第九話 唯一の場所

 椎崎がおかしい。明らかにテンションが高い。ここ最近のプライベート状態とまったく同じで感情が表にでているわけもなく声のトーンも顔もいつも通り無である。

「早くしてください」

 俺たちは駅に向かっている。椎崎の歩くペースが明らかに速い。ものすごい急いでいるように思える。

「待てって」

 早歩きから走るの間。競歩でいえば失格になる感じのペースである。

「急がないと手に入らないのか?」

「いえ、全然余裕で手に入れることはできます」

 なら急ぐ必要ないだろ。

「では、なぜ急いでいるのですか?」

「倫太郎君の足が遅いだけです。私はいつものペースをたもっています」

 それはない。

「わかりましたよ」

 椎崎に合わせてペースを上げていく。この光景誰がどう見てもカップルには見えないだろうな。

「はぁはぁ」

 椎崎に追いつき顔が近くに来ると荒い息遣いが聞こえてきた。

「無理するなよ」

「そっちこそ無駄口叩くのやめてください」

 無駄口をたたくと余計疲れるからだろうか。

 そのまま黙々と歩いていく。何も会話をせず駅に向かって。


「はぁはぁはぁはぁ」

 駅に着くとさらに荒くなっていく。体はだいぶ限界を迎えているようだ。

「ほらよ」

 自販機で水を買って椎崎に渡す。両手を添えて俺から受け取る。

「はぁ。ありがとうございます」

 ゆっくりとキャップを回し少しだけ水を口に入れる。少しは落ち着くことができたようだ。

「お前体力ないんだな」

 顔はいっこうに崩れる気配はないのが不思議だ。前は重い荷物を無理して運んでいたし自分の体に適した行動よりも効率とか重視してるタイプなのだろうか。

「たまたまです。マラソンはいつも二桁ですから」

 一桁でなければみんな二桁順位なんだよ。

「ま、電車移動は急ぐことはできないし休むとするか。

「ごめんなさい。私が誘っておいてこのふしだら」

「どうせ寝るだけの無駄な一日だったし気にするな」

「…やはり謎です。倫太郎君のような人が悪い噂がたつようなことをしたとは思えません。何があったんですか?」

 俺の脳裏に顔のことが流れてくる。いつも通りのことをした。ただ、相手が悪かった。それだけだ。

「どうでもいいだろ」

 少しテンションが下がった。

 そういえばあの時助けたやつどっかで見たことある気がするな。っまあの後からほとんど人とも接していないし勘違いだろうけど。

「悪いことをしたわけではないんですよね」

「…」

 黙り込んでしまう。世間一般的に言えば俺がしたのは悪なのかもしれない。そう考えると返答ができない。

「ですね。まぁほんの数日知り合っただけの人に話せるようならもう解決してますよね」

「そういうことだ。悪いが誰にも話す気はない」

「わかりました」

 表情を表に出さない椎崎からも重い空気は感じ取れる。少し隠しすぎたのかもしれないな。もう少しこいつを信じれるようなら話してもいいかもな。


 電車が乗ることにした。ちょうどよく席が空いていたため座れることができた。

 隣に座る椎崎はどこか眠たそうにしている。まだ午前中だし疲れるの早すぎるだろ。

「あの、何か話題ないですか?眠いです」

「寝ていいぞ」

「いやです」

 素の自分は出せても弱いところは見せたくないようだな。そういう意地だけは変わらず持っているようだ。

「ワンダーランドは好きなのか?」

「もちろん。暇なときは基本的にいってます。年パス持ってるので」

 思っていた以上にガチ勢だな。

「お前みたいな優等生もかわいいところあるんだな」

「私にとっては唯一の場所なので。ずっと手にできなかったグッズもこれで手に入れるすべを手に入ってうれしいです」

 かすかであるがワンダーランドの話題は彼女の心を開くようだ。唯一の場所。なんか重そうだな。

「どうせ暇だし勝手に利用してくれ」

「ありがとうございます」

 感情はないしほとんど棒読みだし正直居心地が悪い状態。だが彼女なりに何かを伝えようとしているのは伝わる。素でいられる環境が俺だけか。何を見てそう思ったのだろうか。

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