椎崎との出会い編

第1話 半年気づかなかった真実

 学校生活。それは、まるで社会の縮図のように、周りの「人気者」や「噂」によって物事の価値が決まる場だ。たとえ真実がどうであれ、人気者が「敵」と言えばそれは「敵」になり、「味方」と言えば「味方」になる。つまり、ここで生き抜くためには、友情や助け合いよりも「人気者の敵にならないこと」が大切だ。

 「今日は来るんだね」

 俺は、夏休みが終わると同時に学校を停学させられていた。理由は他校の生徒と暴力沙汰を起こしたからだ。でも、俺に後悔はなかった。その時俺は人を助けるために拳を使ったんだ。正義かどうかは分からないが、確かに良いことをしたと信じている。

 だがその出来事は学校生活を大きく変えていた。

 「あいつ、停学になったって聞いたけど、やっぱりやばいやつだよね」

 噂ってやつは本当に怖いもんだ。俺が誰かを助けたという事実はいつの間にか消え、ただ暴力を振るった「危険人物」というレッテルが貼られている。実際に周りの状況を見れば、俺の行動は正しかったと自負しているが、一方的に卑劣なやつと噂されている。さらには「自分より弱いやつに手を出す臆病者」とまで言われ始め、今や「学校の中で関わってはいけない危険人物」として、恐れられている始末だ。人気者に嫌われず空気のようにいきていた俺がたった一つの出来事でこのありさまである。

 教室の窓をぼんやりと眺めていると、一際人だかりができている場所が目に入った。その中心には、椎崎美咲が立っている。彼女は同級生であり、男女問わず学年一の人気者だ。小柄で可愛い見た目と上品さを兼ね備え、成績は常にトップ。まさに完璧な存在といえるだろう。そして、誰に対しても優しい。どんなに嫌な奴だったとしても嫌な顔をせず笑顔を見せる。誰もが自分のことを好んでいるのではないかと勘違いするほどだ。

 そんな彼女と比べると、俺はまるで真逆の存在だと感じずにはいられない。

 「椎崎さん、バッグ持ちましょうか」

 美咲を取り巻く男たちが、俺が教室にいることに気づいた。彼らの目はいつも通りだ。まるでゴミを見るような冷たい視線。そして俺の姿を彼女に見せないように、壁のように立ちはだかっている。そんな光景を見ると、男は単純な生き物だとつくづく感じる。もっとも、俺なんか彼らにとっては眼中にない存在だろうし、別に関係ないし興味もない。

 それにしても、学校という場所は苦痛でしかない。周りの誰もが俺を排除しようとしていると感じるし、鋭い視線が常に突き刺さるように感じられる。勉強は家でもできる。最低限進級できる程度に出席していれば十分だろうと思った。

 昼食の時間になると、もちろん俺は一人だ。初めの頃は少し抵抗を感じ無理やり人にからもうとしていたが、今では慣れてしまった。堂々と教室で一人で弁当を広げ、食べ終わるとそのまま昼寝をするのが日課になっている。

 そして、何も起こらないまま学校が終わり、俺は静かに帰っていくに。周りのはしゃいでいる雑音を感じながら住んでいるアパートの方に進む。

 アパートにつけば部屋着に着替えてベッドに倒れ込む。そしてスマホを手に取り、お気に入りのゲームアプリを起動した。ゲームをしている間は現実の嫌なことを忘れられるし、まるで別の世界にいるような気分になれる。まさに至福の時間だ。

 ガン! ガガァ!

 しばらくゲームをしていたら、廊下から何かがぶつかり、引きずるような音が聞こえてきた。それもどこか重たそうな音だ。

 ズズゥ!

 ずっと同じ音が響いているようだ。何かを運んでいるのかもしれないが、気になる音だ。仕方なく、俺は立ち上がって扉を開けることにした。この騒音が俺を現実に戻すから。本当だったら顔をだして厄介ごとに巻き込まれたくないが、現実逃避のために排除することに決めたのだ。

 「大丈夫です…か?は?」

 軽く声をかけてみた。何もなければすぐに部屋にもどろうとした。しかし目の前の光景に思わず言葉を失った。そこには、椎崎美咲が立っていた。クラスのアイドルが、俺の隣の部屋に住んでいるなんて考えもしなかった。

 「どうも。まさかお隣さんがあなただったなんて、驚きました」

 彼女はにこやかに挨拶を返してきた。今まで気づかなかったが、俺は隣人のことを全く叱らなかった。特に付き合うつもりもないし、すれ違う程度だから誰がお隣にいるとか考えてきていない。そのため顔を合わせることもほとんどなかったから、彼女が隣に住んでいるなんて全く知らなかった。

 これが俺と椎崎美咲が初めてちゃんと話した瞬間だった。

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