第240話 できる壁と離れる手
昼休みもうまくいかず、双葉との距離が少しずつ広がっていくような感覚があった。彼女自身が俺から離れようとしているのではないか、と考え始めてしまう。もしそうなら、俺はどうすべきなのか。離れるべきなのか。それとも追い続けるべきなのか――答えは出ず、堂々巡りの思考に囚われていた。
「ちょっと大和君のところ行ってくるけど、倫君も行く?」
授業が終わった後、双葉が教科書とノートを抱えて言ってきた。どうやら授業内容でわからないことを大和に聞きに行くようだ。
「別に俺はいいよ」
「わかった」
そう言うと、双葉はあっさりと俺を置いて大和のもとへ向かってしまった。その背中を見送りながら、どんどん彼女との間に見えない壁が立ちはだかっているように感じた。
そのタイミングで美咲からメッセージが届く。
「今日の双葉さんはだいぶ落ち着いてました。回復したんですかね?」
美咲がそう言うのなら、昨日の行動はなかったのだろう。噂も聞かないし、一安心といったところか。とりあえず「多分な」と返信しておいた。
以下の部分を膨らませて再構成しました。
次の授業が始まる直前、廊下がざわめき始めた。嫌な予感がして耳を澄ませると、聞き慣れた声が聞こえる。
「調子に乗らないでくれる? あなたみたいな人が大和君に関わるとかありえないでしょ」
俺はその声を聞いて、自分のミスに気づいた。普段なら俺も一緒にいるから、双葉が1対1で絡まれることはない。だが今回は違う。双葉と大和のマンツーマンの状況ができてしまったのだ。
「わ、私が誰とかかわったっていいじゃん」
双葉は声を震わせながらも言い返した。しかし、相手の女子生徒は一歩も引かない。
「あなたがよくても、大和君がダメなの。あんたみたいな地味で何の取り柄もない子が、大和君と話す資格なんてあるわけないでしょ」
その言葉は明らかに双葉を見下している。女子生徒の視線は冷たく、まるで双葉を踏みつけるようだった。
「それに、草加君がいるじゃない。どうせあんたにはお似合いの友達でしょ?」
最後の一言は、俺を含めた皮肉を込めたものだ。
双葉の顔がみるみるうちに青ざめる。彼女の手は小刻みに震え、強気な返事をしようとしたものの、うまく言葉が出てこないようだった。
「それでも……私が誰と話すかなんて、あなたに関係ない!」
双葉は精一杯の勇気を振り絞って言い返したが、女子生徒はあざ笑うように鼻で笑った。
「何を言っても無駄よ。大和君にはふさわしくないの。あんたがどれだけ頑張ったって、あたしたちみたいにちゃんとした子と違って、彼の側にいる資格なんてないのよ」
その瞬間、双葉の顔が強張り、今にも泣き出しそうな表情になった。もう限界だ――そう感じて動こうとした俺の耳に、大和の声が響いた。
「やめろ」
その声には普段の彼からは想像もつかないほどの怒気が込められていた。廊下全体が静まり返り、女子生徒も驚いたように動きを止める。
「俺の友人に今なんて言った?」
その鋭い視線は女子生徒をまっすぐに射抜き、彼女はたじろいだ様子を見せた。
「いや、だってこの女が――」
言い訳を始めようとする彼女を遮るように、大和がさらに言葉を続ける。
「授業でわからないことを学年一位の俺に聞いて、何が悪い?」
声のトーンは低く、重い圧力を感じさせるものだった。
女子生徒は完全に怯え、目を逸らしながら小さく謝罪の言葉を口にした。
「ご、ごめんなさい……」
そして逃げるように自分の教室へ戻っていった。
双葉はその場で少し立ち尽くしていたが、大和の優しい声にようやく我に返った。
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう、大和君」
彼女の声はまだ震えていたが、大和の存在に救われたのは明らかだった。
「別に気にするな。それより、三学期早々、倫太郎とうまくいってないように見えるが、何かあったのか?」
「いろいろとね。でも、嫌いになったわけじゃないよ。ただ、大切な友達だからこそ、いろいろ考えちゃうんだよね」
「なるほどな。お前たちも大変だな。何か力になれることがあれば、いつでも言えよ」
「ありがとう」
二人の会話を廊下の陰から聞いていた俺の心は、さらに沈んでいった。双葉が本当に俺のことをどう思っているのか、自分の進むべき道がますますわからなくなる。このまま双葉を自由にさせるべきなのか、それとも自分の気持ちを貫くべきなのか――悩むばかりで答えが見つからない。
そんな俺の胸中とは裏腹に、双葉は授業の始まりを知らせるチャイムと同時に教室へ戻ってきた。
「遅刻しそうだった、危ない危ない」
彼女は何事もなかったかのように席に着いたが、廊下での一件について俺に話してくれることはなかった。
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