167
牢獄に囲まれた通路を聖女カウスと共に歩いている。
進めば進むほどに、絶え間なくデーモンどもは襲ってきた。それらを滅ぼしながら俺たちは進んでいく。
復調した聖女カウスの肉体に問題はなさそうだ。疲れた様子もなく俺の後ろを歩いている。
そういえば、と聖女カウスが問うてくる。
「なぜ私を地上に連れ帰らなかったんですか?」
「なぜ? どうしてそんなことを?」
「キース様はあの2人のことなどどうでもいい筈です。それに、一人で探索した方が気楽でしょう?」
気楽。気楽ときたか。
確かに聖女カウスと共に行う探索は楽だ。順路は的確であり、罠の類は全て見抜く。万が一強敵にあたったときもその対処は一人で行うより楽で怪我の心配もなく戦える。
だがそれでもきっと俺は――
――たった一人の方が強いのだ。
俺は聖女カウスに向かってにやりと口角を釣り上げてみせた。
兜の面頬はあげてはいるが原初聖衣で顔の半分は隠れている。表情はわからないかもしれない。
それでも、聖女カウスは俺に微笑んでみせた。
「そうでしょうとも。辺境人とはそういうものですからね」
それで、と聖女カウスは再び問うてくる。
「なぜ私を地上に連れ帰らなかったんですか?」
問われれば素直に答えられる。答えなど明白だからだ。
「俺がそのようなことをするとお思いですか?」
「そのようなこと……」
「気を失わせた女を担いで本人の意に沿わぬ場所につれていく。それは卑怯者や卑劣漢のすることだ」
俺は侠だ。無法だが卑怯ではない。
俺は侠だ。無頼だが下衆ではない。
聖女カウスに向けて俺を見くびるなと、ふん、と鼻で笑ってやる。
まぁ、という顔をした聖女カウスが口元に手をあてて、ふふ、と笑った。
「辺境人なんですね」
「辺境人なんだよ俺は」
そうですか、そうだよ、と言い合いながら俺たちは探索を続けていく。
途中で出会うデーモンどもを全て滅ぼしながら俺たちは進んでいく。
◇◆◇◆◇
そうして俺たちはようやくそれを見つけ出した。
騎士風のスケルトンが守っていた扉の先にあった部屋。役割的には罪人の持ち物を管理する部屋だろうか? 錆びた武具や古びた布などが無造作に転がっている。
その中にそれはあった。人の大きさほどもある巨大な弓。神聖そのもの。聖剣たる聖弓。聖弓デアトスフイーズン。
聖女カウスの覚醒に呼応してか、聖弓より発せられる神秘は以前よりも強く大きくなっていた。
「ああ、こんなところにあったんですね。私の愛しい弓。フイーズ」
地面からまるで重さなどないように聖弓を拾い上げた聖女カウスは浄化の奇跡を願い、聖弓に纏わりついていた瘴気を取り払う。
「聖女カウス。これを」
俺は袋から浄化特化の聖水と清潔な布を取り出し聖女カウスに手渡す。武具用の油もあるが、聖弓ともなれば下手な道具は不必要だろう。
(つか、聖弓専用の手入れ道具を、この先にいるあの下男の小僧が持っているとも思えんしな……)
そもそも大陸の枯渇した神秘事情では入手は不可能だし、辺境で調達するにも知識はなかった筈である。
そう、あまりにも特殊な装備は特殊な手入れ品を必要とする。聖弓ほどの格ともなれば月光そのものとか、霊草だとか巨人のなんだとか、そういうものの可能性だってあるのだ。
幸いにも俺の武具にそういうものはないというか、ドワーフの爺さんが本格的な整備の全てはやってくれているので探索中は簡易的な整備道具でも十分なのだが、聖女カウスの聖弓は違うかもしれない。
こういった特定の人物だけが本領を発揮できる武具の整備の方法は俺も教わっていない。というより教えられない。武具それぞれで違うのだから。
聖弓が本格的に使えるなら聖女カウスに俺のお守りなど必要ないだろう。なんなら一度地上に戻って揃えた方がいいだろうとも思えたが。
「キース様、お心遣いに感謝を」
聖女カウスは俺が渡した道具で十分だと言うように聖水で聖弓を丁寧に磨いていく。
(まるで、生きているみたいだな……)
聖女エリノーラが特別に生成した聖水に含まれる神秘は極上の一品だ。
強大な神秘を持ちつつもこの汚濁のような瘴気によって
(生気? この弓、生きて、いるのか……?)
俺の少女篭手や原初聖衣と同じもの、なのか?
