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 剣聖オルランド。

 世界最強の騎士と大陸にて謳われた男。

 若年ではあったがその武勇に偽りなく、30年前――いや、もう31年前になるのか。結界が破られ、辺境人の存在が確認されるまで、対個人、否、対集団に於いてすら勝てる者なしとされた騎士の中の騎士。

 俺も王都に赴いた際に非公式だが立ち会っている。

 辺境における神殿騎士として俺が勝利したものの、大陸人でありながら辺境人を圧倒せんとするでたらめな強さには戸惑いを覚えたものだ。

 剣聖――いや、剣鬼か。

 彼の手により次々と繰り出される剣の秘奥。大陸人を超える筋力と反射神経で無理矢理にそれら全てを叩き伏せ俺は勝利を得た。

 その時のような生死問わずのなんでもありともなれば100戦やって100戦とも俺が勝利することができるのだろうが。


 ――断言してもいい。ただの剣の立ち会いならば俺は負ける自信がある。


 誉れ高きオルランド。その剣技は大陸人相手ならば何人相手にしようとも十分に過ぎるもの。

 誇張ではあろうが、たった1人で一軍を相手にできるとまで称されたその腕は、嫉妬を覚える程に美しい。

「十分なオーラは身につけたのか」

「無論。なければ死ぬと言われましたからの」

 飄々とした顔でオーラを滑らかに総身に纏わせる剣聖。武具もこの広間の隅に小屋を建てているドワーフ鍛冶じいさんにでも修繕させたのか、大陸で見た枯れ果てた聖剣は、底冷えするような神秘の光を取り戻している。

 もちろん、剣聖とも称される男がオーラ1つ振るえないわけがない。ただ、大陸において発揮された彼のオーラはあくまでリリーと同程度であり、深層のデーモンを相手にするには少々以上に不足していたものだった。

 大陸に滞在していた期間に俺は少しだけオーラの練り方を剣聖に教えていた。

 それを彼は見事にものにしてこの場に立っている。

「……っても、嘘はいけないが」

 嘘と言われ剣聖の顔が強張った。

「嘘、とは何についてですかな?」

「何を言ってやがるんだが。さっきのだ。さっきの幸福な死後だなんだって部分だよ」

 俺が見る限り、いや、剣を合わせた限り、この男はそんな殊勝な人間じゃない。

 王への忠誠もなく、祖国への愛もなく、ただただ剣に狂った男だ。

 ただただ剣を愛し、ただただ武を高める為に技を練り上げた男だ。

 この男の纏う神秘の具合を見るに、根本こそその身体に流れる貴き血筋から発せられるものなのだろうが、薄布でも被せたように与えられた神秘は別の……そう、辺境入りしたあとにいずれかの武神より寵愛を受けたもののように見える。

 だが、この男自身は別に神など敬っちゃいねぇ。

 この男が愛しているのはただただ己の剣1つだ。剣に身を捧げた狂人なのだ。

 故にこそ武神も加護を与えたのだろうが……。

 俺はこの男のことを何も知らないが、剣を合わせたあの時にそれだけは理解できていた。

(瘴気対策にか『聖衣』を用意している以上は愛する女の1人もいるんだろうが、それでもこの男は、死後などどうでもいいに違いないし、ゼウレなどどうでもいい筈だ)

 俺と同じく聖衣の力を持つマントを剣聖は身につけていた。

 それをもってこの男はこのダンジョンの瘴気を防ごうというのだろう。

 ただ、どういうことか剣聖は戸惑った顔をしていた。

「セントラル卿。私はもちろん神の為にデーモンの討伐をですな……」

 この場にいながら俺に対して嘘をつく意味がわからない。そんなことをする意味などないだろうに。

 まさか本気でわかっていないわけがないだろうが……。

「まぁいい。シンシナティ卿、上の連中に話を通してあるなら勝手に探索するなりデーモンを殺すなりすればいい。このダンジョンは別に俺が管理しているわけではないからな」

「そう、ですか……。ええ、もちろん、上の方々にはきちんと話を通させていただきましたとも」

 それにしてはオーキッド達は何も言わなかったが、いや、伝えられたところで時間の流れがおかしいこの場所では合流できるか怪しい。それか、俺が聞き逃しただけか。


 ――それとも大陸人がこの中に入れば死ぬとでも思われたのか?


 門番役の騎士どもならそれぐらいは思っていてもおかしくはないだろう……。

 些事ゆえに俺に話す必要はないと思ったのかも知れない。だが、オーキッドにも話を通していないのか?

 それぐらいどうでもいい些事だと思われたのか。

(そうだな。そうかもしれない。剣聖とて、大陸人である以上、生粋の神殿騎士からすればそういうものなんだろう……)

 大陸間結界が解ける以前ならば大陸人に一定の期待を持っていただろうが、もはや辺境人にとって大陸人は国への忠誠を捧げる為の道具にすぎない。

 いや、ゼウレから放り出された彼らはもう道具ですらないのか。塵芥よりも価値を感じないものになってしまったのか。

 少し天を仰ぐ。

 かつての俺よりもひどい境遇に思えたからだが、それはそれとして、だ。

「さて……。それだけか?」

「そう、ですな。ええ、それだけです。私はここを探索する。それを貴方に知っていただければそれでよかった」

 では、と特に気分を害した様子もなく剣聖は俺に頭を下げると聖剣片手に神殿へと入っていくのだった。

「なんだかな……」

 迷いのない後ろ姿を見るに、あれはあれで、なにか目的がありそうに思えてならなかった。


                ◇◆◇◆◇


 にゃごにゃごと猫が鳴いている。

 俺は猫へ向かって歩いていくといくらかの道具を預けることにした。

 既に前回の探索で手に入れた道具の鑑定は済ませてある。鉄球のついた手枷と足枷は恐るべきことに枷ではなく武具であり、あの血塗れのボロボロの奴隷服もまた一種の呪具ではあったが、装備の充実している俺にとってはこれらゲテモノはどちらも不要のものだ。

 ハルバードと茨剣がある以上は必要にはならないだろう。

 他にもいくらか道具を預けておくか迷うが、この先何があるかわからないのだ。堕落の長剣なども一応持っていくことにする。

 巨大蟲人の鎧などはどうせサイズが合わないので鋳潰しても構わないのだが……。壁ぐらいにはなるだろうか?

「とりあえず預かるのはこれでいいかにゃ?」

「おう。そんなもんだ」

 さきの枷と布服。それと幽閉塔の鍵は預けてしまう。もう使わないからな。

 あとは聖印をいくらか引き出し、預かり料を払い。食料と帰還用の転移の巻物スクロールと聖域の巻物スクロールを補充。アムリタを2つ買えばもう金は残らない。本当はもういくらか金を持ってはいたんだが、ドワーフの爺さんに預けた武具の修繕費に消えてしまっていた。

 にゃんにゃんと猫は地面をしっぽでたたき、ごろごろと無邪気に砂地を転がっている。

(商業神にもなにか思惑があるんだろうが……)

 ふと、以前に地上で星牛をけしかけられたことを思い出す。問い詰めてもいいが、猫は口を割らないだろうな……。

 拷問してもいいが、最悪、何も情報がとれないかもしれないし、何事もなくても俺が猫を利用できなくなるだけで終わるだろう。

(それに、神々は狡猾だ。眷属にそこまで情報は与えないだろう)

 猫が直接的な不利益を与えてこない限りは、今までと変わらない付き合いをしていくのが最善か……。

「どうしたにゃ? 他にも用があるにゃか?」

 黙って俺が猫を見下ろしていたからだろう。猫がにゃんにゃんと鳴きながら俺の足元に寄ってくる。

 その背を撫でながら俺はなんでもないと返し。

「そろそろ行く」

 袋よりハルバードを取り出すと、聖域の中央で聖女様の肋骨を手に祈るのだった。

(こいつらの思惑も気になるが……)

 俺が何より優先すべきはデーモンの討伐。そして生き残ることだ。

 向かう先は神殿街。

 恐るべき悪霊怨霊が跋扈する大呪界である。


                ◇◆◇◆◇


キースの所持品


 ――――武器

富ませる者の鍬チコメッコ

 肥沃と家畜の神の加護のかかったナイフ。土地を富ませる為の紋様が黄金銅オリハルコンに刻み込まれている。

 『肥沃』は土地を富ませる権能があるが戦士が戦う為に使うのであれば肉体を健康に保つ力が働く。

 『多産』は家畜の産む仔の数を増やす権能があるが戦う為に使うのであれば日に一度ナイフの数を9つ(1+8)にできる。

神聖のメイス+2:

 聖言の刻まれたメイス。『頑丈』『神聖』の聖言が刻まれている。

堕落の長槍*1:

 半魚蟲人のデーモンの使う槍。

 邪悪で堕落した意匠が彫り込まれているギザギザ刃の槍。

堕落の長剣*5:

 半魚蟲人のデーモンの使う剣。

 邪悪で堕落した意匠が彫り込まれているギザギザ刃の剣。

竜刃のハルバード+5:

 竜の血で鍛え上げられたドワーフ鋼鉄のハルバード。刃の部分がオリハルコンで出来ている。

 ヤマの炎によって鍛えられたことで高い対邪悪能力を持つ。

 『刃』の聖言が刻まれている。

捻じれ結界の炎槍:

 壊れた結界の盾を更に捻り先端に折れた炎剣の刃を接合させたもの。

 貫通性能は高いが、反面壊れやすく、打ち合う為の槍ではなく投げる為の槍となっている。

 極めて危険なデーモンを何体も滅ぼしてきたためか、炎剣部分には悪魔殺しの概念が染み付いており、高い威力を保持している。

青薔薇の茨剣:

 無数の刃片を青毒の茨で繋げた奇妙な武器。

 その正体は離れては鞭、近づいては刺突剣と使い手の意のままに形を変える毒の茨である。

 武具の階級としては神器相当となるが、このような武器を創った神は存在しない。

 貴方はこの剣の形に見覚えがあるだろうか?

巨半魚蟲人バゴズ・ベルダの巨剣*3:

 人が扱うには巨大すぎる大剣。魔鋼でできている。なんの悪言も刻まれてはいないが、巨大さだけであらゆるものを潰し殺すには十分だ。


 ――――盾

神殿の木盾:

 歯車の部屋で手に入れた小盾。『頑丈』『硬化』の聖言が刻まれている。

 神殿縁の品だが神聖なる力などはない。

   追加:『集魔』の聖言が鬼である酒呑によって焼き込まれている。

神殿騎士の大盾+5:

 貴重な金剛鋼で作られた神殿騎士用の大盾。

 『流水』の聖言が刻まれており、水の力に高い耐性を持つ。

 またヤマの炎で鍛えられたことにより高い対邪悪耐性を持つ。

聖衣の盾:

 リリーの皮膚の張り付いた鎧の胴部分に取ってをつけただけのもの。

 デーモンの扱う呪術や魔術を完全に遮断することができるが反面物理に弱くなっている。

巨半魚蟲人バゴズ・ベルダの盾*3:

 人が扱うには巨大すぎる大盾。魔鋼でできている。なんの悪言も刻まれてはいないが、その大きさには他を圧倒する力がある。


 ――――魔術の触媒

尽きぬ泉プレシオ』:

 魔術の触媒。水の魔術に対する適正を上昇させる。

 金属杖だが殴る為のものではない。先端に嵌っているアクアマリンの効能により、聖言『水適正上昇』の力を高めている。

 水の魔術に対する適正を上昇させ、扱う魔術を強く。受ける魔術の威力を軽減する効果がある。


 ――――鎧


治癒牛の面頬:

 治癒能力を向上させる面。

 薄く伸ばしたドワーフ鋼鉄と聖獣『治癒牛』の皮で出来ている。

ハードレザーアーマー:

 特殊加工された魔獣の革とドワーフ鋼で作られた品。『頑丈』『硬化』の聖言が刻まれている。またアザムトによって補修されている。もともとは神殿の下級兵士の持ち物なのか、聖なる気配が漂っている。

神殿騎士の鎧+5:

 貴重な金剛鋼で作られた神殿騎士用の全身鎧。

 特殊な能力はないが、ヤマの炎によって鍛えられたことで高い対邪悪耐性を持つ。

毒鉄の少女篭手:

 苦悶に彩られた少女の顔の奇怪な右篭手。

 内側には人々を呪う言葉の他に、誰かの名前が強く刻まれている。

 原理は不明だが、特定の人物が身につけることで聖衣相当の加護を得ることができる。

 貴方はこの篭手の形を覚えていますか?

星牛のマント:

 星神の持つ生きた神器たる星牛の皮より作られたマント。

 オーキッドの血が深く染み込んでおり、弱い効果だが聖なる力を発揮する。

巨半魚蟲人バゴズ・ベルダの巨鎧*3:

 人が扱うには巨大すぎる大鎧。魔鋼でできている。なんの悪言も刻まれてはいないが、巨大で分厚いそれを貫くにはなんらかの工夫が必要になる。


 ――――弓・クロスボウ 矢など

クロスボウ:

 機械式の弓。単発式。聖言の刻まれた太矢を発射できる。オーギュ工房製。

聖なる太矢:

 クロスボウ用、聖言の刻まれた対デーモン用の矢。

フェイルの新月弓:

