
巨大な遺跡の前に広がる変哲もない広場。壁や天井に生えた光苔だけが光源だが、その光は周囲を優しく照らしている。
種族としての
光と熱。
先まで潜ってきたデーモンの領域にはなかったものだ。
人の営みの気配が荒んだ心に染み入っていく。
そして、ここにあるのは正常に限りなく近い空気。
大きく口を開き、すぅ、と肺いっぱいに空気を取り入れる。
味わうように目を閉じる。どんな甘露もこの感慨には負けるだろう。
「帰ってこれた……」
もちろんここもダンジョンの一部であるために、空間に瘴気は漂っている。
それでもあの幽閉塔や花の君が放っていた物理的脅威と化した瘴気と比べれば、俺にとってはなんの問題もないレベルだ。
「本当に疲れたな……」
鎧に手を掛けながら聖域へと向かう。猫の姿が見えないがまたぞろどこぞでごろごろと寝転んでいるのだろうか?
「……む」
「え? キース、様?」
猫の張った神殿前広場の聖域。そこにいるのは
この女を象徴する巨大な大盾が近くの大岩に立て掛けられている。
(致命傷を受けている?)
あのアザムトが、その正体を隠していた鎧を脱ぎ、全身の治療を行っている。こいつが辺境に友好的な
ガチガチに防御を固めれば俺とて殺し切るのに苦労するこの女がこれか?
「アザムト、お前がそんな傷を受ける相手がいたのか?」
「ああ、いえ。これは……」
苦痛に口ごもるアザムト。大盾の騎士ともあろうものが、見るも無残にやられてきっている。
鎧ではなく鎧下に着る厚手の布服すら脱いだアザムトは身体の各所に手を当て、苦痛の表情で祈りの聖言を捧げていた。
(だが、癒やしきれていない……。こいつ……)
――このままじゃ死ぬか……。
手足にはまるで指ほどもある巨大な茨で貫かれたようにぽっかりとした穴が無数に開き、だくだくと止まらぬ血を吐き出し続けている。
背も酷い。大盾で腹側は守れたのだろうが、全包囲からの攻撃には流石に対応できなかったのだろう。背後から受けたのだろう攻撃で語るも無残な姿になっている。
それらがただの傷ならば神の癒やしで十分に癒えようが、問題は見てもわかる程に傷口が黒ずみ、異臭を放っている点である。
酷い濃度の邪毒。大陸人であるアザムトが生きているのは、用意周到にも解毒の為の薬や神秘で身を守っていたからだろう。
(だが遠からず、いやこのままならあと数十分で死ぬ)
ため息をついた。俺に治療の術はない。アザムトが使っている解毒薬も俺が使っているものと遜色のないものだ(辺境人と大陸人では同じ薬を使っても当然効果は異なる)。
このままではこいつは死ぬだろう。
だからそれをすんなりと行ったことは、俺自身がもっとも驚くべきことだった。
「これでも使え。傷を癒やす秘薬だ」
袋に手を突っ込んで取り出したのは最後のソーマだ。花の君の本体を誘い出す際に躊躇がなかったのも、このソーマのおかげだ。花の君を倒した時にソーマを落とさなければこちらのソーマで俺は肉体を癒やす予定だった。
俺は、決死であれに挑んだが、心情としてはあのような糞のようなデーモンと誰が相打ちになってやるものか、というものがあった。だから保険ぐらいは持っておく。
もっともアザムトに俺は借りがない。なのでリリーと違って俺がソーマを渡す必要など全くないのだが、花の君がソーマを落としたせいで余ったものだと思えば運命を感じてならなかった。
(感傷的になりすぎてるか? これはあの魚のデーモンと戦う為に絶対に必要な品だ。渡せば勝てない可能性もある。あのデーモンは花の君のように生き汚くはないが。それだけに強力すぎる個体だ。それは戦い、身をもって思い知らされた。……それでも。アザムトを生かしておけば役に立つ。お前はそう言ったよな。リリー)
この女にどれだけのことができるのか。正直全く期待をしていない。だがお前がそう言ったなら一度ぐらいは助けてみてもいいだろう。
なぁ、リリー。
「キース様。その、その、顔は? う、腕は?」
俺に張り付いたリリーの皮膚を見て驚愕しているのだろう。自分が酷い有様だというのに俺の方を気にかけているアホを俺は怒鳴りつけた。
