212
我らが神聖帝国はとある国に攻め入った。
ウシュヌテイという、かつて黄金が尽きぬほど産出したとされる小国だ。
もっとも黄金が目的ではない。
小国家が乱立するその地域に攻め入るにあたって、その土地は砦を建てるのに都合がよかったからだ。
かつて森があったとされるウシュヌテイの首都は良い場所にあった。川が傍にあり、土地の地盤は丈夫だった。
我らが神聖帝国は首都を踏み潰し、そこに砦を建てた。
それがあんなことになるとは……。
ああ、口惜しや。
ああ、口惜しや。
神とは、神とはなんだ。あれが
許してはおけない。絶対に。絶対に。
◇◆◇◆◇
また死んだ。
殺された。一撃でだ。あの神威の暴威に、
だが俺はまた護られていた。死の瞬間、護られた。死を免れた。
――本当に? 本当にそうなのか?
死んでいるのではないのか? 俺の肉体は、俺の魂は……。
「俺は、
夜会の領域に張った聖域、そこに座りながら俺は考える。
俺は、俺が生きているのか死んでいるのかわからない。
俺の体はあの領域の再生と死に巻き込まれている。
俺は生きているが、同時に死んでいた。死んでいるが、護られたことで生きている。
どういうことだ。わからない。どうなっている? 俺の魂はどうなっている?
まるで龍の起こした竜巻に巻き込まれた動物のような気分だった。風によって上空に飛ばされ、ずたずたに切り裂かれ、どこか遠い場所の地面に叩きつけられる。
死体に無事な箇所などない。何が起こったのかわからないような顔で死んでいる。
それと同じだ。俺もまた、何が起こったのか理解できないままに二度殺された。
吐きそうな気分だった。なんだ? どういう、どういうことだ? なぜ俺は生きている?
わからない。わからないままでも俺は進むしかない。
「……領域の攻略には……」
時間だ。時間が重要だ。領域が崩壊する前に、大鎧の騎士、異界護りのクレシーヌを殺すか。
それとも……あの最後の現象を止めるべきか。
「それは神を殺すということだが……」
それ自体は構わない。今から破壊神を殺そうというのだ俺は、その途中に神がいようとも殺す覚悟はある。
問題はあの最後の現象、あれが二柱の神だということだ。
水と炎。その権能を持つ神だ。
(大神ではないはずだ……火と水の善き大神はきちんと辺境に
そう、水と炎の神は大神から小神まで様々に
数が多いのは火と水が身近すぎる現象だからだ。弓神と似ているようで違うのは、現象として火と水が良い面も悪い面も、力も知名度もとても数多いからそれを主な権能として持つ神が多いということ。
このあたりは神学でも学説が分かれているらしい。
俺の育ての親たる爺はくだらないことだと馬鹿にしていたが。説明はきちんとした。
多いということは、本体である神はともかく、それに関わる邪悪とはそれだけ遭遇する確率が高いということだ。
悪神の眷属、使徒、狂信者。そういったものとだ。
夜会の領域、その崩壊した貴族の部屋に作った聖域。その床に座りながら俺は思考する。
「神が二柱……」
殺し方は心得ている。あの怪魚、水神と同じだ。分厚い瘴気の皮を一枚一枚剥がし、核となる部分を武器なり素手なりで打ち抜き殺す。
「だが……戦争に慣れている神というのがな……」
砦での戦いぶり、あれは人を殺すのに手慣れているように思えた。
怪魚は慣れていなかった。人との戦い方にだ。あれが手慣れていたなら水の権能で部屋を水没させ、俺を水死させることもしてきたはずだ。
もちろん俺には水中呼吸を可能とする
二柱の神が手慣れていれば、そういった手法で時間を稼がれるだろう。
時間制限がある領域でそういうことをされれば時間までに殺すことなどできない。
「それに帝王とも戦うのか?」
最後に上空へ駆けていく馬と帝王のデーモン。あれがたぶん領域の死まで二柱の神を押し留めている、のだと思う。
あれとも戦うことになるのか?
それとも――いや、考えるだけ無駄だ。
とにかく中に入って、奴らの場所までたどり着かなければならない。
何をするにも先を知らなければやりようがない。
◇◆◇◆◇
砦に侵入する。燃える砦だ。夜気に凍える舞踏会の会場から来た体にこの熱気を浴びると、とにかく脳がおかしい気分になる。
それでも立ち上がり、駆ける。駆ける。駆ける。
砦の扉を蹴り飛ばし、存在するデーモンを避け、見慣れない部屋を見つけたら中に入り、探索する。
素早く。時間を気にしながら、駆け続ける。
――それでも、立ち止まってしまった。
大量の汚らわしい毛に覆われた、獣のデーモンと避けられない状況で遭遇したからだ。
二つの足で歩いている猿人のようなそのデーモン、視覚以外に嗅覚も鋭いらしく俺が奴らの感知範囲に入ると凄まじい速度で迫ってくる。
「くそッ!!」
俺は大盾で振り上げられた獣のデーモンの拳を防いだ。
お返しとばかりにハルバードを振るい、太い毛に覆われたデーモンの身体を斬りつけるも、硬い毛とその下の皮膚によって防がれ、切り裂くに至らない。
一体が凄まじく強い。そんなデーモンがこの砦には兵のデーモンの他にも徘徊している。
もちろん騎士のデーモンも強い。強いが、あれは戦い方がわかりやすい。
俺は獣型のデーモンが苦手だ。
人の形をしていながら獣のように戦う奴らは、単純に力と体力で俺たち戦士に勝っているからだ。
「おらぁッ!!」
騎士盾で獣の攻撃をさばきながら、ハルバードを振るい、突き、獣の身体を傷つけていく。
「時間がねぇんだ! さっさとくたばれッ!!」
普段ならばもう少し賢く戦っていたかもしれないが、時間がないという事実が俺を焦らせた。
獣の力に人の力で対抗する形になる。騎士盾で競り合い、ハルバードをねじり込むように奴らに叩きつける。
くそ、と叫びながら力押しに力押しを重ねる。
すっと、獣のデーモンが俺が押し込む盾に対して力を抜いてきた。
――ま、ず。
「小賢しいッ!」
悔し紛れに叫んでしまう。攻めの姿勢になっていた俺の身体が傾く。
「あぐッ」
砦の石壁に俺の身体が叩きつけられる。
裸ならば即死していただろう衝撃だった。
――頑丈な鎧が仕事をした。
+5まで強化した金属鎧を盛大にへこまされたものの、鎧のおかげで腹を内臓ごとちぎり飛ばされることがなかった。
(ヘマをした……!!)
焦り、戦いの本質を見逃していた。
辺境人は強い。強いが、種族としての単純な膂力は辺境でも下から数えた方が早い。
猪、熊、龍、デーモン。力として我らに勝る怪物は数多い。
それでも辺境人は辺境において生き残ってきた。それはなぜか。
「闘争心だ!!」
俺はハルバードと盾を大きくガンガンとぶつけて俺の中の闘争心を大きくする。
目の前の敵を見ろ! その特徴を知れ!! 毛が硬い? 皮膚が硬い? だからどうした!!
オーラを練り上げろ! オーラを練り上げろ!! オーラを練り上げろ!!
いいぞ。獣のデーモンよ。とにかくお前だけは俺の技能の全てを尽くして殺してやる。
◇◆◇◆◇
石で作られた砦の通路に獣のデーモンが
虫の息という奴だ。俺がやった。戦い、勝利した。その結果だった。
とどめを刺せば、敵を構成する瘴気が薄れ、銀貨を数枚残して消えていく。
所詮は獣だ。辺境人の戦士の敵ではなかった。
殺すのはそう難しいことではなかった。本腰を入れると覚悟して殺そうと思ったならば時間はかかるが獣一匹。デーモン一匹。その程度の存在だ。
「だが、へまをしたな……」
俺は溜息を吐くしかなかった。
獣のデーモンは耳が良かった。視覚と嗅覚もだが、とくに耳が良い。
戦っていればとにかくどこからか大量に集まってくる。殺しても殺しても戦っている間に次から次へと獣のデーモンはやってくる。
そうなれば盛大に時間をとられてしまう。
その結果があれだ。砦の空に浮かぶ二柱の神と、皇帝のデーモン。
慣れたのか、三度目となれば奴らが撒き散らす神威によって吐くこともなくなっていた。
奴らを見上げ、俺は盾を構える。衝撃に備え、防御を固める。
耐えるのだ。耐えればこの領域に居続けることが――皇帝のデーモンが火と水に剣を突き立てる。
瘴気の濃度が一瞬にして上がる。膝をつく。
空を見上げれば領域に破壊的な光が満ちていく。熱波と衝撃がやってくる。
――また、俺は死んだ。殺された。
死の間際に見る。目の前に巨大な騎士が立っている。
騎士たちの死の記憶が流れ込んでくる。
ああ、畜生。またか。またなのか。
そして俺は繰り返すのだ。
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