195
凍えそうなほど夜気が漂う夜会の正門傍、巡回しているデーモンが二体、俺へと近づいてくる。
「死ィッ!!」
気づかれる前に先手をとる。踏み込む。勢いのまま、ゴテゴテとした綺羅びやかな鎧を身に着けた近衛騎士のデーモンにハルバードを勢いよく叩きつけた。
金属音、俺の一撃は盾で防がれるものの敵は体勢を崩し――「うぉッ!?」
飛び退く。近衛の騎士デーモンを盾にして宝石頭のデーモンが放つ魔術を防ごうとした俺の企みは、騎士の身体などおかまいなしに放たれた宝石頭の魔術によって阻まれた。
騎士の鎧を突き破って、俺へと放たれる宝石頭のデーモンの魔術。
騎士から離れ、対魔術用に用意していた聖衣の盾で宝石頭の魔術を打ち払うものの、味方の存在などおかまいなしに放たれる魔術は俺にこの先の苦戦を想像させたが。
「つっても、単体なら怖くねぇ!!」
オーロラから得た武術は剣だけではない。それはもっと基礎的なもので、つまりは歩法から呼吸から俺の技術を何から何まで向上させている。
息を吸い、吐くという基礎的な動作の中ですら、以前の俺にあった無駄が取り除かれている。
呼吸によって生み出されたオーラが肉体の中で狂いなく循環し、増幅される。練り込まれたオーラは全身を強化し、踏み込みはさらに強くなる。強くなった踏み込みは、そのまま大地を蹴る力となり、それがまた体内で循環し、剄力は更に増強される。
「お、らッ!!」
鎧の腹を魔術でぶち抜かれても、挫けることなく体勢を立て直そうとしていた近衛デーモンに叩きつけたハルバードは、俺が思うよりもずっと鋭く敵が纏う鎧を切り裂いた。
「ふッ!!」
肩から腰まで鎧を断ち切られた近衛デーモンを蹴り飛ばし、俺は先に宝石頭のデーモンへと突き進み――きぃん、という宝石頭から響く音。
――仲間を呼ばれた。
「逃がすかッ!!」
その頭目掛けて地上で複製しておいた
「一本じゃ足りねぇみたいだな」
追撃に何本も命中させていれば複数の足音が迫ってくる。がしゃがしゃとした近衛の足音。それに加えて頭を振動させながらやってくる複数の宝石頭。
「……どうするか……」
突っ込んで戦うのはそれはそれで楽しいだろう。だが味方の損害など気にせず敵が魔術を放ってくるなら少し話は違ってくる。
「どこまで頭を使われるか、だな……」
通常のダンジョンのデーモンどもであればそこまで警戒はしなくていい。最悪槍でもなんでもかき集めて射程外から投げ続ければ勝てる。
だがこの領域のデーモンにそれが通用するかと言えばそんなことはないだろうと思われて――「めんどくせぇな」
ハルバードを構えた。遠目に正門の方向を見れば屋敷の中からもデーモンどもが出てこようとしている。
肉体を流れる聖女様の骨に祈りを捧げる。聖撃の聖女よ。俺に祝福を。
左腕の篭手、聖衣の盾に祈りを捧げる。リリーよ。俺に助力を。
右腕の刻印、袋から取り出した月神の聖印に祈りを捧げる。アルトロ、シズカ、俺に加護を。
背のマント。オーキッドの聖衣に祈りを捧げる。妻よ、俺に武運を。
「まだデーモンの全ては集まっていない。ならば」
オーラを籠めたチコメッコを投げつければそれがとどめだったのだろう。宝石頭のデーモンが消滅し銀貨を残して消え去った。
ドロップ品を拾うことなく地面に倒れている近衛のデーモンにトドメを刺す。
そして駆け出す。目的はこちらに走ってくる複数のデーモンの集団。新手を呼ばれる前に殲滅するしかない。
聖印を片手に月神に祈る。使う奇跡は『
月の光をハルバードに纏わせた俺は、口角を釣り上げた。
「手がつけられなくなる前に、各個撃破してやる」
◇◆◇◆◇
倒したデーモンが100を超えたあたりから数えるのをやめた。
「うぉッらぁッ!!」
正門前の噴水広場に戦場は移行していた。
月神の刃によって真っ二つに切り裂かれた近衛デーモンが地面に沈む。その死骸が全て消える前に四方から宝石頭の放つ魔術が飛んでくる。
息を吸い、無言で正面の魔術に突っ込む。この攻撃は何度も見ている。四方から攻撃は来るものの、脅威なのは背後から来るものだけだ。
聖衣の盾で殴りつけるように正面から来る魔術の矢を打ち消し、そのまま走る。当然そこには宝石頭のデーモンがいるが、デーモンにぶつかる直前で身体を2、3歩横にずらしてやれば敵の身体に俺の背後から飛んできた魔術の矢が突き刺さる。
魔術に耐性があるのだろう。たたらを踏んだだけのデーモンにすかさずハルバードの刃を叩きつければ、肉体強度がさほどではない宝石頭のデーモンは一撃で身体を断ち切られて消滅する。
「あと、どれぐらいだッ!!」
俺の問いに応えるかのように、広場のあちこちで俺に向かって杖を構えた宝石頭のいくつかが警鐘のように頭を震わせた。
くそッ、かなりぶっ殺してるぞ! 減ってんのかこいつら!?