「うるッせぇな。てめぇは早くこれを受け取って傷を癒せ。馬鹿じゃねぇからわかってると思うが、ほっときゃ死ぬぞお前」
アザムトに向けてソーマの瓶を放り投げる。
「き、キース様!? こ、これは、その、一体?」
「薬だ。いいから使って傷を癒せ。俺は俺で忙しいんだよ。あんまり煩わせるな」
正直、アザムトが特別酷い具合だから声をかけたが、俺だって心に余裕はない。無視をしてこの場で寝たいぐらいに俺とて荒んでいる。
だから俺に向かってしきりに何か言っているアザムトから離れた俺は聖域に転がっていた適当な岩の上に腰掛けた。
俺を追いかけようとしたアザムトだったが身体が痛むのだろう。その場で呻き、渡したソーマの瓶を開けている。
そんなアザムトを徹底的に無視しながら、俺は身体に鉄板が引っ掛かっていたレベルで破損している鎧を丁寧に取り外し、袋におさめていった。戦闘中に完全にばらばらにならなかったことは運だろう。
見れば鎧の胴部分、リリーの皮が張り付いた部分に大きく穴が開いている。心臓を貫かれた時の傷だった。
花の君。最後の最後に相手が油断しなければ負けていたのはこちらだろう。出現直後で人間に飢えていたから勝てたようなものだ。あのような純正の悪意だけで構成されたデーモンとまともにやるのは俺も初めてだった。
無様で醜悪で、君主というにははばかるようなものだったが。
「……強敵だった……」
視界の隅。ソーマを服用し、瞬く間に傷が癒えたアザムトが離れた位置からでも平伏し、何か言おうとするが「ほっといてくれ」と犬を追い払うように手を振る。
何を聞かずとも傷を見ればわかる。リリーの解呪で気が焦っていた俺は気づけなかったが、リリーの監視をアザムトはしていたのだ。
あれだけ花の君の開放を危険視していたアザムトがあの状態のリリーを見て何も対策をしないわけがなかったのだ。
もっとも花の君のあの厄介さを思えば、リリーが花の君に食われる前に殺そうとしたがったアザムトの心情は痛いほどに理解できる。
それでも、俺にとってリリーは大事だったのだ。
ぺこり、と頭を下げたアザムトが「この御恩は忘れません。必ずお返しします」とそのままどこかへと消えていく。
自らの目で花の君の生死を確認しにいくのだろうか? なんでもいい。
(生きていればいずれどこかで会うだろうさ)
あいつが今後もダンジョンに潜り続けるなら、だがな。
鎧下に着ていた厚手の布服を予備のものと変えた俺は、袋から肉とパンとワインを取り出しガツガツと食らい、ガブガブと飲んでいく。
悲しかろうとなんだろうと生きていれば涙も出るし、腹も減る。
とりあえず一度寝よう。
そうしたらどうするか。一度地上に戻って。戻って……どうすべきか……? あの魚のデーモンにでも――。
「顔と左腕。その皮膚に癒着し根付いているのは
……俺の隣から聞こえるどこか暖かさを感じる冷厳なる美声。
は? と掠れたような声が出る。
見上げれば、腰掛ける程度の岩に腰掛けた俺を、純白の衣を纏った美しい少女が見下ろしている。
――それは『聖撃の聖女』エリノーラ・
その傍らにはいつかの枢機卿も立っていた。
ここまで徳を積むのに相当な苦労をなされたのか、深い皺の浮かんだ老齢な顔で聖女様と同じく俺を見下ろしていた。
しかし俺にはそんな深いことを考える余裕などない。
「あ、は、あ?」
手の中のワインと肉を地面に取り落とし、俺は慌てて地面に跪く。
な、なぜ? なぜ俺が戻ってきたちょうどのタイミングで聖女様が!? 以前言っていた予言の巫女という奴だろうか!? だが、なぜ? なぜ再び俺に!?
「あ、あぁぁ、そのままで良いというのに」
「ですからせめてそこのキースが食事を終えるまでは声を掛けるなと言ったでしょう」
「そうでしたか? さて、それはそれとしてキース。頭を上げなさい。お前は疲れているのですから、私の話を聞きながらきちんと食事を続けなさい。健全たる魂は健全たる人の行いから生まれ育つもの。食事一つとして疎かにしてはなりませんよ」
聖女様の言葉に枢機卿が俺の取り落としたワインの瓶と肉の塊を手に取り、浄化の奇跡を用いる。
(そ、そんな安い肉になんて贅沢な……!?)
