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奇跡を使うための触媒を作る前日のことだ。
袋からずらりと未鑑定のアイテムを取り出した俺を見て、猫が目を丸くする。
「にゃー。いっぱい溜め込んだにゃねー」
商業神の眷属たる銀色の猫は、布を敷いた地面にあれこれと並べた道具を見ながらさて、と俺に向き合った。
「鑑定するにゃ」
「頼む」
時間はそうかからない。早いが、商業神の眷属たる猫ならば道具の類はひと目でわかるのだろう。
「まず道具からやっていくにゃ。水溶エーテルが二瓶、強い水溶エーテルが一瓶、強い筋力強化の水薬が一瓶、あとは魔術爆薬が三瓶かにゃ」
「強いのか? どう違う?」
「水溶エーテルは飲んだ際の回復量が大きいにゃ。筋力強化の水薬は効果時間が長くなってるにゃね」
ほう、四騎士と戦うに際して、とても力強い情報を得た。あの強敵と戦うに際して、肉体強化は必須だ。
「魔術爆薬というのは?」
「投げれば爆発するにゃ。それだけにゃ。威力とかは瓶を作った術者によって違うからわかんないにゃね」
「そうか」
爆発。火炎壺のようなものだろうか? わからないな。試しに使ってみるにも量は限られている……。
「みゃーも売ってやれるにゃよ?」
「そう、だな。いや、使ってみてから考えよう」
ギュリシア量は限られている。買えるならアムリタなどを買っておきたかった。
「じゃー次はこっちにゃね」
てしてしと尻尾を振った猫は蝋材を示しながら鑑定結果を告げる。
「聖女の聖蝋にゃね。こっちは強い神秘の籠もった蝋材」
聖女の蝋材……。地下牢で聖女カウスと探索をしていたときに手に入れたものだ。
「名前は擦り切れてるにゃね。ここまで何も残ってにゃいにゃら権能の付与は諦めたほうがいいにゃ」
ただ、これだけ強い神秘が込められているならば武具の強化には打って付けらしい。
俺はそれを大事に布で包むと静かに袋にしまう。
「考えておく」
「キースのにゃから好きにするといいにゃ。聖言は『猫』の聖言、落下したときの衝撃の緩和にゃね。武器につけても効果は薄い聖言にゃ。こっちの瘴気ぷんぷんの鉄塊は魔神鋼にゃ。加工は難しいにゃね。みゃーに売ってもいいにゃよ」
ふん、と鼻で嗤いながら俺は2つとも袋にしまう。こいつのことだ。売ったところでどうせ二束三文。
デーモンどもの金属というのは業腹だが、手に入った物資なのだ。俺がうまく活用しなければならない。
「残念にゃね。ええと、指輪は体力の指輪と湖の指輪にゃね」
「体力」
「スタミナの回復速度を高めるにゃよ。湖の指輪は月神の信仰を高める力があるにゃ」
(これは、偶然か?)
「どうかしたかにゃ?」
いや、と俺は猫の質問に首を横に振った。まさかな。月神の神託に従って月神の信徒を殺しにいくのに、月神の信仰を高める指輪を与えられる? それに加えて俺には月神の奇跡まで授かっている。
大剣の騎士が大剣を手に入れたのは、たまたま入り込んだ聖騎士が大剣の騎士の探していた大剣を持っていたからだ。
しかも手に入れた経緯も特殊なものだ。彼らは
(これは、誰が手繰っている運命だ?)
