077
ヴァンと話を終えた後、手に入れた道具を鑑定してもらった。
まずは『祝福された兎の足』。善神の加護のかかった兎の足だ。猫が言うには善き神々の加護により、持っているだけでデーモンからギュリシアを多く落とさせる効果があるらしい(商業神だけの加護じゃないのか?)。
とはいえ、あまり数えてはいなかったが手に入れてからは心持ちギュリシアの
次は『鋭さ』の聖言を刻める工具。こいつはドワーフの爺さんの所で早速ロングソードに刻んでもらった。一つの武具に刻める聖言の数には限りがあるらしいが、塔の攻略を前に勿体ぶっても意味が無いだろう。あの死鮫を素早く倒せるようにもロングソードを強化することは必要だ。
オーラや聖なる力の他にも強い神秘で殴りつけることもまたデーモンを倒す手法の一つだ。『鋭さ』の聖言もまた神秘の一つならば、きっとデーモンを滅ぼす役に立ってくれるだろう。
長櫃から出た水薬も調べてもらう。一つは一時的に
どちらの薬も大きな戦いの前に飲むことで戦局を有利に運べるよう、俺を助けてくれるだろう。
聖言を刻むついでに、修復が終わっていた武具を返してもらう。ドワーフの爺さんに礼を言いつつ、武具を確かめればやはりその腕は相当なもので、武具の全ては俺が手に入れる前よりもその威容を増しているように見えた。
こうして選択肢を増やすことも塔の戦いを楽にする要素だ。以前が舐めすぎていたということもあるだろうが。
しかし武具が多すぎては袋の容量が問題になることに気づく。このままでは新しい物品を手に入れても袋の中に入れられなくなる。
それは大いなる探索の遅延だ。
よって使わないと思われるものは猫に預けておくことにした。
ショーテル、長柄鋏、長槍、ロングボウ。月狼防具、ハードレザーアーマー。
今回月狼装備を預けるのは死魚の攻撃は槍にも似た鋭さがあるからだ。刺突に弱い月狼装備はあの領域では役に立たないだろうと判断する。
狩人服は最後まで預けるか預けないか悩んだが、魔術に対する対応策がこの防具しかないことから猫には預けないことにした。
さて、俺の手持ちで唯一硬いと言えたハードレザーアーマーを預けてどうするかと言えば、新しい防具を買うに尽きる。
それは使いきった矢や薬を補充してもギュリシアが余っていたからであり、また、如何に聖言が刻まれていたとしても革鎧であの塔を進むには不安に過ぎたからだ。
俺には、死魚の攻撃を防ぐことのできる防具が必要だ。
爺さんに多くの防具を見せられ選んだのは、ドワーフ鋼で作られた騎士鎧だった。
探索で手に入った銅貨と金貨を全てを
これもゼウレの思し召しだろう。感謝の祈りを捧げておく。
また、一人での探索だ。通常、騎士鎧のような全身鎧の類は誰かに手伝って着るものだが、俺一人しかいない以上、着脱に不自由がないように、ドワーフの爺さんにいくらか工夫をして貰う。
「俺は農民だってのに、これじゃあ騎士らしく見えちまうな」
そんなことを言えばドワーフの爺さんが馬子にも衣装だとガハハと笑う。
聖言の刻まれた
塔へは新しい炎の呪文が刻まれたヤマの指輪と、斬撃の効果を増強する蟷螂の指輪を身に付けた。
また、ここで集魔の盾を身につけておけば新しい魔術を扱うのも楽になるのだろうが、木の小盾では死魚の攻撃を防ぐのは難しい。更に言えば木盾で死鮫を相手すれば即死しかねない。
そしてナイトシールドと木盾を同時に身につけることも難しい。指輪と同じだ。聖言同士が干渉し、その効果が発揮しにくくなる。
探索に時間がかかってしまうが、敵と遭遇しない合間合間に袋から木盾を取り出して魔力を補充するのが良いだろう。
もっとも長剣を仕舞えば干渉せずに木盾と騎士盾を同時に扱うこともできるだろうが、いくら俺が素手でデーモンを倒せるとはいえ、炎剣を常に身に付けず塔の探索を行えば早々に死に至る。
俺が蛮勇の持ち主とはいえ、死魚の群れを素手で相手する気にはなれない。
「さて、行くか」
目の前には以前撤退した死鮫の出る空間への扉がある。
ここは塔の中。背後では相も変わらず巨大魚が上下に移動を続けていた。
鮫に挑む前にあれを苦労して倒してみてもよかったが、触らぬデーモンに祟りなしだ。如何に俺がデーモンを討伐したくとも、分を弁えずに無謀を繰り返せばすぐさま死に至る。
扉を潜り、襲ってきた死魚を前回と同じく盾を使いながら炎剣で突き殺していく。『鋭さ』の刻まれた炎剣は以前よりも素早く死魚の群れを倒し、俺に強化の素晴らしさを実感させてくれる。
「ドワーフの爺さんには頭が上がらんな……」
また、騎士鎧を身に付けたことにより多少の動きにくさはあるが、死魚一体一体の攻撃に死の予感を感じることはなくなった。試しに一体だけ盾をすり抜けさせてみたが、強い衝撃を感じたものの、死魚の嘴は鎧の鋼鉄を貫き通すことはできなかった。