俺たち農民なんぞは落ちた肉程度そのままかっ喰らっても問題ないというのに、わざわざそうしてくださった枢機卿。
しかも懐から取り出した清潔そうな刺繍のなされた布を広げると、肉とワインをその上においてくださった。そして俺の肩に手を置き、座り直すように仰ってくださる。
なんともありがたく、光栄でしかない申し出。無礼を承知ながら受けるほかないだろう暖かさ。
だが、それとこれとはまた別の話だ。
「恐れ多くも聖女様と顔をあわせるなど私にはできません。どうぞこのままでいさせてください」
平身低頭のまま俺はお二方に言う。
如何に心が疲れていようと、身体が疲弊していようと、やってはいけないことというのがある。
しがない農民である俺にとっては、この人と同席して会話をすることはできない。
してはいけない。そう思う。
なんとあってもこの方こそは辺境最強の聖女様の一人で。数多の善き神々に祝福されて生まれてきたお方なのだ。
俺とは、ものが違う。
俺が、直接見て話してしまえば、きっと、あまりの眩さに心が潰れてしまう。
俺にとって、聖女様と接するのは得難き名誉であると同時に、深い瘴気の中でデーモンと対峙するよりも恐ろしいことでしかないのだ。
「どうして
「聖女殿の格別な御徳の賜物でしょう」
「私も彼らとそう変わりありませんよ。神々より特別に強い奇跡を用いることを許されていますが。ゼウレの作り出した人形の一つにすぎません。むしろ寵愛ぶりを見るなら私よりもキースの方が……っと、いけませんね。枢機卿が怖い顔をしてらっしゃいます」
「冗談でもそのようなことは仰らないでいただきたい」
「冗談に聞こえましたか?」
いいえ全く、と枢機卿が首を振る気配。
彼らが何を言っているのか全く理解ができない。理解ができないままに聖女様が俺の頭上で会話をしている。
「さて、キースとは話をしたかったのですが、その様子では無理のようですね」
落胆の気配を感じるが、これはもはや辺境人にとっては習性だ。俺が少しでも神に誇れるような徳を積み重ねていたのなら違うのだろうが、俺は神官でなく戦士だ。
戦いしか積み上げてきていない。それがゼウレの御心に沿うものであったとしても、俺の戦いは、俺が欲したものに他ならない。
そんな俺が聖女様と相対できるわけがない。だが、そんな俺に対して優しき聖女様は労るように告げた。
「キース。お前に神殿騎士の位を授けます。以後はキース・セントラルと名乗りなさい」
……は?
慌てて何かを言おうとする俺に対して聖女様は言葉をかぶせてくる。
「破壊神の攻略に対して、いくつかの物資の使用許可を出します。こちらが目録です。現物はドワーフ鍛冶であるガフ翁に渡しておきました。他にも攻略に際して必要なものがあるなら彼に言いなさい。よほどの無理でなければ神殿が都合します」
聖女様の言葉に従い、枢機卿が俺へと渡してくるそれを頭を下げたまま受け取る。丸めた羊皮紙だ。中に書かれているだろう文字は読めないが、あのドワーフ鍛冶の爺さんに聞けば教えてくれる、と思う。
だが呆然として頭が働かない。一体、何の冗談だこれは?
