第267話 薫さんの変化の大きさ

 夕暮れの街は、昼間の喧騒を収め、穏やかな空気に包まれていた。オレンジ色の光が長く影を伸ばし、足元に揺れる。


 俺と薫さんは、駅前の広場で足を止めた。


「今日はありがとうね」


 薫さんは、いつもと違って静かにそう言った。


「……なんか珍しいですね。薫さんがそんな素直に礼を言うなんて」

 

 薫さんがお礼を言ったこと光景を初めて見た。すべては自分の計画通りに動かしているだけだし、今回特別に言われるようなことをしていない。


「そんなことないでしょ?」


 これが本当に無意識にしていたのだとすれば、薫さんはやはり何か変化がある。それもかなり大きな変化があったといってもいい。


「いや、あるでしょ」


 俺が冗談めかして言うと、薫さんは小さく笑った。

 いつも通りの自信家な態度ではなく、どこか穏やかで、少しだけ寂しげにも見えた。


 ──薫さんは、何か考えている。


 そう思ったが、俺が踏み込むべきことではない気がして、あえて黙った。


「じゃあ、俺は帰りますよ」


「……ええ、またね」


 薫さんはそう言って、ひらひらと手を振る。

 その仕草も、どこか今日の雰囲気に合わない。これが美咲に対しての変化と同じなのだとしたら薫さん。今日はいつもみたく家まで送ってくれることはなさそうだな。


 駅へ向かう俺の背中に、薫さんの声がふわりと届いた。


「倫太郎君」


 足を止め、振り返ると、彼女は夕焼けを背にして立っていた。


「これからも、ちゃんと守ってあげてね。」


 その言葉に胸がざわつく。今、目の前にいるこの人は本当にいつもの薫さんなのかと疑問をもってしまう。


「……誰に言ってるんですか」


「さあ、誰にかしらね」


 薫さんは、それだけ言ってくるりと背を向ける。

 細い肩が、夕陽に溶けるように遠ざかっていった。


 俺はその背中を見送りながら、何かを言うべきか迷った。今あの人の見に起こっていることが、何かに影響するように思える。

 でも、言葉にできるものが見つからず、結局そのまま駅へ向かう。


 ──これで、本当に終わりなのか。


 そんな考えが、足元の影とともにまとわりつく。


 電車のホームに立ちながら、スマホを取り出す。

 薫さんの番号を眺めるが、かける気にはなれなかった。この大きな変化。胸騒ぎが収まることはない。何があったか気になる。あの人がどういう意味で俺に守れて行ったのか。


「……めんどくさい人だ」


 小さく呟いて、スマホをポケットにしまった。今どうせ薫さんに聞いたとしても素直に答えるような人じゃない。あのまま終わりにしたのはそれ以上追及させないようにしたものだととらえたほうがいい。


 電車がゆっくりとホームに滑り込む。

 俺は無言のまま乗り込み、扉が閉まるのを待った。

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