――ひどく、気分の悪くなる想像だった。
「キース?」
「なん、でもない。続けてくれ」
「そうかにゃ」
猫は強く問うこともせず、並べたローブを次々と鑑定していく。
「聖女のローブにゃ。キースは男にゃからいらないにゃね。こっちは探求者のローブ、デーモンの研究者が使っている奴にゃね。悪言は付与されてにゃいけど毒と魔術に耐性があるにゃ。あとは
「……探求者と暗殺者は預かっていてくれ。俺が使うものじゃないな」
隠密は使える場面もあるかもしれないが、これから先、戦いを避けていては破壊神に勝つことはできないだろう。使うとしても、鼠の指輪がせいぜいといったところだ。
ついでに銅兵から手に入れた銅鎧も預ける。重いだけの鎧だ。必要はない。
「わかったにゃ」
聖女のローブは上に持っていこう。神殿への忠誠を示すのに上手く使える。
猫は杖をてしてしと尻尾で叩く。
「探求者の触媒。魔術の触媒にゃ」
「そうか。それも預かってくれ」
わかったにゃの一言で杖をどこかにしまい込む猫。
「盾はどうするかにゃ?」
「一応頼む」
どれも今使っている神殿騎士の大盾より弱いことはわかるが、猫は気にせずにゃんにゃんと盾を二つとも調べてくれる。
「ただの円盾とこっちは帝国騎士団正式採用盾にゃね。『不朽』『頑丈』の聖言が付与されているから強いにゃよ」
大盾は強いがでかい。視界も制限されるし、敵に合わせて取り回しに優れた盾も必要だろう。
騎士団正式採用盾を持って軽く振ってみる。
「ふむ……」
重さも大きさも申し分ない。
「蝋材で強化して使ってみるか」
三つ回収してあったので一つを残して残りは猫に預かってもらうことにする。円盾はもちろん、銅盾も全部預けた。
(
「双剣は
袋に入れておく。盾と違って武具は使い捨てできる。大量に雑魚を殺さねばならないときに有用だ。
「帝国騎士団正式採用直剣。『不朽』『頑丈』の聖言が刻まれてるからスライム相手でも使えるにゃ」
スライム。相手をしたことはないが、ドワーフ鋼すら溶かす種類もいる群体生物らしい。堕ちた魔術師が作成しているとかなんとか……。
「あ、いや。一度相手をしたことがあったな」
「なにがにゃ?」
「銀色のスライムが……あー、っぽい奴だ」
あー、あれかにゃ? という顔をした猫は「ただの雑魚にゃ。探索者が通らない道に隠れてるにゃ。ドロップが美味しいボーナスエネミーにゃ」と言いながら次の道具を鑑定する。
「曲芸弓。豪華な弓にゃね。武具としての質は悪くないにゃ」
呪巣街で拾った弓のことだろう。猫に預かってくれと渡しておく。
「こっちは暗殺者の短刀にゃね。『流血』『致命』の悪言が刻まれてるにゃ。ばっさりにゃ」
「預かってくれ。
にゃんにゃんと猫が短刀を消す。
で、と猫は残ったそれらを示した。
「これはすごいにゃね。レプリカにゃけど、かつてのチルド9の王子たちが使った武具にゃよ」
剣、槍、ハルバード、大斧、杖、メイス、錫杖、大弓。黄金色をしたキラキラと眩しい武具ども。
「全部聖具にゃ。『栄光』と『名声』の聖言の刻まれた武具にゃ」
栄光は所有者に名声を与え、名声は所有者の名声をそのまま武具の威力とする。
まさしく、俺のためではない武具であった。
苦笑いしか浮かばない。
実際に持ってみて振るうものの、全く神秘が籠もっていない。
「キースほど強くて、ここまで名声がない奴は初めてみたにゃ」
猫が呆れたような顔で俺を見ていた。
「オーキッドにくれてやるか……」
地上の様子を思い出す。あれだけ民に慕われた女だ。俺よりも上手く使えるだろう。
「こんなものか」
取得品を鑑定して貰ったが、大剣の騎士を殺せる想像はできなかった。
(それでもやるしかねぇんだがな……)
にゃんにゃんと鳴いている猫に使わない鍵の類も預け、預けてあった魔鋼の長槍を全て受け取るとドワーフの爺さんのところに行ってくると言い、鉄を叩く音が響く鍛冶場へと向かう。
アムリタなどを買うにも、先に武具の強化に使うギュリシアを払ってからだ。
◇◆◇◆◇
爺さんのところで手持ちの蝋材全てを使って竜刃のハルバード+5を+9に、帝国騎士団正式採用盾を+5に、神聖のメイスを+5に強化するよう頼む。
使い道の多い堕落の長槍も+5にできるならしてくれるように頼む。
デーモンの使っていた武具に宿っても良いと言ってくれる戦士がいるとも思えなかったが、了承してくれる戦士はいる、との言葉を爺さんから貰った。
デーモンを殺せるならなんでも良いという辺境人は俺が思うより多いのかもしれない。
ただし、強化はここまでだ。
俺の権限では強い蝋材は買えなかったからだ。
どうしても欲しいなら地下で蝋材をドロップする敵を探して狩るしかないだろう。
(ただし、地上の時間と引き換え、か……)
オーキッドの寂しそうな表情を思い出し、今ある武器で殺すことを誓う。
猫のところに戻り、アムリタを3つ、強い筋力強化の水薬と水溶エーテルをそれぞれ3つずつ購入する。これでギュリシアは尽きた。
俺にできる準備はこれで終わりだ。
あとは爺さんの仕事の終わりを待つだけである。
――さぁ、戻ろう。
殺すべき敵を想う。
大剣の騎士よ、俺はお前を殺せるだろうか?
口角を釣り上げた。
「殺すんだよ」
それが俺の役目なのだから。
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