第222話 兄の背中
琴音と話した後、俺は実家の自分の部屋でくつろいでいた。そもそも、琴音の様子を見に行くために帰ってきたので、実家に来たからといって特にやることもない。
正直なところ、琴音の変わり果てた姿には驚きを隠せなかった。まさかあそこまで壊れているとは思わなかったのだ。少し声をかければ昔のように戻って、楽しい時間を過ごせるとどこかで信じていた。しかし、琴音の心に負ったダメージは想像をはるかに超えていた。だからこそ、部屋で一人になると重い気持ちがのしかかる。何もできない自分の無力さにただ、時間が過ぎるのを待つしかなかった。
夕食の時間が訪れた。食卓には琴音の分も用意されていた。母の話によると、いつも最初は食卓に並べ、食べ終わっても琴音が来なければ部屋の前に運ぶのだという。当然、彼女が取りに来ることは一度もなかったらしい。食事を進めていると、突然階段から足音が聞こえてきた。琴音が階段を下りてきたのだ。
彼女の足が少し引きずられているのに気づき、すぐに支えに向かった。 「ごめん」 少し力が戻った声で琴音が言った。 「いただきます」 まるで何事もなかったかのように、食事を始める琴音。 「お母さん、美味しいよ」 感想を伝える琴音に、母も冗談を交えて返す。 「当たり前でしょ、あなたを全国に連れて行った料理なんだからね」
琴音は父にも何かを伝えようとしたが、少し躊躇していた。 「元気でよかった。愛娘が元気をなくしていて父さん辛かったんだぞ」 父の言葉は、ほぼ本心そのものだった。その瞬間、琴音の顔にかすかな笑顔が浮かび、俺は少し安心した。自分が来たことで、少しでも彼女が前に進めたのだと思えると嬉しかった。 「こうして四人で食べるのも久しぶりだな」 「三人でしょ」 母のツッコミに、琴音はしょんぼりと落ち込む。 「違うから。みんなでこうして食卓を囲めることが嬉しいだけだよ。琴音の気持ちはちゃんとわかってるから」 焦って弁解する母を見て、まだ琴音と日常を取り戻すには時間がかかるのだと感じた。
「お兄ちゃんもありがとう。見放さないでくれて」 「気にするな。俺はお前の兄だからな」 おそらく、琴音に必要だったのはただの放置ではなかったのかもしれない。寄り添いすぎるのでもなく、しっかりと気持ちを伝えることが大切だったのだろう。今の彼女は、以前の琴音とは違う。それでも、その変化を否定せず支えることが必要だと気づいた。両親が見守る時間も必要だったのかもしれないが、俺がタイミングよく来たことで、少し前進するきっかけが生まれたのだと思いたい。
「私、やりたいことを見つけてみる。お兄ちゃんみたいに負けずに頑張りたい。足の怪我の嘘もやめる」 「嘘?」 「歩けないって言い訳にしてただけ。本当は歩けたの」 その言葉に、力が一気に抜けた。けれど、今思えば彼女の嘘もまた、俺に心配をかけまいとする優しさだったのだろう。
現在に戻る。
「あの、過去の話を聞きたいのですが」
美咲に夏休みの話を夕食を食べながら話していたが、まだ伝えていない部分が多いため、少し困惑した表情を浮かべる美咲。
「これから話すから」
ここまでは順調だった。しかし、この先は悲惨な出来事が待ち受けているのだ。
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