神殿が騎士として認めるということは、辺境の男が自分で戦士と名乗るものとはレベルが違う。
辺境では聖衣を持ち、戦士であると名乗ればそれはもうどんな身分のものだろうが戦士である(聖衣を持っていないならいかなる歴戦の人間でも半人前だが)。
軍に所属している、なんていうのも結局は納税形態の一つであるだけで、そこに身分はあまりないのだ(将軍などともなれば別だが)。
だけれど、騎士は違う。自称戦士と違って、騎士はれっきとした社会に保証された地位の一つだ。
諸部族の連合である辺境ではあまり機能しているとは言い難いが、騎士とはかつて辺境郡ダベンポートが大陸に編入された際にチルド9の王によって導入された戦士制度の一つ。
金や食料や税で
また同時に政治も行わなければならない。王から与えられた土地の民を逃散させることなく肥えさせることもまた騎士の役割の一つだ。
重要拠点を守護するのに際して好き勝手に動く戦士ではなく(砦に籠もる辺境の戦士もデーモンの攻勢がなければ農繁期は村に一時的に帰る)常時使える戦力を王が欲した為に作られた制度。
税の納入は民にとっては王国に収めるか騎士に収めるかの違いでしかないが。騎士になれと言われてしまった俺としては大いに事情が違う。
「キース。否、セントラル卿。何か言うことはないのかね?」
枢機卿の言葉に背が震える。謹んでお受けいたします、とでも言えればいいのだろうが……。
引きつったように震える俺の喉から出たのは、別の言葉だ。
「む、むり、無理です。私には……」
「おや? なぜですか?」
聖女様が問うてくる。恐れ多くもお受けすることは叶いません。などとべらべら言えればよかったのだが、尊崇する聖女様を困らせていると自覚する俺にとっては言葉の一つ一つが魂を振り絞って吐き出すような苦行だった。
「俺は、土地を守れません。ここの探索には長い年月がかかります。民の税で生きる騎士が、デーモンと戦う快楽に耽溺することはけして許されることではありません」
村の中で誰よりも強い戦士である村長が村にいるのはそれが理由だ。本音は誰よりもデーモンと戦いたがる村の男が最前線に出かけないのは農業にも支障を来さない最低限の人数で土地を守っているからに過ぎない。
俺が騎士としてここを守るなら、彼らは喜んで最前線へ出かけていくだろう。騎士なのだから土地を守っておれ、と。俺たちが軍で金を稼いで納税してやるから。貴様は土地で土でも耕していろ、とそういう連中なのだ。
騎士となればダンジョンへ潜るどころじゃなくなるだろう。それは、それは。俺にとって……。
――あれほど焦がれた地上だというのに、俺はダンジョンに未練を感じている。
心を置いてきたからか? あの場所に。リリーが死んだあの場所に。
ここで死にたいと俺は思っているのか? デーモンと激戦を行い、果てることを望んでいるのか?
恐る恐る見上げれば、聖女様の視線が何もかもを見通して俺を貫いてくる。心臓が凍える。反論することがもはや恐ろしくてならない。ぐずぐずとこの人の時間を取らせている自覚がある。なんて、俺は、身の程もわきまえずに恐ろしいことをしているんだろう。
「構いません。お前の労に報いるべく与える位です。土地の政に関しては土地の神官にやらせます。土地の守りは土地の者にやらせます。お前は今まで通りでよろしい」
「……なぜ? 一介の農民である私にそんな厚遇を? わ、私は何一つ。辺境には貢献していません」
そうだ。別にこんなところ。こんな場所、今すぐの脅威ではない。本当の脅威は今すぐにでも迫ってきている。暗黒神の軍勢が、海を渡って攻めてくるのだ。
だけれど聖女様は「お前は自己評価が低いですね」と指を3本立てた。
「お前の功は3つあります」
一つは、と取り出すのはどこかで見た形の聖印。それは俺が渡したものではない。あれは司祭様の手で俺に返されている。だけれど聖女様の手にあるものはまさしく善神の聖印だ。
「4000年の年月の中で失われたもっとも洗練された形の聖印を辺境に取り戻したことです。これは土地の司祭がお前から一度預かったものの形を覚えて作り直し、神殿本部に送ってきたものですが、これにより我らは全ての善き神々との親交をより効率的に行うことができるようになりました」
聖印は神官にとって最も重要な聖具の一つ。私などは祭事の際は全ての神々の聖印を持たされていたのですよ? などと聖女様が言う中、聖女様は2つ目の指を折る。
「2つ目はここを望んで攻略しようとするのがお前だけということです。如何な辺境の戦士たちが屈強なる精鋭であろうとも、愛の喪失は彼らの力を弱めます。なによりセントラル卿は先の探索で原初聖衣を得た。愛の要不要などもはや問題ですらない。卿の身体そのものに愛の概念は染み付いている」