ドロップ品を拾わずに駆け出す。同じ場所にいれば周囲の宝石頭から魔術が飛んでくるからだ。
走りながら『満ち欠け』の奇跡で消耗したハルバードの刃を回復させ、消えかけていた『月神の刃』の奇跡を再びハルバードに纏わせる。
水溶エーテルを取り出した。瓶の口を歯で噛み砕き中身を飲み干す。
俺の魔力もだいぶ多くなってきたものの、こうも大量の敵と戦えば集魔の盾を腰に吊り下げていようと魔力は足りなくなる。
もっとも体力はまだまだ余裕がある。
目についた近衛騎士のデーモンにハルバードを叩きつけ、そのまま別のデーモンに襲いかかりながら周囲を確認する。
「くそッ、一度退くか?」
俺が考えていたよりも多くのデーモンが集まっていた。
いくら倒そうとも次々とデーモンは現れる。宝石頭が呼び出しているのもあるが、俺がデーモンを倒しきれていないのだ。
「くそッ、頭を使わねぇと」
消耗を抑えるために、この戦いでは未だ使っていなかった龍眼を発動させる。
肉眼や気配を感じるだけではこの敵どもの性質が見抜けないからだ。
「……あれは……?」
瘴気の濃度を見ながら敵を探し、見つける。
それは陣形を組まれてしまったために、敵の囲みが厚すぎて避けていた場所だ。
まず周りから削ろうと周囲のデーモンと戦っていて、そのまま放置せざるを得なかった場所だ。
騎士の囲みの中には豪奢な鎧を着ている近衛デーモンがいて。
その近衛の隣に、通常よりも大きな宝石を頭にしたデーモンがいる。
「てめぇらかッ!!」
近衛デーモンは一歩も動かず、周囲に向かって指示をするように手を激しく動かしており、宝石頭は他よりも大きく頭を震わせている。
突っ込み、2、3体の近衛デーモンをまとめて叩き斬れば「う、うぉッ!?」10を超える魔術が俺と宝石頭たちの間に立っていた騎士を消滅させながら飛んでくる。
「く、クソッ! 捌き切れんか!!」
聖衣の盾でいくらか叩き消すものの、消しきれなかった魔術が『月の外套』の幻惑を貫いて俺へ着弾する。
『月光纏い』の効果で傷は癒えるが、敵の攻撃を捌ききれなかったという事実が俺を驚愕させる。
――まずい。相討ち覚悟で突っ込んでも無駄死にするぞこれは。
「ぐ、クソッ! ……クソッッ!!」
ベルセルクを使って突っ込んで指揮官のような立場のデーモン二体を殺すべきか迷い……俺は背後に向かって駆け出した。
オーキッドの顔が頭を過ぎったからだ。こんな雑魚どもに俺の命を使うわけにはいかなかった。
「クソがッッ!!」
飛んでくる魔術を躱し、盾で叩き落とし、立ちふさがる近衛のデーモンを殴り倒し、回収しきれなかった銀貨を走りながら拾い。
「攻め方を変えるぞッッ!!」
どうにも真正面から戦うには敵が多すぎた。
◇◆◇◆◇
宮廷貴族どもめ。
デーモンどもに引きずられる我が身を嘆きながら、元凶について考える。
この身が辺境の大神殿へと幽閉され、帝王が行う何かの儀式の贄にされるのはいい。政争で負けた私がただの弱者だったからだ。
だが我が一族を女から子供から何から何までまとめて城壁に首を吊るして見せしめとするなど。
歯が軋る。中には赤子もいた。
そして我が領地も取り上げられた。我が一族が丹精込めて育て上げたあの農地も、都市も、麦の粉を挽くように宮廷貴族どもによって分配されるだろう。
嗚呼、我が恨みよ。我が怨念よ。王都に災いを。神聖帝国に滅びを――!!
◇◆◇◆◇
逃げ出した先は離れの小さな小屋だった。
長櫃はなかったが、見つけた死体に触れ、死の記憶で見たものがそれだった。
「宮廷貴族、か……」
事情などどうでもいい、デーモンどもを殺せばいいと息巻くのも限界だった。
「つまり、この領域についての理解を得なければならないのか……」
ない知恵を振り絞らなければならない。
デーモンどもの統率を乱さなければならない。
今のままでは、力押しも難しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます