第219話 刺客の登場
橙色の光が長い影を作る時間帯。美咲と俺は買い物をすめてアパートの方に向かっている。美咲とくに話すこともなく進んでいく。だがその空気は急に不穏に変わっていた。
道の先から音もなく誰かが顔をだしてくる。狐のお面をつけた華奢な体躯の者が、彼らの前に立ちふさがった。その光景に驚きを隠せなかった。その狐のお面とは因縁があるからだ。そのお面の奥から覗く瞳には、冷たい決意が宿っているように見える。俺はすぐに嫌な予感がした。
「久しぶり倫太郎君」
ボイスチェンジャーで声をかえている。その言い方からしても夏休みの一軒の主犯格で間違いないだろう。
そもそもなぜ俺の名前知っているんだ。
「美咲ちょっと後ろにいろ」
「わかりました」
美咲もすぐに何かに気づいてくれたようだ。
もっている買い物袋を地面に置いて美咲をかばえるように後ろに立たせた。相手を睨んだ。
「お前何者だ。なんで俺の名前を知っている」
返答はないと思うが質問をしてみる。
思った通り返答はなく体を動かし始める。狐のお面の人物は、身のこなしが軽く、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。次の瞬間、地面を蹴り上げる音がし、お面の者が一気に距離を詰めてくる。その速さに。驚きを隠せない。
「美咲なるべく俺から離れるな!!」
必死に訴える。あの一瞬の動きを見てもやはり相当やばいのが伝わる。たった数ヶ月でさらに動きを磨いてきている。せめて美咲だけは傷つけさせないようにしないといけない。
咄嗟に構えを取り、迫りくる一撃を防ぐ。狐のお面の拳が鋭く防御を気にせず叩いた。鋭い痛みが腕に走るが、踏みとどまった。
相手の攻撃の意図が見えない以上、芽衣を守ることが最優先だ。拳を握りしめるものの、相手に手を出すことはできなかった。美咲を守るってだけでここまで戦いづらくなるのか。
お面の者は間合いを取るのが巧みだ。まるで風のように軽やかに動き、何度も俺の防御を試すように攻撃を仕掛けてくる。冷や汗を感じながら、ひたすら相手の動きを見極める。
「倫太郎君…」
心配する美咲。俺の服の背中部分を握る手が震えているのを感じている。
「なぜこんなことをするんだ!」
声を上げるが、狐のお面の者は答えることなく、再び鋭い一撃を繰り出した。拳が何度も腕を叩く。防御を続けることで、じわじわと体力を奪われていくのがわかる。さすがにまずい。このままでは、守りきれなくなる。心には焦りが生じるが、それでも攻撃することはできない。守ることが自分に課された役割だと、自分に言い聞かせていた。だが、お面の者が次にどんな動きを見せるのか──その予測すらつかない恐怖が胸に広がっていく。
美咲が後ろで息を飲む音が聞こえた。守らなければならない存在のために、さらに足を踏ん張り、攻撃の嵐を耐え続けた。果たして、この奇襲の意図はどこにあるのか。そして、狐のお面の下にある真実は何か。問いかけが頭を巡る中、ひたすら拳を受け止める決意を固めた。
「やはり狙うは」
狐のお面の人物は後ろの美咲に手を出してくる。まずい。
つかさず手を伸ばす。敵の攻撃がてにあたる。
「いった!!」
先ほどとは違い防御をしているわけではないため敵の攻撃をしっかりとうけてしまう。その力は華奢な姿からは思えないほど重い。
「倫太郎君!!」
お面の人物が笑みを見せ。さらに美咲に攻撃をしようとする。美咲におおいかぶさりただ彼女を守ることに徹した。
「もういいです。私に気にしないで」
「うるせーだまってろ!!」
止まることのない攻撃。ただの耐久勝負である。それも俺が耐えれるかってだけだ。時間が立てばさすがに…
「何やってんだ?」
するとどこからか声が聞こえてきた。
「っち。今日はこれでいいか」
お面の人物はどこかへ走っていった。どうやら助かったようだ。タコ殴りだったしさすがに響くぜ。
「大丈夫かりんたろうっち」
その声ですぐにわかった。上野か。
「悪い助かった」
だが起き上がることができない。今美咲が俺の下にいる。今ここでバレるわけにはいかない。
「気にすんな。美咲ッちも」
上野から美咲を呼ぶ声が聞こえる。すでにばれているようだな。
少しづつ立ち上がる。美咲は涙を浮かべていた。さすがにこわったよな。
「お前なんで美咲がいることを」
「みさきっちの悲鳴聞こえたから急いできた。そしたらお前がいただけだけど?」
美咲の声で気づいたようだ。ここから弁解しないとだな。
「あの上野さ。美咲のことだが」
「安心しろ。誰にも言わない。お前らがなんで二人でいても不思議でないからな」
見つかったのが上野だったのはよかったかもしれないな。もし別の人間だったら確実にまずい。
「そういってもらえると。助かる。ついでに美咲を家まで送って言ってやってくれ。さっきの奴確実に美咲を狙っている。今の俺じゃ守れそうにない」
深いところまで知られないようにあとは上野託すとしよう。
「いいけど。倫太郎ッち大丈夫でか?」
「俺は気にするな」
「わ、わかった。ゆっくり帰ろよ」
美咲を連れて上野が帰っていった。ついでに買い物袋を半分持って行ってくれたおかげで負担もへる。ありがたいな。
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