無論、装甲のない関節部分や兜が覆い切れていない目や口などを狙われればその限りではないだろうが、高名な戦士の魂で強化されたドワーフ製の鋼鉄ともなればその防御力は並のデーモンに貫けるものではない。
更に、このふわふわとした海のような青い世界への慣れもあり、俺は以前よりも容易く探索を進めていく。
「で、ここに来ると……」
以前見た通路の先では以前出会った死鮫が相も変わらず徘徊している。
俺はクロスボウを構えると聖なる言葉の刻まれた太矢をセットし、死鮫に向けて構える。
奴の瘴気の濃さを見れば太矢一発打ち込んだところで死にはしないが、接敵する前に奴の体力を多少は削っておきたかった。
いつでも敵の突進を受け止められるように盾を構えつつ、無防備に宙を泳ぐ死鮫にクロスボウの一撃を叩き込む。
『――ッ!?』
ここで新月弓を使わなかったのは、あの長さの弓は袋に戻すのにいくらか手間が掛かるからだ。ここで手放しては回収が骨だと、クロスボウを袋に戻す間に、俺に気づいた鮫が凄まじい速度で突っ込んでくる。
「ぐッ――おらぁッ!!」
片手で盾を構え、片手に炎剣の俺は突っ込んできた鮫を騎士盾で受け止めながら炎剣を突き刺し、死鮫の体力を削る。
太矢を使ったが、これだけで倒せないことは以前の経験からも明らかだ。
死鮫の突進を支えきれない身体が、通路を凄まじい速度で流されていくのは前回と同じ。
『鋭さ』を付与し、蟷螂の指輪で威力を増強した炎剣とて、前回と同じ苦境に陥るまでにこの鮫の体力を削り切ることは不可能だろう。
知能はなくとも上級のデーモンたるこの死鮫にはそれだけの凄みがあった。
故に、炎剣を鮫から引き抜きつつ俺は、前回の通路へと流された時点で指輪に意識を集中する。
「ここで貴様らが来ることはわかっているぞ! そらッ!!」
俺の意思によって、ヤマの指輪にエリエリーズが刻んだ刻印が真紅に輝く。次いで指輪が引き出したのだろう。魔力がごっそりと肉体より消費される。
(ぬ――おッ。これは聞いていないぞ!!)
忠告しなかったのは、魔力量の多いエルフからすれば些細な消費なのか。指輪に魔力を取られすぎて一瞬だけ意識が吹っ飛びそうになるも、根性で意識をつなぎとめる。
そして以前死魚に襲われた地点へ向けて指輪を構え、魔術を発動させた。
ずるりと、指輪から多量の炎が迸る。
「よしッ!!」
内心で驚きつつも、その効果を見て俺は喝采を上げた。
死鮫により通路を流される俺目掛けて、別の通路より突っ込んでこようとしていた死魚の群れは、俺が通路の交差点に展開した
貫通力が高くとも、死魚の耐久はそう高いものではない。俺の魔力の8割を持って行った炎の障壁はそれなりの威力であり、そこに真正面から突っ込んでいった死魚どもは抵抗することなく魔術によって蒸発していく。
エリエリーズが独自に開発した炎の魔術『赤壁』。こいつは一定の時間、空間に魔力でできた炎の壁を展開する魔術だ。
設置型の魔術は難しいが、こうやって敵の出方さえわかっていればドンピシャリと成功する。
前回俺を敗走に追い込んだ死鮫と死魚のコンビの片方を容易く撃破したことに気を良くした俺は、盾越しに俺を流していく死鮫に炎剣を次々と突きこんでいく。
辛くも死魚の群れは撃退できたが、おかげで魔力はすっからかんだ。次の死魚や他のデーモンが現れないとも限らない。俺はオーラを限界まで込めながら、炎剣を死鮫に叩き込み続けるのだった。
「ああ、なんとかなったか」
死鮫は強かったが、幸いにも倒せないほどの強さでもなく、炎剣を叩き込み続けることで別の死魚が現れる前になんとか倒すことができた。
床に落ちた銀貨を拾いながら俺は死鮫によって流された通路を戻っていく。
戻る途中。『赤壁』で倒した死魚のギュリシアは幸いにもその場に残っていた。金の大切さを身にしみている俺は、兎の足で心持ち増えた感じのするギュリシアを拾いながら通路を更に戻り、安全の確保できている地点で騎士盾を仕舞い、『集魔』の木盾を袋より取り出す。
赤壁は死魚に有効だとわかったのだ。いつでも使えるように魔力を回復するのは当然だった。
「とはいえ、少しばかり時間が掛かるな」
俺の魔力は少ない部類だが、流石に8割も削られればその補充には少しの時間がかかる。
「次は音響手榴弾とやらを使ってみるか……」
死鮫と戦う度にこうやって魔力回復の時間を掛けてはここを探索し終えるまでに地上ではどれだけの時が経ってしまうことか。
「最も魔力は使ってりゃ鍛えられるらしいが、それもどこまで増えてくれるかどうかだな」
必要とはいえ、無為な時間にも感じられてしょうがない。歯がゆい気持ちを抑えながら、俺はゆっくりと魔力の充実を待つのだった。
「ふんッ。とはいえ、死鮫を倒せたことに変わりはないか……」
一歩進めたことへの喜びはある。
それでも、急がば回れという言葉をこうまで実感するのは初めてかもしれなかった。
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