 伝説に詠われた黒の森の狩人フェイルが用いた黒い弓。

 大断絶の折に消失した黒の森由来の素材でできており、現在の辺境では作ることができない。

 月の女神による加護がかかっており、聖言は刻まれていないが『鋭さ』『消音』『遠隔強化』の力を持っている。

黒の矢:

 伝説に詠われた黒の狩人が用いた矢。致命の毒が塗られている。

堕落の矢:

 半魚蟲人のデーモンの使う矢。

 邪悪で堕落した意匠が彫り込まれている鉄の矢。

 また鏃はギザギザ状になっており、容易に抜けないように工夫が凝らされている。


 ――――指輪

猫の装飾箱:

 指輪を入れるための箱。20ほどの指輪を収めることができる。黒檀で造られており、それなりに頑丈である。

 職人の手によるものか、簡単な装飾が施されている。

炎獄の指輪:

 ヤマの奇跡である『浄化の炎』が扱えるようになる指輪。

   追加:『赤壁』エリエリーズの刻んだ炎の魔術。多量の魔力を消費するが一定の時間、強い炎の壁を空間に展開することができる。

ベルセルクの指輪:

 傷を負うと力が増強される指輪。

病耐性の指輪:

 肉体の病に対する耐性を高める。

蟷螂の指輪:

 『斬撃強化』の聖言の刻まれた指輪。

狡猾な鼠の指輪:

 多くの存在から敵意を持たれにくくなる指輪。

耐える水の指輪:

 水耐性の指輪。身に付けたものに水の神秘に対する耐性を与える。



 ――――道具

善神の聖印*5:

 神話時代に作られた原初の聖印。あらゆる神に対応している。現代技術では作成不能。

音響手榴弾*19:

 音と光を発し、デーモンを一時的に行動不能にする道具。

魔法の修理油:

 道具に用いることで道具の消耗を回復することのできる魔法の聖油。

筋力上昇の水薬*1:

 使うことで短い時間、巨人が如き膂力を得ることができる神秘の薬。

皮膚硬化の水薬*1:

 使うことで短い時間、岩のごとき硬さを得ることができる神秘の薬。

魔術耐性の水薬*1:

 使うことで短い時間、あらゆる魔術に対する耐性を得ることができる神秘の薬。

水溶エーテル*1:

 飲むことで体内の魔力を回復できる。

香炉:

 香を炊くことで神秘の補充ができる携帯用の炉。

神器『黄金の林檎』*1:

 死体が残っていれば死者すら復活させる消費型の神器。肉体を再生させる力がある。

ソーマ*2:

 神の水とも称される。肉体に魂が留まっているなら死者さえも蘇らせる神秘の霊薬。

聖水*2:

 村の聖堂で貰ったもの。それなりの聖なる力が込められている。

浄化特化の聖水*80:

 聖撃の聖女による祝福を受けた赤の蓋の聖水。

解呪特化聖水*15:

 浄化の聖女による祝福を受けた青の蓋の聖水。

結界構築特化聖水*5:

 拳聖による祝福を受けた黄の蓋の聖水。

アムリタ*2:

 怪我を治療し、体力を大きく回復する薬。


 ――――特別な道具


聖女の肋骨:

 聖なる場所で祈りを捧げる事で聖域間を転移することのできる聖女の肋骨。

 まるで生きているかのような仄かな暖かさが宿っている。

映写眼球:

 使用することで風景を写し取ることができるデーモン由来の道具。

祝福された兎の足:

 善き神々の祝福のかかった兎の足。幸運のお守り。ギュリシアドロップ率を上げる道具。持っているだけで効果がある。

ゼウレの聖印:

 現代に作られた銀の聖印。ゼウレを奉じるためのもの。

魚人の鰓サフアグン

 潜水マスク。水中での呼吸を可能にする。『潜水』『浄化』の聖言が刻まれている。

荷を引く馬車の紋章:

 自身の持つ収納道具の限界を拡張する道具。



 ――――武具の素材

強い蝋材:

 強い神秘の力を宿した蝋材。+6からの『強化』を可能にする素材。

聖ウィルネスの蝋材*2:

 聖人の死体から作られた蝋材。聖具や神具の『強化』を可能にする素材。

 病の聖人たるウィルネスの蝋材は武具に病に関する力を与えるだろう。


 ――――呪文

バインダー:

 スクロールを保管する為の本。


スクロールの種類:『転移』『聖域』


 ――――駒

黒ポーン:黒騎士 給仕女 料理人 庭師 農夫 市民 商人

黒ナイト:狩人

黒ビショップ:神官

黒ルーク:花の君

黒キング:幽閉王エドワード

黒クイーン:生贄姫アン


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