茨剣からはそこまで感じないが、俺が持っている聖衣の効果を持つ2つの装備にはそのような気配がある。
(いや、少なくとも俺の顔に張り付くこいつはそうだ)
篭手は不明だが、リリーの皮膚は確定している。こいつはただの人の皮膚じゃない。ただの人の皮は人の身体に張り付き続けることなど出来ない。
この皮膚はリリーの情念に汚染されている。祝福と呪詛。彼女の愛は俺を守護し、俺を呪縛する。
眼の前の聖弓も同じものなのだろうか?
(どうでもいいか……)
思考を止める。武具は武具だ。それ以上でもないし、それ以下でもない。あれが聖女カウスに本来の力を取り戻させるなら俺は歓迎するだけである。
それよりも、と俺は愛おしそうに聖弓を整備する聖女カウスを横目に、周囲を見渡す。
「持って行ってやるか」
この部屋には見覚えのある大剣と篭手に、それに荷物が転がっていた。取り上げるほどの価値はないと思われたのか鎧はない。
「いや、これはダメか」
下男が背負っていた荷物袋を持ち上げれば、ぼろぼろと片っ端から崩れていく。ドロドロと食料だったものが汚泥となって石煉瓦にぶちまけられた。
この深層が持つ瘴気の圧力にこの道具袋とその中身は耐えられなかったのだ。
(荷物がこの有様。本当に生きているのか?)
耐性がなければ人間もこうなる。大陸でも強者たる聖騎士メルトダイナスならともかく、あの下男がこの環境で生きて、いる?
俺の脳裏にこの腐れた荷物袋のようになった下男の姿が思い描かれた。
今まで見た数多の死体たちのように、その眼窩は恨めしそうに生者を睨みつけ――
「キース様。もう大丈夫です。そろそろ行きましょう」
袋に無事だった大剣と篭手を入れつつ、俺は聖女カウスの言葉に頷いた。
「こちらも探索は終わりました。行きましょう」
わからないことを考える必要はない。とにかく、見てみるのが一番早いのだ。
それには探索を早く終わらせることが一番だった。
◇◆◇◆◇
門番らしき騎士スケルトンの群れを蹴散らして進めば(その際に騎士剣と騎士盾と騎士鎧を拾ったが騎士鎧はボロかったので拾わなかった)、地下牢獄の終点に俺たちはたどり着く。
そこは中心に、巨大で薄暗い湖が見える洞窟だった。
湖に目を向ける。不透明な水は見通すことができない。何が沈んでいるのかわからない。
探索は注意して行うべきだろう。
「だが、湖? こんなところにか?」
ここは地下洞窟のような場所だった。ただし、頭上に穴が開いており、そこから闇色の巨大な
元の王城にあった施設ではない。俺は現実の王城を探索したことがある。地下に牢獄はあったし、その先にデーモンが封じられた場所はあったがそれはけして湖ではなかった。
(それに、一瞬月に思えたが、月じゃねぇよな、あれは)
満月には子供が描いたような悪戯描きの顔がついている。ならばあれはデーモンだ。
しかし俺の攻撃では届かないだろう。弓の射程を大きく越えている。
どうすべきかと隣の聖女カウスに目を向ければ信じられないものを見るように聖女カウスは天を見上げていた。
「悪神マガツキ? いえ、そのものではない。鏡像? 上位眷属? いえ、いえ、違う。破壊神の作ったコピー品だわ。でもなぜこんな場所に?」
コピー? どういう意味だろうか。だが、驚愕していることはわかる。
「危険なのですか?」
「わかりません。でもあれを放置するのもまずい気がします」
聖弓を上空に向け、聖女カウスは小さく首を振った。
「ダメですね。あれは、
ならば闇の月は、肉の壁、庭園の生け垣に潜む毒蟲、暗黒の太陽。それらと同じものなのだろう。
いずれ破壊神を殺すにしても、今の俺達では敵わない。その象徴こそがあれらの危険物だった。
2人して、さてどうするかと悩んでいるところに、おーい、という必死そうな声が聞こえてきた。
「あれは」
俺の言葉に聖女カウスが目に喜色を浮かべて湖の方を見る。
水辺に箱型の牢屋が転がっていた。中には人間が2人入っているのが見える。
「テイラー!!」
――は?
思わず聖女カウスへと顔を向けてしまう。
「おい、今のは、誰、だ?」
おいおいおい。待ってくれよ。
「くそ、面倒は御免だぞ本当に」
聖女カウス。本当にお前、大丈夫か?
今の顔、もとの……。
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