まるで愛おしいものを撫でるかのように聖女様の指が俺の顔に。リリーの皮越しに触れてくる。
「原初、聖衣とは一体……?」
俺とてそんな知識はない。騎士を拝命していないというのに、いつのまにか卿と俺を呼んでいた聖女様は得たりと俺に説いてくれる。
「辺境から失われたもっとも古い聖衣の形です。未だ力を持っていなかった辺境人が多くの脅威に怯える中生み出した邪悪に対抗する異端。聖衣の始まりは、愛したものを殺された戦士がその者の皮を纏って戦ったからだそうですよ」
もっとも原初聖衣で聖衣として機能するのは極めて稀。これは情念と憎悪と愛と偶然によってしかなし得ないもの。それをきちんとしたものに仕立てたのが現在の聖衣なのですが、と付け加える聖女様。
「もっとも原初聖衣と違い通常の聖衣は贈った側が死ねば機能を喪失します。聖衣とは愛を身にまとうための触媒ですからね。双方が生きて愛をかわしていなければ機能しません。そして、愛とは移ろいやすく失われやすいもの。永遠の愛などまやかしでしかありません。人の心は弱く、デーモンたちは的確にその隙を突いてきます。かつての辺境の英雄であるヘリクリオスさえそれには抗えなかった。デーモンとの闘争の只中、デーモンの奸計によって、ヘリクリオスは妻の愛を失い。力を失った聖衣を最後まで信じていた英雄は命を奪われました。ですが、卿の聖衣であればそれもないでしょう」
その聖衣には思考すらなく卿を守るという執念のみでその肉体に根付いていますから、と聖女様は言う。
「要は、激しき時の流れの中、弱体化することなく破壊神を殺せるのは卿だけなのです。無論、もはや聖衣さえ必要としない神殺したる拳聖ミュージアム・
理由など聞かれなくてもわかる。デーモンとの戦いが迫る中、最大戦力である拳聖をここに何年も。いや、それこそ何十年も拘束させるわけにはいかないのだ。
そして聖女様が立てていた最後の指を折った。
「卿の功の3つめ。それは破壊神が尋常でないことの確証を得られたからです。卿に与えた私の骨を通じて、私は卿が戦ったデーモンたちを確認しました。3つの石像のデーモンはともかく。堕ちた海神の領域をこの土地に現出させるわけにはいきません」
言われ、慌てて胸の聖骨のネックレスを外そうとすればそっと聖女様の手によって動きを抑えられる。
迂闊だった。目の前で身につけているなど不敬に過ぎて、顔が熱くなる。自害したくなるほどの恥辱だった。だけれど気にしていないのか聖女様の目が正面のダンジョンに向かう。
「あれはまずいです。何かことが起き、あのデーモンが地上に出てくれば。辺境郡の一部が
「それほどですか?」
驚いたような枢機卿の問いに聖女様は確信を持って頷く。
「主神ゼウレと海神ポスルドンの血を引いた貴き方が破壊神によってデーモン化したものが中に居ます。叶うなら今すぐ私が乗り込んで討滅すべきほどに強大なデーモンです」
「この時期にあなたが一年も最前線を離れればそれこそ問題です。それで、キースで大丈夫なのですか?」
言外にもっと強い戦士を入れるべきではないか、と言っている枢機卿。しかし聖女様は変わらぬ鋭き目で俺を見下ろしている。
その目に晒されると何もかもが暴かれている気分になる。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、聖女様はいいえと首を振り。
「キースでなければダメでしょう。私はキースからゼウレの強い力を感じます。ヤマとアルフリートの力もまた」
「そ、それは。この指輪の力では?」
不敬になるかとも思いつつ、手にはめた指輪を示して口を挟めば聖女様はいいえ、と首を振った。
「如何な触媒があろうとも真に加護がなければ力は正しく発揮されません。神々は卿に運命を感じているようです。であれば私が卿を助けるのに何の支障がありましょうか。いえ、違いますね」
そうして聖女様は膝を折ると、俺の手を取り、願うように言うのだ。
「キース様。辺境はかつてない苦境にあります。騎士の身分となることは重荷となりますでしょうが、名分があれば多くの支援を正式にあなたに行うことができます。死地へと向かう戦士にとっては背負った重荷が命を奪う隙ともなりましょうが、キース様。どうか、その武勇をもってゼウレの為に力を尽くしていただきたく、切にお願い申し上げます」
聖女様にそこまで言われて、断れる辺境の男がどこにいるというのか。
そうして俺は、神殿騎士の位を拝命するのと同時に、とある任務を受けるのだった。
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