第十話 初めての笑顔

 電車の中では割と楽しく過ごすことができた。椎崎も話すこと自体は嫌いではなさそうだ。感情を出さないのも普段の無理をしている疲れがあるからだと思ってきている。

「ようやくつきましたね。いきましょうか。あ、これ」

 一枚チケットを差し出してくる。

「交換するのにチケットは必要なので。もちろん私のおごりです。グッズ手にできるだけでこのチケット以上の価値があります」

 だいぶしっかりしてるな。俺の存在を知ってからすぐに用意していたのだろうな。

「わるいな」

 チケットを受け取る。

「いきましょうか」

 疲れはもうないようだな。

 パークに向かう中、急に腕を絡めてくる。

「っちょ!さすがにまずいって」

 これは好意の有無にかかわらず恥ずかしいし照れるし緊張する。

「我慢してください。そぶりで判断された人もいるらしいので」

 このアバウトすぎる判定でアウトになることがあるのかよ。店員さんも大変だな。

「あの、カップル特典ってまだありますか?」

 学校と同じ感情表現豊か状態。つまり演じている彼女の姿に変化した。

 店員さんもどこか疑いの目で見始める。

「はいありますよ。こちらですね」

「わぁありがとうございます!」

 なんとか嘘はつけたようだな。

「ほら、いくよ!!」

 さらに腕を引っ張ってパークに入っていく。

「もう少し我慢してください」

 店員にバレないようにこれは徹底するようだな。

 パークの中の奥の方まで歩いていく。

「ここまでくれば大丈夫でしょう。これが、伝説の」

 目を光らせ笑みを浮かべる。声からもうれしさを強く感じ取れる。

「よかったな」

「ありがとうございます。あのこれ」

 もらったものは青と赤のキーホルダーである。カップル特典だし片方は男用で、青の方を俺に差し出してきた。

「俺には価値がわからないしお前がもっていていいよ」

「それはダメです。せっかく来てくれたんですから受け取ってください」

 椎崎が人目を気にせず感情を表に出せる場所。それがここってわけか。だから守れるルールは守りたいようだな。

「わかった。ありがたくもらっておく」

「これからも絶対ためててください。毎回捨てたりしないでくださいよ」

「大丈夫だって」

「ならよかった。それじゃぁ帰りますか」

 まだお昼にすらなっていない時間。もう帰る提案をしてくる。

「まだ早いだろ」

「私は満足ですので。せっかく休める時間を割いてもらっているので」

 ワンダーランドパワーはさすがだ。今までならどういう心情なのかまったくわからない。だが、ここでなら彼女が俺に気を使っていることがすぐにわかる。

「俺ここあんま詳しくないし、どうせ来たんだし案内してくれないか」

 本当はまだここにいたい。だけど、私的欲求で無理に来ている俺を残すわけにはいかないから帰るってことだろう。遠回しに残そうとしたところで俺が無理をしていると思せたら意味もないため、俺が残りたいという意思を伝えたほうが効果的なのだろう。

「いいんですか?」

「あー」

 抜けた声で返答をする。

 この場所なら少しだけでも椎崎を知ることができるかもしれない。今後も何かしらで付き合いはあるだろうし知っておいて損はない。

「あの、絶叫は苦手なのでゆったりするところメインだと」

「お前の好きなところ案内してくれ」

「わかりました!!では行きましょう!」

 疲れも感じず、気を使うこともなくし、ただただ好きな場所にいる少女。椎崎の本当の笑顔は見ている側も楽しく感じさせるようだ。演じなくてもこんないい笑顔を見せれるはずなのになぜわざわざ演技をするのであろう。

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